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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫  作者: かおもじ


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もう一つの成長

 俺の意識が再び浮上したのは、ポーションの薬効による微熱が引き、いくらかの時間が経過した頃だった。


 瞼に意識を向けるとスッと押し上がり、直に天幕の灯りが目に入る。先程までの鉛のような重さは感じない。全身に意識を向けてもそれは同様であり、身体と神経が一致しない感覚もなく、マナ回路も概ね復調したのを感じ取れる。


「ふむ……」


 そうして、そのままゆっくりと身を起こす。

 二本分のポーションの薬効と睡眠のおかげで、折れていた肋骨や脚の骨もある程度は癒着していた。もちろん、動かすたびに顔を顰めたくなるような激痛は走るが、生存には支障ないレベルだ。


 俺は軋む身体を庇いながら、傍らのマジックバッグに手を突っ込んだ。

 そこから取り出したのは、街で仕入れておいた、湯気を立てる熱々の肉入りシチューと、柔らかい白パンだ。


 ポーションの薬効は強力だが、強制的な細胞再生は肉体に多大な負荷を強いる。その副作用に耐えるためにも、まずは温かく栄養価の高い食事を胃に入れる必要があった。

 やがて肉の旨味と、ミルクが溶け込んだような優しく甘い匂いが、狭い天幕の中に満ちていった。


「……ん……」


 濃厚な匂いに鼻をひくつかせ、毛布の山がもぞもぞと動く。ナギが目を覚ましたのだ。

 匂いに引き寄せられるように寝惚け眼を擦りながら身を起こした彼女は、木椀を手にしている俺と目が合い――完全に動きを止めた。


「……は?」


「目が覚めたか。……どうした?」


 俺が淡々と告げると、ナギは信じられないものを見るような目で、俺の全身をジロジロと観察し始めた。


「どうした、じゃないわよ……。腕の肉は裂けてたし、肋骨は突き出てたし、脚なんてあり得ない方向に曲がってたのよ? ……なんで普通に起きて、ご飯食べてるのよ……」


 安堵よりも先に、未だ青白い顔に驚愕が張り付いている。


「お前が飲ませた分と、自分で飲んだポーションの効果だな。中級を二本も消費したんだ。ある程度の怪我なら治る。あとは飯を食って自然治癒力に任せるだけだ」


「……瀕死の状態はどう考えても、『ある程度』の範囲超えてるでしょ……」


 呆れ果てたようにため息をつきながらも、その声には確かな安堵の響きが混じっていた。

 俺はもう一つ木椀を取り出し、シチューをナギに手渡す。


「食え」


「……言われなくても、食べるわよ」


 ナギは椀を受け取ると、両手で包み込むようにしてその温もりを確かめ、ゆっくりと口をつけた。

 作り立てのシチューの温かさが、極寒の谷底で冷え切った胃の腑に落ちていくのを感じているのだろう。彼女の顔から強張りが抜け、微かに朱が差していく。

 無言のまま、俺たちは生存のための栄養を体内に流し込んだ。


 食後。


「はぁ……」


 温かい食事と水分で一息ついたナギが、自身の両手を握ったり開いたりして魔力の巡りを確認している。

 やがて彼女は俺の隣へと膝行で近づき、鞘で固定されたままの右脚へと両手を翳した。


「……気休め程度にしかならないけど」


 淡い光が彼女の手のひらから零れ落ち、俺の脚へと吸い込まれていく。

 【治癒ヒール】。魔術師が使える初歩的な回復魔法だ。ポーションのように劇的に骨を繋ぐような効果はないが、細胞の活性化を促し、痛みを和らげる効果がある。


「……悪くない」


 神経を焼くような痛みがゆっくりと薄らいでいくのを感じながら、俺は短く応じた。


「……それで。これからどうするつもり?」


 魔法を掛け終え、短く息を吐いたナギが尋ねてきた。

 その瞳には、すでに現状を把握しようとする落ち着きが戻っている。


「今日はこのまま休む。一晩経てば、三本目の中級ポーションを飲んでも肉体が耐えられるだろう。そうすれば、最低限の戦闘に耐えうる程度には回復するはずだ」


「なら、明日にはここを出られるのね」


 ホッと安堵の息を吐き、彼女の顔に微かな明るさが差す。


「そうだな。移動は早い方が良い」


 俺が淡々と告げると、ナギは少しだけ顔を顰めた。


「流石に、これ以上ここでは戦わないわよね……?」


「……物資さえあれば、このまま山頂を目指しても良かったが……中級ポーションが残り二本しかない。明日も使えば一本だ。加えて言えば……」


「……何よ?」


 俺は自分の右腕を見つめながら、その拳を軽く握り込んだ。すると、右腕全体にミシッと軋む様な痛みが走った。


「今の俺の身体は、ひどくバランスが悪い」


「……バランス? あっ、それじゃあ、巨人の力を『喰えた』のね……!」


「あぁ……だが、巨人を喰ったことで、俺の『筋力』は飛躍的に上昇した。だが、『耐久』はそれに全く追いついていない。……迂闊に全力で剣を振れば、敵を斬る前に俺自身の筋肉と骨が自壊する」


「……はぁ? 何よそれ。せっかく死に物狂いで力を手に入れたのに、全力で戦ったら自爆するってこと?」


「そうだ。強力すぎる武器は、使い手の器を簡単に壊す。今の俺はまさにその状態だ。ポーションの残りも心許ない以上、今はリスクが高すぎる」


「……それって、回復手段さえあれば、自分の身体が壊れても良いって言ってるのと一緒じゃない」


 額を押さえながら、ナギが呆れたようにそう呟く。


「必要ならそうするだけだ。……では明日、身体が動くようになれば下山するぞ」


「……私はご主人様の命令に、従うだけよ」


 そう口にしながらも、ホッと肩を撫で下ろすナギ。

 極寒の雪山での過酷なサバイバルがようやく終わる。その安堵が彼女の顔に広がったのを確認し、俺は小さく息を吐いてから、次の予定を口にした。


「今回の山行で『筋力』は過剰なほどに手に入った。次は、この力に見合うだけの『耐久』を補填しなければならない」


「……え?」


 ナギの動きがピタリと止まる。


「下山し、街で体制を立て直したら、次は岩山へ向かうぞ」


「ちょっと待って。今、下山して休もうって話になったばっかりじゃない」


「休むとは言っていない。次の標的は、極端な物理耐性と耐久力を持つ『ゴーレム』だ。奴の耐久を喰うための準備を整える」


 当然のようにそう告げると、ナギはポカンと口を開け、やがて深々と、心底呆れ果てたような長いため息を吐き出した。


「……アナタって人は、本当に……」


「なんだ」


「死の淵から生還したばっかりなのに、もう次の死地に行く計算をしてるなんて。……本当に、頭がおかしいわ」


 そう言って悪態をつくナギ。

 だが、その声には不思議と悲壮感はなかった。むしろ、その呆れ顔の奥には、どんな絶望的な状況でも決して止まることのない主人に対する、微かな信頼のようなものが滲んでいた。


「魔術師も、一つ術式を覚えたらまたすぐに次の術式修得に取り掛かるだろう。同じことだ」


「……全然違うわよ。この戦闘狂」


 ナギは毒づきながらも、どこか諦めたように小さく息を吐いた。


 そうして、一息ついたところで、俺は天幕の外――暗闇に沈むクレバスの底へと視線を向けた。


「やはり、懸念はアレだな……」


「……なに?」


「氷の巨人の死骸だ。クレバスの底とはいえ、魔物を引き寄せる可能性がある」


「ご主人様のバッグには……流石に無理よね」


「あぁ、あの巨体は入らん。……そこは『氷鳴の魔石』の効果に懸けるしかないな」


 俺の言葉に、ナギの顔が僅かに強張る。


「……祈るしかないわね」


 ナギは少しだけ身震いをして、己を抱きしめるように両腕を擦り――ふと、その自身の両手を見つめた。

 そして何かに思い至ったように、ハッと顔を上げる。


「……ねえ。今更なんだけど」


「なんだ」


「私、巨人の攻撃を杖で受け流したじゃない? もちろん、アイツが瀕死だったってのもあるんでしょうけど……あの時、何故か前より身体が軽く感じたんだけど、何故かしら……」


 俺は小さく鼻を鳴らした。


「なんだ、気づいていなかったのか」


「え?」


「お前自身のレベルアップについてだ」


 俺は付与術師としての視座で、ナギの全身を巡るマナの流動を読み取り、正確な数値を弾き出した。

 そして傍らのマジックバッグから手頃な紙とペンを取り出すと、サラサラとその数値を書き記し、彼女へと手渡す。


 【ナギ:レベル42】

 【筋力 :91】

 【耐久 :93】

 【敏捷 :105】

 【技量 :155】

 【魔力 :229】

 【精神 :218】


「……お前の現在地だ」


 俺が淡々と告げながら渡したその紙切れの数値に、彼女は文字通り絶句し、ポカンと口を開けたまま固まった。


「嘘……れ、レベル42!? ちょっと前まで28だったのよ!? いくらなんでも、そんな急な上昇あり得るの……?」


「簡単な理屈だ。俺が『アガリ』を迎えているからだ」


「ご主人様の、アガリ……?」


「そうだ」


 俺は淡々と種明かしをする。


「俺の器はすでに限界に達している。だから、魔物を倒しても通常の形では『経験値』――放出されたマナを、これ以上体内に取り込むことができない」


「それは前にも聞いたけど……」


「だからこそ、俺は付与術を掛けて対象から直接『喰らう』。……巨人の力は直接俺の器にねじ込まれたが、道中で倒した魔物から溢れ出たマナは、何処に行ったと思う?」


 俺の言葉の意図に気づいたのか、ナギの目が大きく見開かれる。


「放出された莫大な経験値は、俺の満杯の器には入らず弾かれる。結果、一番近くの空き容量のある器へすべて流れ込む」


「それって、つまり……」


「あぁ。道中の白牙豹、魔像、そして白魔蛇。全てのお前のものになった訳だ」


 ナギは信じられないといった様子で、首を横に振った。


「でも、それにしても異常じゃない? いくら経験値が私に集中したって……魔力はともかく、魔術師の私の筋力と耐久がこんなに上がるなんて」


「……吸収するマナの『質』に左右された結果だな」


「質?」


「あぁ。マナには元の持ち主の性質が色濃く残る。今回、お前のレベルアップに最も寄与した莫大な経験値源は、あの強靭な肉体を持った白魔蛇だ。奴の質の高いマナを取り込んだことで、お前の筋力と耐久が大きく底上げされたんだよ」


「……魔物を倒した経験値の質が、成長の方向性にも影響するってこと……?」


「そういうことだ。さらに言えば、格上のマナを取り込んだ方がレベルは上がりやすい。そして俺はアガリを迎えて経験値を吸収できない、いわば『透明人間』だ」


 俺は痛みの引き始めた左腕をゆっくりと動かしながら、結論を口にする。


「判定としては、お前が一人で格上の魔物を連戦で倒した状態なのだろう。それならば、この異常な上がり方と不自然なステータスの伸びにも説明がつく」


 ナギは震える手で、俺から渡された紙切れと自身の両手を交互に見つめている。

 ただ守られるだけの足手まといではなく、彼女自身の肉体もまた、この過酷な道中を経て強力な魔物の経験値を吸い上げ、強靭な器へと進化していたのだ。

 巨人の攻撃に反応し、受け流すことができたのもそれ故である。


「……これも、アナタの計算通りなの?」


「……言ったはずだ。お前の存在は、既に俺の戦術に組み込んであると」


 俺が事もなげに言うと、ナギは呆れたように小さく息を吐いた。

 だが、その直後。彼女の口元から、思わずといった様子でふわりと柔らかな笑みがこぼれた。


「……なんだ。自分が強くなったことが、そんなに嬉しいのか?」


 柄にもなく笑みを浮かべた彼女に、俺が不思議に思って尋ねる。

 するとナギはピタリと動きを止め、それから深々と、心底呆れ果てたようなため息を吐き出した。


「……全然違うわよ」


「ならば、何だ」


「自分で考えなさいよ、朴念仁」


 ぷいっとそっぽを向いて毒づくナギ。


 だが、その横顔には――微かな誇らしさと、確かな喜びの色が浮かんでいた。


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