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誰にでも優しい九条さんの、私だけの特権。~「いい部下」をやめた二十六歳の攻防戦~  作者: 寝不足魔王


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第2話:徹夜明け、コーヒー、そして煙草の残り香

おはようございます。第2話です。

徹夜明けの上司が見せる、少しだけ無防備な姿。

「仕事ができる大人」の隙を見つけた時の高揚感をお届けします。


 翌朝、私が出社すると、オフィスの空気は昨夜の熱気が嘘のようにひんやりとしていた。

 始業三十分前。さすがにまだ誰もいないだろう、そう思って自分のデスクに向かう。


 ――ふわり、と。

 その場所を通り過ぎたとき、鼻先をかすめた匂いに足が止まった。


 深いコーヒーの香りと、それから、微かに混じる乾いた煙草の匂い。

 九条さんのデスクを見ると、そこには主がいた。


「あ……おはようございます、九条さん。もしかして、ずっといらしたんですか?」


 九条さんは、昨夜と同じ白シャツの袖を捲り上げた姿で、パソコンの画面を見つめていた。

 けれど、昨夜と少しだけ違うのは、眼鏡を外して目元を揉んでいるその仕草。


「……ん? あぁ、佐倉か。おはよう。……あぁ、少しね。最後の詰めが気になって」


 振り返った彼の顔には、隠しきれない疲労が滲んでいた。

 いつも完璧な彼が見せる、ほんの一瞬の「綻び」。

 それを見た瞬間、私の胸は昨日よりも激しく、ドクンと跳ねた。


「お疲れ様です。これ、もしよければ……」


 私は、来る途中で買ってきたばかりのブラックコーヒーを、彼のデスクにそっと置いた。

 九条さんは一瞬驚いたように私を見上げ、それから、困ったように眉を下げて笑った。


「悪いね、気を遣わせて。……助かるよ」


 彼がコーヒーを一口飲む。

 その喉仏が動くのを、私は見惚れないように必死で視線を逸らした。

 ふと見ると、彼のデスクの端にある灰皿には、数本の吸い殻が残っている。


 私が知らない、彼の夜の時間。

 私が踏み込めない、彼の孤独な戦い。


「九条さん。……あの、私、もっと早く来ればよかったです。手伝えなくて、すみません」

「はは、何を言ってるんだ。君がちゃんと休んで、元気に来てくれるのが一番の助けだよ。……佐倉は、本当に真面目だな」


 また、それだ。

 「部下」として、満点の回答。

 九条さんの言葉はいつも温かいけれど、その温かさは、私をそれ以上に近づけないための結界のようにも感じる。


「真面目なだけじゃ、ダメですか?」

「え?」


 思わず口を突いて出た言葉に、九条さんが瞬きをした。

 私は少しだけ大胆に、彼のデスクに一歩近づく。


「私、九条さんの力になりたいんです。仕事だけじゃなくて、その……お疲れの時とか」


 九条さんは、少しだけ目を見開いた後、ふっといつもの「大人の笑顔」に戻った。


「ありがとう。その気持ちだけで、疲れが飛ぶよ。……さ、仕事始めようか。今日は忙しくなるぞ」


 鮮やかに、流された。

 けれど、私は諦めない。

 今、コーヒーを受け取ってくれた時の、彼の指先が少しだけ震えていたのを、私は見逃さなかったから。


 彼の「完璧」の裏側に、私が入り込める隙間は、きっとある。


お読みいただきありがとうございました!

コーヒー1本で縮まる距離もあれば、遠のく距離もある。

じれじれとした二人の攻防戦、楽しんでいただけていますか?


次回、第3話は「憧れの延長線上に、何があるのか」。

二人の関係に、少しずつ変化の兆しが現れます。


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