第1章(5)オリバー、勧誘を試みる ④
オリバーの答えを聞き終えたハリーが、腕組みとともに問いを発した。
「佐藤さんはどうなの、そのマンドレにんじんって行けそうな印象?」
「行けそう、と言うと」
「まあいろいろあるけど、とりあえずは作付。見込みはありそうなの、それとも極めて難関?」
「どうでしょうね、どうせいつも通り一筋縄では行かないでしょうが、何とも」
「何だ、投げやりだなあ。誰よりも成功を願ってるの佐藤さんじゃないの、だから僕に声かけに来たんだろ」
確かにハリーの言う通りだとオリバーは俄かに反省をした。
「願ってはいるんですが……すいません。ちゃんと計画立てないで声がけ始めちゃって。詰めが甘いなって心折れてて」
「誰かに言われたんだ?僕で声がけ何人目?」
「……3人目です」
「あー、断られたのか」
血の気がざっと引いたが口を噤むわけにも行かず、オリバーは渋々と高橋家に至るまでの経緯を話した。
ハリーは、オスカーの意見に基本的には同意しながら、オリバーにも同情を示した。
この国に今まで存在していなかった作物の需要など掘り起こしようがないが、作り手が売れないリスクを負うのも避けるべきである。
「だから、佐藤さんは早いうちにそこも詰めていかないと。播種の時期がちょうど今頃だってそっちに意識が向くのは分かるけど、マンドレにんじんが食用なのか薬用なのか、どういう効果があるのかは先にはっきりさせないと、もしどっちもダメって分かったら、そこまでの労力が完全に無駄になるじゃない。佐藤さんも一緒にやる方も、普段の農作業があるんだしさ。始めるなら満を持しての方が良いと思うな」
オリバーは、いずれ医者のところに相談に行くつもりにはしていたが、土作りと播種が終わり様子を見てからと考えていた。
しかしハリーは、医者が結論を出すまでにかかる時間を、オリバーは少なく見積もっていると指摘した。
「あの先生なら、頼まれて断るってことはしないけど、薬効が分かるのにすぐとは行かないと思うよ。先生だって通常の診療があって忙しいだろうし。先に頼んでおかないと、それこそ年単位で時間かかるって言われたら、段取り変わって来ないかい?」
「そういえば、そう言われると、そうですね」
オリバーが訪れるつもりだった医師はこの集落で開業をしている気の置けない人であり、研究熱心であったから気軽に頼むつもりでいたが、全てが想定した通りに進んでくれるわけではなく、オリバーは悄然と頭を掻いた。
ハリーは「まあまあ」とオリバーを宥めた。
「田んぼの方が一段落してるんだったら、明日にでも先生のところに行って来なよ。まだ始まっていないんだから何とでもなるし、先生に調べてもらってる間に、僕らで作付の算段をする感じで良いんじゃないかな」
「高橋さん、え、その、やってくれるんですか!?」
「仮にオタネニンジンの代わりになれて、それで楽に作れるものなら、ここを将来的に産地にもできるだろ。オタネニンジンは良質なものなら高額で売れるというし。そういう機会は巡って来たら掴んでおいた方が良い、と思ってさ。誰が一緒にやった方が、佐藤さんが取り組みやすいってなら、俺で良ければやるよ。2人だから文殊の知恵にはならないかもしれないけど」
自信はなさそうにしながら承諾を示したハリーに、オリバーは彼を神仏と拝みたい気持ちになりながら、「ありがとうございます」と直角になるまで上体を折った。
そうやって視界が滲むのを誤魔化すつもりでもあった。
オリバーは、医師を最優先で訪問すること、また、次に会う時までに作付場所を決定しておくことを約束して、ハリーの家を後にした。
ジョージに主導はお前だと言われた時は臍を曲げたが、今は、普及指導員として今度こそ成功させてやるという気が起きていた。
そのために、決めたり行動したりしなければならないことが山積みなのだが、オリバーは今はそれを忘れ、すっかり暗くなった家路をスキップでもしそうな心持ちで辿っていった。




