必要な対価
宿を出た俺たちは、その足でバラムの武具区画へと向かった。
大通りには、無数の武具屋が軒を連ねている。だが、何軒か回ってみたものの、俺の求める条件に合致する品はなかった。
「……ここも外れか。どれも無駄に重量があるか、強度が足りない」
店先に並べられた鋼の胸当てを指でなぞりながら、俺は短く息を吐いた。
「まだ決まらないの? もう五軒は見て回ってるじゃない……その胸当てだって、悪くなさそうよ」
一向に終わらない俺の品定めに痺れを切らしたのか、ナギが不満げな視線を向けてくる。
「ダメだ。求めている質にはまるで届いていない」
「そもそも、なんで今までそんな質素な防具着てたのよ。あなたの性格なら、防具を買うお金の蓄えくらいはあったんじゃないの?」
(おかげで私も騙されたし……)
小さく、こちらに聞こえない程度に呟かれたその言葉を、俺は聞き逃さなかった。
あの日、ザックとナギが俺に狙いを定めた時のことを言っているのだろう。
「相手にどうこう言う前に、見た目で判断した自分の浅はかさを顧みるんだな。……今までは必要なかったが、今は必要になった。それだけだ」
「……地獄耳め……」
毒づくナギの言葉を無視し、俺はどうしたものかと思案する。
そもそも……付与術師は基本的に、装備にそこまで金を掛ける必要がない。武器を持って戦う俺が異端なだけで、敵と直接戦闘することがほとんどないからだ。
では何故、直接敵と戦う俺の装備が貧弱なのかと言えば、それは俺の戦い方とステータスの問題に起因する。
元々相手の動きを見切り、回避することを前提に戦闘を組み立てている俺の戦い方。加えて、付与術師の基礎ステータスによる耐久の低さから、生半可な装備では、強力な一撃を喰らえば防具ごと叩き潰されて終わりという脆弱性がある。
よほど防具が高性能か、特殊な効果でもない限り意味を成さないのだ。そこまでして己の防具に金を掛けるくらいなら、パーティーの盾であり剣でもあるライルに良い物を与えた方が、全体として遥かに効率的だった。
だが、これからは俺自身が常に最前線に立つ以上、防具の質は命に直結する。
「お気に召さないかい、お客さん。ウチの品は中堅冒険者でも十分通じる出来だぜ?」
恰幅の良い店主が、不満げに口を挟んでくる。
「並の魔物相手ならな。だが、俺が求めているのは極めて軽く、動きを阻害しない防具だ。その上で、巨人の一撃を正面から受けても致命傷を避けられる強度が要る」
「はっ……無茶言うな。軽さと強度は相反するんだ。そんな防具、よっぽど高価な素材で作るかダンジョン産でもなきゃ無理だ。少なくとも、表通りにある防具屋にそんなものはない。……ただ、どうしてもと言うなら……路地裏の『ドナン』んとこに行きな。偏屈なドワーフだが、腕だけは確かだ」
「ドナンか……噂だけは聞いたことがあるな。腕は良いが金持ち相手からしか仕事を受けないと」
「ああ、かなりの額をふっかけられる。まぁ、その分出来上がりの質はこの街一だ」
「分かった、礼をいう」
そう口にして、俺たちは店を後にする。
教えられた通り、陽の当たらない薄暗い路地の奥に、目的の工房はあった。
重い木扉を押し開けると、むせ返るような熱波と、心臓の底まで響くような分厚い槌音が溢れ出してきた。
狭い店内には無骨な鉄の塊のような武具が無造作に積まれ、炉の前には太い腕に煤をつけた、岩のようにずんぐりとした初老のドワーフ――ドナンが立っていた。
「……冷やかしなら帰れ。てめえのような貧乏冒険者のボロい装備を、いちいち叩き直してやる暇はねえんだよ」
俺の身なりを一瞥するなり、忌々しげに吐き捨てるドワーフ。
俺はその言葉を意に介さず、要件だけを簡潔に告げた。
「極限まで軽く、かつ巨人の一撃を殺す防具が要る」
その瞬間、ドナンの槌を握る手がピタリと止まる。
「……正気か、てめえ。紙で岩を受け止めろって言ってるのと同じだぞ」
「腕が確かと聞いて来た。無理なら他を当たる」
「待て。……無理だとは言ってねえ」
踵を返そうとした背中に、野太い声が飛ぶ。
振り返ると、ドナンは鋭い眼光で俺を睨み据え、口角を歪めていた。
「極上の素材を湯水のように使うことになる。金貨八十枚……いや、百枚。最低でもそれくらいは飛ぶぞ」
金貨百枚。腕の立つ一流の冒険者であっても、防具一つに出すには躊躇うほどの破格だ。
だが、俺は表情を変えることなく、マジックバッグから麻袋を取り出し、カウンターに置いた。
ずしり、という重い音と共に、黄金の輝きがこぼれ落ちる。
「手付金として半分置いていく。残りは受け取りの時だ。素材はお前のところで最高のものを揃えろ」
「……へっ、いいだろう。一週間だ。せいぜい完成する前に、そのボロ装備で野垂れ死なないことだな」
ドナンの笑い声を背に、俺たちは工房を後にした。
「……随分と気前が良いのね。宿の部屋代は、金貨二枚でケチったのに」
路地を歩きながら、後ろのナギが呆れたように呟いた。
「必要だと思えば使うし、必要ないと思ったら使わない、それだけだ」
ナギの視線を受け流し、俺は淡々と返す。
「ついでに言えば、防具に使った金は元々なかったはずの泡銭だ。惜しむ必要は無いだろう」
「…………っ」
暗に自分の行いを非難されたナギはそれに関して口を開けず、代わりに違う問いを重ねてきた。
「……これから、どうするの?」
「バラムの近郊、『古木の回廊』へ向かう。宿代の補填と、お前との連携を確認するための実戦だ。……だがその前に、ギルドへ寄るぞ」
「ギルドへ?」
「ただ森へ行って魔物を狩るだけでは非効率だ。ついでにこなせる討伐依頼や、素材採取の依頼を受けておく」
ドナンが仕上げる防具は、あくまで俺の生存率を上げるための手段の一つに過ぎない。
北のグラシュティア山脈を越えるには、俺のアンバランスなステータスを底上げし、ナギの魔法を実戦の中で使いこなすための調整が必須だった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
冒険者ギルドで適当な依頼を見繕ってから小一時間後。俺たちは『古木の回廊』と呼ばれる広大な森林地帯の浅層に足を踏み入れていた。
樹齢数百年はあろうかという巨木がひしめき合い、天を覆うほどの枝葉が日差しを遮っている。太くうねった根が地表を這い回り、まるで自然が作り出した迷宮の回廊のように続いていることから、その名が付けられた場所だ。
もっとも、俺たちが立ち入ったのはその浅層であり、奥地のような複雑怪奇な迷路にはなっていない。それでも、昼間であっても日差しは遮られ、湿った空気の中には魔物たちの生々しい気配が澱のように溜まっていた。
そんな静寂を破り、低いうなり声と共に樹木の間から姿を現したのは、三体の『鎧甲猪』だった。
分厚い外殻に覆われたその突進は、並の剣撃を容易く弾き返す。
俺は剣を抜き、背後のナギに短く指示を飛ばした。
「足を止めろ。殺傷力はいらない」
「……ええ、わかったわ」
ナギが黒檀の杖を掲げる。
「『泥濘の沼』」
突進してくる三体のアーマード・ボアの足元が、突如として粘り気のある深い泥へと変わる。
強固な外殻と重量が仇となり、魔物たちは泥の中で大きく体勢を崩した。
俺はその隙に無言で距離を詰め、体勢を崩した二体の首の関節――外殻の継ぎ目へと的確に剣を突き立てる。
断末魔を上げる間も与えず、瞬時に二体を沈黙させた。
残るは、群れの中で最も体格が大きく、基礎耐久値の高い一体のみ。完全に動きを封じられたそいつに対し、能力を引き上げるための付与を叩き込んだ。
「『耐久強化』」
マナの光が個体を包み込む。見た目に変化はないが、その外殻の硬度は確実に跳ね上がっている。
だが、動けない的であれば外殻の硬さは関係ない。
俺は泥にもがくボアの横に立ち、剥き出しになった眼窩から脳天へ向けて、ただ静かに刃を深々と突き入れた。
絶命と同時に回路が逆流し、熱い奔流が俺の耐久値をわずかに引き上げた。
「……ふぅ」
剣の血を払い、鞘に収める。
「……馬車で言ってた『敵を強化してから殺す』ってやつ、本当にやってるのね」
ナギは杖を下ろし、泥に沈んだ魔物の死骸と俺を交互に見やりながら呟いた。
「でも……それで、本当に強くなってるわけ?」
ステータスの変動など、他者の目には映らない。外見や気配に劇的な変化があるわけでもない以上、彼女が疑念を抱くのは当然だ。
「見た目で分かるものではない。だが、確実に俺の血肉となっている」
「……ふぅん。まあ、私はご主人様の『命令』に従うだけだけど……」
こちらに向けられるその瞳には、不理解よりも、この男の歩みがどこへ辿り着くのかを見届けてやろうという、冷めた好奇心が宿っているように見えた。
「悪くない連携だ。依頼の数もこなすぞ。これを繰り返し、一週間で可能な限り俺のステータスを仕上げる」
俺たちは魔物の素材を剥ぎ取り、さらなる獲物を求めて森の奥へと足を進めた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
夕刻。バラムの冒険者ギルドは、依頼を終えて戻ってきた者たちでごった返していた。
俺はその喧騒の一角で、受けていた討伐依頼の達成報告を済ませ、続けてマジックバッグから古木の回廊で得た素材――魔石と、質の高い外殻や毛皮を換金所のカウンターへ置いた。
「……討伐依頼の達成に加えて、これだけの素材か。仕事が早いな。傷も最小限に抑えられているし、腕が良いと見える」
初老の職員が、手慣れた様子で素材の品質を確認しながら小さく頷く。
「査定を頼む」
淡々と作業を進める職員をよそに、俺は背後にいくつかの視線が向けられているのを感じていた。
見慣れない顔の男が、使い古された安物の防具で質の高い素材を大量に持ち込んでいる。それだけでも多少の興味を引くには十分だが、視線の理由はおそらくもう一つある。
俺の後ろに控えるナギだ。
冒険者を騙し討ちにして身ぐるみ剥いでいた底意地の悪さを除けば、彼女の容姿は目を惹くほどに整っている。素性の知れない安物装備の男と、不釣り合いなほどの美人奴隷。
さすがにこの巨大なギルドでも、少しばかり目立ってしまったらしい。
ギルドを出る際、好奇心や値踏みするような視線がいくつか突き刺さるのを感じた。
「……ご主人様。なんか、ジロジロ見られてて嫌なんだけど」
ナギが鬱陶しそうに肩をすくめる。
「放っておけ。実害が出た時に考えればいい」
俺は意に介することなく、夕闇が迫るバラムの喧騒の中へと歩き出した。
あとは一週間、ひたすらに自身を削り出し、鍛え上げるだけだ。
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