第2話:徹夜明け、コーヒー、そして煙草の残り香
おはようございます。第2話です。
徹夜明けの上司が見せる、少しだけ無防備な姿。
「仕事ができる大人」の隙を見つけた時の高揚感をお届けします。
翌朝、私が出社すると、オフィスの空気は昨夜の熱気が嘘のようにひんやりとしていた。
始業三十分前。さすがにまだ誰もいないだろう、そう思って自分のデスクに向かう。
――ふわり、と。
その場所を通り過ぎたとき、鼻先をかすめた匂いに足が止まった。
深いコーヒーの香りと、それから、微かに混じる乾いた煙草の匂い。
九条さんのデスクを見ると、そこには主がいた。
「あ……おはようございます、九条さん。もしかして、ずっといらしたんですか?」
九条さんは、昨夜と同じ白シャツの袖を捲り上げた姿で、パソコンの画面を見つめていた。
けれど、昨夜と少しだけ違うのは、眼鏡を外して目元を揉んでいるその仕草。
「……ん? あぁ、佐倉か。おはよう。……あぁ、少しね。最後の詰めが気になって」
振り返った彼の顔には、隠しきれない疲労が滲んでいた。
いつも完璧な彼が見せる、ほんの一瞬の「綻び」。
それを見た瞬間、私の胸は昨日よりも激しく、ドクンと跳ねた。
「お疲れ様です。これ、もしよければ……」
私は、来る途中で買ってきたばかりのブラックコーヒーを、彼のデスクにそっと置いた。
九条さんは一瞬驚いたように私を見上げ、それから、困ったように眉を下げて笑った。
「悪いね、気を遣わせて。……助かるよ」
彼がコーヒーを一口飲む。
その喉仏が動くのを、私は見惚れないように必死で視線を逸らした。
ふと見ると、彼のデスクの端にある灰皿には、数本の吸い殻が残っている。
私が知らない、彼の夜の時間。
私が踏み込めない、彼の孤独な戦い。
「九条さん。……あの、私、もっと早く来ればよかったです。手伝えなくて、すみません」
「はは、何を言ってるんだ。君がちゃんと休んで、元気に来てくれるのが一番の助けだよ。……佐倉は、本当に真面目だな」
また、それだ。
「部下」として、満点の回答。
九条さんの言葉はいつも温かいけれど、その温かさは、私をそれ以上に近づけないための結界のようにも感じる。
「真面目なだけじゃ、ダメですか?」
「え?」
思わず口を突いて出た言葉に、九条さんが瞬きをした。
私は少しだけ大胆に、彼のデスクに一歩近づく。
「私、九条さんの力になりたいんです。仕事だけじゃなくて、その……お疲れの時とか」
九条さんは、少しだけ目を見開いた後、ふっといつもの「大人の笑顔」に戻った。
「ありがとう。その気持ちだけで、疲れが飛ぶよ。……さ、仕事始めようか。今日は忙しくなるぞ」
鮮やかに、流された。
けれど、私は諦めない。
今、コーヒーを受け取ってくれた時の、彼の指先が少しだけ震えていたのを、私は見逃さなかったから。
彼の「完璧」の裏側に、私が入り込める隙間は、きっとある。
お読みいただきありがとうございました!
コーヒー1本で縮まる距離もあれば、遠のく距離もある。
じれじれとした二人の攻防戦、楽しんでいただけていますか?
次回、第3話は「憧れの延長線上に、何があるのか」。
二人の関係に、少しずつ変化の兆しが現れます。
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