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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫(ハーベスト)  作者: かおもじ


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13/22

『これまで』と『これから』と

 隷属印の術式定着と事務手続きが終わるまでの間、俺はギルドを出て、近くにある小綺麗な食堂に身を寄せていた。


 朝のピークを過ぎ、客足の落ち着いた店内の隅の席。サンドイッチだけでは足りなかった俺の胃袋にはまだまだ隙間があり、ここで頼んだ定食もすでに平らげていた。


 今は食後のお茶を飲みながら静かに時間を潰している。すると不意に、聴き慣れた声が背後から降ってきた。


「……カイン」


 顔を上げると、そこには見慣れた長身の剣士が立っていた。


 目を惹くような綺麗な青髪に、目鼻立ちの通った端正な顔立ち。腰には白銀の装飾が施された長剣を佩き、驕ることのない、強者としての静かな威風が漂っている。


 幼馴染であり、かつての相棒。この街の若手ではトップクラスの実力を持つパーティー、『月下の灯火』のリーダー、ライルだった。


 若手、と言ってもそれは年齢だけの話だ。十年間冒険者稼業で生きてきた経歴は中堅以上と言っても差し支えないだろう。


「偶然だね。……隣、いいかい?」


「ああ、座れよ」


 短く促すと、ライルは俺の向かいに腰を下ろし、通りかかった店員に声を掛けた。


「すみません、冷たい果実水を一つお願いします」


「……お前、相変わらずそればかりだな」


「いいじゃないか、好きなんだから」


 苦笑して肩をすくめる姿に、俺は呆れたように小さく息を吐く。


 パーティーを抜けてからまだ一週間と経っておらず、何より物心がついた頃からの付き合いだ。顔を合わせれば、以前と変わらない距離感がそこにはあった。


 やがて店員が運んできた果実水のグラスを受け取ったライルへ、俺から口を開く。


「こんな時間に珍しいな、他の奴らはどうした?」


「ララとミリィ、それに新しく入ったテオは、今は大通りの方で買い物だよ。ポーションの補充と、新しい装備の調整があるってね。僕は適当に時間を潰してていいって解放されたんだよ」


「……お前は荷物持ちを押し付けられずに済んだのか」


「あはは、僕も最初は付き合ってたんだけどね。やっぱり女の子の買い物は長くなるし、装備の相談なら術師同士の方が話が早いからって、テオ君が全部引き受けてくれたんだ」


 グラスを傾け、苦笑して頭を掻くライルの姿に、かつての日常が重なる。


 面倒くさがりのララが俺に荷物を押し付け、ミリィが申し訳なさそうにフォローに回り、ライルが奔放に前を歩く。そんな俺が担っていた役割は、そっくりテオにスライドしただけで、彼らの空気感は変わっていないようだ。


「……それで、そのテオとは上手くやれているのか?」


 俺が話題を振ると、ライルは少しだけ言葉を濁し、困ったように眉を下げる。


「ああ、うん。カインの紹介だけあって腕は確かだよ。付与の技術だけなら、君と遜色ないくらいだ。ただ……やっぱりカインのタイミングに皆が慣れきっていたからね。テオ君は少し気弱なところがあるから、僕たちの動きに合わせようとして、一瞬判断が遅れることがあるんだ。まぁ、時間が解決してくれるとは思うけどね」


 テオ。俺の後任の付与術師の名だ。


 パーティーを抜けると決めた時、後を引き継いでくれる付与術師が必要になると考えた俺は、付与術師協会の会長に相談した。


 若手最優良株である『月下の灯火』への誘いとあって、その話が出た時は協会内の付与術師が挙って立候補したらしいが……実力はあるが功名心に逸る者や、己の保身が先に立つような者は会長が自ら篩いにかけたらしい。


 そうして、能力と人格の両面で問題ないと判断された数人の候補の中に、テオがいたのだ。


 過去に協会内で何度か話をしたことがあったため、テオの性格については把握していた。気弱な部分はあるが、パーティーのことをしっかりと考え、尊重できる真面目な青年だ。実際に見せてもらった付与術の腕前も申し分なかった。


 テオならば、ララの気まぐれに寄り添い、ミリィの優しさを汲み取り、ライルの無茶を支えてくれるだろう。そう考え、俺は後任をテオに決めたのだ。


「当たり前だ。術師が変われば戦術も変わる。俺の時と同じ感覚で突っ込むからそうなるんだ。テオがお前に遠慮しているなら、なおさら最初はお前が合わせる努力をしろ」


「面目ない……。でも、だからこそ心配なんだよ。僕たちは新しい仲間がいるからいいけど……今のカインは一人だから。勝手はどうだい? ちゃんと食べられているかい?」


「……お前たちと別れてまだ一週間と経ってないぞ。すぐに散財するお前と違って俺はしっかり貯蓄もあるし、日銭を稼ぐくらいどうとでもなる」


「それはそうかもしれないけど……でも、前衛なんだから装備にお金を掛けるのは大切だと思うんだよね」


「それにも限度がある。防具を新調した次の日に違う防具を買って来た時は頭を抱えたぞ」


「あはは……でも、付与術師の単独行動はやっぱり危険だよ。君がどれだけ優秀でも、他に仲間がいない状況で魔物に囲まれでもしたら……」


 言葉の端々に、過剰なほどの心配が透けて見える。


 俺は小さく息を吐き、呆れたように口角を上げた。


「余計な心配をし過ぎだライル、お前は俺のお袋か……。そもそも、誰にものを言っているんだ。単純な剣の腕で一度も俺に勝ったことの無いお前が、俺の心配なんて百年早い。……大体、お前は大振りが過ぎる。力に頼る癖を直せと何度言わせる気だ。テオがお前に強く言えない分、余計に酷くなっているんじゃないか?」


「そう言われると耳が痛いね。確かに力じゃ勝っていても、純粋な剣の勝負で、未だに君から一本取れた試しがないからね」


「そういうことだ。俺の心配をしたいなら、まずはその悪癖を直せ」


「精進するよ……。君の説教を聞くのも、久しぶりな気がするな」


 ライルが苦笑いしながら頭を掻く。


 そのやり取りは、道場の裏庭で泥だらけになっていた子供の頃と、何一つ変わらない心地良さがあった。


 だが、ふとライルの表情から笑みが消え、静かな眼差しへと変わる。


「ねえ、カイン。……僕は今でも時々、思い出すんだ。道場の裏庭で、二人で木剣を振っていた頃を。いつか二人で、誰も届かない世界の頂点に立つんだって、本気で信じていたあの夜を」


 ……遠い日の誓い。


 才能の差など知らず、ただ純粋に「最強」を夢見ていた無垢な時代。


「君の背中があったから、僕はここまで来れた。君が自らの夢を諦めたあとも、その思いを僕の剣に乗せ、付与を掛けてくれたから、どんな強敵にも立ち向かえた。……君がパーティーを抜けたとしてもその事実は消えないし、僕は今でも君が最高の相棒だと思ってる。……だから、僕が……必ず、『最強』になってみせるよ」


 言い終えたあと、ライルはグラスに残っていた果実水をグッと飲み干した。その瞳には、一点の曇りもない純粋な決意が滲んでいた。


 その真っ直ぐな眼差しを受け止め、俺は静かに息を吐く。


「……なら、精々その言葉通りに強くなることだな。それと――襟元のボタン、掛け違えてるぞ」


「えっ? あ、本当だ……」


 気恥ずかしそうにライルが慌てて首元のボタンを直す。その隙に、俺は手元に残っていた冷めた茶を飲み干した。


 ふと視線を上げると、店内の壁に掛けられた時計の針が進んでいるのが目に入った。ギルドを出てから、そろそろ二時間が経とうとしている。


 隷属印の定着が終わる頃合いだ。


「時間だな。これから予定があるんでな、俺はもう行く」


 席を立ち上がり、テーブルの上に自分の分の代金を置いた。


「うん。またね、カイン」


「ああ。……じゃあな」


 気負いのないライルの声に背を向け、俺は食堂を出た。


 扉の向こうに広がるのは、活気に満ちた昼下がりの大通り。

 頭上から降り注ぐ眩い太陽の光は、まるでライルが往く真っ直ぐな王道を照らし出しているかのようだった。


 あいつには、これからもその光の中を進んでほしいと心から思う。


 だからこそ、俺は影を歩く。他者の歩みを喰らい、簒奪する外の道を。


 建物の影が長く落ちる裏通りへと足を踏み入れると、喧騒は遠ざかり、ただ静かに、己の足音だけが石畳に響いていた。それでも、俺の歩みに迷いはない。


 光と影は表裏一体。いつかその道が交わると信じて。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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