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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫  作者: かおもじ


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最後の晩餐

 裏路地を抜け大通りへ出ると、初夏の強い陽射しが目に刺さる。

 先ほどまでの静寂が嘘のように、街の喧騒が波のように押し寄せてくる。このバラムの熱気を感じるのも、今日で最後になるだろう。

 俺たちは、万年雪に閉ざされたグラシュティア山脈に挑むための最終的な物資を調達すべく、中央市場へと足を踏み入れた。


 高濃度のポーションとマナ・ポーション、解毒薬、凍傷用の軟膏。燃料となる魔石や魔導触媒。

 それらを一通り買い揃えた後、俺は市場の屋台や食料店を巡り、調理済みの温かい肉料理や新鮮な野菜を次々と買い込んでいった。


「ご主人様……マジックバッグがあるのは知ってるけど、そんなに調理済みの食べ物や生鮮食品ばかり買ってどうするの?」


 俺が腰の小振りの革袋へ大量の食料を放り込んでいくのを見て、ナギが不思議そうに首を傾げた。


「このバッグはダンジョン産だからな。空間拡張以外にも時間停止の術式が組み込まれた高性能型だ。今入れた温かい食事も、取り出す時には温かいままだ」


 そう、魔道具は二つ以上の術式を付与すると互いの術式が反発し合い、正常に可動しなくなる事が多々ある。そのため、一つの物に二つの効果を保持するのが極めて困難なのだ。しかし、ダンジョン産の魔道具は違う。

 二つ、或いは三つ以上の術式がお互いに反発せず、共存したままその効果を保持しているのだ。それ故、ダンジョン産の魔道具は市販の魔道具とは比較にならないほど高額で取引される。


 俺が淡々と種明かしをすると、ナギは少しだけ目を丸くして革袋を見つめた。


「……そんな凄い代物だったのね。でも、それならどうして……」


「乾燥肉も買うのか、か。……逆に聞くが、万が一このバッグを雪山の奥で紛失した時、むざむざ餓死する様な備えで山に入らなければいけない理由が何処にある?」


「……本当に、用意周到ね」


「備えなど、いくらしても十分などという事はない。百の備えがあっても、百一個目の予想外があれば、あっさり死ぬのが冒険者だ」


 その言葉に、呆れたような、それでいて感心したようなため息を吐くナギを連れ、俺は最後に、冒険者向けの防寒具を専門に扱う店へと入った。


 獣の脂と鞣し革の独特な匂いが漂う店内を見渡す。


「親父。グラシュティア山脈の万年雪領域に耐え得る外套が欲しい。防具の上から羽織る想定で、二着だ」


 俺が明確な用途を伝えると、店主は奥の棚から厳重に保管されていた数着の毛皮をカウンターに並べた。


「万年雪の領域かい。なら、この辺りだな。こっちの『氷狼アイスウルフ』は軽くて動きやすい。こっちの『白銀熊スノーベア』は重量がある分、保温性と防風性は段違いだぜ」


 俺は白銀熊の毛皮の表面を軽く撫で、裏地の鞣しの状態を確認する。


「……丁寧な仕事だ。こちらの白銀熊をもらおう」


 俺は店主に金貨を弾んで買い求め、そのうちの一着をナギへと差し出した。


「試着だ」


 俺が差し出した白い外套を、ナギは静かに受け取り袖を通す。分厚い毛並みにすっぽりと包まれ、その温もりを確かめるように、きゅっと襟元を握りしめた。


「……少し重い。でも、すごく温かいわ。これなら、雪山でも耐えられそう」


「……分かった」


 外套を脱がせて袋に仕舞い、俺たちは店を後にした。

 外へ出ると、初夏の日差しはいくぶん西へと傾き始めていた。


「……これで買い出しは終わり? この後の予定はどうなってるの?」


 隣を歩くナギが、俺の横顔を見上げながら尋ねてくる。

 まだ日没までは時間がある。俺の性格上、日が暮れるまで念には念を入れて準備して回るのだと思ったのだろう。

 だが、俺の答えは簡潔だ。


「いや、今日の予定はこれでもう終わりだ」


 俺の意外な返答に、ナギは少しだけ目を瞬かせた。


「……本当に? てっきり、まだ何か裏の思惑でもあるのかと思ったわ」


「先程も言ったが、本来準備などいくらしても十分等という事はない。だからこそ、どこかで区切りを付けて挑む必要がある。……一通りの手札は揃えた。ならば後は体調を万全にして臨むだけだ」


「……つまり、腹ごしらえってことよね?」


「ああ……。最後の晩餐にしないためにも、体力をつけておけ」


 そう言って動き出した俺の少し後ろを、ナギは静かについて歩くのだった。



 夕闇がバラムの街を包み込む頃。

 俺たちは、この一週間滞在していた宿の食堂にいた。

 明日からの雪山では、この宿のような食事の質を求めることは出来ない。故に、しっかりと味わっておく必要がある。


 だが、テーブルに運ばれてきた料理を見て、俺は少しだけ目を丸くした。

 目の前に並べられたのは、いつもの特上コースの範疇を超えていた。

 分厚く切り分けられた最高級の飛竜のロースト、幻の香草をふんだんに使った透き通るようなスープ。

 物腰の柔らかな初老の主人が、「明日、あの山へ向かわれるのでしょう。当宿からの、せめてものはなむけにございます」と、専属のコックに腕を振るわせてくれたらしい。


 俺は一通り毒見の術式を展開した後、ローストを一口、口に運んだ。


「……驚いたな」


 気がつけば、俺の口は勝手に動いていた。


「このロースト、ただ火を通しただけじゃない。おそらく下拵えの段階で、微弱な火属性のマナを纏わせた香草で燻している。肉の繊維を全く壊さずに、芯まで均一に熱を通すことで、飛竜特有の泥臭さを完全に消し飛ばしつつ、旨味だけを閉じ込めている。それに、このソースだ。一見するとただの赤ワインの煮詰めだが、微かに酸味のある木の実をすり潰して隠し味にしている。これによって肉の脂の重さを完全に中和し、飛竜の濃厚な旨味を極限まで引き出している。……付け合わせの野菜の火の通り具合も完璧だ」


 俺は己の舌が感知した驚異的な調理技術への称賛を淡々と口にしながら、飛竜の肉を次々と胃に収めていく。


 ふと正面に視線を向けると、ナギが呆れたような目でこちらを見ていた。


「……ご主人様。せっかくの料理が冷めるわよ」


「事実を言語化しているだけだ」


「そんな風に分析しながら食べるより、ただ美味しいって味わう方が、作ってくれた人も喜ぶと思うけど」


 ナギはそう言って、僅かに口角を上げた。

 確かな生気を取り戻しつつある瞳に微かな熱を宿し、彼女は再び飛竜の肉を口に運ぶ。

 美味いものを前にした時の彼女は、結局のところ食べることに没頭し、最後には無言になる。


 俺もまた、自身の皿に向き直り、静かに、だが確実に胃袋を満たしていく。


 至福の時間も、終わりは来る。

 完璧に計算された料理をすべて平らげ、食後の茶を飲み干した時、俺の中にあった微かな緊張は、心地よい満腹感と気怠さに上書きされていた。


「……美味しかったわね」


 ナギが小さく、だが確かな満足感を込めて呟いた。


「ああ。極上の料理だった」


 俺は席を立ち、厨房の入り口に立つ初老の主人へ向けて声をかけた。


「主人。飛竜の肉の見事な処理、確かに堪能した。十分すぎる餞だ、感謝する」


「もったいないお言葉にございます。どうか、ご無事で」


 主人の静かな声に見送られ、俺たちは廊下を通って部屋へと戻った。


「先に入れ。身体の芯まで温めておけ」


 俺は部屋に戻るなり、すぐさまナギに湯浴みを促した。


 明日から向かうグラシュティア山脈は、文字通りの極寒地獄だ。今後数日、あるいは十数日、まともに身体を洗う機会など無い。凍てつく雪山を前に、些細な不快感や汗の冷えが命取りになることもある。清潔さを保ち、筋肉の疲労を解しておくこともまた、生存率を上げる重要な要素だ。


「ええ、分かっているわ。……ゆっくり入らせてもらうわね」


 ナギが浴槽こそないものの、湯浴み専用に設えられた空間へ入り、やがて湯の跳ねる音が聞こえてくる。


 その音を背景に、俺はベッドの横にマジックバッグを置き、ポーションの数、解毒薬、防寒具、そして新調したミスリルの防具の状態を、一つ一つ指差し確認していく。

 徹底的な準備と確認。それが俺の基本理念だ。


「……過不足なし、か」


 荷物の確認を終えた頃、わずかに上気した顔で、濡れた髪をタオルで拭きながらナギが出てきた。


「……お湯、たっぷり使わせてもらったわ。やっぱり温かいって最高ね」


「ああ。身体の芯まで温めておくのに越したことはない」


 入れ替わりで俺も湯浴み場へと入り、熱めの湯で汗と煤煙の汚れを念入りに洗い流す。

 これまでの準備の総決算とも言える作業を終え、張り詰めていた身体の強張りが、湯気と共にわずかに解けていくのを感じた。


 湯から上がり、俺が部屋へ戻ると、ナギはまだ起きていた。

 彼女は自分のベッドに横たわり、窓の外に広がる白い稜線を静かに見つめている。


「……ねえ、ご主人様」


 俺がタオルで髪を拭きながら近づくと、ナギがぽつりと口を開いた。


「なんだ」


「明日からの山……もしかしたら、生きて帰れないかもしれないわね」


 ナギの口調に、切迫した恐怖はない。起こり得る事実として、淡々と口にしただけだった。

 彼女は身をわずかに起こすと、自らのベッドへと気怠げな視線を流す。


「……今のうちに、どう?」


 一週間前のような刺々しい挑発ではない。恐らく男と寝ることに特別な意味を持たないのであろう彼女らしい、ひどく軽い誘いだった。


 だが、俺の答えは決まっている。


「断る」


 俺は一切の迷いなく告げた。


「睡眠時間を削るのは、生存率を下げる無駄な行為だ」


「……ふふっ。相変わらず、身も蓋もないわね」


 俺の即答に、ナギは毒気を抜かれたように小さく笑い声を漏らした。


「俺は死ぬ気はないし、お前を死なせる気もない。そのための準備は全て終えた。……無駄な体力を使わずに、一ミリでも多く回復させろ」


 その俺の一言に、一瞬なんとも言えぬ表情を浮かべたナギだったが……その変化はすぐに姿を消し、いつもの少し気怠げな表情に戻っていた。


「……ええ、そうね。高いご飯の分は働かないと」


 彼女は大人しく自身の骨太なベッドに潜り込み、白い毛布を引き上げた。

 やがて、規則正しい寝息が静かな部屋に響き始める。


 俺はナギを起こさないよう静かに部屋の明かりを落とし、窓際へと歩み寄った。

 カーテンの隙間から、月光に照らされた遥かなる白い稜線が、静かに俺たちを待っているのが見えた。


 これから向かう先は地獄だ。

 この温もりも、味も、柔らかいベッドも、すべてが凍りつく世界へ向かう。

 机の上に置いたミスリルの防具が、冷たい月光を浴びて鈍く、だが力強く輝いていた。


 俺は小さく息を吐き、最後の安らぎを貪るように、自身のベッドへと身を横たえた。


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