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第2章(2)ジャック、急患を往診する ②

あそこだろうかという推測する前に、ががっと木戸の音がして、長方形の光の穴が開き、動く人影が闇色に型を抜いている。

こちらから呼びかけるよりも先に、逆光の人物は、夜が更けつつあることも構わず「ああ、先生!」と縋るような叫び声を上げ、初冬の静寂を裂いた。


「息子の、息子が、熱が下がらなくて」


中村の若妻は、ジャックを招じ入れながら羽織を脱がせようとしながら袖にしがみ付くように掴んで離さない。


「落ち着け。母親がしっかりしないでどうする、額の布はすぐ温むんだ、せっせと冷やしなさい」


ぴしゃりと言われて、彼女ははっとして転びそうになりながら、土間から室内へ上がった。

中村夫婦にとっては初めての子であって、同居する父母もおらず知恵も借りられず、動揺するのも無理はないが、両親の動揺は子供の病を悪化させる要素にしかならない。

ぐったりしているように見えて、子供の耳は音を拾うものだ。

ジャックは枕元に膝を折って、確かまもなく5歳になるはずの中村の息子の、荒い息の顔を覗き込みながら、乱れている上掛けを一瞥する。


「暑がって、何度掛け直しても、剥いでしまうんです」


震える声で言う母親に頷きながら、ジャックは首筋に手を当て、熱の高さと、汗を掻いていないことを確認する。


「汗は掻いていないな」

「は、はい」

「咳は出ているか」

「い、いいえ」


両親相手に問診をすると、子供の両手を捕らえて脈を取る。

荒い息遣いに混じる唸り声も、心の位置の脈が浮いているのが容易に分かる邪魔にはならなかった。

診断上は子供の発熱の、典型的な例であることを確認したジャックは、東袋を解いて、三角に折ってある薬包紙のうちから1包をつまみ出した。

各種鍼も持参はして来たが、心の脈が浮く急性期の外因病に鍼は不要であると、ジャックは、薬を二つ折りにした紙に量を加減して落としながら、両親に湯冷ましを所望した。

母親がいち早くぱっと立って行ったので、ジャックは父親に息子の上体を少し起こすように指示をした。

父親が横から抱き起そうとすると、息子は朦朧としながら弱々しく暴れる。


「すぐ済むから、しっかり押さえておかないとダメだ」


この薬は特に苦くもなく、症に合っていればすんなり飲めるはずだが、仰臥したままでは水分や粉末が気管に入って危ない。

病人だから華奢だからと手加減しても、病人のためにならないと叱咤して、抱えさせた子供の唇を一旦水で湿してやると、飲む気があるのかうっすらと口を開ける。


「リアム、お薬よ、お医者様が来て下さったのよ」


母親の励ましが聞こえたのか、子供の瞼が上がって虚ろな黒目がぞろりと動いた。

ジャックは薬包紙の先を唇に近づけて、「ほら、飲みなさい。口を開けて」と促した。

子供は泣き出さんばかりに、やだ、と緩く首を振った。


「やだじゃない。苦くないから飲みなさい」

「そうよ、熱がすっと下がって楽になるから、ね、飲めるでしょ」

「うう……」


薬は嫌だが苦痛から脱したいリアムは、仕舞いには震える唇をかぱりと開けた。

ジャックはその舌の上に、子供用に減らした薬を乗せた。

それから、母親から湯呑を受け取って、中身を干させると、歪んでいた眉が緩んでいくのが分かった。

症に合っている薬は、健常者にはえずくような味でも、患者に限っては美味しく飲める。

ジャックが見立てた薬は、リアムにはぴたりと合う自信があるが、実際に子供がすんなりと飲むことで、診断の正しさの確認が取れた。

水が干され、喉が鳴らなくなったことを確認してから枕に再度頭を付けさせた。

再び目を閉じてぐったりとしている息子に気を揉んでいる両親を、ジャックは「まずはこれで一安心だ」と励ました。


「この後、どっと汗を掻くから、こまめに拭い寝間着を替えてやれ。水分も欲しがるだけ取らせるように」

「ありがとうございます、あの先生、息子は」

「いわゆる風邪だな。体の表面ですぐに抵抗したから高熱になったんだろう。ほら、もう汗を掻いてきたぞ、こうなればもう大丈夫だ。薬を一包置いていくから、朝まだきの頃合いに飲ませること」


相変わらず上掛けを蹴飛ばした子供の額や首筋には、汗の玉がじわりと浮かび始めていた。

あっと発して母親は手拭いで汗を拭い、父親は早くも着替えを探しに奥へ入っていった。

リアムの様子をもう一度確認してから、ジャックは東袋を片付けながら、


「その次の薬は、準備しておくから医院に取りに来てくれ、いずれ昼過ぎまで服薬の間を開ける必要があるからな」


と指示を与えた。


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