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第2章(2)ジャック、急患を往診する ①

寝る態勢に入っても、脳の回転がすぐに緩むわけではなく、ジャックは瞼の裏の闇に、明日の行動計画を書き綴り始めた。

起き出して顔を洗い歯を磨く、朝食を取り、診療室に必要なものが揃っているかを点検し、予約がある分の患者帳を確認して、硯に水を差して墨を擦る。

午前の診察を終わらせたら、昼食を特急で取り、まずマンドレにんじんを、他の薬剤と同様、薬研で挽いてみるつもりだ。

薬効を調べられる唯一の方法は服用であり、試行のため1本分は挽いておいた方が良い。

挽き終える頃に午後になろうから、診療の続きを行う。

予約は12人分入っていて、予約なしの体調不良者も毎日2、3人は来るので、何時に終わるかは見込みが立たない。

予約者は定期通院者で皆症状は落ち着いているが、もし厄介な新患があれば時間は延びるだろう。

最後の患者を見送り次第、夕食前に単剤で服用して心身がどうなるか観察をする。

非常に苦いのは体験済みだが、あれはひげを僅かに齧っただけであり、ある程度の量を飲んだらどうなるかを知る必要がある。

異状が出た時のために対応策も準備するか、というところまで考えたところで、玄関の木戸がけたたましく打たれる音に、ジャックは跳ね起きた。

「急患かしら」と背後で起き上がったエミリーをよそに、雨戸を一気に引き開け、冷え冷えした夜気の中へ「こっちだ」と声を張り上げる。

あっと発して駆け寄って来た男は集落の者で、提灯の火でも分かる引き攣った顔で、


「夜分誠に恐れ入ります、先生、中村でございます。急患でございます」


とどもりながら言った。

このような深夜の呼び出しは、月に1度くらい起こるので驚くことはなかったが、いつもは深い眠りにいる折に叩き起こされており、年を取るごとに身体の負担になっていた。

睡眠確保の大切さを日頃から患者に説いているジャックだったが、今夜に限っては覚醒していたことを誰にとっても幸運だと思った。


「分かった。親か、子供か」

「子供です、夜になって熱が出まして、熱が上がり続けていて、うわ言を言い始めまして」

「冷やしてはいるな?」

「は、はい。沢の水ですが」

「よし、準備する。しばし待て」


ジャックが寝所に取って返して寝間着を手早く変えたところに、間髪入れず、背中からぱっと羽織が被せされた。

袖を通している間に、エミリーが草履を運んで来る。

足袋を履いていると首巻が巻かれ、鼻緒に指を入れるなり、傍らから、こういう時のために最低限必要な道具を集めてある東袋あずまぶくろがすっと出て来る。


「暗いからくれぐれも気を付けて下さいな」


ジャックは、戸締りをと言い置いて医院から飛び出した。

連れ添った時間と慣れによって成せる技ではあったが、まあできた女房だと思ってもいちいち言わないのは、今更過ぎて照れがあるよりも、客の焦燥が伝染して緊張が高まっていたせいもあった。

空には傾きかけた上弦の月があったが、夜道はなお暗く、ジャックは中村とともに息を白くしながら速足で進む。

移動している間は、これから診る患者のことは考えない、布団で考えていたマンドレにんじんのことも考えない、歩みに集中しなければ足元が危うい。

怪我なく中村の家に辿り着くのは、この集落を受け持つ医師の義務である。

幸い、15分ばかり黙々と足を運んだところで、漏れる灯りが心持ち騒がしく見える1軒が目に入った。


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