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第1章(5)オリバー、勧誘を試みる ①

マンドレにんじんの試作に、一緒に取り組まないかと声をかけるべき候補から、とりあえず渡辺トーマスは除外した。

頼りにはなる人なのだが、割と感覚重視なところが、慎重になるべき未知の作物への挑戦に向いていない気がするのと、彼は住人としても農業の上でも先輩であり、対等に話し合うということはオリバーの気性ではできない。

いざという時に十分に意見できる相手でないと困ると、オリバーは渡辺は渡辺でも弟のところを訪ねた。

集落はまだ米仕事モードに支配されており、本当は全て片付き皆が肩の荷を下ろしてからの方が良いが致し方なかった。

渡辺の弟の方、渡辺ジョージは例の大きめの畑を耕作していて、実際に町へ出荷していたから、少なくとも野菜作の意欲は集落一に思われた。

彼は来年が不惑でやはりオリバーの先輩だったが、何事も慎重で即決しないところが兄のトーマスと違っていた。


一応家に行ってみたが誰もおらず、彼の家が属する作業場に回っていくと籾擦りらしい音が漏れていた。

オリバーは、ちょうど外に出て来て、野良着の前を払い始めた娘が、確かジョージの次女だったという記憶を頼りに、「お父さん中にいた?」と声をかけると、10歳ほどの娘はぱっとオリバーを見、くっと首を作業場に向けて、「お父さんお客さん!」と中へ呼びかけた。

「誰?」「分かんない!」という問答に、「あ、佐藤です」と声を張り上げて割ってみると、臼の擦り音が1台分消え、ジョージが姿を見せた。


「すいません、真っ最中だったですか」

「まあ、そろそろ終わるとこだったから。佐藤さんとこ終わったの」

「ぼちぼちです」

「何だ余裕だなあ。ヘルプに入んないの」

「普及の用事があるっつって、途中から抜けて来ました」


摺りカスでも付いたのか、分厚い眼鏡をしきりに吹いているジョージは、「普及の用事っつったら、この前お奉行に呼ばれてった関係か?」と視線を上げた。

オリバーは、マンドラにんじんのことを軽く説明し、試験作付に一緒に取り組まないかと勧誘をした。

ジョージは、オリバーの説明が終わって少し沈黙したが、


「いや、分かるよ。佐藤君の言いたいことは」


と溜め息を吐きながら眼鏡を掛け直した。

その切り出し方でオリバーは交渉失敗を予想し、実際にその通りだった。


「米一辺倒じゃ、米に何かあった時に大惨事になるからさ。ガキの頃の冷害はホント大変だった。知ってっか?」

「話だけ。俺ギリギリ生まれてなくて」


約30年前、オリバーが生まれる前々年に、肥土藩を含めた国の東部を中心に冷夏による大凶作が起こり、農業者であっても食うに事欠き、また一切の収入源を絶たれたことがあった。

それを教訓として、リスク分散のため米以外も作付することが強く振興され、当初こそ皆それに従ったが、苦難の記憶は次第に薄れ、野菜等の栽培に慣れていないこともあって、また米作だけの農業に戻って行った。

ジョージは、「そうか、まあ知ってりゃ十分だ」と頷いてから、


「だから俺は野菜もやってる、うちの家族の労力だけでさばける範囲でだけどな。だから正直、そのマンドラにんじん?って奴にも興味はある、あるんだが、正直これ以上畑にかける労力は増やせねえんだよな。基本、佐藤君に指導してもらいながらにしても、一緒にやるってことは責任があるわけよ。俺だって知恵絞んなきゃなんないけど、その余裕がない」


と謝った。

オリバーは重ねて頼むことはできなかった。

日々の手入れが欠かせない野菜を栽培し、収穫して、町へと運び販路に乗せるという作業は、専ら家族内で完結させているのだろう、それに積み上がる負担を考えてしまったのだった。

俺が主導しますからやりませんかと言えれば良かったのだが、オリバーとて手探りで取り組むのであって、協力者と相談しながら試験作付していきたいし、そうでなければ意味がなかった。


「試作の結果は知りたいからさ、寄合とかで時々教えてくれよ。いずれ皆に広めるなら、啓発って意味でも良いと思うぞ」


確かにその通りだと、オリバーは時間を取らせたことを詫びてからジョージのもとを後にした。


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