命の値段
ライルと店で別れた後、俺は再び冒険者ギルドへと舞い戻ってきた。
受付で声を掛けると、対応した職員が恭しく頭を下げる。
「お待ちしておりました、カイン様。ご案内いたします」
そのまま彼女の案内に従い、ギルドの奥へと進んでいく。歩き慣れた木板の音が、地下へと続く扉を一歩くぐった途端、冷たく硬質な響きへと変わる。そして足音が変わるのと同時に、肌に触れる空気もひんやりとした重苦しいものへと変質していった。
「どうぞ、この先です」
ギルドの最下層、魔石の灯りが不自然な青白さで照らす先には、『特殊処置室』と書かれていた。
案内の職員が重い鉄扉を開けると、魔封じの手枷と足枷を嵌められ、椅子に力なく腰掛けたナギの姿が真っ先に目に入る。
艶やかだったはずの黒髪は埃に塗れてパサつき、本来なら目を引く白い肌も、今は不健康さに拍車を掛けているようだった。
引き渡してから二日しか経過していないはずなのに、その姿は幾年も重ねたような、ひどくやつれた印象を受ける。
そのナギに対面するように、立会人として派遣された王国の法務官と、実務を担うギルドの執行官が待ち構えていた。
「お待ちしておりました、カイン殿。さっそくですが、こちらが今回の隷属契約に関する条項となります。まずはご一読を」
俺が部屋に入るなり、執行官が事務的な口調で声を掛け、束ねられた紙の書類を差し出してきた。
受け取った書類に視線を落とし、内容を一読する。
そこに記されていたのは、主人の命令への絶対服従、危害を加えることの禁止、そしていかなる手段をもってしても情報を漏洩させない等、奴隷に課せられている制限を取り纏めた『説明書』だ。加えて、終身の奴隷落ちである以上、引き取った人間にはその身柄の全責任を持つ義務が生じ、勝手にチョーカーを外すことはたとえ所有者であっても決して許されないなど、契約に関する項目も記されている。
「確認した」
一通り目を通し終え、俺は短く頷いて書類から顔を上げた。
それを確認した法務官が一歩前へ進み出て、冷淡な声を石室に響かせる。
「――では、最終確認だ。犯罪奴隷『ナギ』。貴様は死罪に値する大罪を犯したが……国の寛大な処置により死罪を免ぜられた。これより終身奴隷として、所有者であるカイン殿への隷属契約を完遂する。……罪人ナギ、この決定に異議はないな?」
法務官の冷淡な問いかけに、ナギは虚ろな瞳のまま、微かに首を縦に振った。ただ形だけの了承を強いる、無慈悲な確認作業だ。
――死罪を免ずる……か。何とも白々しい言葉だ。先の内乱で深刻な人材不足に陥ったこの国は、死罪に相当する咎人であっても生かして『犯罪奴隷』として様々な形で消費する方針をとっている。
そして、そこにはギルドも一枚噛んでいるのだ。
冒険者という消耗が激しい職業柄、慢性的な人員不足に頭を悩ますギルドだが、国から直接仕事を降ろされることも多い。国から仕事を振られた時に『人手がないのでできません』ではギルドの沽券に関わるし、依頼を受けてもらえないのは国としても困る。
だからこそ、魔法や戦闘技能のある犯罪者を冒険者が私兵として引き取ることで依頼をこなす足しにするも良し、あるいはギルドが直接引き取って危険地帯での捨て駒として国に卸すも良しという、国とギルドの双方にとって都合の良い「二段構え」のシステムが成立しているのだ。
「……よろしい。所有者、カイン殿。提示した契約条項、および隷属の規律に相違はないか。最終的な意思の確認を」
思考の海から引き戻すような法務官の問いかけに、俺は短く、迷いなく応じる。
「……ああ。問題ない、進めてくれ」
俺の了承を受け、法務官が隣のギルド執行官へ短く顎で合図を送った。
執行官が手にした複雑な術式の刻まれた魔導具をナギの首輪へと向け、起動キーとなる魔力を流し込む。
「……ッ」
直後、ナギの首に嵌められた黒い金属の輪――隷属のチョーカーが、マナの急激な流動に反応して鈍く、禍々しく光る。ナギは喉の奥で苦痛の声を漏らし、微かに身をよじった。
「以上で、契約の儀を終了する」
法務官が宣言し、一歩下がる。代わって執行官が事務的な口調で口を開いた。
「ではカイン殿。この者を正式に貴殿の所有物としてギルドへ登録するための事務手続きは完了です。後ほど受付にて、契約に関する諸々の手数料、およびチョーカー本体の費用をお支払いください」
「分かった」
「こちらが所有証明書になります。紛失時の再発行は当ギルドでしかできませんので、お気をつけください。……立ちなさい。今日からはその方がお前の主だ」
手足の枷を外され、執行官に促されたナギは答えず、ただ床の一点を見つめたまま意思を持たない操り人形のように立ち上がった。
俺は彼女を一瞥した後、執行官から所有証明書を受け取る前にマジックバッグから一枚の書面と冒険者証を取り出す。そうして、所有証明書と交換するような形で、取り出した書面と己の冒険者証を差し出した。
「ついでだ。これを受理しておいてくれ。活動拠点の移動届だ」
「……拠点移動、ですか。カイン殿ほどの腕利きがこの街を離れるのは惜しいですが……。何か特別な理由でも?」
執行官の問いに、俺は肩をすくめて短く返した。
「パーティを抜けて、身軽になったんでな。少し旅に出ようと思っただけだ」
執行官は一瞬、手元の書類へと視線を走らせるとピクリと反応を見せた。移転先の欄に未定と書いてあることに気がついたようだ。
ギルドの労働力とするための奴隷制度なのに、他所へ連れ出されては……そんな考えが浮かび、すぐに立ち消えたのだろう。どうせ困るのは国やお上であって自分ではないからだ。現に彼の表情は、先ほどと変わらぬ事務的なものに戻っていた。
「……なるほど。心機一転、というわけですね、分かりました。移動届と冒険者証はこちらでお預かりして、本拠地登録の解除手続きを行っておきます。後ほど受付にて、冒険者証をお受け取りください」
俺は短く頷くと、無言で付き従うナギを連れて地下室を後にした。
すると先ほどの受付嬢が扉の前で待っており、一枚のコートを差し出してきた。
「その格好では目立つでしょうから、お使いください。後ほどお返しいただければ結構ですので」
「すまない、助かる」
受け取ったコートをナギに羽織らせ、事務手続きが終わるまでの時間を潰すため、俺たちはそのまま一度ギルドを出た。
地上へ出た際、俺は背後に控えるナギへ短く告げる。
「装備を買いに行くぞ」
ナギは感情の消えた瞳を俺へ向け、掠れた声で問い返した。
「……私の着ていた装備は、どうなりましたか?」
「売却した。連行時に着ていた服なんて着られたら余計な噂が立つからな」
俺は答え、そのまま馴染みの武具屋へと足を向けた。ギルドから大通りを歩いて十分ほどの距離にある店だ。
カランカラン、と乾いた鐘の音が店内に響く。
油と鉄の匂いが立ち込める中、俺はナギを店先に立たせ、奥から出てきた店主に声を掛けた。長年この街を本拠地にしていた俺が、ずっと装備の面倒を見させていた男だ。自ら金槌を振るう汗まみれの職人というよりは、武器の目利きに長けた抜け目のない商売人といった風貌をしている。
「……こいつに合う装備を一式。それと、魔道士用の杖を一本頼む」
「おや、カインさん。また随分と珍しい連れがいらっしゃる」
店主は俺の後ろで俯くナギと、その首で鈍く光る黒い輪を一瞥したが、長年の付き合いゆえか余計な詮索はせず、すぐに商売人の顔を作った。
「なるほど……職業はなんでしょう?」
「魔道士だ。中堅相応の実力はある」
「でしたら、こちらの品などいかがでしょう。北方の魔蜘蛛の糸で織ったローブです。軽量ですが並の刃物は通しませんし、マナの伝導率も悪くありませんよ」
店主が棚から引き出してきたのは、白を基調とした淡い灰色のローブだった。光の加減で微かに銀色の糸が煌めくそれは、どこか冷ややかで、今の彼女の虚無感によく馴染んで見えた。
続いて差し出されたのは、煤けた黒檀の杖だ。先端には小ぶりだが質の良い魔石が埋め込まれている。
「杖はこちらがお勧めですね。派手さこそありませんが、マナの収束が非常に滑らかです。……そちらの彼女、一度握ってみてはいかがです?」
「試してみろ」
俺が短く命じると、ナギは主の命に従うだけの無機質な動作で、言われるがまま杖を手に取った。
魔石に彼女の魔力が流れ込んだ瞬間、杖の先が淡く青い光を帯びる。
「……いいです。これで」
抑揚のない声でナギが呟く。
俺は頷き、代金となる金貨をカウンターに並べた。
そのまま店の奥を借りて、ナギに買ったばかりのローブへ着替えさせる。
煤けた貫頭衣から白を基調とした淡い灰色のローブへと外装が変わったことで、森で相対した時の邪悪めいた様子とも、地下室で鎖に繋がれていた罪人としての様相とも違う、また別の印象をもたらしていた。生気のない佇まいと明るい布地の対比が、彼女の黒髪や肌の白さとも相まって、まるで精巧な人形のようだ。
「馬子にも衣装だな」
そう呟くが、ナギは聞き取れなかったようで不思議そうな顔でこちらを見る。
「何でもない。そろそろ手続きも終わる頃だろう、ギルドに戻るぞ」
そうナギを促しながら、俺は旅立ちの前の……最後の用事を済ませるために、ギルドに足を向けるのだった。
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