束の間の休息を
そこから数時間。
適当な店で昼食を済ませて工房に戻った俺は、自身の『付与術』をフル稼働させ、ドルンへの魔力供給とステータス強化の維持をし続けていた。
やがて――いかなる熱も通さなかった絶対の装甲は、ついにその形を崩し、ドロドロに赤熱した『獄零鋼』の原液へと姿を変えた。
「……よし。溶解の工程は完璧だ」
額の汗を拭いながら、ドルンが獰猛な笑みを浮かべる。
「ここから先は俺の領域だ。この極上の鋼と、預かってる『吸魔の赫鉱』を組み合わせて、お前さんが望んだ『鞘』の機構を完璧に組み上げてやる。……もう行きな。完成まで三日は掛かるぞ」
「ああ、頼む。……そうだ、他に必要な素材は無いのか? 鞘の『機構』の方に使う素材だ」
「そうだな……足りねぇもんは調達しようと思ってたが、よくよく考えりゃオメェの持ってるもんを使うのが手っ取り早いな。出してみろ」
俺はドルンの言葉に従い、マジックバッグから、獄零鋼以外の親蠍の素材と、スライムの素材を空いている作業台へと取り出した。
「何か、使えそうなものはあるか?」
ドルンは極上の素材群を一瞥すると、太い指で無造作にいくつかを選び出した。
「なら、スライムの核を三個と、親蠍の魔石を置いていきな。特性上、親和性が高いだろう」
「分かった」
俺は要求された部位を作業台に残し、枯渇しかけたマナに強い疲労を覚えながら、工房の扉を開けた。
外に出ると、空は既に深い茜色に染まりかけている。
俺は一つ息を吐き、ナギと待ち合わせている冒険者ギルドへと足を向けた。
◇ ◇ ◇
夕刻のギルドは、一日の探索を終えた冒険者たちで混み合っていた。
ロビーにある長椅子に、ナギが一人、退屈そうに座っているのを見つける。
「……遅いわよ」
俺の姿を認めるなり、彼女が不満げに唇を尖らせながら、預けていた金貨の釣りを渡して来た。
「手こずった。流石に相手が規格外すぎたからな」
「ふぅん。まぁ、あんな化け物の殻だものね。……宿は色々聞いて回ったけど、やっぱり『鋼の蹄亭』が一番だって話ばかりだったわ。同じ宿にした代わりに、最上階の中でも一番良い部屋を押さえておいたわよ」
「手際が良いな。……では、報告を終わらせるか。腹も減ったしな」
俺たちは受付のカウンターへと向かい、すっかり顔馴染みとなった金糸の髪の受付嬢がいる列に並び、ギルドカードと依頼書を提示する。
「双極の断層における、依頼の報告だ。数が多いから、素材は奥で出す」
「えっ……あ、はい! かしこまりました。では、奥の査定室へどうぞ」
案内された査定室には、氷の巨人を持ち込んだ時や黒鉄兵の報告時にも対応した、ベテランの査定係の男が待機していた。
「おお、あんたらか。断層に行ってたって話は聞いてたが、無事に戻ってきたんだな」
気さくに声を掛けてくる査定係の前の広い作業台で、俺はマジックバッグの口を開け、麻袋に分けておいた素材と、鞄の中に残しておいた部位を次々と並べていく。
「依頼書にあった対象の中で、採取できたものだけだがな。スライムの核に、巨大な土竜や大蚯蚓の素材。……それに、比較的綺麗な状態で残った『鍛殻の獄蠍』の子蠍の甲殻だ」
作業台に積まれた素材を確認し、査定係の男は、震える手でその甲殻を手に取った。
「鍛殻の獄蠍……見たのは何年ぶりだ?」
独り言のようにそう呟くと、彼の顔からスッと血の気が引いていく。
隣にいた受付嬢もまた、その事実に気づき、信じられないものを見るような目で俺を見上げた。
「氷の巨人に、黒鉄兵……。それに続いて、今度は人が立ち入ることすら困難な断層での採取まで……。お二人には驚かされてばかりです……」
「なんか、私も一括りにされてるんだけど……」
ナギの呟きは兎も角、短い期間で持ち込まれる貴重な素材の連続に、査定室は水を打ったように静まり返る。
だが、そんな周囲の反応を気にする事なく、俺は淡々と告げた。
「明日の朝に取りに来る。査定は任せる」
「えっ……!? あ、おい待て! これだけの高額素材だぞ。紛失防止の確認は……」
「必要無い。ここのギルドのことは信用している」
踵を返し、出口へと歩き出そうとしたところで、俺はふと立ち止まって振り返り、受付嬢へと視線を向けた。
「そうだな、名前だけ聞いておこう。明日、話も通しやすいだろう」
「えっ? あ、はい! 私、ルミナと申します!」
「ルミナだな、覚えた。……では、また明日の朝に」
俺は短く告げ、今度こそ査定室を後にした。
呆気にとられるルミナや査定係たちを背に、俺たちはギルドを出て『鋼の蹄亭』へと向かった。
◇ ◇ ◇
宿の最上階に通され、客室専用の露天風呂で汚れを落とした後。
広々とした部屋のテーブルに並べられた豪勢な夕食を、俺たちは存分に堪能した。
一頻り食事が落ち着き、食後に運ばれてきた冷たい果実のデザートに口をつけたところで、ナギがふと視線を上げて尋ねてきた。
「……ねえ。結局、ご主人様の『鞘』って、いつ完成するの?」
「三日だ。ドルンが、文字通り寝食を忘れて組み上げてくれる」
「三日かぁ……。じゃあ、その間はどうするの? まさか、またすぐにどこかの危険地帯に潜るなんて言わないわよね?」
警戒するようにジト目を向けてくるナギに、俺は添えられた温かい茶を一口飲み、淡々と返す。
「そうだな、三日もただ休むのは効率が悪い。今のうちに次の獲物を……と、言いたい所だが、この付近にめぼしい狩場は無さそうだ。口惜しいが休養だな」
「……あなた、本当に戦闘狂ね」
呆れたように肩を落とすナギをよそに、俺は今後の予定を口にする。
「時間が惜しいだけだ。……鞘が完成したら、次はいよいよ王都だ。地図で見ても、ここからだとかなり距離がある。しっかり体を休めておけ」
俺はデザートの果実を咀嚼し、嚥下してから言葉を続ける。
「明日は自由行動だ。街の中でなら好きにしていて良いぞ」
「それはありがたいけど……急に言われても、何して良いか困るわね」
「……そうだな。手を出せ」
「な、なによ。やぶからぼうに」
何故か顔を赤らめる彼女の手のひらに、俺は金貨を十枚乗せて渡す。
「……へ?」
「自由に過ごすのに金が無くては出来ることも制限されるだろう。親蠍との戦闘でも働いたからな、報酬だ」
「あ、ありがとう……。嬉しいけど……うん、すっごく嬉しいんだけど……」
ナギはじゃらりと音を立てる金貨を見つめ、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
なぜだろうか。破格の報酬を得たというのに、喜ぶどころか、どこか呆れたような、恨めしいようなジト目を俺に向けてくる。
「なんだ、足りないか?」
「十分すぎるわよ! ……もう、本当にムードとか欠片も無いんだから」
口ではそうぼやきつつも、ナギは俺の顔を見ながら、肩の力を抜いて小さく微笑んだ。
賑やかな街の喧騒を遠くに感じる静かな部屋の中。
俺たちは各々の休息に思いを馳せながら、来るべき完成の時を待つのだった。
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