第2章(3)ジャック、自分で試す ③
戸板運びの人足が訪れた頃には、息子は何とか歩けるくらいには痛みが引いていたが、念のためと皆に言い包められて、戸板に寝かせられ、神輿のような掛け声とともに運ばれて行った。
神輿というより供物のようだと苦笑いしながら彼らを見送り、午後の最後の1人も診終えると、ジャックはいつになく慌ただしく診察室を片付け始めた。
文具や医療材料を元の場所に戻し、薬箪笥の引き出しを次々引いて残量を確認する。
減っているものを薬部屋に取りに行こうとして慌ただしく次の間へ出ると、足元に開いたままの患者帳が乱雑に広がっていて、ジャックはそれらを端からばたばたと閉じて何冊かずつ積み重ね、元の場所、患者帳の書棚に運ぶ。
姓の五十音順に並んでいる棚から、先に、明日の患者の分(彼はそれを記憶している)を次々に引き出し、支えが心許なくなって斜めになったり倒れたりしたのを利用して、本来の位置に使った分を押し込んでいく。
出した分を診療室へ運び込むと、今度は駆け足気味に、薬部屋に行って、薬箪笥の引き出しに薬剤を足しては運び、足しては運びを繰り返す。
そのあまりの慌ただしさに、待合の掃除を終えたエミリーが、「どうしてそうバタバタしているんです」と様子を見に来た。
「何をそんなに急いでいるんですか、お夕飯の支度は今からですよ」
「腹が減ったわけじゃない。マンドレにんじんを挽くんだ」
ジャックはそう言いながら最後の引き出しに薬剤を注ぐと、細かい粉が舞い上がらないように手のひらを翳しながら早足で診察室へ戻り、これまた静かに、引き出しを入れることによる風圧を最小限に抑えながら箪笥に戻す。
それでやっと日課を完了したジャックは、小刀とにんじんとを掴んで、果敢な刻み作業を再開した。
気が逸るのはやむを得ないが、ここで雑にすると挽く時に難儀するので、自分を律していつも通り緻密に、しかし迅速を目指して切った。
薬研に収まる量を挽きやすい大きさに切り終えると、ジャックは今度は薬研を使い始めた。
両手で薬研車を押し、押し切ってから引く。
挽いている手ごたえは人参と変わらない印象があるという感想を抱き、それ以外は無心で車の往復を繰り返す。
乾いた細かい根は潰れ、比較的容易に粉になったところは人参と違うようだ、とジャックは手を止めて、薬研の窪みに溜まった粉を匙で器へ払い、また根を足して挽く。
そうして、刻んだ分を挽き終えると、ジャックは器の中に匙を突き入れ、粉を持ち上げたり落としたりしながら、色を見、匂いを嗅ぎ、状態を具に観察した。
ただ、外観から分かることは大してない。
人参よりも色が濃いのと、粉の粒子が細かいこと、人参のような香りがしないことくらいであった。
大切なのは外観ではなく中身であり、ジャックが知りたいのも具体的な薬効であった。
人参は、第一に脾を、次に肺を補うものである、また、他の薬剤の強い効果を和らげ、体へ優しく作用するように調整もする。
しかしマンドレにんじんは人参そのものではない、親と同じ効果を持つと安易に考えるべきではないし、もしかすると量によっては毒性を示すかもしれない。
どうやって薬効を探るかについて、一手目はジャックはすでに決めていた。
今は食前であり折としてちょうどよい。
ジャックは台所から水を持って来ると、通常の投薬であれば絶対に用いない量を匙に山盛り取って、上向いて開いた口にばさりと落とした。
そして、苦さと粉塵とで噎せ返る前に水を一気に干す。
いずれ、患者に出している薬にも添加を試す必要があるが、その前の人体実験は自ら行って然るべきである。
万が一人体を害するものであれば、自分の段階で食い止められ、患者には及ばない。
そういう思考でジャックは新しい薬剤を口にした。
とりあえず、口の中は非常に不味いが、今すぐに呼吸が止まったり昏倒したりということはなさそうだ、とジャックはまだ挽いた粉が残る器と薬研回りとを片付けてから、食事を求めて室を出た。
今すぐ口に何か入れて、この苦さを相殺してしまいたいと焦りながら、薬効の前に、人参にはないこの苦さが障害になるのではないかという懸念で頭を痛めた。
結論として、ジャックが毒にやられるということはなかったが、異状もとい副作用は現れた。
マンドレにんじんは程度の高い強壮作用がある、つまりその夜布団に入っても、眠りに落ちることが全くできなかった。
眠るどころか、身体中が火照り、器官という器官、筋肉という筋肉が今から力を開放して働くことができると逸っているような感覚があった。
心拍数も上がっているようで、他方、精神の異常は特に起こっていないとジャックは分析する。
強壮というより興奮作用と呼ぶのが適切かもしれない。
多量ではあったが、単味でこれほどの効果を出すのであれば、体力のない者の場合は非常に気を付ける必要がある。
それから、今は安静にしているが、これが日中活動している時に作用の程度は変わるのかどうかも調べるべきだ。
明朝また同量を飲んでみるか、という結論に辿り着いても、ジャックの瞼は全く合う気配を見せなかった。
新しい薬剤の効果を、まずは一端確認できたのは喜びであったが、2日連続睡眠不足となれば、明日の診療への影響は避けられまい。
集落唯一の医師である自分が不健康の見本になるのは避けたいが、さてどうやって眠ろうか。
むしろ、今から急患の呼び出しがあれば機敏に動けるのではないか、とジャックは目を見開き、闇の中で天井の板目を見出そうとしながら分析をした。




