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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫  作者: かおもじ


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鋼の胎動

 ナギの訓練に時間を割きながら、遂に迎えた約束の日。

 俺たちは入り組んだ路地裏を通り抜けながら、ドナンの工房を目指していた。


 鍛冶場から漏れ出る熱気は、初夏のバラムの気温をさらに数度引き上げているようだった。

 だが、普段の重厚な槌音は鳴りを潜めており、工房の周辺は妙に静まり返っている。

 俺はその扉を躊躇なく押し開けた。


「……ドナン、約束の一週間だ」


 声をかけても、返事はない。

 立ち込める煤煙の奥から、金属の表面を薄く擦るような、繊細で鋭い音だけが聞こえてくる。

 やがて、その音がぴたりと止んだ。煤煙を抜けて奥から姿を現したドナンは、手元にあったものをカウンターへとゴトリと無造作に置いた。どうやら、たった今最後の調整を終えたところらしい。


「……来たか。てめぇの無茶振りのせいで、この一週間、ろくに寝てねぇぞ」


 ドナンは真っ赤に充血した目で俺を睨み、カウンターに置かれた「それ」を顎で示した。


 置かれていたのは、冴え冴えとした銀の光沢の中に、深く澄んだ青が透けるように浮かび上がる、極限まで打ち鍛えられた装甲だった。

 一見すると防具としては心許ないほど薄く見えるが、その表面には微細な金属を幾重にも折り重ねた特有の波紋が浮かび上がっている。

 俺が手を伸ばし、その表面にそっと触れると、氷のように冷たく、滑らかで硬質な感触が指先に伝わってきた。


「そいつはミスリルだ」


「ミスリル……?」


 ミスリルは魔力伝導率が高いかわりに、決して防具に向いているとは言い難い硬度の筈だ。敢えてそれを使用したとすれば……。


「ああ、お前の注文をこなすには普通に作った防具じゃ不可能だ。だから仕掛けをした」


 俺の中に湧いた疑問に答えるように、ドナンが説明を始める。


「胸当ての中央に据えた高純度の『魔導結晶』。これがシステムの核だ。ここにマナを流し込むことで、防具の表面に不可視のマナの防護膜を生み出す仕組みになってる」


「……なるほど」


 俺は感心して、その結晶の輝きを見つめた。


「防御系の術式を持たない俺でも、ただマナを注ぐだけで自動的に防護膜が発生するというわけか」


「そういうこった。……なんたって、『極限まで軽く、かつ巨人の一撃を殺す防具』だからな。その起点が、この結晶ってわけだ」


 ドナンは防具の中央を太い指で叩き、言葉を続ける。


「そこを起点にして、アラクネの糸を『路』として縫い込んである。極めて強靭なだけでなく、それ自体が魔力を帯びるこの糸が、マナを循環させる血管になる。……そして、その血管の先に繋がるのが、極限まで叩き延ばし何層にも重ねたミスリルの外殻アウターだ」


 俺は指先から微かなマナを流してみると、胸当ての魔導結晶を起点として、防具全体へ何一つ淀むことなくマナがスムーズに循環していくのが分かる。


「……だが、マナの膜で威力を殺すだけじゃ、まだ足りねぇ」


 ドナンは防具の端をめくってみせる。そこには、しなやかな革が、吸い付くように金属の裏側に固定されていた。


「知り合いの腕利きに幻影鹿ミラージュディアの皮を用意させてな。受けた物理的な衝撃を波紋のように分散させる特性を持つこいつを、ライナーとして裏面に敷き詰めた。これで、防壁を透過した分の衝撃も完全に無効化できる。……硬い金属と革を縫い合わせるために、こっちで専用の特殊な針まで打ったんだ。全く、とんだ手間取らせやがって。……ほら、着てみろ」


「ああ……」


 俺は促されるままに、その防具を身に纏う。

 心臓から腹部にかけての急所を護る小振りな胸当てと、剣の握りを妨げない前腕のみを覆う籠手、そして膝下を守る具足の三点。

 防護膜に身の守りを全て委ね、機動力を阻害しないという一点のみに集中した構成だ。


 吸い付くようなその装着感は、ドナンの職人としての腕の確かさが窺える。


 俺は胸当ての魔導結晶に意識を向け、ゆっくりとマナを流し込む。すると、瞬時に回路が活性化した。


「凄い……マナが可視化される程の密度……」


 思わずナギが驚嘆の声を上げる。


 アラクネの糸を通じて全身の防具が一つの機構として連動し、防具の表面に目も眩むような高密度の魔力層が構築された。

 最高級のミスリルという至高の触媒を得たことで展開されたその防壁は、もはや障壁というよりは「不可侵の城壁」に近い。


「ああ、その密度で魔力を流せば、巨人の一撃でも防げるだろう。ただ、攻撃を喰らえばその分マナの消費は激しくなる。過信は禁物だ」


 俺はその言葉に、小さく頷く。

 とはいえ、これまでの回避主体だった選択肢の中に、「正面からの防御」という手札が加わった。それは今後の冒険において、途轍もない意味を持つ。

 この防具に支払った金貨百枚は、十二分に意味のある出費となった。


「……あとは、この防具を使いこなせるかは俺次第か」


 俺の独り言に、ドナンが鼻で笑った。


「マナを流さなきゃ、そいつはただのミスリル製の薄っぺらな防具だ。……マナを枯らしてただの飾りになんかすんじゃねぇぞ。上手く使いな」


「……性能は理解した。ドナン、礼を言う。期待以上の仕上がりだ」


「へっ、当たり前だ。俺の最高傑作を、雪山の肥やしになんかすんじゃねぇぞ。……さっさと持ってけ」


 ドナンは不器用な笑みを浮かべ、俺が置いた金貨を乱暴に掻き集めた。


 あらゆる不測の事態に対する生存率を格段に引き上げる、至高の防具。

 俺は真新しい防具の感触を確かめながら、ドナンに背を向ける。


「……ナギ、行くぞ」


「……ええ」


 鍛冶場の重い扉を押し開け、路地裏へと足を踏み出す。

 背後からは、新たな鉄を打つドナンの力強い槌音が、再び響き始めていた。


 肌に馴染む冷たいミスリルの感触と、確かな生存への手応え。

 俺たちは万年雪に閉ざされたグラシュティア山脈へ挑むための、最後の準備へと歩みを進めた。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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