交易都市バラム
金貨1枚5万円くらいかなと思ってます。
海洋に面した、巨大な交易都市バラム。
潮風の香りが微かに届く石畳の街道を進むにつれて、行き交う人々の数は目に見えて増えていった。
各国の特産品を積んだ馬車、護衛の傭兵団、あるいは一攫千金を夢見てこの街を訪れた冒険者たち。
そんな喧騒に紛れながら、俺とナギはバラムの巨大な正門へと列をなしていた。
やがて俺たちの順番が回ってくると、検問を仕切る門兵が事務的な声をかけてきた。
「身分を証明できるものを提示しろ……。ん、奴隷連れか」
門兵の視線が、ナギのローブの隙間から覗く首元――黒い金属のチョーカーを捉える。
だが、犯罪奴隷など、この巨大な交易都市では珍しくもないのだろう。門兵はそれを一瞥しただけで、確認のための手を差し出してきた。周囲を行き交う商人や冒険者たちも、奴隷の存在など見慣れているのか気にも留めずに通り過ぎていく。
「ああ、これがギルドの発行した所有証明書と、俺の冒険者証だ」
俺は表情を変えることなく、懐からカード型の証明書と銀色のプレートを取り出し、門兵に手渡した。
門兵は二枚のカードに機械的に目を通し、短く頷く。
「……よし、不備はない。一応規定だから言っておくが、奴隷が街で問題を起こせば、所有者であるあんたが全責任を負うことになる。首輪の管理は怠るなよ」
「分かっている」
「よし、通れ。次!」
重厚な門をくぐり抜けると、そこはむせ返るような熱気に満ちた別世界だった。
三階建ての石造りの建築物が所狭しと立ち並び、大通りには無数の露店がひしめき合っている。香辛料の匂い、鍛冶の槌音、商人たちの怒声にも似た客引きの声。
「人が多いですね……」
周囲の喧騒を見渡し、ナギがぽつりと呟く。
「ああ、海洋に面した交易の要所だからな。一つ……昨日から気になっていたが……その喋り方はなんだ?」
「え……?」
言葉の意図が分からず、小首を傾げながら疑問符を浮かべるナギ。
「無理にへりくだったような丁寧語だ。お前の元々の喋り方ではないだろう。普段通りの口調で話せ」
「……奴隷が主人にへりくだるのは普通では……?」
「他の奴隷がどうかは知らんが、俺には不要だ。気色が悪い」
「……気色悪いとは随分ね。まぁ、ご主人様がそう言うなら、こちらとしては遠慮なく。……それでご主人様、まずは何処に行くの?」
「決まっている、宿探しだ」
どこか呆れたような、それでいて少しだけ生気を取り戻したような声。
その声にひと言だけ返し、俺はそのまま商業区の端、比較的静かな一角へと向かって歩き出した。
「……ねえ、あっちの大きなホテルは通り過ぎるの? 噴水があるところ」
先ほどの宣言通り、元の砕けた口調に戻ったナギが問いかけてくる。
彼女の視線の先には、白亜の石材を贅沢に使った壮麗な建築物がそびえ立っていた。
手入れの行き届いた庭園の中央では、精霊魔法によるものか、虹色の飛沫を上げる噴水が涼やかな音を奏でている。
豪奢な制服を纏った門番が立ち、入り口からは上質な香料が風に乗って流れてくる。
「どこの貴族になったつもりだ。装飾に払う金など一銭もない。金の無駄だ」
そうして五分ほど進んだ道の先……俺が足を止めたのは外観こそ控えめだが、厚い石壁と魔力封じの結界がしっかり施された、冒険者に好まれる宿だった。
「着いたぞ、ここだ」
「ここ……? まぁ、悪くはなさそうな宿だけど……泊まったことがあるの?」
「いや……だが、前に仕事でバラムに来た時に、知り合った冒険者からここの宿を勧められたことがある。他はどこも『お客様価格』だから、ここが良いとな」
「ふぅん、まぁ私はご主人様のお申し付けに従うだけだけど……」
先程のホテルとは比べるべくもないが、それでも小綺麗な外装に、ナギもまんざらではない様子だ。
「入るぞ」
重い木扉を押し開けて中へ入ると、分厚い石壁の効果か、大通りの喧騒が嘘のように遠のいた。
ロビーは落ち着いた色合いの木材で統一されており、派手さはないものの、隅々まで清掃が行き届いている。奥のカウンターで帳簿に目を通していた初老の男が、俺たちの足音に顔を上げた。
「いらっしゃいませ。……お客様、お二人でしょうか?」
受付の男が、俺の使い古された防具と、後ろに控える奴隷のナギを見て、視線をわずかにチョーカーへ落とす。
「ああ。宿泊料金を確認したい。ベッドが二つある広めの部屋一つと、簡素な一人部屋を二つ。一週間ならどちらが安い」
「宿泊料金の比較ですね、少々お待ちください。……別々のお部屋ですと一週間で金貨七枚となりますが、ツインタイプの広いお部屋の方ですと、金貨二枚分ほどお安くなり、金貨五枚でご案内できますね」
「……なら、その広い部屋を一つ。一週間分だ。それと、指示があるまで部屋への立ち入りは無用だ。清掃はこちらの希望した時にだけ頼む」
俺はマジックバッグから金貨を五枚取り出し、カウンターに置く。
同質の環境と休息が手に入るなら、安いに越した事はない。
「畏まりました。……お食事はいかがなさいますか? 当宿は地元の近海魚と滋養豊かな食材を使った煮込み料理が自慢でして。少し値は張りますが、特上のコースもご用意できますが」
「それを頼む。朝夕の二食、一週間分だ」
俺は追加の金貨四枚を、迷うことなくカウンターに積み上げた。
「……食事の質には妥協しない。俺の数少ない楽しみだからな」
「ご利用ありがとうございます。腕によりをかけてお作りいたします」
男が深く頷くのを確認し、俺は差し出された鍵を受け取って部屋へと足を踏み入れた。
室内は清潔で、骨太で寝心地の良さそうなベッドが二つ、適度な距離を保って設えられている。厚い石壁のおかげか、扉を閉めれば外の喧騒はほとんど遮断された。
それなりの値段がすることもあり、浴槽こそ無いが、お湯が出る設備と湯を浴びるための空間が備えられていた。
「……ねえ。本気で言ってるの?」
ナギが杖を壁に立てかけ、信じられないものを見るような目で俺を振り返る。
「何がだ」
「何が、じゃないわよ。さっきのホテルは『金の無駄』って切り捨てたくせに、こっちの宿では特上コースを迷わず頼むし……。おまけに何? 私の分まで特上にするなんて、どこの世界に奴隷にそんな良い飯を食わせるバカが居るのよ」
ナギは呆れたように肩をすくめ、用意されたベッドの一つに腰を下ろした。
「部屋代の金貨二枚をケチって私と同じ部屋にする守銭奴のくせに、食費には金貨四枚も出す。……あなたの金銭感覚、本当におかしいわ」
「食は全ての人間共通する喜びだ、お前もそれは変わらんだろう。……宿でアーマーリザードの肉を食っていた時、お前はわずかだが生気を取り戻していたからな」
「……え?」
意表を突かれたのか、ナギの言葉が止まった。
「気力がない時ほど、美味い飯を食うのが一番だ。精神の摩耗は判断を鈍らせる。……お前が不味い飯で腐って、肝心な時に魔法の援護や回復が遅れる方がリスクだ」
「…………」
ナギは何事かを言いかけ、そのまま口を閉ざした。
俺の言葉の真意を探るように、ジッとこちらを見つめてくる。絶望し、ただ胃に詰め込むだけの作業だったはずの食事で、肉の味に微かな反応を示した一瞬。それを見透かされていた事実に、何か思うところがあったのだろう。
「ふぅん……良く見ているのね……」
そう言った彼女はそのままローブの裾を無造作に引き上げ、白く、すらりと伸びた生足を惜しげもなくさらけ出す。
挑発的な行動を取る彼女だが、フードの奥から覗く瞳には、こちらを試す様な色が混じっていることを俺は感じ取っていた。
「もしかして……節約のための同室は口実で、美味しい食事でその気にさせて、『そういうこと』を期待しているのかしら……? だとしたら悪い人ね、『命令』すれば私は拒否出来ないのに、女の方から誘わせようなんて……」
湿り気を帯びた、蠱惑的な声。
男であれば目を奪われ、抗い難い衝動に襲われるであろうその肢体。
しかし、俺はその動きに視線を止めることなく、部屋の中の構造を見て回る。いざという時に備え、安全性を確認することは最優先事項だからだ。
「『そういうこと』で強くなるなら一考するが、お前の裸にはそういう効果があるのか? 飯は美味いほうが良いだろう。それだけだ」
そこに一切の感情も乗せず、ただ事実を事実としてありのまま伝える。
「加えて言えば、お前達から押収した金の半分は被害者家族に行き渡るように置いてきた。故に、お前が思っている程の余裕はない。節約も本当だ」
「……被害者、家族?」
不意に投げかけられた言葉に、ナギの動きが止まった。
挑発的に浮かべていた笑みは消え、その瞳が微かに揺れる。自分たちが奪い、踏みにじってきた物の重さを、唐突に突きつけられたのだから当然だろう。
「……ふっ、あははっ。……女の誘いを断る言い方としては最低ね、あなた。おまけに説教臭いときたわ」
「ただの事実だ」
俺は一息つく間もなく、自室の扉を再び開けた。
「部屋の確認は終わった。時間が惜しい、さっさと買い物に行くぞ」
一週間。それがこの街に滞在する期間だ。その限られた期間でこなすべき事は幾つもある。
装備の新調、ナギとの連携強化、山脈超えの用意。時間を無駄には出来ないのだ。
「……ええ。何処までも付いて行きますとも、私のご主人様に……ね」
ナギのその返答を背中で受けながら、俺は部屋を後にするのだった。
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