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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫  作者: かおもじ


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進むべき道

「やっぱり、ここの宿が一番よね!」


「……質に関しては、申し分ないな」


 部屋へと戻り、そんな事を話しながら荷物を下ろした俺たちは、昼間に買い足した低級ポーションで黒鉄兵との戦いで負った細かな火傷を癒していく。


「うぅん、相変わらず美味しくないわね。……とはいえ、低級の方が味はマシなのは何でかしら」


「同じ量でも中級より効果が薄いのだから、単純に薬草の分量が少ないんだろう。それが結果的に、独特の風味を薄めていると考えれば合点がいく」


「なるほどねぇ。……さて、それじゃあ早速お風呂に入ろうかしら。……ご主人様も、一緒に入る?」


 ポーションの空き瓶を片付けながら、ナギがふと蠱惑的な笑みを浮かべてそんな事を口走った。


 これまで幾度となく繰り返されてきた、中身のないからかいだ。


「……いいだろう。一度に入ったほうが時間も短縮出来て効率的だ」


「……えっ?」


 余裕たっぷりに微笑んでいたはずのナギの動きが、ピタリと止まる。

 彼女は微かに目を泳がせ、口元を何度か動かしたものの、言葉を紡げずに押し黙ってしまった。


 自分から軽口を叩いておきながら、何を固まっているのか。

 不可解な反応を見せる彼女を冷ややかに見つめ、俺は真顔で告げた。


「冗談に決まっているだろう。さっさと入れ」


「……っ! も、もう! 急にやめてよね! 普段は冗談なんて言わないくせに! ……先に入って良いの?」


「ああ。念のため荷物の確認を行っておく。もし不備があって買い出しに行く事になった場合、風呂に入った後では面倒だからな」


「はぁ、相変わらず抜かりないわね。……それじゃあ、お言葉に甘えて先に入らせて貰うわ」


 ナギは何故か少し疲れた顔のまま、着替えを持って客室に備え付けられた専用の岩風呂へと向かっていった。


 その後、マジックバッグの中身を点検し、明日の探索に向けた物資に問題がない事を確認した俺は、湯から上がってきたナギと入れ替わりで岩風呂へと向かう。


「ふぅ……」


 昼間に相対した黒鉄兵との戦闘は、その特性の厄介さも相まって、俺の身体に確かな疲労と筋肉の強張りを刻み込んでいた。熱い湯に肩まで浸かり、極限まで張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。


「……『力』を手にしても、一筋縄では行かない奴らばかりだな」


 立ち上る湯気に紛れ、一人ごちる。


 どれほど強力な武具を手に入れ、ステータスを引き上げようとも、それだけでどうにかなるような甘い世界ではない。


 遥かなる頂への道程は、どこまでも険しく、遠い。


 だが、かつては目指すことすら許されなかったその道を、今は一歩ずつ歩いているという確かな実感がある。……なにより、決して違えられぬ、友との約束があった。


 だからこそ、俺は歩みを止める気には微塵もならなかった。


「必ず辿り着くぞ、ライル……」


 その呟きは、ここにはいない幼馴染のもとへ届ける、誓いのような、願いのような、そんな響きを含ませていた。



 ◇ ◇ ◇



 岩風呂から上がると、テーブルには昨晩とは趣向の異なる、最高級宿に相応しい豪勢な品々が所狭しと並べられていた。


 卓上に添えられた紙のお品書きによれば、メインはこの地方特産の『火焔鳥』を香草と共に丸ごと包み込んだ岩塩窯焼きだという。それに加え、地熱を利用して旨味を閉じ込めた色鮮やかな温野菜の盛り合わせが脇を固めている。


 木槌で岩塩のドームを割ると、閉じ込められていた肉汁と香草の芳醇な香りが一気に部屋へと広がった。


 普段は騒がしいほどに口を動かすナギだが、極上の料理を前にした時は、いつものおしゃべりが嘘のように沈黙する。


「…………っ」


 目を輝かせ、無言のまま一心不乱に柔らかな鳥肉を頬張り、至福の表情で咀嚼に没頭していた。


 対して俺は、口内に広がる複雑な味わいと調理法に自ずと思考が巡り、言葉が溢れ出る。


「……素晴らしい。ただ焼くのではなく、岩塩で密閉し地熱でじっくりと火を通す事で、肉の水分を一切逃さずに極限まで柔らかく仕上げている。香草の――」


 ……そこまで早口で語ったところで、ふと、鋭い視線を感じる。


 見れば、ナギがフォークを咥えたまま、ジト目を向けてこちらを睨んでいた。


 『いつもいつも、食事中に喋ってないで、たまには黙って味わえ』……彼女の目は、雄弁にそう語っている。


「……美味いな」


 俺が一言だけそう言うと、ナギは満足そうに小さく頷き、再び無言で料理の堪能へと戻っていった。


 ◇ ◇ ◇


「あ~美味しかった。ベッドもふかふかだし、最高ね」


 ベッドにその身を投げ出し、白い手足をさらけ出しながら、ナギが満足気に呟く。


 質の高い食事で失われたカロリーを補給し、腹の底から活力が湧き上がるのを感じながら、俺は食後の茶で静かに一息つく。


 不意に、満足気に枕に顔を埋めていたナギが、ため息混じりに小さくぼやいていた。


「……数日前に氷の巨人と死闘を演じたと思ったら、今日の昼間にはあんな鉄の塊みたいなデカブツとやり合って、明日はまた極限環境の断層へ直行だなんて……。ご主人様、少しは休むという概念を知ったほうがいいんじゃないかしら」


「知っているからこそ、この部屋を取った」


 俺は淡々と返し、持っていたティーカップを置きながら続ける。


「この高級宿の湯も食事も、疲れを取るという意味では素晴らしいものがある。……つまり、最も効率的な『休息』だ」


「休むって、そういう『質』の話じゃなくて、『時間』の話よ! 丸一日予定を空けてのんびりするとか、そういう……」


 俺のすげない返答に、ナギが呆れたようにツッコミを入れる。だが、俺は首を横に振った。


「無駄だな。負傷しているならともかく、こうして疲労が完全に抜ける環境があるなら、予定を空ける意味がない。時間は有限だ」


「……本当に、休むって言葉を知らないのね……」


 俺の容赦ない一刀両断に、ナギは半ば諦めたように小さく悪態をつき、やがて呆れたように息を吐いてベッドへと潜り込んだ。


 それを見届けた俺もまた、ベッドに入り静かに目を瞑ると、思考を閉じて明日に備えるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝。


 完全に疲労を抜いた俺たちは、朝一番で冒険者ギルドへと足を運んだ。


「おはようございます、カインさん。手続きは全て完了しております」


 昨日手配を済ませていたこともあり、黒鉄兵の討伐報酬と素材買い取り代金の受け取りは、驚くほどスムーズに終わった。


 更新されたギルドカードを懐にしまい、受付嬢の見送りを受けながら早々にギルドを後にする。


 向かう先は南東。だがその前に立ち寄ったのは、ドルンの工房だ。


「おう、遅ぇじゃねぇか。出来てるぜ」


 朝から既に高炉に火を入れていたドルンが、顎で部屋の奥をしゃくる。


 工房の床には、昨日放り投げた黒鉄兵の装甲の残骸……その全てを極限まで圧縮し、異様な密度と硬度に鍛え上げられた巨大な質量兵器が横たわっていた。


「これは……」


「なんだか、杭っていうよりつるはし……いえ、先の尖ったハンマーって感じね」


「使い捨てで構わんって話だったが、貴重な素材だ。何度でも使えるように、形も込みで一工夫入れておいた」


「……具体的には?」


「向かいのオヤジにも手伝って貰ってな。破損しても、魔力を流す事で壊れた部分が再生する術式を組み込んだ。硬さ自体が足りないなら、回数で補うって寸法よ」


「『再生』の術式か……それなりに高度な術式だと思っていたが」


「ああ、普通の武器に施すなら骨の折れる術式だ。……だが、預かった装甲は半魔石化してたからな。媒介を通す必要がなく、術式を貼り付けるだけなら、簡単なもんだ」


 その言葉の通り、表面には半魔石化の名残と、術式の効果による紫色の脈が微かに走っている。


「なるほど」


 俺は納得し、改めてその『ハンマー』に歩み寄る。そして、片手で無造作にその柄を掴んだ。


 ズンッ、と腕に圧倒的な重力がのしかかる。だが、今の俺の筋力と耐久力ならば問題なく扱える範囲だ。


「……良い出来だ」


 ミシリ、と工房の床板が悲鳴を上げる中、俺はその巨大な鉄塊を片手で軽々と持ち上げ、マジックバッグへと放り込んだ。


 その規格外の力技を目の当たりにしたドルンは、僅かに目を見開き――やがて、職人としての獰猛な笑みを浮かべた。


「……へっ。化け物じみた真似しやがる。行ってこい。極上の素材、期待して待ってるぜ」


「ああ。……すぐに戻る」


 目指すは南東。熱と冷気が渦巻く極限の地、『双極の断層』だ。


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