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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫(ハーベスト)  作者: かおもじ


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15/21

理由

 必要な買い物を終え、昼間の喧騒が少し落ち着いた冒険者ギルドへと俺たちは舞い戻った。


 一階の受付窓口。そこにいたのは先ほど地下へ案内してくれた職員ではなく、馴染みの受付嬢であるエレナだった。


「冒険者証を受け取りに来た。あと、借りていたコートだ、助かった」


 借りていたコートを彼女に返しつつ、俺は奴隷登録の事務手数料と契約用チョーカーの代金である金貨二枚をカウンターに置いた。


「カインさん、本拠地移動の手続きは受理されました。こちら、更新された冒険者証です……」


「ああ、今まで世話になったな」


「……本当に行ってしまうんですね。それにその、その方と……?」


 別れの挨拶をする俺に対し、エレナは領収書を差し出しながらおずおずと話しかけてくる。その表情はどこか寂しげで、俺の背後に控えるナギをひどく不安げに見つめている。


 犯罪奴隷を私兵として連れ歩く冒険者自体は、この国ではそう珍しい光景ではない。それでも彼女の顔に濃い翳りが落ちているのは、ナギの素性も、俺が引き取った経緯もすべて知っているからだろう。


「ああ、いつもライルと一緒だったからな、良い機会だし、少し世界を見てくる。……そこでなんだが、エレナ。ライルに伝言を頼めるか」


「ライルさんに、ですか?」


「『しばらく旅に出るから、探すな』、そう伝えてくれ。……あいつのことだ、何も言わずに姿を消せば探して回るだろうからな……」


 お前はお前の道を行けという、俺なりのメッセージだ。余計なことを言わずとも、あいつならこれで伝わるだろう。


「分かりました、必ず伝えます。……お別れは言いません、旅が終わったらまた戻ってきてくれると信じてますから。……どうか、お気をつけて。カインさん」


「ああ、行ってくる」


 エレナの言葉に頷きながら返事をし、スッと背を向ける。そのまま振り返ることなくギルドを後にし、馴染みの宿へと戻るのだった。




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼




 扉を開けると、いつものように洗いざらしのエプロンを締め、亜麻色の髪を後ろでキッチリと纏めた宿の女将、カミラから声をかけられた。


「おかえり、カイン。今日は早かったじゃないか。約束通りアーマーリザードの仕込み終わってるよ。……おや、連れかい?」


 カミラは、俺の後ろで俯くナギと、その首に光る黒い輪を見て察したように目を細めた。


「ああ。少し、込み入った事情でな。飯の前にこいつを風呂に入れたい。頼めるか?」


「……分かったよ。お湯を用意するから少し待ちな」


 そうして、ナギに汚れを落とさせている間に俺は自室に戻り地図を広げる。今後の予定を改めて確認するためだ。


「力や耐久ならやはり巨人やゴーレムか……北の山脈には氷の巨人がいたな。あとは、遺跡を護るゴーレムだが……アレはかなりの難敵だからな、狙うかどうかは俺の成長次第か。――なんにせよ、知見を広めるためにも北西の山脈越えが当面の目標だな」


 そう口にしたことで、改めて今後の道筋が頭のなかに浮かび上がってきた。


「当てのない旅なんて……ライルと一緒に故郷を出て以来だな」


 若さに任せて二人で南の国を飛び出した十年前。徐々に北上しながら各地を放浪し、その道中でララやミリィとも出会い、ただがむしゃらに生きていたあの頃の記憶が、静かに脳裏をよぎっていく。


「……俺も若かったな」


 ぽつりと零した呟きは、誰の耳に届くこともなく、静かな部屋の空気に溶けて、消えていった。



 その日の夕食。



 約束通り、厨房の旦那が腕を振るってくれたアーマーリザードの肉は、驚くほど瑞々しく、噛み締めるたびに野性味のある脂が溢れ出した。昨日から楽しみにしていたその味を、俺は一つ一つ確かめるように咀嚼し、飲み込んだ。


「……見事な火入れだ。アーマーリザードの肉は少しでも火を通しすぎれば、途端に岩のように硬くパサつく。だが、これは表面の香ばしさを保ちながら、内側に驚くほどの肉汁を閉じ込めている。下味にすり込まれた香草もいい。特有の泥臭さを完全に殺し、野性味という長所だけを引き出している。……やはり、この宿の飯は格別だな」


 向かいに座るナギは、急に熱を帯びた俺の長口上など耳に入っていない様子で、差し出された食事にほとんど手をつけず、ただ虚空を見つめていた。


「……明日には街を出る。旅に出るのに体力がなくてへばりましたなんて言わせるつもりはないぞ、食え」


「……はい」


 意思を持たない操り人形のようにフォークを握り、皿の上の肉を小さく切り分けて口に運ぶ。


 ただ主の命令に従い、義務として胃に詰め込むだけの無機質な動作。だが――咀嚼した瞬間、彼女の手がぴたりと止まった。


 旦那が手間暇かけて仕込んだアーマーリザードの肉だ。ここ数日粗末な食事しか摂っていなかったであろう彼女の舌を、その瑞々しい旨みが否応なく刺激したのだろう。


 微かに見開かれた瞳。


 味覚という抗いがたい生々しい感覚が、死んだようになっていた彼女の心に、自身がまだ『生きている』という事実を容赦なく突きつけたのかもしれない。


(まぁ……生きる気力あろうがなかろうが、美味いものは美味いからな)


 やがてナギは、先ほどまでの機械的な動作とは違う、どこか戸惑うような、それでいて確かに味わうような手つきで、再び肉を切り分け始めた。


 その様子を視界の端に収めながら、俺は無言で自分の分の食事を平らげていった。


 食後、俺はカミラのところへ行き、もう一人分の宿泊費を置く。食事の前にナギの分も部屋を借りたいと伝えてあったからだ。


「美味かった。……実は明日この街を出る予定だ。今まで世話になった」


「……そうかい。常連さんがいなくなるのは寂しいけど、冒険者ってのはそういうもんだもんね」


 カミラは革袋を受け取ると、いつものように力強く笑って俺の背中を叩いた。


 厨房で鉈を振るっていた旦那が、手を止めこちらを向き直す。そうして「お粗末さん」と低い声でひと言だけ言い放ち、再び作業に戻った。


 俺もまた、そんな彼に小さく頷き、そのまま2階への階段を上って行く。


 自室の扉の前に着くと、背後を影のように付いてきていたナギが、当然のように俺に続いて部屋に入ろうとした。俺は振り返り、先ほどカミラから受け取ったもう一つの鍵を彼女へ差し出す。


「お前の部屋は別にある」


「……わざわざ部屋を?」


 奴隷である自分に個室が与えられたことに戸惑うナギに、俺は淡々と返す。


「俺の部屋は一人部屋だ。二人分のスペースは無い」


 それだけ言い残し、俺は自室の扉を開け中に入る。その流れのまま防具を外し椅子に腰を掛けると、マジックバッグから湯桶と、押収品として手に入れた魔道具の水筒、ついで清潔な布を取り出す。


「さて、試してみるか」


 水筒に魔力を流すと、そこから結構な勢いでお湯が溢れ出してきた。しかして、お湯は湯桶によって床を濡らすことなく、中に吸い込まれていく。その溜まったお湯でまずは顔を、ついで手足も洗う。


「ふぅ……お湯は……明日捨てればいいか」


 そう言いながら布で水気を切り、軋むベッドに身を横たえる。そうしてそのまま、明日の出立に向けて静かに目を閉じるのだった。



 翌朝。



 出発の準備を整え、長年使い慣れた部屋を最後に見渡してから一階へ下りると、カミラが包みを二つ差し出してきた。


「はい、これ。道中で食べな。あんたみたいに飯の味にうるさい男が、干し肉ばっかり齧ってたら気が滅入るだろうからね」


「……ああ。助かる」


 受け取った包みからは、まだ微かに温かいパンと香草焼きの良い匂いがした。その確かな温もりが、少しだけ掌を通して胸に染みる。


「五年間……本当に世話になった。この街に腰を据えてから、あんた達の飯が俺の数少ない楽しみだった」


 俺が素直に頭を下げると、カミラは少しだけ目を丸くした後、優しく目を細めた。


「何言ってんだい。あんたはウチの自慢の常連だよ。……いつでも戻ってきな。ここはあんたの帰る場所の一つなんだから」


「……そうさせてもらう」


 厨房の奥では、旦那が包丁を止め、こちらに向けて深く、静かに一度だけ頭を下げた。俺も無言で頷き返し、静かに長年親しんだ宿を後にするのだった。



 リンドールより西の街道。



 ガタゴトと、規則的な振動が尻に伝わってくる。


 乗り込んだ定期便の荷台。揺れに合わせて視界が上下する。


 俺は荷台の縁に寄りかかり、遠ざかっていく街の輪郭を静かに見つめていた。


 五年前、南からの長い放浪の末に、ライル達と共にくぐった高い城壁。本格的に腰を据え、数え切れないほどの依頼をこなし、笑い合い、そして停滞の泥濘に沈みかけていた、俺の第二の故郷とも呼べる場所。


 見慣れた街門が、今はもう砂埃の向こうに小さく霞んでいる。


「ジャンには挨拶できなかったな。……まぁいいか、別に二度と戻らぬわけでもない」


 静かに息を吐き、俺は街から前へと視線を戻した。


 馬車は、見慣れた平原を抜け、北西へと続く街道をひた走っていた。


「……どこへ、向かっているのですか」


 昨日からずっと沈黙を守っていたナギが、馬車の揺れの中でようやく掠れた声を出した。


「北だ。あの山脈を越えて、隣の地域へ行く。その前に、北西にある交易都市バラムで山越えの準備をするがな」


 俺は視線を外に向けたまま、淡々と答えた。


「……そうですか。……あの……何故、私を残したのですか」


 ナギは小さく呟いた後、探るような視線をこちらへ向けた。何故とは、きっとあの時の……ザックとナギのどちらかだけ助けると言った時のことだろう。


「何故、か」


「はい……ザックではなく、私だった理由です。見捨てられた姿が哀れだったから……同情ですか?」


「……あの時、ポーションは一つしかないと言ったな、アレはブラフだ」


「え……?」


「もしもお前達がお互いを庇いあえば、多少リスクを負っても二人とも生かして連れて行こうと考えていたが……結果はあのざまだ。俺は仲間を軽視する奴が嫌いでな。だからザックを斬った」


「……」


 俺の言葉にナギはそれきり黙り込む。それでも、もうひとつの疑問に突き動かされてか、再び口を開いた。


「……自業自得だった、ということですね。……では、私を連れ出した理由はなんですか?」


「……あの時、俺はザックにエンチャントを掛けた状態で殺した」


「え……?」


 話の方向が思いがけない方向に向かったことで、流れについて行けなかったナギが間の抜けた声を出す。


「その瞬間、付与術を介してあいつの力が俺の中に流れ込んできたのさ」


「ええと、それは……?」


 ますます意味が分からないという様子のナギに、俺は力を奪うための法則を説明する。


「細かい理屈までは知らん。……俺が敵にエンチャントを掛け、自分よりも強くする。その上で、敵を殺す。そうすることで、相手の能力を奪い、強くなれるらしい」


「でも、それって……」


「ああ、常に自分以上の力を持った存在と殺し合う綱渡りだ。故に通常のパーティーは組めない。だからこそ、万が一の時に最低限の回復と牽制ができる後衛はどうしても必要だった」


 俺は隠し立てすることなく、あるがままを伝える。今後の事を考えれば、ナギへの説明は必須だろう。


「お前の戦闘技能は森で見ているからな。奴隷であれば情報漏洩の可能性も極めて低い。俺の今後のやり方にうってつけだったという訳だ」


「……ふふ、あはは……っ」


 俺の言葉を聞き終えると、ナギは乾いた笑い声を漏らした。


 慈悲や同情などという甘いものではなく、ただ己の狂った目的を果たすための「道具」として自分を確保したのだという事実が、逆に彼女の心にすとんと落ちたようだった。


「そうですか。あなたも、あいつとは別のベクトルで狂っているんですね。……分かりました。それがあなたの望みなら、私は道具として使われましょう」


 自嘲気味に呟いたナギだが、その表情には諦観だけが浮かんでいた先程までとは少し違う色を宿しているように見えた。……或いは、俺の旅路がどこに行き着くのかを見届けてやろうという、奇妙な決意が宿ったのかもしれない。


 窓から差し込む陽光が、彼女の横顔を淡く照らす。俺はそんな彼女から意識を逸らすように、静かに瞑目する。


 馬車は、静かに、しかし着実に。


 次なる地へと向けて、ただ淡々と車輪を回し続けていた。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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