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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫  作者: かおもじ


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解けぬ理由

 ドルンに『鞘』の製作を依頼してから、三日が経過した。


 約束の日の昼下がり。職人街へと向かって俺の隣を歩くナギは何故か、腰に提げた氷の魔剣よりも冷え冷えとしたオーラを纏っていた。


「……」


 無言。視線すら合わせようとしない。


 時折「ふんっ」と鼻を鳴らし、あからさまな不機嫌を全身から撒き散らしながら、俺から一定の距離を保って歩いている。


 なぜ彼女がここまでへそを曲げているのか、俺には正確に理解出来ていないが……恐らく、事の発端は二日前に遡るのだろう。



 ◇ ◇ ◇



 ――ギルドに素材を預けた翌日。俺は素材の査定と代金を受け取るべく、一人で冒険者ギルドへと足を運んだ。


 そこで、すっかり顔馴染みとなった受付嬢のルミナに声を掛けられたのだ。


『あの、カインさん……。明日、私がお休みなんです。もしよろしければ……お昼でも、一緒にいかがですか?』


 少し頬を染め、熱を帯びた上目遣いで誘ってくる彼女に対し、俺の脳内では瞬時に極めて合理的な計算が弾き出された。


 ギルドの受付嬢が持つ情報網は、決して侮る事は出来ない。他のギルドとのやり取りを通じて、未公開の魔物情報から各地域のローカルな情勢、更には裏の流通ルートまで、あらゆる情報を握っている事も少なくないのだ。


 彼女と個人的に親しくしておくことで、今後この地域を立ち回る上での明確なアドバンテージを得る事が出来る。……ついでに、昼食を共にすれば、現地の人間しか知らない美味く効率的な店を聞き出せるのではないかという算段も働いた。


『そうだな。情報収集も兼ねて、話を聞かせてもらえるならありがたい。構わないだろう』


 俺が即答すると、ルミナはパッと表情を輝かせた。


 有益な情報を得るのならば、食事を奢る程度の投資は必要だろうが……それで今後の安全と効率が買えるのであれば、安い必要経費だ。故に、双方に利のある完璧な取引が成立したのである。


 ……問題は、その後だった。


 消耗したポーション等の物資の補充を済ませて夕方に宿へ戻ると、先に帰っていたらしいナギが俺を出迎えた。


『あら、お帰りなさい! 遅かったわね。……ねえ、見てよこれ』


 彼女の背後、広々としたベッドの上には、仕立ての良い真新しい衣服や、細工の美しい髪飾りといった小物が所狭しと広げられていた。


 俺が昨日渡した十枚の金貨を使って、思う存分『自分への土産』を買い込んできたのだろう。平素の彼女からは想像もつかないほどその表情は明るく、隠しきれない嬉々としたオーラが全身から漂っていた。


『どう? こっちの服の色、似合うかしら? こっちの装飾も捨てがたいんだけど……』


 機嫌良さそうに服を身体に当ててみせるナギ。

 俺は買ってきた荷物をテーブルに置きながら、彼女が手にした布地を一瞥し、極めて客観的な評価を下した。


『ああ。生地は厚手で丈夫そうだし、装飾も動きを阻害する位置には無い。実戦でも十分使えるだろう。良い買い物だ』


『あ、いや……そういう機能性の話じゃなくて、私に似合うかどうかって……』


『それより、慣れない街の物資補充で手間取ったが、大きな収穫があった。明日、ギルドの受付嬢と昼食を摂る予定が入った。昼は別行動になる』


 そう、俺が淡々と告げた瞬間だった。


 弾んでいたナギの動きがピタリと止まり、室内からスッと温度が消え失せた。


『……それが、収穫……?』


『ああ、ルミナだ。街の情報収集に丁度いいからな』


『……そう。ふーん。へぇ……』


 氷点下まで冷え込んだ声でそれだけ言うと、彼女は広げていた真新しい衣服を無造作に畳み、そのまま背を向けてベッドに潜り込んでしまった。


『……何か問題が?』


 尋ねる俺に、返答が返ってくることは無い。


 その後、夕食が運ばれて来た後も、彼女は一言も口を開くことはなかった。ただひたすらに、豪勢な肉料理をフォークで執拗に突き刺し、黙々と口に運ぶだけだ。


 結局、眠りに就くまで、その日は一度も言葉を交わすことはなかった。



 そして翌日。


 宣言通りルミナと昼食を共にした俺は、王都への最適なルートや、治安の悪い迂回路の特定など、期待以上の収穫を得て帰還した。

 だが、宿の部屋で俺を待っていたのは――。


『おかえりなさい。さぞかし“有意義”な情報収集だったんでしょうね』


 部屋に入るなり、前日よりも更に不機嫌な顔で腕を組み、冷ややかなジト目を向けてくるナギの姿だった。


『ああ。王都までの道程や、関所の通過条件など、有益な情報が得られた』


『へえ……ギルドの受付嬢さんとの、優雅で美味しいランチタイムだものね。さぞ会話も弾んで、楽しかったことでしょうよ』


『聞きたいことは概ね聞けたし、有意義ではあったな』


 俺が素直に肯定すると、ナギの眉間がピキリと音を立てて引き攣った。


『……そうよね。ご主人様がどこの誰と食事して鼻の下を伸ばそうが、私の知ったことじゃないし? 私も気楽に過ごせて良かったわ!』


『そうか。お前もゆっくり休めたなら何よりだ』


『……っ! そういうとこよ、本当にっ!』


 そう吐き捨てるように言い放ち、彼女は勢いよく俺の顔面目掛けて、枕を放り投げてきたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 ――そして現在に至る、というわけだ。


 この丸一日、俺が何を話しかけても「別に」「……そう」「適当に」といった短い拒絶の言葉しか返ってこない。


「……」


 隣を歩くナギの横顔を盗み見る。

 相変わらずツンと前を向いたままだ。


 ……己の行動に一切の非効率なミスは無いはずなのだが。

 有益な取引をこなし、次なる目的地への準備も万端に整えた。どう考えても論理的な瑕疵は見当たらないが、今の彼女の態度は、俺の行動の何処かに致命的な誤りがあったとしか思えない。


「……なぜだ」


 俺は誰に聞かせるでもなく小さく呟き、一つ息を吐いた。

 人間の感情というものは、時として魔物の生態よりも遥かに難解で、非合理極まりない。


 ともあれ、今日で三日目だ。


 答えの出ない問いは一時思考の片隅に追いやり、不機嫌な従者を連れたまま、俺たちはドルンの工房の扉の前へと到着した。


この度は、私の作品を読んで頂きありがとうございます!

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