双極を求めて
「あぁん? お前ら、あのバカ兄貴の知り合いかぁ?」
「バカ兄貴って……なんとなく関わりありそうな気はしてたけど、兄弟だったのね」
ナギが納得したように呟くと、ドワーフは面倒くさそうに頭を掻きむしった。
「俺は弟のドルンだ。……で? あのバカの知り合いが、俺の工房に何の用だ?」
怪訝な顔を向けるドルンに対し、俺は一切の表情を変えずに本題を切り出す。
「腕が良いと聞いてな。……俺の『魔剣の鞘』を作ってほしい」
俺は腰に提げた『氷の魔剣』と、先ほどギルドで手元に残した『吸魔の赫鉱』の破片をカウンターに置いた。
魔剣は鞘に収まってなお、周囲に絶対零度の冷気を漏らし続けている。
ドルンは鬱陶しそうに目を細めたが、カウンターに置かれた剣を見た瞬間、その表情が強張った。
「……おいおい。なんだ、この剣は。異常なほどの冷気……それに、この尽きることのないマナの奔流はなんだ? おめぇ、一体こんなものを何処で……!?」
「経緯は偶然だが……。迷子の心臓を吸収させた」
「なんだと……!? メイズ・コアを剣にだと……!?」
ドルンの目が驚愕に見開かれる。だが、視線が隣に置かれた赫鉱の破片へと移ると、ドルンの目の色が、不機嫌な男のものから、純粋な職人のそれへと変わった。
流石はドナンの弟だ。言葉を尽くす前に、俺の意図を正確に理解したらしい。
「なるほどな。こっちの『吸魔の赫鉱』を鞘に組み込み、魔剣から漏れる冷気を相殺させようって魂胆か」
「ああ、出来そうか?」
俺の短い問いに、ドルンはニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
「俺を誰だと思ってやがる。その程度、できねぇとは言わねぇよ。……魔剣の冷気と相殺させるだけでいいのか?」
「……いや、それだけじゃない」
俺は魔剣の柄にそっと手を触れる。
「この無尽蔵のマナを無駄にしておくのは惜しい。だからこそ、『吸魔の赫鉱』でマナを貯蔵し、『切り札』にしたい」
「おいおい、冗談だろ? ……無限に湧き出るマナを鞘に溜め込むったって、その鉱石はマナを吸ったら吸った分だけ熱くなるんだぞ?」
「当然、無限に溜められないのは理解している。臨界量だけを機構に維持し、余剰分の熱は常に外部へと放出する仕組みにする。……極めて難しいバランスが求められるが、可能か?」
俺の言葉に、ドルンがゴクリと喉を鳴らした。
「……溜めたマナは、どう使う?」
「抜剣の瞬間……居合の形で放出し、敵にぶつける」
迷子の心臓を吸収し、変容した俺の剣は、その外見も以前とは別物になっている。
直刃だった刀身は、反りのある形……異国に存在する、『刀』に近しい姿となっていた。
故に、思いついたのが今回の『鞘』の機構だ。
常に冷気を放つ氷の魔剣にとって、氷属性の敵は相性が悪い。今後の戦いで、それは明確な弱点になる。
とはいえ、メイズコアを吸収した剣の性質を、直接変化させる事は最早不可能だ。
……だが、この機構が完成すれば、その弱点すらも完全に克服できる。
氷の巨人から奪った破格の『筋力』。
そして先ほど黒鉄兵から奪い、この規格外の抜刀の反動に耐えうるために完成させた『耐久力』。
俺がこれまで積み上げてきた全ての要素を一点に収束させる、必殺の切り札だ。
「……氷属性の魔物にもブチ込める、文字通りの必殺剣ってわけか。てめぇ、最高にイカれてやがるな!」
ドルンは呆れたように天を仰いだ後、顔を歪めるほどの獰猛な笑みを浮かべた。
「上等だ。その狂った要求、俺の腕で完璧に形にしてやるよ。……だが、マナを熱に変換して放出するって事は、実質、抜刀のたびに毎回爆発を起こすようなもんだ。鞘本体にも相応の耐久力がなきゃ、一撃でひしゃげるぞ。強靭な『抑え』になる素材が必要だ」
その言葉を受け、俺はマジックバッグから先ほど手元に残した『半魔石化した黒鉄兵の装甲』を床に放り出した。
ズドォォンッ!という重い地響きが工房を揺らす。
「なっ……こいつは、変異した黒鉄兵の装甲じゃねぇか!? しかも半魔石化してやがる……!」
「ゴーレムの外殻では無理か?」
「……ああ、無理だな。見たところ、元の強度が足りねぇ。いくら半魔石化していても、元の特性が黒鉄である以上、その金属じゃあ耐えきれん」
「……耐えられる金属に、心当たりは?」
「ある。ここから南のグラシュティア山脈と、俺たちが住むガルディアの近くにある活火山。その中央地点は、氷河とマグマ脈が直接ぶつかり合ってる『双極の断層』だ。そこに、熱も冷気も完全に無視するイカれた金属……『獄零鋼』が眠ってるはずだ」
「双極の断層……位置としてはここから南東辺りか。だが、そんな極限環境にある金属なら、当然採掘は……」
「流石に察しがいいな。当然、困難極まるぜ。……まずはその環境だ。熱気と冷気が交互に襲い来る、極限の過酷さが最初に待ち受ける」
「寒さの対策はある。……暑さは、氷の魔剣でなんとかなるだろう」
「なるほどな。……次に、生息している魔物だな。地獄みたいな場所で平気で生きてやがる奴らだ。一筋縄じゃあいかねぇ」
「それも問題ない。魔物を狩るのは冒険者の基本だ」
「腕に自信アリ、か。まぁ、あの馬鹿がわざわざ特注で防具を打つぐらいだ、相応の物があるんだろう」
「普通にお金積んだら依頼受けてくれてたけど……」
ナギが横から口を挟むと、ドルンは鼻で笑った。
「たとえ金を積まれても、見どころがなけりゃアイツは防具を打たねぇよ。……で、最後に、素材そのものの硬度の問題だな」
「それほど硬いのか?」
「いいや、逆だよ。脆いんだ。獄零鋼は適切な処理をしなければ石炭以下の硬さしかねぇ。……逆に、適切な処理をすれば熱にも冷気にも強く、剛性も十分な極上の素材になる」
「そんな脆いなら、簡単に採取出来るんじゃないの?」
「いいや……熱と冷気、二種類のマナが複雑に絡み合ってるおかげで、獄零鋼は周囲の岩盤と混ざり合って一個の存在になってやがる。獄零鋼だけを取り出すことは出来ねぇ。そんで、マナの影響で周りの岩盤は異常な密度で結合してやがる。並のツルハシじゃあ弾き返されて、逆にこっちの腕の骨が砕け散るぜ」
ドルンがニヤリと笑いながら挑発するように俺を見る。
「理屈上は、巨人のような筋力があれば、周囲の岩盤ごと粉砕して抉り出せる。裏を返せば、そんな化け物じみた真似ができねぇと、あの鋼は手に入らねぇってことだ。……どうする?」
「……可能だ。今の俺ならな」
俺は即答し、床に転がした黒鉄兵の装甲へと視線を向ける。
「……この装甲、鞘には使えないと言ったな」
「あぁ、元の特性が黒鉄である以上、硬度が足りねぇのはどうにもならねぇ。それに、熱せられた後に冷やされたら、どうなるかはお前さんが一番良く分かってるだろう」
「なら、これを加工してくれ。俺が握れる限界まで重く、そして硬くした『杭』にな」
「……おいおい、正気か? いくら鞘に使えねぇからって、半魔石化した希少な素材をただの岩砕き用の杭にするだと?」
「普通の鉄では俺の全力の打撃と異常な密度を持つ岩盤に挟まれて、一撃で砕け散るのは目に見えている。……少なくとも、この素材ならばただの鉄よりは強固な物が作れるだろう」
「……っ」
「使い捨てになっても構わない。これで極上の素材が手に入るなら、安い投資だ」
俺の淡々とした言葉に、ドルンは呆れたように息を吐き――やがて、職人としての獰猛な笑みを浮かべた。
「へっ。……どこまでもイカれた野郎だぜ。上等だ、そのふざけた杭、俺が完璧に打ってやるよ」
「決まりだな。杭の準備にどれくらいかかる?」
「今は手空きだ。複雑なもんじゃねぇし、今から取り掛かれば明日には出来る」
「分かった、それで頼む」
俺は頷き、前金としてマジックバッグから代金を取り出そうとした。
だが、その機先を制するように、ドルンが面倒くさそうに手を振った。
「金は後でいい。俺はあのガメつい馬鹿兄貴とは違うからな」
ドルンはニヤリと笑い、俺を真っ直ぐに見据える。
「金は成功報酬でいい。……仕事が全部終わって、完成した鞘をお前さんが握った後、その価値はお前自身が判断して払いな」
「……分かった。期待している」
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