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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫(ハーベスト)  作者: かおもじ


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情報の鮮度

 大通りに出ると、初夏特有の強さを増し始めた日差しが街を照らしていた。

 荷馬車が行き交い、露店からは焼けた肉や香辛料の匂いが立ち昇り、少し汗ばむような熱気に混ざり合っている。


 俺たちは喧騒の立ち込める大通りを抜け、街の景観から少し外れた、静かで佇まいの良い料理店へと足を向けた。


 店先に漂う上品な香りと、重厚な扉を前にして、ナギが少し戸惑ったように足を止める。


「良さげな店だけど……前に来たことがあるの?」


「パーティーを組んでた時に一度だけな」


「まぁ、ご主人様が選んだなら美味しいんでしょうけど……お金、大丈夫なの?」


「……食事は重要だと言っただろう。食べるという事は生きるという事だ。それが日々の活力になる」


「それで破産しないなら、私はなんでも良いけど……」


 小さく息をつきながらも素直についてくるナギを連れ、俺は店内へと足を踏み入れた。


 視界に映るのは、外観によく合わさった、落ち着いた作りの装い。入り口で待っていると、糊の利いた純白のシャツに、仕立ての良い黒のベストを隙なく着こなしたウェイターが、洗練された所作で声を掛けてきた。


 その案内に従い、店の奥、窓際のテーブルに着席する。


「やっぱり、高そうじゃない……」


「……いいからさっさと注文を選べ」


「ご主人様と一緒で良いわよ。貴方が選ぶものならどうせ美味しいでしょ」


 俺は溜息を一つ吐き、ウェイターに声を掛け注文をする。


 暫しの時間ののち、運ばれてきたのは、南方の交易船が運んできた希少な香辛料でじっくりと焼き上げられた『岩角牛ロックホーン』の厚切り肉と、程よく冷やされた濃厚なポタージュ、そして『黄金麦オーラムウィート』の匂いが芳醇に香る焼き立ての白パンだ。


「……いただきます」


 ナギがそう小さく呟いてからフォークを取る。野盗をしていた割には、最低限のマナーはあるようだ。

 ナイフで切り分けた肉を口に運んだ彼女の顔に、ふわりと柔らかな驚きの色が広がった。


「……美味しい。ロックホーンのお肉って硬いって聞いてたけど、すごく柔らかいわ。それにこの香り……」


「バラムには海のものだけでなく、こうして他国から入る上質な香辛料も集まる。この南方の香辛料が、野性味の強い魔物肉の臭みを消し、繊維を解いているんだ。……海鮮も良いが、肉は体を動かす資本になる」


 俺もポタージュで口を潤し、白パンを千切って肉の旨味と共に腹へと収めていく。

 静かな店内で、確かな技術で作られた『美味い飯』が、午前中の面倒な買い出しでささくれ立った神経を穏やかに満たしていった。


「……ごちそうさま。ここ数日海の幸が殆どだったから、お肉が一層美味しく感じたわ」


 先に食事を終えたナギが、ふう、と満足げな息をついてこちらを見た。


「それで、午後の予定はどうするの? 必要な魔道具は揃ったし、あとはドナンが防具を仕上げるのを待つだけでしょう?」


「いや、情報の更新がまだだ。これから挑む山脈地帯の、直近の状況を洗う」


 俺は最後に残ったパンで皿のソースを拭い、飲み込んでから答えた。


「……情報? ご主人様はリンドールに五年もいたんでしょう? 自分の知識じゃ足りないの?」


「地形や生態系は頭に入っている。だが、雪山は一日で道が変わる。それに……俺はただ山を越えるつもりはない。あの山の深部に棲む『氷の巨人』を狩る」


「……は?」


 ナギは目を丸くし、それから呆れたように小さく息を吐き出した。


「……ちょっと待って。ご主人様、山越えが目的だって言ってたじゃない!?」


「ああ、山越え『も』目的の一つだ。……そもそも、良く考えてみろ。本当に山脈の向こうに行くだけなら、バラムから幾らでも船が出ているだろう」


「あっ……」


 考えもしなかったと言わんばかりの表情で、ナギが間の抜けた声を出す。


「俺の目的はあくまで相手を喰らい、強くなることだ。その目標として、巨人の『力』は格好の獲物になる。……山脈の巨人は特別上位種というわけじゃない。今の俺でも十分やれるはずだ」


 淡々と告げられた狂気じみた目的に、ナギはしばし言葉を失ったように瞬きを繰り返した。

 常人であれば避けて通るはずの雪山の主を、己のステータスを底上げするための「餌」としか見ていない。その一切のブレがない合理性と異常性に、改めて当てられたのだろう。

 やがて彼女は、観念したように小さく息を吐き出した。


「……相変わらずね」


 呆れの混じった声で呟くと、ナギは少しだけ小首を傾げた。


「でも、山の情報が欲しいなら、さっきのゼフって店主に聞けばよかったじゃない。雪山の恐ろしさに詳しかったわよ?」


「奴が知っているのは『環境』だ。だが、俺が欲しいのは『獲物の現在地』……生きた足跡だ。あの店にそれは売っていない」


 俺はテーブルに十分なチップを含めた銀貨を置き、席を立った。


「俺たちが探すべきは、つい昨日、あの山の深部から命からがら逃げ帰ってきたような手合いだ。そいつらの記憶の中に、巨人の現在地が残っている可能性がある」


「……そんなタイミングよく、都合の良い人達がいるかしら……」


「夏場に氷のマナを纏った素材は高く売れる。暖かくなると動きが鈍くなる魔物も多いため、山に入る冒険者は相応にいる」


「じゃあ、そういう冒険者の話を?」


「……いや、巨人は年中雪に覆われた深部にしか出ないらしい。雪解けした場所で狩っている冒険者に聞いても大した情報は得られないだろう」


「なら意味がないじゃない……」


「冒険者の中には、欲をかいて深部まで足を踏み入れる奴が毎年一定数現れる。……もし生きて帰った奴がいれば、そこから鮮度の高い情報が得られるはずだ」


「……よくもまぁ、そんなにアレコレ考えるもんだわ……」


 小言を言いながら、ナギも静かに立ち上がる。

 極上の肉料理で腹を満たした俺たちは、獲物の痕跡を求め、再び初夏のバラムの雑踏の中へと歩みを進めた。


 静かな料理店を出ると、俺は迷うことなく大通りを横切り、さらに街の深部へと足を進めた。

 華やかな露店が並ぶエリアを抜け、湿り気と下水の饐えた匂いが混じる一画へと踏み込む。


「ギルドじゃないの? 酒場にしても、こっちは随分と……その、品が悪い場所ね」


 ナギが顔をしかめ、自身の衣服の裾を汚さぬよう足元に注意しながら尋ねてくる。

 無理もない。ここは日雇いの人足や、その日暮らしのゴロツキ、そして依頼に失敗して再起不能になった『元』冒険者たちが集う、バラムの吹き溜まりだ。


「欲をかいて深部にまで足を踏み入れるのは、大抵スネに傷のある奴らだ。であれば、ギルドよりもこっちに情報が集まる」


 俺は一軒の、看板すら傾いた古びた酒場の前で足を止めた。

 昼間だというのに中からは濁った笑い声と、安酒の鼻を突く匂いが漏れ聞こえてくる。


「酒場は情報の『吐き出し場』だ。特に、死に損なったばかりの連中は、己の不運と恐怖を誰かに話さずにはいられない」


 俺はそう言い放ちながら、扉を押し開ける。

 外の空気とは質の違う、淀んで息苦しい店内の空気が顔を打った。


 店内に足を踏み入れた途端、何人かの澱んだ視線がこちらに向く。特に、背後に立つナギの姿をねぶるように追う視線が多い。

 だが、俺が一切の感情を排した目で店内を一瞥すると、小賢しい連中は面倒を避けるように、そそくさとジョッキへ視線を落とした。


 俺はカウンターへ直行し、薄汚れた布でグラスを拭いている初老の店主の前に銀貨を三枚、縦に重ねて置いた。


「……何が聞きてぇ」


 店主はグラスを拭く手を止めず、銀貨にも触れずに低い声で尋ねてくる。


「ここ数日の間に、山脈の深部から逃げ帰ってきた連中を探している」


 その言葉を聞いた、店主の片眉が跳ね上がるのを、俺は見逃さなかった。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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