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誰にでも優しい九条さんの、私だけの特権。~「いい部下」をやめた二十六歳の攻防戦~  作者: 寝不足魔王


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3/10

第3話:憧れの延長線上に、何があるのか

第3話です。

仕事上の「尊敬」という便利な言葉の裏側に、少しずつ別の色が混じり始める回です。

26歳の直球なアプローチに、42歳の上司はどう反応するのか。

お楽しみください。


 午後からの会議が長引き、オフィスに戻る頃には外はすっかり暗くなっていた。

 ふと九条さんのデスクに目を向けると、彼は受話器を肩に挟みながら、手早く書類にサインを走らせている。


 その横顔は、一切の無駄がない。

 真剣な眼差し、時折寄る眉間の皺、淀みのない指示。

 仕事をする九条さんは、いつだって私の『憧れ』そのものだった。


「……あ、佐倉。会議、お疲れ様。部長、なんて言ってた?」


 受話器を置いた彼が、私に気づいて声をかける。

 私は手元のノートを広げながら、報告事項を伝えた。


「――以上です。修正案については、私が叩き台を作っておきますね」

「助かる。……うん、いい判断だ。佐倉は最近、本当に視野が広くなったな」


 九条さんが満足げに頷く。

 褒められた。それも、最も尊敬する人に。

 普通なら、ここで「ありがとうございます、頑張ります」と返して自分の席に戻るのが、正しい部下の在り方だ。


 でも、今日の私は、そこで足を止めなかった。


「九条さん」

「ん?」

「私、九条さんに褒めてもらえるのが、一番嬉しいです。……仕事の成果を認められたから、だけじゃなくて」


 心臓が耳元で鳴っている。

 九条さんはペンを回す手を止め、少しだけ不思議そうに私を見た。


「……だけじゃなくて?」

「九条さんに、見ていてもらえることが、嬉しいんです」


 真っ直ぐに、彼の目を見つめた。

 九条さんの瞳が、わずかに揺れる。

 彼は何かを言いかけ、それから視線を少し逸らすと、困ったような、それでいて少しだけ困惑したような笑みを浮かべた。


「……佐倉。それは、上司冥利に尽きるね」


 また、かわされた。

 彼はいつだって「上司」という安全な場所に逃げ込んで、私をそこから優しく押し出す。


 憧れ。

 その言葉はとても綺麗で、この場所で二人が繋がるための、唯一の正当な理由だ。

 でも、今の私は、その綺麗な言葉の延長線上に、もっと泥臭くて、熱くて、特別な感情が芽生え始めているのを感じていた。


「……失礼します」


 会釈をして背を向ける。

 顔が火照っているのが自分でもわかった。


 今の言葉に、彼は何を思っただろう。

 ただの『熱心な後輩』として処理されたのか、それとも、私の隠しきれない熱量に気づいたのか。


 自席に戻り、パソコンの電源を入れる。

 画面に映る自分の顔は、思っていたよりもずっと、必死な顔をしていた。


 憧れだけじゃ、もう足りない。

 私は、九条さんの『良い部下』で終わりたいわけじゃないんだ。


お読みいただきありがとうございます!

「憧れ」と言いつつ、視線で語り始める凛。

九条さんの「上司」としての仮面が、少しずつ窮屈になっていく様子を描いていきたいです。


次回、第4話は「非喫煙者の私が、喫煙所に行く理由」。

いよいよ、九条さんの聖域に凛が突撃します。


面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】で応援よろしくお願いします!


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