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誰にでも優しい九条さんの、私だけの特権。~「いい部下」をやめた二十六歳の攻防戦~  作者: 寝不足魔王


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10/22

第10話:嫉妬は、雨の日のオフィスで熱を帯びる

第10話です。

爆弾を投げた凛と、それを必死に不発弾にしようとする九条。

雨という舞台装置が、二人の隠しきれない本音をじわじわと炙り出します。


 午後から降り出した雨は、夜になっても勢いを増すばかりだった。

 窓ガラスを叩く激しい雨音が、静まり返ったオフィスに響いている。


 ――もう、私を『部下』として見るの、やめてもらえませんか。


 あんなことを口走っておいて、普通に仕事ができるはずもなかった。

 私は逃げるように自分のデスクへ戻ったものの、パソコンの画面は一文字も進んでいない。


「……佐倉」


 背後から、低く落ち着いた声がした。

 心臓が跳ねる。振り返ると、そこにはレインコートを腕にかけた九条さんが立っていた。


「雨、かなり強いな。電車が遅れる前に、今日はもう帰りなさい」


 ……まただ。また「上司」に戻ろうとしている。

 あんなに剥き出しの感情をぶつけたのに、彼は何事もなかったかのように、私を守るための「気遣い」を差し出してくる。


「九条さんは、帰らないんですか?」

「俺は、もう少しだけ。……残った仕事を片付けてから行くよ」


 彼は一度も、私の目を直視しようとしない。

 その不自然な視線の回避が、彼の中に生まれた動揺の証拠に見えて、私は椅子を蹴るようにして立ち上がった。


「ずるいです、九条さん。そうやって、いつも私だけを『安全な場所』に追い出す。……私が今、どんな気持ちでここにいるか、本当にわかってないんですか?」


 九条さんが、ぴくりと足を止めた。

 彼はゆっくりと私の方を向き、眼鏡の奥にある目を細める。


「……わかっているから、帰れと言っているんだ」

「っ……」

「佐倉。君はまだ若い。一時の感情を、運命だと思い込みやすい時期だ。でも、俺は……」


 九条さんが一歩、私に近づく。

 雨音のせいで、彼の声がいつもより近く、深く聞こえる。


「俺は、君の期待に応えられるような、真っ当な男じゃない。……君を、この薄暗い喫煙所のような場所に引き摺り込みたくないんだよ」


 彼の言葉に、嫉妬とは違う、もっと熱くて重い「独占欲」のようなものが混じっている気がした。

 拒絶しているはずの彼の瞳が、私を離さない。


 湿った空気。雨の匂い。

 そして、彼のシャツから漂う、あの煙草と清潔な柔軟剤の香り。


 私を突き放そうとする彼の「優しさ」が、今は何よりも熱い暴力となって、私の心をかき乱していた。


お読みいただきありがとうございました!

「自分は汚れているから、君を汚したくない」という、おじさん上司特有の「重い自制心」。

対して、「汚れてもいいから、あなたがいい」という凛の覚悟。

噛み合わないようで、根底で強く引き合っている二人。


次回、第11話は「26歳の私にできること、42歳の彼にできないこと」。

年齢差という壁に、凛が真っ向から挑みます。


もし「九条さん、もっと余裕なくなって!」と思ったら、評価やブクマで応援お願いします!


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