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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫  作者: かおもじ


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35/50

相応しき称賛

 高い石造りの防壁に設けられた門をくぐると、そこは雪山の静寂とは正反対の、荒々しい活気と喧騒に満ちた街だった。


 行き交うのは屈強な採掘者や、重武装の冒険者たち。立ち並ぶ建物はどれも無骨な岩と鉄で組まれており、あちこちから鍛冶の槌音が響いてくる。


「すごい……なんだか、街全体が要塞みたいね」


 物珍しそうに周囲を見渡すナギの横を歩きながら、俺もまた初めて見る街の構造を静かに観察する。


「この険しい山脈地帯の特化街だからな。……俺も来るのは初めてだ」


「それじゃあ、宿の場所も分からないんじゃない……?」


「だからこそ、まずは冒険者ギルドに行く。あそこは人も集まるし、大衆向けの情報程度ならギルドの職員からも話を聞ける。街を初めて訪れた場合の鉄則だ。……それに、巨人の素材で圧迫されたマジックバッグを空ける必要もあるしな」


「なるほど……。それなら、早く行きましょう」


 そうして俺たちは、道行く人に場所を尋ねながら、街の中心部にある巨大な石造りの建物――冒険者ギルド・ガルディア支部へと足を踏み入れた。


 * * *


 冒険者ギルドの買い取り窓口。

 カウンターの向こうで応対したのは、理知的なエメラルドの瞳と、きっちりと纏められた金糸の髪を持つ洗練された受付嬢だった。


 どの街のギルドでも、『顔』となる受付には見目麗しい女性が配属されている事が多い。特に、比較的治安の良い日中に女性を配置し、柄の悪い荒くれ者が多くなる夜には男性が対応するのが通例だ。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「素材の査定と買い取りを頼みたい。現場で粗方の解体は済ませてあるが……少し嵩張る大物だ」


「買い取り査定ですね。承知いたしました。では奥へご案内いたします」


 にこやかに対応する女性職員の案内に従い、俺たちはギルドの奥へと歩を進める。

 すると、隣を歩くナギがツンと俺の袖を引き、微かに非難めいたジト目でこちらを見上げてきた。


「……美人相手に鼻の下、伸ばしてないでしょうね?」


「そんな事実はないし、もしそうだとして何故お前が気にする」


「……別に」


 そう言い捨てるなり、ナギはぷいっと顔を逸らして早足で先を進んでいってしまった。


「……なんなんだ?」


 突然の態度の変化に、俺は一人困惑しながらその後を追う。

 そんなやり取りを小声で交わしながら移動し、俺たちは併設された広い査定所へと通された。


 そこで待っていたベテランの査定係の男の前で、俺はマジックバッグに詰め込めるだけ詰め込んであった、巨人の素材の粗方を吐き出した。

 途端に周囲の空気を冷やすほどの極寒の気配と、その規格外の素材に、査定係の男は目を丸くして息を呑んだ。


「お、おい……こいつは氷の巨人の素材じゃないか。まさか、あんたたち二人で狩ったのか?」


「ああ……マジックバッグに保存していたから、素材の状態も良いはずだ」


「確かに、素材の状態もほぼ完璧だ……」


 ガルディアはあの巨大な雪山に程近い街だ。だからこそ、持ち込まれた素材の希少価値を正確に理解できるのだろう。周囲で作業をしていた冒険者たちからも、驚きと畏怖の混じった視線が集まる。


「……だが、なんでまたこの街で売るんだ? 雪山から離れた王都や西の商業都市まで運べば、ここと比べて倍以上の値がつく代物だぞ?」


 査定係の男の問いに、俺は淡々と返す。


「このギルドは、いちいち理由を聞かないと買い取りをしないのか?」


 俺の返答を聞いたナギが、「もうちょっと、言い方があるでしょうに……」と呆れたように小さく息を吐いた。


「あ、いや、そんなことは……。ん、待てよ。そんなことより、こいつを倒したってことは、魔石は……!?」


 新たな関心事に意識が移った査定係の男が、再び身を乗り出し、血走った目で尋ねてくる。

 魔石はこの世界において最も価値の高い部位だ。当然の反応だろう。


「在る。が、売る気はない」


 俺は即答した。


「魔石と上質な腱、それに他の素材の一部は手元に残してある。こいつの防具を新調するための素材に回すからな。換金するのは、今そこに出した余剰分だけだ」


 俺がそう告げると、隣にいたナギが少し驚いたようにこちらを見た。

 彼女が今着ているのは、リンドールで買い与えた淡い灰色のローブだ。魔蜘蛛の糸で編まれたそれは確かに良品だが、これからさらに強力な魔物を相手にしていくことを考えれば、彼女の生存能力を引き上げる専用の防具への強化は必須だろう。


「そ、そうか……。まぁ、魔石無しでも十分だ。だが、これほどの希少素材となると俺の一存じゃ値段がつけられねえ。ギルドマスターを交えてしっかり査定させてもらう。……明日の昼頃に、また結果を聞きに来てくれないか?」


「構わない。当座の資金はある」


 即金で莫大な金貨を抱えて初めての街を歩くより、ギルドに預けておく方が余計なトラブルも避けられる。俺は短く了承し、本題を切り出した。


「なら、ついでに二つ聞きたいことがある。一つは、この街で一番設備が整っていて、湯の使える清潔な宿。もう一つは、この周辺で『岩塊兵ロック・ゴーレム』が出没する場所だ」


「ははっ、あんたらこの街は初めてだな? この岩峰街は活火山の影響で地下の熱が強いから、どこの宿でも天然の温泉が湧いてるんだ。湯には困らねえよ」


 査定係の男は可笑しそうに笑うと、少し真面目な顔になって説明を続けた。


「だが、その中でも一番設備が良くて飯が美味いのは、この通りを真っ直ぐ行った先にある『鋼の蹄亭』だな。氷の巨人をポンと持ってくる位だ、金はあるんだろう。それなら、部屋に専用の温泉が付いてる最上階の特別室がおすすめだぜ」


「個室に温泉……! ねぇ、ご主人様、そこにしましょうよ!」


 男の言葉に、ナギが期待するように身を乗り出してきた。


 ――だが、その言葉とは裏腹に、彼女の視線にはどこか諦めの色が混じっている。


 以前立ち寄ったバラムの街の宿も、飯が美味く設備の整った良宿だったが、あれはあくまで実用性を重んじた選択だ。今回のような明らかな『過剰な贅沢』は、俺が却下するだろうと踏んでいる顔だ。


「……良いだろう。そこにする」


「えっ……!? ほ、本当に、いいの!?」


 あっさりと了承した俺に、ナギは完全に虚を突かれたように目を丸くした。


 俺は彼女の驚いた反応を気にも留めず、査定係の男へ向き直って話を続ける。


「で、ロック・ゴーレムはどこに出る?」


「お、おう……第二採掘場と周辺の岩場を繋ぐエリアに行けば、たまに姿を見せる。……だが、間違ってもその奥にある『旧第三採掘場』には近づくんじゃねえぞ」


「……なぜだ?」


「あそこは今、封鎖されてるんだ。普通の岩じゃねえ、特殊な鉱床を取り込んで変異した異常個体――『黒鉄兵アイアン・ゴーレム』が棲み着いちまっててな。物理攻撃が一切通らず、採掘どころじゃなくなったのさ」


 ――黒鉄兵アイアン・ゴーレム


 その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内で急速に計算が走る。

 俺の歪な器を補強するパズルのピースとして、これ以上なく最適な標的だった。


「……有益な情報だった。感謝する」


 俺は短く告げ、そのまま踵を返して査定所を後にする。そして受付まで戻ると、素材の鑑定に関する事務処理を簡単に済ませ、ギルドから出ていくのだった。



 ◇ ◇ ◇



 査定係に教えられた『鋼の蹄亭』は、確かに値段に見合うだけの設備が整った最高級の宿だった。

 通されたのは、初夏の涼やかな夜風が吹き抜ける、清潔で広々とした特別室だ。


「うわぁ……広いし、すっごく綺麗……。ベッドもふかふかじゃない」


 部屋を見渡したナギが、感嘆の声を漏らして調度品をそっと撫でる。

 だが、俺は彼女の反応を特に気にする事なく、荷物を下ろして淡々と装備を解き始めた。


「確かに、良い宿だな……」


 なにより目を引くのは、部屋の奥に併設された客室専用の岩風呂である。

 地下から引かれた天然の温泉が絶え間なく注ぎ込まれ、湯気を立ち昇らせている。他者の目を一切気にすることなく、好きな時に熱い湯に身を沈めることができる、至れり尽くせりの空間だった。


 俺とナギは交代で存分に温泉を浴び、雪山の冷気と荒野の砂埃で汚れていた身体の芯まで温めた。


 湯上がり。過酷な道程で少し強張っていたナギの肌にも、温泉の熱で健やかな血色が戻っている。


 その後、部屋の広めのテーブルに豪勢な夕食が運ばれてきた。

 宿の給仕が恭しく料理の説明をしていく。メインとなるのは、この地方特産の『岩角牛』という魔物の厚切りステーキだ。それに合う、こちらも地方の銘柄米である『白鉱米』が用意されている。


 俺は切り分けたステーキを口に運び、咀嚼し、嚥下したところで、思わず小さく感嘆の息を漏らした。


「……見事だ。この塩、単なる岩塩じゃないな。微かに硫黄と鉄分の気配がある。温泉の熱と地層のミネラルを含んだ特殊な塩だろう。それが赤身肉の野性味を完全に抑え込み、香草の風味を極限まで引き上げている。そして何より、この溢れ出す肉汁と脂を受け止める白米の炊き加減が絶妙だ」


 美味い食事を前にして、俺の口は思考をそのまま垂れ流すように滑らかに動く。


「……」


 俺が料理への熱い想いを語る横で、ナギは俺の言葉に一切相槌を打つことなく、もきゅもきゅと無言のまま口を動かし、幸せそうに肉と白米を頬張っていた。


 一頻り食事が落ち着き、食後の冷たい果実のデザートに口をつけたところで、ふとナギが不思議そうな顔でこちらを見てきた。


「……でも、意外だったわ。この宿、一人一泊金貨2枚よ。ご主人様ったら、どういう風の吹き回し?」


 俺はデザート用の小振りなスプーンを置き、淡々と答える。


「……あの戦いは、一歩間違えれば全滅していた。そこを乗り越えられたのは、間違いなくお前の功績だ。だからこその信賞必罰……それだけだ」


「……あ、あら、そう……」


 素直に褒められると思っていなかったのだろう。ナギは完全に虚を突かれた顔をした後、少しだけはにかむように視線を逸らし、残りの果実を口へ運んだ。


 俺も備え付けの茶を一口飲み、明日の行動について口を開く。


「明日はギルドで代金を受け取った後、北東にある旧第三採掘場へ向かう。標的は『黒鉄兵アイアン・ゴーレム』だ」


 ナギの手がピタリと止まる。


「ちょっと待って。さっきギルドの人が、物理攻撃が一切通らない異常個体だって言ってたわよね……? 私の魔法なら倒せるかも知れないけど、それじゃ意味が無いし……どうするつもり?」


「普通に斬り合えばな。だが、鉄という金属は極低温下では急激に靭性を失い、ガラスのように脆くなる性質がある」


 俺は腰の傍らに置いた『氷の魔剣』へ視線を落とした。


「この魔剣の冷気で装甲を限界まで凍てつかせれば、あとはどうにでもなるだろう。……力任せに剣を振るう必要もないから、俺の身体への負荷もない」


「……」


 俺の淀みない説明を聞き終えると、ナギは呆れたように小さく息を吐いた。


「……あなた、本当に何でも知ってるわね」


「何でもは知らん。……生き残るために必要な『理』を知っているだけだ」


 俺が淡々とそう返すと、ナギはくすりと小さく笑った。


「なるほどね。……本当に、合理的なご主人様だわ」


「一応、賛辞として受け取っておこう」


 俺は短く応じ、残りの茶を飲み干した。

 氷の巨人の力を喰らい、手にした新たな手札。それを行使するのに、思いがけず鉄の魔物は格好の的だった。


 俺の『器』を一段上に上げる為の準備は、徐々に整いつつあった。


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