灼熱の坑道《前編》
翌朝。
久々に命の危険を感じることもなく、その上で最高級の宿を堪能した俺たちは、いつもよりもゆったりと目を覚ます。
その後、朝風呂に入り、宿が用意した豪勢な朝食を腹に収め、今は入念に身支度を整えていた。
そうして出発の直前、ナギが自身の両手を握ったり開いたりしながら、不思議そうに呟いた。
「なんか、疲れが全部取れたっていうか……。すっごい回復している気がするんだけど、気のせいじゃないわよね?」
「恐らく、温泉に特殊な効果があったのだろう。マナの通り道……龍脈に近い場所を通って湧いた湯なら、不思議な話ではない」
俺が淡々と返すと、ナギは納得したように頷いた。
その言葉通り、微かな疲労すらも完全に抜き去った万全の状態で、俺たちは冒険者ギルド・ガルディア支部を訪れていた。
受付のカウンターへ向かうと、そこには昨日と同じ、金髪が特徴的な受付嬢が笑顔で出迎えてくれた。
彼女は俺たちの姿を認めると、恭しく一枚の紙を差し出してきた。
「おはようございます。大変お待たせ致しました。こちらが昨日お持ち頂いた素材の査定額となります」
氷の巨人の余剰素材の買い取り代金として提示されたのは、白金貨二枚と金貨四十五枚という、破格の報酬だった。
「んん……白銀貨……? 白金貨って……金貨百枚分って事よね……。あの巨人、魔石無しでそんな値段になるの!?」
背後でナギが小さく息を呑み、驚きを露わにする。
「はい、あのクラスの素材は中々入って来ませんので。……改めて確認致しますが、こちらの支部での買い取りで宜しかったですか? 西方での買い取りであれば確実にここよりも高い金額での買い取りが見込まれますが」
「……ご主人様、昨日のおじさんも言ってたけど、本当に良いの? 下手すれば、倍近い値段で売れるんでしょう?」
「構わん。素材の量が量だからな、マジックバッグの空きを作る方が先決だ。金はまた稼げば良い」
金が多いに越した事はないが、それが旅の妨げになっては本末転倒だ。
俺にとっての金とは、生存確率を上げるための道具に過ぎない。
「……畏まりました。では、こちらの金額で買い取りさせて頂きます!」
「ああ、頼む。……それと、この街の奥にある坑道口で、異常個体が発生していると聞いたが……討伐依頼は出ていないのか?」
俺が本題を切り出すと、受付嬢はその美しい顔を少し強張らせ、表情を引き締めて頷くと、一枚の古い羊皮紙を差し出してきた。
「旧第三採掘場に居座っている黒鉄兵ですね。物理攻撃が全く通じず、過去に依頼を受けた冒険者も何人も返り討ちに遭い、今はあの坑道口ごと完全に封鎖されています。……依頼をお受け頂けるのであれば、区画の案内図をお渡しすることも可能ですが」
「受け取ろう。……それと、採掘用の特殊資材を扱っている店を教えてくれ」
「でしたら、ギルドを出て大通りを右に行った所に、『鉄煙亭』というお店があります。あそこでしたら、大抵の資材は揃うはずです」
「助かる」
こうして必要な情報をすべて引き出し、俺たちはギルドを後にした。
◇ ◇ ◇
教えられた通り、白煙と槌音が響く一画へと向かい、分厚い鉄板で補強された石造りの重い扉を押し開ける。
「うっ……」
店内に入った瞬間、特有の硝煙の臭いと、肌を刺すような酸性薬品のツンとした刺激臭が鼻を突き、ナギが思わず声を漏らす。
薄暗い店内には、頑強な木製の棚が整然と並び、そこには魔物の腱を編み込んだ極太の鋼線や、厳重に密閉された劇薬の入った硝子瓶が所狭しと並べられている。奥の壁には、岩盤を穿つための巨大な削岩用ピッケルや、物々しい鉄の重機具が鈍い光を放っていた。
カウンターの奥からは、日に焼けて皮膚が岩のように強張った、隻眼の老親方が姿を現した。その腕には長年の硝薬の扱いで刻まれた、無数の火傷の痕がある。
俺はその無骨な親方に、迷わず目的の品を告げた。
「錬金強酸を五本。それから、削岩用の発破樽を三つ。拘束用の鋼線も、魔物の腱を編み込んだ一番太いものを束で貰おう」
親方は一瞬、残された片目を細めて俺を凝視した。どれも一流の採掘業者が頑強な岩盤を爆破し、溶かすために使うような、高価で危険な代物ばかりだからだ。
だが、金を惜しげもなく積まれると、親方は何も聞かずに奥の貯蔵庫から指定の品を運んできた。
店を出た後、マジックバッグの容量を埋めていく物々しいアイテムの数々に、ナギが少し不安げに眉をひそめた。
「……ねえ、そんな採掘用の発破樽をどこに使うの? まさか坑道ごと生き埋めにするつもり?」
「……そんな事をすれば、俺たちも生き埋めだろう。お前はゴーレムと仲良く土の中に埋まりたいのか?」
俺は少し呆れたように息をつきながら、それでも歩みを止めず、前を向いたまま返事をする。
「氷の魔剣で極低温状態にして砕くのが基本戦術だ。それは変わらん。だが、それはあくまで想定通りだったらの話に過ぎない。何せ、異常個体だからな。万が一、理屈通りにいかなかった時のための二の手、三の手は、いくらあっても多すぎることはない」
「相変わらず、徹底しているわね。……まぁ、そのおかげで雪山でも生き残ったんだけど」
ナギは小さく肩を竦めたが、その表情に不満の色はない。
俺はその表情に一定の理解を確認すると、街の中を再び歩き出した。
◇ ◇ ◇
岩峰街ガルディアは、その名の通り巨大な岩山に直接へばりつくように形成された街だ。
ギルドで受け取った案内図を頼りに、街の最奥へと進む。建物が減り、代わりに山肌へ直接穿たれた無数の巨大な坑道口が姿を現した。トロッコの軌道が縦横に走り、採掘者たちの怒号と機械の駆動音が響き渡る現役の採掘区画。
俺たちはその喧騒を横目に、案内図が示すさらに奥深く、肌を刺すような熱気と硫黄の臭いが最も強く立ち込めるエリアへと歩を進めた。
やがて、人の気配が完全に途絶えた空間に行き当たる。太い丸太と鉄条網で何重にも封鎖され、立て札には『立ち入り禁止』の文字が乱暴に殴り書きされている巨大な坑道口。
ギルドの言う通り、異常個体が棲み着いたことで完全に封鎖された『旧第三採掘場』だ。
「ここだな」
「なんか、嫌な空気ね……」
「区画の案内図に、幾つか簡易な資料が添付されていた。……どうやら、人の手が入らなくなったことでマナが淀み、魔物も多く発生しているらしい」
「ああ、マナの充満と硫黄の匂いってことね……本当に行くの?」
「当然だ。……行くぞ」
その言葉を合図に、俺たちは封鎖されたバリケードを難なく乗り越え、内部へと足を踏み入れたのだった。
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