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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫  作者: かおもじ


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氷晶の魔像

 バラムの街を出発した俺たちは、数日の道程を経て、ついに目的の地へと到達した。


 目の前にそびえ立つのは、天を突く巨大な絶壁。グラシュティア山脈だ。

 季節は初夏。麓付近の雪はとうに溶け落ちて土と岩肌が顔を覗かせているが、中腹からは所々白いものが散見される。その更に上へと視線を伸ばすと、全てが一色に塗り潰された『万年雪』の領域がハッキリと見て取れる。


「……これが、グラシュティア山脈。下から見上げるだけでも、圧倒されるわね……」


 ナギが、分厚い雪雲に隠れた上層を仰ぎ見て小さく息を呑んだ。

 ここからでも、上空で荒れ狂う風の音が地鳴りのように響いてくる。


「ああ。登れば登るほど季節が逆行する。上層は人間の生存を許さない死の世界だ」


 俺は淡々と告げながら、腰のマジックバッグからゼフの店で整えた『不知の歩靴』と『焔脈の指輪』を取り出し、ナギへと手渡した。


「履き替えろ」


 ナギは無言で受け取ると、素直に靴を履き替える。そのまま魔道具へ微弱なマナを通すと、生地が自律的に収縮し、彼女の足のサイズへ隙間なくぴったりとフィットした。次いでその細く白い指に、指輪をはめ込んだ。

 ナギの手元で微弱なマナを放つ指輪の輝きを見届けると、俺自身も手早く装備を身につける。


 リンドールに拠点を置いていた五年間、何度かこの山での依頼をこなしたが……万年雪の領域は入るルートによって全く違う顔を見せるため、過去の経験は当てにならないだろう。……逆に言えば、万年雪の領域に入るまでの道程は、迷わず進めるということでもあるが。


「……準備は出来たか?」


「ええ。……精々、足手まといにならないようにするわ」


「よし。……行くぞ」


 俺たちは短く言葉を交わし、グラシュティア山脈へと足を踏み入れた。



     * * *



 山脈へ入り、標高が上がり始めた直後。

 まだ雪の欠片すら見当たらない、土と岩肌が剥き出しの道を歩きながら、ナギは周囲を見回した。


「……地獄だなんだって脅されたけど、今のところは普通の山道って感じね」


 傾斜も緩く、歩くことに慣れた冒険者にとっては苦になるほどの負荷はまだ感じない。そのためか、ナギの足取りは軽く、口を突いて出る言葉にも余裕があった。


「……その余裕がいつまで続くか見物だな」


 夏場とはいえ、これから向かうのは『死の世界』だ。それをまだ理解し切れていないナギに少し呆れつつもそう返す。


「そっちこそ見てなさいよ、これでも一応冒険者だったんだから」



 ――ナギがそんな軽口を叩けたのも、案の定最初の数時間だけだった。

 標高がさらに上がり、中腹へと差し掛かる頃、山道の様相は一変する。


「……はぁっ……、はぁっ……」


 季節は初夏、吹き荒れる風はまだ凍えるほどではない。だが、足元の環境が最悪だ。麓では固い土を踏んでいた足元も、今や厄介な雪の斜面へと変わっている。

 気温差で溶けては凍ることを繰り返した重く湿った雪――いわゆる『腐れ雪』の地帯だ。


 一見すると固く締まっているように見えても、体重をかけた瞬間に氷の層が割れ、ズボッと膝上まで深く沈み込んでしまう。その『踏み抜き』から重い足を強引に引き抜く作業の連続が、容赦なく体力を奪っていく。


 出発前の三日間、体術の向上と並行して基礎体力を底上げしてこの山に臨んだが……泥沼のようなこの過酷な行軍は、底上げしたはずの彼女の限界をとうに削りきっていた。


「……足が止まっているぞ。息を整えろ」


「分かっ、てるわよ……。でも、足場が……重くて、足が、鉛みたいに……。もう、限界……」


 ナギは白銀熊のマント越しに荒い息を吐き出し、膝に手をついた。

 疲労困憊の肉体が悲鳴を上げ、足を前に進めることすら億劫になっているのが傍目からも分かる。


 体力不足による判断力の低下は、雪山では致命的な隙となる。

 俺が歩調を緩め、短い休息を挟もうとした――その時だった。


 岩陰から、白い体毛と鋭い牙を持つ四足獣が数匹、低く唸りながら姿を現した。――雪山をねぐらとする『白牙豹スノーパンサー』の群れだ。


『グルルルゥゥ……ッ』


「……チッ」


 俺は即座に剣を引き抜き、流れるような動作でこちらから敵に接近し、先頭の二匹を一刀のもとに斬り捨てる。

 ――余りに呆気なく死んだ仲間を見た残りの白牙豹が、戸惑いと混乱で動きを止める。だが、それも一瞬のこと。決して構わぬ相手だと判断した獣達は、即座に撤退していく。


「この辺りは白牙豹の縄張りか。……血の匂いに釣られて集まってくる前に、先を急ぐぞ」


「……ええ、分かったわ……」


 限界を主張していた筈のナギも、豹の縄張りで餌になる趣味はないのか、俺の言葉に頷き、素直に歩き始めた。



 ――そこから更に二時間程が経過した。

 太陽が西の稜線へと沈み、山脈が深い陰影に包まれる頃。山は唐突に、その真の牙を剥き出しにした。

 急速に熱が奪われるのと呼応するように、空は鉛色の分厚い雪雲に覆い尽くされ、いよいよ本格的に雪が降り始める。初めは風に舞う程度だった雪は瞬く間に猛烈な吹雪へと変わり、数メートル先の視界すら白く塗り潰していく。周囲の環境は、秒単位で悪化の一途を辿っていた。

 白銀熊の外套に積もる雪を払う余裕すら失い、ナギの体力は真に限界を迎えていた。


「日も暮れ、視界の確保も困難だ。……今日はここまでだな」


 俺がそう口にし、野営の準備に取り掛かろうとした――その時だった。


 突然の地鳴り。次いで猛烈な雪煙の一部が、不自然に意志を持ったように渦を巻き、隆起した地面が、少しずつこちらに近づいてくる。


「ご主人様!」


「……ああ、分かっている!」


 ナギの警告の前、既に落ち着きを取り戻していた俺は、剣を青眼に構える。

 雪煙の中から姿を現したのは、全長三メートルに及ぶ巨大な氷の塊。環境と同化し、濃密なマナの残滓だけで駆動する魔物――氷晶の魔像(アイス・エレメンタル)だ。


 魔像は俺たちという熱源を排除すべく、軋むような音を立てて丸太のように太い氷の腕を、ゆっくりと振り上げた。


 俺は眼前の魔像から発せられるマナの流れを静かに読み取る。

 付与術師として幾度となく対象にマナを付与してきた経験から、相手のマナの過多や密度を測り、その能力を数値に変換して予測する――それが俺の『ステータスチェック』だ。


 一瞥し、俺は脳内でそれを数値化するが……全ての能力が現在の俺の数値を下回っていると理解する。


 吸収する為のステータスがないため、さっさと倒してしまいたい所だが、氷の結晶体であるため、物理での攻撃はかなり通りにくい。この手の相手は魔法で攻撃するのが定石だが――ナギは息も絶え絶えであのザマだ。故に……。


「ナギ、今のうちにマナを集中させておけ。……その間に、防具の性能を確認する」


「えっ、ちょっと!? 」


 ナギの声を背に受けながら、俺は胸当ての中央に据えられた魔導結晶へ一気にマナを流し込んだ。

 瞬間、アラクネの糸の回路を通じてミスリルの装甲全体に目も眩むような魔力層が展開され、可視化されるほどに高密度な、青白い魔力の防護膜が構築される。


 直後、魔像の重々しい氷の腕が、俺の頭上から容赦なく叩きつけられた。


 ドォンッ! という轟音と共に、足元の雪が円状に吹き飛ぶ。

 だが、俺の身体は微動だにしていなかった。


「……見事だ」


 俺は純粋な感嘆と共に呟いた。

 防護膜が物理的な威力を殺し、透過した衝撃も、裏地に仕込まれた幻影鹿ミラージュディアの皮が波紋のように完全に分散させている。

 あれほどの質量を持つ魔像の一撃を受けてなお、身体に伝わる衝撃は皆無に近い。マナの消費量こそ一時的に跳ね上がったが、ゼフの仕事は俺の期待を遥かに超える、完璧な防具を仕上げていた。


「……検証は終了だ。さっさと終わらせるぞ」


 俺は防具で受け止めていた氷の腕を弾き返し、鋭く踏み込んだ。

 狙うは、魔像の胸部。厚い氷の装甲の奥で、青白く脈打つマナの結晶――『核』だ。


 己の筋力に魔力を付与し、一閃。


 硬質な音と共に、魔像の胸部を守っていた分厚い氷の外殻が、深く抉れるように叩き割られる。

 これまで様々な相手から能力を吸収し、付与まで駆使しているのにも関わらず、やはり物理では致命傷には至らない。だが、核へと通じる「道」が開かれれば十分だ。


「ナギ! いつまで休んでいる!」


「休んでなんかないわよ……ッ!」


 後方に控えていたナギの杖の先端で、圧縮された熱量が赤黒い光を放ち始めていた。

 だが、限界を超えた疲労によるものか、魔力が拡散し、圧縮しきれていない。恐らく、あれでは一撃で核を撃ち抜くことは出来ないだろう。


「……ッ」


 俺は剣を引くと同時に、視線だけを後方のナギへと向ける。

 付与の対象を視界に捉える。それが俺の術の発動条件だからだ。

 久方ぶりに紡ぐ、本来の使い方。奪うだけではなく、貸し与える『付与術師エンチャンター』としての理。


魔力増幅マジック・ブースト


 声に出すことも無く放たれた不可視の力が、ナギの身体を包み込む。

 瞬間、彼女の杖の先端で拡散していた炎が一気に圧縮され、爆発的な勢いで熱量を増し、周囲の雪を瞬時に水蒸気へと変えた。


「……これでッ!」


 ナギが放ったのは、一点突破に特化した炎の槍。

 俺の付与術によって限界を超えて強化されたその一撃は、俺が砕いた氷の亀裂へと正確に吸い込まれ、魔像の核を易々と貫いた。


 パァンッ! という甲高い破裂音。

 核を破壊された魔像は、末期の声を響かせることも無く、ただの氷塊となって雪の上へと崩れ落ちた。


 戦闘の余韻と共に、周囲に再び静寂と冷たい風が戻ってくる。

 俺は剣を鞘に納め、砕け散った氷の破片の中から、両手に収まるほどの大きさの青白い石を拾い上げた。


「……上等なマナ結晶だ。色々と使えそうだな」


 冷たさを感じないその石をマジックバッグへ放り込みながら、俺は振り返る。

 そこには、ついに両膝から雪の上に崩れ落ち、肩で大きく息をするナギの姿があった。


「……もう、一歩も……動けない……」


「……ここまでだな」


 氷晶の魔像は熱に反応する性質を持つ。奴がここを縄張りにしていたのなら、この周辺には今、他の魔物は存在しないはずだ。


「安全圏の確保が出来た。夜営の準備だ」


 体力を限界まで振り絞り、気力も底を突いていたナギは、俺のその一言に、心の底から安堵した顔を見せるのだった。


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