第1章(6)オリバー、医者に依頼する ②
ジャックは、次の間の、食べかけの膳の前に座り、斜向かいの妻エミリーに茶を出すよう頼んだ。
オリバーは医師の傍らに正座する。
「あら、お昼は?」
「あ、お構いなく、食べました」
エミリーの問いかけにオリバーは慌てて首を振り、あまり時間をかけると迷惑だと早速風呂敷を解いた。
中から取り出した妖怪まがいの作物に、初対面のジャックは怖気づくことなく「オタネニンジンの亜種か?」と凝視した。
オリバーがマンドレにんじんの素性と来歴を話す間、ジャックは箸と口とをひっきりなしに動かしながらもにんじんから目を逸らさず、話が薬効の段に至って瞳だけがくっと上がった。
「そう、俺の関心事はそこだ。どうなんだ、オタネニンジンとどう違う?」
「それが、その研究所にはお医者がいなくて、具体的な効果の細かいところは、調べきれなかったらしく……」
「そんな中途半端なことで研究を成し遂げたと言えるか。使えるところまで仕上げてこそ研究だろう」
オリバーが言い淀んだ上に、ジャックはぴしゃりと被せるとともに、空になった丼を膳に置いた。
返す言葉もないオリバーが一旦口を閉じる目の前で、ジャックが手を伸ばしてにんじんを1本取った。
皮を撫で、裏に返し、匂いを嗅ぐ。
サンプルにんじんが、じっとりと探られたことへの落ち着きなさゆえに口が開いているような幻覚が見え始めたところで、
「それで、お前は私に薬効を探れと言うのか?」
「探れ、じゃないです、とんでもない。調べてもらえませんか、という相談です、医術と薬が分かるのは先生しかいませんから」
ジャックの問いは事実確認の響きだったものの、ジャックに断られてしまっては、マンドレにんじんの種を蒔く前に目論見が頓挫してしまうゆえ、オリバーは慌てて取り繕った。
「毒はないのだな?」
「ない、と思います。口に入れても大丈夫でしたし」
「薬効は薬効として、オタネニンジンは、規格外品を食用にする例もあるはずだが、そちらは私の管轄ではないぞ」
「あ。食用は無理です。苦すぎて」
「苦すぎる?」
ジャックは手中の作物を再び凝視し、細い髭を捩じり切って、オリバーが止める間もなくひょいと口に入れた。
自分の経験を思い出してオリバーははらはらとしたが、ジャックは眉こそ顰めたものの叫ぶことはなく、黙って湯呑を取って一気に流し込んでから、「確かにこれは食用は困難だな」と曖気を吐いた。
妻のエミリーが「まあ行儀が悪い」と窘めるのに軽く手で払う素振りをし、ジャックはなおマンドレにんじんを矯めつ眇めつしながら呟いた。
「藩の奨励作物にするつもりなら、藩医辺りが緻密に調べてから農業者に降ろすのが本来じゃないのか。全くなっとらん」
オリバーは、そう言われればそうだ、と思ったが、沈黙を持って同意を示した。
確かに、預けられた普及指導員が、その作物の基本的な特徴を知るために奔走しないといけないというのは効率が悪いし、どうにも藩の本気度が疑われるが、流石に勘定奉行にそれを指摘するような気概はない。
それに、仮に藩に戻せたところで、医院の軒から軒をたらい回され、結局はジャックのところに舞い戻って来そうな気がする、それほどジャックは評判の腕の持ち主なのであった。
ジャックは、悲嘆顔のマンドレにんじんの表皮を凝視したまま思案した。
オタネニンジン、薬学で言うところの人参は実にさまざまな薬に使われるが、大量生産が非常に難しい上に、肥土藩やその近郊には生産地がないせいで、何しろ高い。
もしこの化け物が人参の代わりになればその解決になる。
あるいは上位互換、または別な目覚ましい効果を有していれば、今は不治となっている病に治療の糸口が見つかるかもしれない。
人々を心地良く生きていかせることが医師としての使命であり、医術の存在意義であると考えているジャックは、最初から薬効の調査を引き受けるつもりであった。
それに、マンドレにんじんがこの集落の特産になり、集落が潤うというのなら、尚更拒むような不義理はしない。
ただ、薬効を調べると言っても相当な時間がかかるし、日々の診療もある。
「一旦、オタネニンジンの代用になるかどうかを調べてみる。詳細な効果については、数か月では分からん、下手すると年、数年単位だ。
お前達の予定には合わないかもしれんぞ、それでも良いなら引き受ける」
ジャックがそのように答えると、オリバーは目を丸くしてから、「いいですいいです、それでいいです」と首振り人形のように激しく承諾を示した。
「何卒、よろしくお願いします」
額を、ごつっとぶつかる音がするまで下げたジャックを見下ろしたジャックは、集落のためにやってやらねばという意欲を滾らせることとなった。




