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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫  作者: かおもじ


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氷の螺旋と岩峰街ガルディア

 消滅した迷宮の残滓を背に、極寒のクレバスの底をさらに奥へと進む。

 だが、その歩みは一時間も経たずに唐突な終わりを迎えた。


 切り立った巨大な氷壁が、我々の行く手を完全に塞いでいたのだ。

 左右を壁に挟まれた一本道の果て。見上げるほどの高さまで垂直にそびえ立つ絶壁であり、完全な行き止まりである。


「……嘘でしょ。ここで行き止まり?」


 ナギが絶望混じりの声を漏らし、険しい氷壁を見上げた。


「引き返すか、よじ登るか……二択だな」


「引き返して、あてはあるの……? 元々このクレバスには落ちてきただけなんだから、反対側に進んだって、同じように行き止まりの可能性もあるでしょう……?」


 ナギの言う通りだ。そもそも安全なルートを下って来た訳では無い。上に続く道があるという保証が、そもそも無いのだ。


 俺は腕を組み、静かに思考の海へと沈む。

 手持ちの手札で打開策を計算しようとする俺の意識に、ふと、奇妙な感覚が割り込んできた。


 ――トクン、と。


 腰に提げた使い慣れた鞘の奥で、微かな冷気の脈動を感じる。

 視線を落とすと、迷宮の心臓メイズ・コアを取り込んで変容した『氷の魔剣』が放つ異常な冷気によって、鞘の表面が凍り付いていた。


 ……論理的な計算ではない。


 だが、この魔剣が俺に呼び掛けているような、そんな感覚が過る。まるで、『俺を使え』と叫んでいるかのように。


「……もう一つ、選択肢があるかもしれん」


 静かな沈黙を破り、俺はゆっくりと魔剣を引き抜いた。


「え……?」


 怪訝な顔をするナギをよそに、俺は魔剣の切っ先を地に刺した。


 すると、俺の意思に呼応するように、魔剣そのものが内包する尽きることのない冷気を放ちながら、周囲の環境マナをも強引に吸い上げ、足元の氷面へと干渉していく。


 ゴゴゴゴゴォォォォッ……!


 地鳴りのような低い音と共に、地面が徐々に迫り上がる。

 やがて分厚い氷の塊がメキメキと音を立てながら形を変え、空に向かって滑らかな弧を描きながら、堅牢な氷の螺旋階段を構築していく。


「……ねぇ、魔剣って、こんな事もできるものなの……?」


 魔術の常識を根本から破壊する圧倒的な光景に、ナギが畏怖すら混じった声で呆然と呟いた。


「人の手で作られた魔剣では不可能だろうな……迷子の心臓(メイズ・コア)に触れた特殊な魔剣だからこそだろう」


 俺は魔剣を鞘に納め、完成した氷の螺旋階段へと足を踏み出す。


「行くぞ」


「……本当に、規格外ばかりね」


 呆れ半分、感嘆半分の息を吐き、ナギが俺の後を追う。


 滑ることも崩れることもない、完璧に計算された氷の階段。それを一段ずつ踏み締め、数十メートル……或いは、それ以上の高さがある絶壁を登り切る。


 やがて最後の一段を登り終え、山の頂――反対側の尾根へと躍り出た瞬間。


「……あ」


 ナギの口から、無意識の吐息が漏れた。


「……ほう」


 俺の口からも、柄にもなく感嘆の息が漏れていた。

 思わず足を止め、その景色を見つめる。


 山頂を境にして、世界の様相が完全に裏返っていた。

 これまで俺たちを苦しめていた灰色の猛吹雪は嘘のように晴れ渡り、頭上には吸い込まれそうなほどに澄み切った、果てしない蒼穹が広がっている。


 眼下に広がるのは、見渡す限りの広大な雲海と、その合間から顔を覗かせる険しくも美しい山脈の連なり。

 朝の太陽が雪化粧をした峰々を照らし、世界全体が黄金色と白銀の鮮やかなコントラストに輝いていた。


「……綺麗」


 ナギが杖を抱きしめるようにして、その絶景に見惚れている。

 生存と効率のみを追い求めてきた俺の冷え切った思考にすら、確かな熱を灯すほどの、圧倒的な自然の美しさがそこにはあった。


「……悪くない景色だ」


 ふと漏らした俺の言葉に、ナギが横顔を向けてきた。澄んだ風に黒髪を揺らしながら、彼女は静かに問いかけてくる。


「……ねぇ、ご主人様。何故、そこまで強さを求めるの?」


 死地を進んで踏破し、己の器を壊してまで得た規格外の力。その執念の根源に対する、純粋な疑問だった。

 絶景が俺の口を少しだけ滑らかにしたのか、あるいはただの気まぐれか。俺は雲海の彼方を見据えたまま、淡々と事実を口にした。


「昔、友と約束した。子供の、他愛もない約束だ。『世界一の剣士になる』とな。……だが、俺の夢は早々に潰えた。付与術師が見られるような夢じゃないからな」


「……」


「だから俺は、幼馴染だった友を世界一の剣士にするつもりだった。隣に立ち、奴が夢を叶えれば、そこに俺の夢を乗せられると思ってな」


 俺の付与術があれば、それは不可能ではないと本気で信じていた。


「……だがそれも、俺が早々にアガリを迎えたことで、アッサリと終わりを迎えた」


 レベルの頭打ち。成長限界。残酷な世界の理。


「このまま一緒にいれば、いずれ俺が奴の足枷になるのは明白だった。だから俺は、自ら身を引いた。パーティーから抜け、別々の道を進んだ……ただ、それだけのことだ」


「……そうやって一人になって、私たちに会ったってことね……」


 ナギの呟きには、同情とも共感ともつかない、微かな震えが混じっていた。


「……柄にもなく、少しばかり喋りすぎたようだ」


 俺は自嘲気味に短く息を吐くと、意図的に普段の思考へと意識を切り替え、黄金色に輝く雲海の下――次の目的地があるだろう方角へと視線を向ける。


「さあ、山を下るぞ」


「……ええ」


 澄み切った冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、ナギがどこか晴れやかな顔をしながら頷く。


 歩き出そうと踵を返した俺の背中に、ふと、ナギの凛とした声が届いた。


「私が……私がしてあげるわ。ご主人様を、『世界一』に」


 俺の足がピタリと止まる。

 振り返ると、そこにはまっすぐな視線でこちらを見据えるナギの姿があった。


 完全に虚を突かれた俺の口元には、自分でも驚くほど自然な、微かな笑みが浮かんでいた。


「ふっ……せいぜい期待させてもらおう」


「あ、なによ! 信じてないでしょう!」


 どこまでも広がる快晴の空の下、むくれるナギを背に、俺たちは確かな足取りで雪山を下る道のりへと歩みを進めた。



 ◇ ◇ ◇



 ――そこからの道のりもまた、決して平易なものではなかった。


 万全とは程遠い重い身体を引きずりながら、丸一日かけて、なんとか巨大な雪山を下り切った。だが、当然山を下りて終わりではない。そこから更に、街道沿いをひたすら歩き続けること二日。


「……まだ、次の街に着かないの?」


「俺も山脈を越えたのは初めてだからな。正確な距離は分からん。……だが、地図を信用するならば、そろそろ見えてくる頃合いだ」


「その地図、間違ってたら、恨むわよ……」


 その最後の会話から、歩くこと一時間。


 荒野を抜けた先、切り立った巨大な岩山にへばりつくようにして作られた堅牢な街並みが、ようやくその全貌を現した。


 ――岩峰街ガルディア。


 この険しい山脈地帯を拠点とする冒険者や採掘者たちが集う、高い石造りの防壁に囲まれた城塞都市だ。


「ようやく……ようやく、人間らしい生活ができそうね……」


 土埃に塗れ、疲労困憊といった様子のナギが、街の門を視界に捉えて心底ホッとしたように息を吐き出す。


 マジックバッグのおかげで常に温かい食料は腹に入っていたが……彼女の言う「人間らしい」とはそういう問題ではないのだろう。


 上空では猛吹雪が吹き荒れ、底は冷気の塊に包まれた地獄のような死の世界。そこを抜けたと思ったら、人の気配もない、辛うじて道があるだけの荒れた荒野。単純に人と文明の気配が恋しい、と言った所か。


「……そうだな」


 俺は小さく独りごちて、同意を示すように頷いた。


「何はともあれ、まずは拠点となる宿の確保だ。行くぞ」


「ええ、もちろん。……早く温かいお湯に浸かりたいわ」


 過酷な雪山での死闘を越え、確かな『力』と『理』を手にした俺たちは、新たな拠点となる堅牢な城塞都市へと、その足を踏み入れた。


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