第1章(5)オリバー、勧誘を試みる ②
1人失敗すると次も望み薄だと気落ちしながら、オリバーは第二候補の家へと向かった。
ジョージの家から10分強歩くと、目指していた小林オスカー本人が、ちょうど家の外で顔を洗っていた。
小林オスカーは渡辺ジョージよりもさらに若く、オリバーの2歳上で、野菜の面積もジョージには及ばないがそれなりに持っていた。
娘のオリビアがオスカーの長女と仲が良いことが母親同士にも波及し、アメリアから、勧誘するなら小林さんはどうかと提案があった。
オリバーは、何となくオスカーは受けてくれないような気がしていたが、候補探しの段階で難儀するのが嫌だったため、声をかけるだけかけてみることにしたのだった。
手拭いで顔面を擦っているオスカーが布を降ろしたところで、オリバーが片手を上げてみると、彼は目をしぱしぱさせながら「あれ、佐藤?」と首を傾げ、ども、と発声してやっとオリバーを認識した。
「今日は終わりすか」
「おお。ようやく目途立ったわ。今年は実の入り方良さげだよな?梅雨長めだったからどうかなと思ったけど」
「その後かっと晴れましたからね、でかい台風もなかったし」
「あー、そうかそれあるな。今年はラッキーだったなそうすると」
秋に収穫期を迎える作物は、台風の雨風に傷めつけられないよう祈りながらの農業になる。
米は多少の雨なら田が受け止めるためさほどではないが、強風で倒伏する恐れはあるし、野菜は水に浸かればもう終わり、果樹は収穫寸前で風に落とされてしまって対策が取れない。
「ところで、なしたの。どっかの帰り?」
オスカーに尋ねられ、オリバーは、ジョージに対してとほぼ同様に、訪問の意図を説明した。
ジョージとは異なり、オスカーの興味は試作の次の段階に向いた。
「その、マンドラにんじんってのは何処向けに作る感じなの?オタネより金は取れんのかね?」
まだ、うまく育てられるかどうかの段階で、作ったものの展開は後回しだと思っていたオリバーは、かといって口から出まかせを言うような知恵もなく、正直にその旨を答えた。
するとジョージは半笑いになって、
「そらお前、そこを先に詰めとかないと。何を良しとしてお前と一緒に作付すんだよ」
と指摘した。
彼の言う通りではあったのだが、普及指導員が勘定奉行から預かって来る作物は、この集落でうまく育つかどうかが不明な状態なのであって、収穫ができることを確認できないと何も始められない。
特にマンドレにんじんに関しては、単年で収穫できないことが分かっているため、用途や販路などはその間に並行して調べていくつもりだったが、ジョージはそれらを先に明らかにするべきだという。
農業者は稼ぐための農業をするのであり、作物に需要があるのかどうか、投機的な面が大きいかどうかすら不明なままでは、試験に挑む原動力が湧くことはないとジョージは主張した。
「お前は普及指導員だから研究でもいいじゃん、その分手当貰ってんだし。俺らは無給でやんでしょ?」
普及指導員は家臣として召し抱えられたわけではないが、一応藩の役職であったため、手当が支給されており、オリバーに限らず、時折このように当て擦られることがあった。
本人が希望せずとも藩から勝手に任命されることへの同情は誰もが抱いていたが、金を貰っているならその苦労は相殺されていると考える者の方が多かった。
特に、主力である米の担当とされた普及指導員は、とにかくどこの集落でも、毎年の米の作況がまるでその担当の尽力や素行に左右されるような迷信を抱かれ、不良の年は針の筵に座る思いをするという。
手当では、そのような心痛が贖われているはずがないのだが、普及指導員当人とその家族以外には理解されにくく、口を閉ざすのが常であった。
ジョージの主張はまだ続いた。
「これこれこういう利益がありそうだから、試験に協力してくれっつーなら分かるよ。あとさあ、一緒っつってもさ、一緒って何やんの。普及指導員なんだからお前が技術指導するんじゃん。俺らはそれに従うだけだろ?何、作業員が欲しいの?」
「いや、俺も手探りでやっていくから、本は一応あるんですけど、土とか播種とかから相談してやりたいな、と」
「本通りにやればいいんじゃねえの?」
「本をベースに、ここの土地に合わせて工夫が必要というか」
「何だ頼りねえな!お前が分かんなかったらダメじゃんよ」
ジョージは呆れ顔で首を振り振り、「俺はパス。パスパス」と言い置いて、自家に入って行ってしまった。
その扉を見つめながら、オリバーはぼんやりと、もう帰ろうかなと思いながらその場を離れた。




