語らう価値
冒険者ギルドでの換金を終え、俺たちは夕闇が濃くなり始めたバラムの街を歩いていた。
「……ねえ、ご主人様。さっきから、後ろ……」
薄灰色のローブのフードを深く被りなおしながら、ナギが声を潜める。
「気付いている。ギルドを出た時から三人。レベルでいえば皆、お前より少し下位だ。……羽虫の類だな」
「そういえば、ご主人様って付与術師だから相手の能力分かるんだったわね……でも、それなら尚更撒くなり路地に誘い込むなりしないの? このままじゃ、泊まってる宿がバレるわよ」
「構わん。むしろ特定させて安心させてやれ」
「はぁっ!? 何考えてるのよ」
呆れたようなナギの抗議に、俺は前を向いたまま淡々と答える。
「奴らが何の目的で、俺達を付けているのかが知りたい。カモになりそうな余所者だと思って品定めをしてるだけなのか、別の目的があるのか」
「……だったら、後ろの奴らに直接聞き出せば良いじゃない」
「アレだけお粗末な尾行だ、後ろの奴らは分かりやすい餌かもしれん。二重尾行の可能性もあり得る。……宿を特定させてやれば、あいつらはいつでも俺達を狙えるわけだからな。……油断も誘えるだろう」
「はぁ……あの時もそうだけど、ご主人様ってなんていうか、いつもそんな感じなのね……疲れない?」
心底呆れたように、こちらをジト目で見ながらナギがそう呟く。
「常に相手を観察し、最悪を想定して動く。それを怠った者から死ぬ。昔、剣の師でもある父からそう教わった」
「……お父様、ね。ご主人様みたいに理屈っぽい人だったの?」
思い掛けない人物が話題に上がったからか、興味ありげにこちらを窺うように話しかけてくる。
「どうだろうな。だが、生き残るための術を叩き込んでくれた事には感謝している」
俺がそうつれない様子で締めくくると、ナギは小さく息を吐き、それ以上は何も言わずに隣を歩き続けた。
結局、その日は襲撃されることなく、俺たちは背後に視線を感じたまま無事に宿へと帰り着いた。
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宿の入り口を潜ると、帳場の主人が慇懃な一礼で出迎えた。
「お帰りなさいませ。……お食事のご用意は整っておりますが、いかがなさいますか?」
「……そうだな、先に汚れを落としてくる。少し待ってくれ」
「承知いたしました。お声掛けをいただいた後に配膳いたします。ごゆっくりどうぞ」
俺たちは一度部屋に戻り、軽くシャワーを浴びて砂埃を洗い流した。
冷えた身体に湯が染み渡り、強張っていた筋肉が解れていく。
先に浴室を出て身支度を整えていると、湯気と共にナギが出てきた。体にタオルを一枚巻き付けただけの姿で、艶然と微笑みかけてくる。
「どう、ご主人様? ……これでも、『その気』にならない?」
「下には美味い飯が待っている。遊んでないでさっさと着替えろ」
腹の虫が暴れだしそうな俺は一瞥すらせずそう返すと、ナギは不満げに唇を尖らせる。
だが、自身も空腹には抗えなかったのだろう。小さく息を吐き、大人しくシャワー室に戻り着替えを始めるのだった。
そうして身なりを整え、僅かに軽くなった身体で一階へと降りて行く。
食堂の予約席に案内され、ナギが周囲を気にしながらポツリと漏らした。
「……ご主人様、前の宿でもそうだったけど、本当に奴隷と同じ席で良いの……? 」
「周囲の視線の話か……くだらん。そんなものが気になるのは、食事に集中していない証拠だ。それよりも……」
俺の視線の先。給仕が恭しく運んできたのは、初日に一週間分、前金で銀貨を弾いて予約しておいた『特上コース』の料理だった。
地元で獲れた白身魚を、バターと複数の香草で焼き上げた一皿。俺はその柔らかい身にしっかりとフォークを差し込み、口に運ぶ。
――刹那、俺は無意識に天を仰ぎ見ていた。
表情は変えず、しかし、天を仰ぎ見る俺を奇特な目で見つめてくるナギ。そんなナギの心境に寄り添うことなく、俺は料理の解説を始める。
「……見ろ。この焼き加減を。表面の皮はマナを凝縮させたかのようにパリッとした黄金色に輝きながら、中の身はまるで赤子の肌のように柔らかく、潤いを保っている。添えられたソースは、果実の酸味を僅かに立たせることで白身の淡白さを極限まで引き立てる……。この皿の上には、一つの芸術が完成していると言っても過言ではない」
「ご主人様、食事の時だけ別人みたいに喋るわね……」
ナギは若干引き気味に呟いたが、促されるままにその魚を一口、口に運んだ。
刹那。彼女の瞳が大きく見開かれる。
「……っ!?」
「分かるか。噛み締めた瞬間に溢れ出すのは、単なる脂ではない。それは生命の息吹、海という巨大なマナの貯蔵庫が育んだ結晶だ。……そこに、この熟成されたソースが絡むことで――」
「……なるほど」
俺の説明を話半分で聞き流しながらも、ナギはその圧倒的な美味さに深く頷いた。
普段の俺と彼女の立場が逆転したかのように、ナギは言葉少なに料理へと没頭していく。対する俺は、次々と運ばれてくる皿の悉くに込められた技巧を分析し、限界まで称賛を言語化し続けた。
そうして、黙々と飯を頬張る女と、料理への熱弁を振るい続ける男という、いささか奇妙な光景は食事を全て終えるまで繰り広げられて行くのだった。
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翌日。
俺たちは朝早くからギルドへ赴き、再び討伐と採取の依頼を受けた。
そうして、そのままバラム近郊の『古木の回廊』へと足を運び、魔物を狩る。
ナギの魔法で足を止め、俺が付与で強化した敵の隙を突き、命ごとステータスを奪う。
日が沈む前に街へ戻り、ギルドで大量の素材を換金し、宿へと帰る。
繰り返すこと、三日。
マナを喰らい続けた俺の身体は、少しずつ成長を遂げていた。
【カイン:レベル41】
【筋力 :162】(+4)
【耐久 :145】(+24)
【敏捷 :151】(+6)
【技量 :188】
【魔力 :218】
【精神 :172】
浅層の狩り場ゆえに、都合よく耐久値を奪えるような獲物は多くない。丸三日掛けた成果と考えればやや物足りない上がり幅とも思えるが……とはいえ、こんなものだろう。
今は格上を狩りに行くリスクを避け、確実な基礎固めを行うための必要な時間だ。そう自分に言い聞かせる。
そして、迎えた三日目の夜。
俺たちがたっぷりと素材を換金し、宿へと続く人気の少ない路地へ差し掛かった時のことだ。
前方から五人、後方から五人の男たちが、ニヤニヤと薄気味悪い笑いを浮かべながら道を塞いだ。
「三日間ご苦労だったな、お上りさん。俺達のためにせっせと小銭稼いでくれてよ」
前方の集団の先頭に立つ男が一歩前に出る。手には刃こぼれした長剣を持っており、敵意を隠す気はないらしい。
「その腰のマジックバッグと稼いだ金、全部置いてけ。ああ、横の女もだ。大人しくしてりゃあ、手足の二、三本で勘弁してやるよ」
「おいおい、それじゃあ働けなくなっちまうだろうが。 ……なぁに心配いらねぇよ、大人しく荷物と女を置いてくなら怪我はさせねぇ……代わりに、また一生懸命働いて俺達にお駄賃を恵んで貰うけどなぁ!」
背後からも下劣な野次が飛ぶが、俺は奴らの安い挑発を意に介さず、隣に立つナギへ短く告げた。
「……前は俺がやる。後ろはお前だ。生死は問わん」
「了解よ、ご主人様」
「あァ? てめえら、状況分かってんの――」
男が俺たちの無反応に苛立ちを露わにした瞬間、ナギは既に練り上げていたマナを背後へと解放した。
「『紫電の網』」
振り返りざまに放たれた紫色の電撃が網状に広がり、逃げ場を塞ぐように後方の集団へ直撃する。
「なっ、魔法っ――ぎゃああっ!?」
レベルという指標だけで見れば、ナギと路地裏のチンピラたちに大きな差はない。だが、十分に練り上げたマナによる不意打ちは絶大だ。
パチパチと焦げ臭い音を立てて、五人中三人が一撃で戦闘不能となり、残る二人も「ひぃっ、あ、足が……」と深手を負ってその場に蹲る。
「てめえら、何しやがった!」
「何って……害虫駆除じゃない。ねぇ、ご主人様?」
ナギが艶然と微笑みながらそう挑発するが、前の五人は既に一歩前に踏み出していた俺に向かって突撃してくる。
「死ねやぁっ!」
大上段から振り下ろされる長剣。だが、その剣閃は素人に毛の生えた程度のものだ。
最小限の歩法で刃を躱し、抜剣することなく、すれ違いざまに剣の柄で男の鳩尾を正確に突く。
「がっ……!?」
息を詰まらせて白目を剥く男を蹴り飛ばし、続く二人の男の懐へ滑り込む。
俺は手にした鞘のまま、一人の膝裏を打ち据えて体勢を崩し、もう一人の顎をカチ上げ、脳を揺らして刈り取る。
ただの作業だ。恐怖で足が止まった四人目の腕を捻り上げ、肘の関節を事務的に砕いた。
「ひ、ひぃぃ……」
骨が軋む音と、くぐもった呻き声だけが路地に響く。
ほんの数十秒。
路地に五体満足で残ったのは、腰を抜かして石畳に震える、最後の一人だけだった。
「……羽虫と語らう趣味はない。お前達のアジトまでさっさと案内しろ」
俺は震える男を見下ろして、そう淡々と告げるのだった。
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