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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫  作者: かおもじ


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蒼き氷零の呼応

圧倒的ヒロイン力

 ひたひたと距離を詰めていた蠍の群れが、威嚇音を止め、一斉に襲い掛かってきた。


 殺到する子蠍の群れに対し、俺は『凍喰』を一閃する。

 絶対零度の冷気を纏った斬撃が、先頭を駆ける一匹の甲殻を正確に捉えた。


 だが。


 カァンッ!


 ひときわ硬質な音と共に、魔剣の刃はあっさりと弾かれた。

 刃から放たれた冷気は、蠍の内部へ一切浸透することなく、表面を滑るように霧散していく。


 強度や魔力量の問題ではない。


 極限環境で育まれた『獄零鋼』の殻そのものが、熱も冷気も完全に遮断する、絶縁体として機能しているのだ。


「……コイツの出番だな」


 俺は『凍喰』を鞘に納め、マジックバッグからドルンに作らせた黒鉄兵のハンマーを引きずり出した。


 子蠍の殻は獄零鋼を取り込んでいるとはいえ、まだ成長途上だ。完全に鍛え上げられてはいないならば、粉砕出来る可能性は高い。


 俺は迫り来る群れに対し、その巨大な質量兵器を力任せに振り回した。


「砕けろッ!」


 メシャァァッ!


 重い破砕音と共に、子蠍の未熟な殻が次々とひしゃげ、砕け散る。


 同時に、強烈な反発力に耐えきれずハンマーの表面も砕けて欠けていくが、柄から魔力を流し込むことで紫色の脈が走り、術式が即座に欠損部分を修復していく。


「……厄介な硬度だ。だが」


「ご主人様、右からも来てるわっ! 『突風ガスト』!」


 ナギの放った強烈な風圧が、群れを押し留める牽制として機能する。

 破壊と、再生。

 ハンマーを損耗させながらも力技で群れを粉砕し、あらかたの雑魚を沈黙させた、その時だった。


「ふぅ……これで全部、かしら?」


 ズズ……ズズズズズズズンッ!!


 突如として、底面のマグマをも震わせるほどの重い地鳴りが響いた。


「な、何……!? 地震……?」


「……ナギ、下がれ!」


 俺が鋭く叫んだ直後。

 奥の岩陰から、煮えたぎるマグマの川を力任せに二つに割り、ひときわ巨大な影が姿を現した。


 全長にして六メートル。

 極限環境の熱と冷気に永い時をかけて晒され、幾重にも鋳鍛され続けた、完全無欠の黒銀の装甲。


 『鍛殻の獄蠍フォージ・スコーピオン』の、母親。


 その巨大な複眼が、散乱する子蠍たちの無残な死骸を捉える。

 次の瞬間、断層全体を揺るがすほどの、鼓膜を劈くような咆哮が響き渡った。


「ギシャァァァァァァァァァァァッッ!!!」


 それは単なる獣の鳴き声ではない。己の腹を痛めて産んだ子らを蹂躙された、理性を完全に吹き飛ばした純粋な『狂乱』だった。


 親蠍は怒りのままに巨大な鋏を振り回し、自らの巣である岩柱や氷の壁を粉砕する。

 飛び散るマグマの飛沫すら意に介さず、八つ当たりのように周囲を破壊し尽くしたその視線が、ついに元凶である俺たちへと突き刺さった。


「う、嘘、でしょ……。あんなバケモノ、聞いてないわよ……」


 圧倒的な質量と殺意の前に、ナギが思わず数歩後ずさる。

 そんな彼女を庇うように前に出た瞬間、親蠍の巨体が、信じられない速度で突進してきた。


「ッ……!」


 俺は再生を終えたハンマーを盾のように構え、全身の筋力を総動員してその突進を受け止める。


 ガァァァァァァンッ!!!


「ぐ、ぅぅっ……!?」


 両腕に重い衝撃が走り、視界が白く飛んだ。

 圧倒的な速度と質量。ハンマーの柄がへし折れんばかりに湾曲し、俺の身体はそのまま岩壁まで数十メートルも吹き飛ばされた。


「ご主人様ッ!!」


 ナギの悲鳴が遠く聞こえる。俺は岩壁が崩れ落ちる中、ゆっくりと立ち上がった。

 盾にしたハンマーが巨鋏の直撃を防いだとはいえ、常人なら全身の骨が砕け散っている衝撃だ。


 ――だが、ダメージはない。


 胸元で、ドナンが打ち上げたミスリルの装甲が淡い青光を放っている。初撃は間に合わなかったが、一度発動させればこの防具はマナが尽きぬ限り、絶対の結界を形成してくれる。


「問題無い。とはいえ、あの図体でこの速度は予想外だったがな。……『ステータスチェック』」


 付与術師の眼で、狂乱する化け物のマナの流れを読み取り、経験から導き出された数値を視界に弾き出す。


鍛殻の獄蠍フォージ・スコーピオン


 【筋力 :315】

 【耐久 :282】

 【敏捷 :234】

 【技量 :112】

 【魔力 :85】

 【精神 :120】


 その結果を見て、俺は僅かに目を細めた。


 【筋力】と【耐久】。マナの総量から算出したその数値は、俺自身のステータス――筋力370、耐久365を、明確に下回っている。


 つまり、あの突進の異常な重さと装甲の硬さは、マナによる身体強化の結果ではない。極限環境で圧縮された獄零鋼という鉱石の『素の硬さ』による、純粋な物理装甲だ。


 だが、俺の視線は別の項目に釘付けになっていた。


 【敏捷】。その数値が、優に『200』を超えている。


「……なるほど。だからこその速度か」


 俺は口の中に広がる鉄の味を吐き捨て、先端のひしゃげたハンマーを握り直す。

 厄介極まりないが、裏を返せば、この死闘を生き残ればその破格のステータスを喰えるということだ。


「ついでだ。そいつも貰っていくぞ」


 どれほど素早かろうが、これだけ的がデカければ当てること自体はなんとかなる。

 俺は空いた手で、再び『凍喰』を鞘から抜き放った。


「ナギ! 少しで良い、時間を稼げ!」


「気軽に言ってくれるわね……! 『紫電』!!」


 ナギの杖から放たれた稲妻が親蠍の巨体を打ち据え、その前進を僅かに鈍らせる。


 相手の強みが純粋な物理的硬度であるなら、こちらも純粋な物理的硬度でぶち抜けばいい。


 『凍喰』自身が内包している規格外の冷気を限界まで圧縮し、物理的な質量としての『硬度』へと変換してハンマーを包み込み、纏わせる。


 それはもはや氷という概念を超えた、深い蒼を湛える不壊の結晶だ。


 だが、極限まで圧縮された氷の塊は、尋常ではない重量を伴う。


 俺は少しでも身軽になるため、左手の『凍喰』を足元の岩盤へと深く突き刺し、手放した。


「ご主人様、もう持たないっ!」


「ギシャァァァァァァァッ!!」


 再び親蠍が、巨体に似合わぬ異常な速度で殺到してくる。

 俺は硬度を極限まで高めた氷の槌でそれらを辛うじて弾きながら、防戦一方のまま、徐々に崖際へと押し込まれていく。

 的がデカいから当てられる。理屈は正しいが、反撃のためにハンマーを振りかぶる隙すら与えられない。


「やらせるもん、ですかぁぁっ!! 『紫電』!!」


 その時。

 背後から放たれた強烈な雷撃が、俺を押し潰そうとしていた親蠍の複数の複眼を、正確に射抜いた。


「ギヂッ!?」


 生まれた一瞬の硬直。


「今よ!」


「……良い援護だ」


 杖を握る手を震わせながら、ナギが必死に叫ぶ。


 熱や冷気は殻に弾かれる。だが、眼球という露出した器官に向けられた強烈な光と雷の炸裂は、確実にその視界と死角を奪っていた。


「ギ、ギギギッ!?」


 突進の狙いが外れ、親蠍の巨体が大きくバランスを崩す。

 俺はすかさず、自身に『筋力強化』を、そして親蠍に対して『敏捷強化』の術式を展開する。


 ナギが作ってくれた、値千金の隙。今の俺にとっては十分すぎる時間だった。


 俺は地を蹴り、無防備になった親蠍の巨体へと肉薄する。

 絶対的な硬度を一点付与された規格外の質量兵器を両手で握り直し、親蠍の脳天目掛けて、渾身の一撃を振り下ろした。


 ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!


 断層全体を揺るがすほどの爆発的な轟音が轟く。

 不壊の氷の槌と、完璧な絶縁体である獄零鋼の殻。極限の硬度同士が激突した余波で、周囲のマグマが大きく波打ち、突風が岩肌を削り取った。


「ギ、ヂヂヂヂヂヂヂッ!?」


 親蠍が苦痛に満ちた叫びを上げる。

 装甲は砕けていない。だが、確かな白い亀裂が蜘蛛の巣のように走っていた。


「……一撃では砕ききれなかったか」


 だが、いける。もう一撃、同じ場所に叩き込めば完全に割れる。

 そう確信した瞬間だった。


「ギ、ヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!」


 脳天を砕かれかけた激痛に、親蠍が完全に発狂した。

 でたらめに振り回された巨大な尾が岩柱を粉砕し、その瓦礫が雨のように降り注ぐ。そして、強化によってさらに跳ね上がった速度で、俺へと苛烈な猛攻を仕掛けてきた。


 暴風のような鋏の連撃と、マグマの飛沫を巻き上げる尾の突き。

 俺はミスリルの防護膜でどうにかそれを弾き落とすが、衝撃を相殺するたび、俺のマナがごっそりと削り取られていく。


「ご主人様っ! 『紫電』!」


 俺を援護すべく、ナギが再び魔法を放つ。

 だが、狂乱状態に陥った親蠍は自身を焼く雷撃を意に介さず、逆に鬱陶しい横槍を入れたナギへと、その狂った赤い複眼を向けた。


「……チッ!」


 思考より先に、俺の身体が動いていた。


 親蠍が、標的を変えてナギへと殺到する。俺は重い氷の槌を抱えたまま、その突進の軌道上へと強引に割り込んだ。右の鋏をなんとかハンマーで弾き、続けざまの左鋏もミスリルの防護膜がなんとか防ぎ切る。


 だが……それが最後の輝きだった。


 俺のマナが尽きた事で、ミスリルの胸当てから青白い輝きが失われ、機能を停止する。


 そして、それを見越したように、死角から放たれる鋭い尾の一撃。


 俺の体勢は崩れており、ハンマーを振りかぶる時間はない。防護膜を起動するためのマナも枯渇している。


 ハンマーを投げ出して回避すれば辛うじて間に合うかもしれないが……それは後ろのナギに直撃することを意味する。避けることはできない。


(……仕方ない)


 俺は、黒鉄兵アイアンゴーレムから奪った耐久力に全てを賭け、己の身体で攻撃を受け止めるための覚悟を決めた……その瞬間だ。


 パキィィッ、と。


 周囲の熱を根こそぎ奪い去るような、透き通った氷結音が断層の底に響き渡った。


「……ギ、ヂ……?」


 突如として巨大な氷柱が幾つも地面から迫り上がり、俺を両断しようとしていた親蠍の巨体を縫い付ける。


 冷気の先に視線を向けると、先程俺が手放した凍喰から、絶対零度のマナがとめどなく溢れ出していた。


 主の窮地を理解しているかのように……『凍喰(いてじき)』は自らの意思で、発動したのだ。


 静かな驚きと共に、俺は血の味を飲み込み、口角を上げた。


「……大したやつだ」


 言葉なき相棒が作り出した、値千金の数秒。


 俺は空中へ身体を躍らせ、残る力の全てをハンマーへ注ぎ込んだ。すると、それに呼応するかのように、不壊の蒼き氷が、一層輝きを増す。


「……終わりだ」


 万感の思いを込めた、最後の一撃。


 全ての重力と筋力、そして相棒の想いを乗せたハンマーが、亀裂の入っていた親蠍の脳天へと、深々とめり込んだ。


 パキィィィィィンッ!!!!


 美しい硝子が砕け散るような、甲高い音。

 極限環境が育んだ絶対の装甲が、ついに崩壊した瞬間だった。


 不壊の氷を纏ったハンマーの先端が装甲をぶち破り、その下にある体組織を完全に粉砕する。


「ギ……、ヂ…………ッ」


 親蠍の巨体がビクンと一度大きく跳ね、やがて力を失い、断層の底面へと重い地響きを立てて崩れ落ちた。


 目標が完全に沈黙したのを確認し、俺は静かにハンマーを下ろすと、ゆっくりと息を吐き出すのだった。


この度は、私の作品を読んで頂きありがとうございます!

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