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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫  作者: かおもじ


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初夏の凍傷

「山脈の深部、ね」


 店主は鼻で笑う。


「……まぁ、冬に比べりゃ幾分マシだしな。一攫千金を狙って万年雪の領域に踏み込む馬鹿は毎年いる」


 店主はそこで言葉を切り、布の下から素早く銀貨を回収した。


「三日前に手負いで転がり込んできたパーティーが居たな。一人は山に置いてきたようだが」


「そいつらは今、どこにいる」


「二階の貸し部屋だ。怪我が酷くて動けねぇんだとよ。特に足をやられた奴は、初夏だっていうのに震えが止まらねぇらしい」


 店主が顎で奥の階段をしゃくった。


 俺は小さく頷き、淀んだ空気の奥、薄暗く軋む階段へと視線を向ける。

 そこには、俺が求めている「生きた恐怖」が、今も震えながら横たわっているはずだ。


 俺は階段に足を掛け、軋む音を響かせながら上っていく。


 二階の廊下は薄暗く、血の匂いと、膿んだ傷の放つ悪臭が籠もっていた。

 一番奥の部屋。その扉の前に立ち、俺は躊躇いなくノックした。


「……誰だ」


 中から、警戒に満ちた低い声が響く。


「金の話だ」


 俺がそう答えると、しばらくの沈黙の後、扉が重々しく開かれた。


 部屋の中は、廊下以上に酷い有様だった。

 窓はきつく閉ざされ、初夏とはいえ蒸し暑い室内に、血と汗と、そして独特の甘ったるい腐臭が充満している。


 粗末なベッドに横たわっている男が一人。その傍らで、剣の柄に手をかけながら俺たちを睨みつけている男が一人。

 どちらもひどく憔悴し、衣服は破れ、ところどころにどす黒い血の染みがこびりついていた。


「……何の用だ。ツケの取り立てなら、まだ日は過ぎてねぇはずだぞ」


 立っている方の男が、血走った目で凄んでくる。

 俺はその威嚇を意に介さず、部屋の中央まで歩みを進めた。


「取り立てじゃない。買い取りだ」


 俺は懐から銀貨を取り出し、近くの木箱の上に数枚だけ並べた。

 硬い音が室内に響き、男の視線が条件反射のように銀貨へ吸い寄せられる。


「お前たちが山の深部で得た情報が欲しい」


 男は警戒を解かないまま、いぶかしげに銀貨と俺の顔を交互に見た。


「……てめぇ、俺たちが山で何に遭ったか知ってて言ってんのか?」


「それを聞きに来たんだ。……これは前金だ。有益な内容なら、さらに金は弾む」


 俺は淡々と、相手が最も求めている事実だけを提示する。


「お前たちの治療費の足しにはなるはずだ。……悪くない取引だろう」


 男はしばらくの間、俺と銀貨、そしてベッドでうわ言を漏らす仲間の間を視線で行き来させていたが……やがて、深く、ひどく重い溜息を吐き出した。

 剣の柄から手を離し、木箱の上の銀貨を掻き集める。


「……分かった。何が聞きてぇ」


「お前たちの目的からだ。万年雪の残る深部へ、何を狩りに行った?」


「『氷鳴鳥ひょうめいちょう』だ。夏場にだけ羽を落とす。あの羽は貴族の避暑用の魔道具に使われるからな、羽根1枚で金貨一枚にはなる」


 氷鳴鳥の羽。確かに高値で取引されるが、生息域は山の最奥部だ。

 俺は男のボロボロの装備と、ベッドで震える男の薄手の外套を一瞥した。


「……その装備で、か? 夏の山だとはいえ、万年雪の領域に入るには防寒の備えが薄すぎる」


 俺の指摘に、男は顔を歪めた。


「俺たちだって、好きでこんな薄着で行ったわけじゃねぇよ。ツケが嵩んで、まともな道具を揃える金もなかった。……だが、あの羽さえ手に入れば全部チャラになる。だから、天候の安定してる数日を狙って強行軍で……」


「なるほど。焦りによる備えの不足と、疲労の蓄積」


 俺は男の言葉を遮り、事実だけを並べる。


「あぁ……。そんで標的を探して雪原を彷徨ってたら、『アレ』に出会ったんだ……」


「……『巨人』、か?」


 その言葉に男は身体をビクリとさせ、顔には明確な恐怖の色が浮かんだ。

 自身の手のひらをきつく握り込み、震えを抑えるようにしながら口を開く。


「……初めは、ただの白い岩肌だと思った。吹雪で見通しも悪かったしな。だが、俺たちが近づいた瞬間、その『岩』が立ち上がったんだ」


「擬態か」


「そんな生易しいもんじゃねぇ! あいつは……『氷の巨人』は、雪と完全に同化してた。マナの気配すら、周りの冷気と同じだったんだ。気づいた時には、先頭を歩いてたガルが一撃で頭を叩き潰されてた」


 不意打ち。しかも、極限まで気配を殺した待ち伏せ。

 中堅以上の腕があったとしても、碌な備えもなく疲労困憊の状態であれば、一溜まりもないだろう。


「……一人は即死。もう一人は足をやられた。お前はどうやって逃げ切った?」


「……逃げ切ったんじゃねぇ」


 男は自嘲するように鼻で笑った。


「見逃されたんだよ。あいつは、ガルの死体を……喰うのに、夢中だったからな……!」


 網を張り、縄張りに入った獲物だけを狙うのだろう。体の大きい魔物によく見られる狩りの仕方だ。


「場所はどこだ」


 俺の問いに、男は震える声で答えた。


「『嘆きの氷谷』の入り口だ。……あいつは今も、あの谷の入り口で、俺たちみたいな間抜けが来るのを待ってやがる」


「……十分だ。良い情報だった」


 俺は懐から金貨を三枚取り出し、先ほどの銀貨が乗った木箱の上へと無造作に放った。

 男の目が驚愕に見開かれる。金貨三枚。治療費と当面の生活費、あるいは粗末な装備を整え直すには十分すぎる額だ。


「……ッ、あんた、本当に山に行く気かよ! あいつはバケモノだぞ!」


「だから行くんだ」


 男の制止に短く返し、そのまま無言で部屋を後にする。


 バタン、と。

 背後で重く軋む扉の音が、敗残者の恐怖を薄暗い部屋の奥へと閉じ込めた。


 階段を下り、淀んだ空気の酒場を抜け出して外へ出る。

 初夏の熱気が入り混じる大通りの喧騒が、再び鼓膜を打った。


「……あの男の震え方、嘘をついてるようには見えなかったけど……どうするの?」


「……何がだ?」


 何に対しての問いなのか意味が分からず、俺は思わず聞き返す。


「何って……。雪や冷気と完全に同化して待ち伏せするバケモノなんて、不意打ちされたらひとたまりもないじゃない。なにか考えがあるの?」


 ナギが初夏の日差しに目を細めながら、不安げに尋ねてくる。だが、問いを正確に把握したことで、その不安は完全に杞憂であることも理解する。


「対策など不要だ。俺は付与術師だぞ」


「……?」


 今度はナギが俺の言葉を理解できず、不思議そうな顔で首を傾げている。そんなナギに俺は溜息をつきながら、その意図を伝える。


「……俺には『ステータスチェック』がある。奴がどれだけ物理的な輪郭を誤魔化し、マナの波長を冷気に溶け込ませようと……俺の目からは逃れられない」


 俺が淡々と告げると、ナギはポカンと口を開け、やがて呆れたように額を押さえた。


「……あー、なるほど。擬態の意味がない訳ね……それは対策も何もあったもんじゃないわ」


「そういうことだ。……ともあれ、これで獲物の『居場所』も『手口』も把握した。後は乗り込むだけだが……」


「ドナンの防具が仕上がるまで、まだあと三日もあるわよ。これからどうするの? 雪山用の外套とか、着替えを買っておく?」


「いや、防寒具を揃えるのは後回しだ」


 俺は即座に否定した。


「新しい防具の形状や厚みが分からない段階で外套を買っても、サイズが合わずに動きを阻害するだけだ。お前の装備も、俺の仕上がりに合わせてから一気に揃える」


「なるほど。……じゃあ、この三日間は何をして時間を潰すの? 地形も頭に入ってるみたいだし……また狩りにでも行く?」


 ナギの問いに、俺は少しだけ思案する。

 魔道具は揃い、情報は更新され、巨人の擬態に対する解答もある。装備の完成を待つ三日間で、やるべきことは――


「……残りの三日間は、お前の体術を向上させる」


「……は?」


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