精算
深い夜の帷を抜け、俺は防壁に囲まれた街の正門へと辿り着く。
篝火が焚かれた詰め所に、出発前に顔を合わせたジャンの姿は見当たらない。すでに仕事を終え帰宅したのだろう。代わりにジャンよりも年若い衛兵が控えており、俺のギルドカードの確認を促してきた。手続きを終えると、閉ざされた重い鉄格子の一部を開けてくれた。
人一人が通れるほどの隙間をくぐり抜け、夜の街へと足を踏み入れる。
大通りや歓楽街の方向からは、夜通し飲み明かす冒険者たちの喧騒が微かに響いてくるが、俺の向かう居住区寄りの路地はすでに深い静寂に沈んでいた。
石畳の路地を抜け、定宿としている古びた宿屋の扉を押す。
遅い時間にも関わらず、カウンターの奥では宿の女将であるカミラが起きて待っていた。
洗いざらしのエプロンを締め、亜麻色の髪を後ろでキッチリと纏めた姿。
俺の顔を認めるなり、彼女はホッとしたような表情を浮かべて声をかけてくる。
「おや、おかえり、カイン。随分と遅かったじゃないか。取り置きを頼まれてたのに帰ってこないから、心配したよ。今温め直すからちょっと待ってな」
「分かった、助かる」
短く返し、俺は食堂の空いているテーブルに腰を下ろした。
ほどなくして、料理を温め直したカミラがお盆に料理を載せて戻ってくる。
「はい。おまちどうさん」
「いただこう。……ああ、そうだ、そっちのテーブルを借りて良いか?」
「構わないけど、どうしたんだい?」
訝しげなカミラの問いに敢えて答えず、俺はマジックバッグから血と臓物を抜いた肉塊を取り出す。
「ほう、立派な肉だね。こりゃあ……」
「今日狩ったアーマーリザードの肉だ。宿の飯にでも使ってくれ。……明日の俺の分にも、多めに出してもらえると助かる」
俺の言葉に、カミラは呆れたように、けれど嬉しそうにふっと吹き出す。
「ふふっ、ちゃっかりしてるねぇ。いいよ、うちの旦那にとびきり美味く仕込ませておくからさ。……あぁ、それと、夕方頃にギルドから使いが来てたね。明日の朝一番で顔を出してほしいってさ」
その言葉に頷きながら、俺は銀貨を二枚取り出し、カミラへと差し出した。
「これは?」
「食っている間に風呂の用意を頼みたい。肉の仕込みの手間賃も込みだ」
得心がいったのか、カミラは手際よく銀貨を仕舞い、風呂の準備に向かう。
テーブルに残されたのは、こんがりと皮目まで香ばしく焼かれた脂の乗った沢山の川魚に、ふっくらと炊き上がった山盛りの米。それに野菜の端材をくたくたに煮込んだ温かいスープ。
美味い飯を食う時間は、俺にとって数少ない楽しみの一つだ。素朴だが、疲れた身体には何よりの御馳走に他ならない。無言で魚の身を丁寧にほぐし、米と共に胃の腑へと流し込む。
最後の一口を平らげたところへ、カミラが再び顔を出した。
「お粗末さん。お風呂、もう沸いてるからね。ゆっくり浸かってきな」
「ああ、いただく」
席を立ち、用意された湯浴み場へと向かう。
涸れ谷の土埃と、道中でかいた大量の汗を洗い流し、たっぷりと張られた熱い湯に身を沈めた。
常人なら片道八時間はかかる道程をハイペースで往復し、不意打ちに警戒しながら魔物との連戦をこなしたのだ。当然だが、身体にはそれ相応の疲労が溜まっている。
湯の熱さに思わず息を吐き出しながら、俺は強張った筋肉をゆっくりと解していった。
さっぱりと汗を流し、自室に戻る前にカミラへ一声かけて行く。
「明日は朝イチでギルドに行く。もし起きて来なければ声を掛けてくれ」
丸一日寝ていた今朝のことを思い返し、念のための保険を掛けておく。
今回も急激なステータスの引き上げがあった。肉体が変化を馴染ませるために、また死んだように眠り込んでしまう可能性は十分に考えられる。
「あいよ。ギルドからの呼び出しをすっぽかしたとなっちゃあ、うちの評判にも関わるからね。責任持って叩き起こしてやるよ」
頼もしいカミラの返事に短く頷き、俺は自室に戻って軋むベッドに横たわる。
一日の流れを反芻する間もなく、俺は深い眠りへと沈んでいった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
翌朝。
幸い、カミラに扉を叩き破られる前に、窓から差し込む朝陽で自然と目を覚ますことができた。
身支度を整えて一階へ降りると、忙しく働くカミラと目が合う。
「おや、おはようカイン。もう少し起きてこなかったら、約束通り扉を叩き破りに行くところだったよ」
「……扉の修理代を請求される前に起きられて良かった」
俺の返答にカミラは笑い、カウンターの下から紙に包まれた何かを取り出す。
「ギルドへ行くんだろ? 朝飯をゆっくり食ってる時間はなさそうだからね、うちの旦那特製のサンドイッチだ。歩きながらでも食べな」
「……助かる。気が利くな」
「伊達に長く宿屋の女将をやってないさ。ほら、気をつけて行きな」
カミラの威勢のいい声に見送られ、俺は宿を出る。
包みを開けると、香ばしく焼かれた厚切りの豚肉と、瑞々しい葉野菜がたっぷりと挟まれたサンドイッチが顔を出した。
大きく口を開けてかぶりつく。肉の旨味とマスタードの酸味が、寝起きの胃袋を心地よく刺激する。
「……美味い」
喧騒が始まりかけた街を抜け、俺は手元の朝食を平らげながら冒険者ギルドへと歩を進めた。
朝のギルドは、これから依頼を受けようとする冒険者たちで既に活気づいている。
その喧騒の中、受付カウンターに立つエレナがコチラに気が付き、手を振りながら声を掛けてくる。
「おはようございます、カインさん。お呼び立てして申し訳ありません。……ギルドマスターが二階でお待ちです。ご案内いたします」
「ああ、頼む」
昨日ナギを連行した時の喧騒を気にしてか、周囲の冒険者たちに余計な詮索をされぬよう言葉少なに促してくるエレナ。その彼女の後に続き、木造の階段を上がって行く。
二階の応接室。
案内を終えたエレナがそのまま事務的に壁際に控えるなか、ギルドマスターは重々しく頷いた。
「まずは礼を言わせて欲しい。各地で頻発していた失踪事件だが、お前が捕らえたナギの自白により無事解決に至った。ギルドを代表して感謝する」
ギルドマスターの淡々とした、だが確かな謝辞に、俺は短く顎を引くだけで応えた。
「こっちの小さな袋が、八名に及ぶ行方不明者の捜索、及び犯人逮捕の報奨金だ。そして、こっちの大きな袋と水筒が奴らからの押収品。被害者に繋がらない物と魔道具以外は買い取って欲しいとの頃だったからな、装備なんかの買取金もそこに含まれているぞ」
並べられた大小二つの袋と、見覚えのある無骨な水筒を一瞥し、俺は静かに口を開く。
「ああ……それで、その魔道具の性能の方はどうなんだ。ただの水筒じゃないだろう」
「魔力を通せば清水だけでなく湯も出せる、かなり高級な『携帯浄水筒』だった。奴らが奪った金を元手に買い揃えた代物なので、それにも被害者に結びつく特徴はなかった」
「……なるほど」
ギルドの規定では、冒険者が野盗や犯罪者を捕縛した際、現場で回収された押収品の所有権は、原則としてその実行者に帰属する。
ただし、元の所有者が明確に特定できる物品が含まれる場合は、ギルドがそれらを預かり、正当な持ち主や遺族へ返還する義務が生じる。
「ギルドのルールに則り、金も魔道具もお前の物だ、持って行くがいい。あぁ、もし希望するなら魔道具はギルドで買い取ることも可能だが……どうだ?」
マジックバッグがあるとはいえ、その容量には限界がある。
重い水筒を持ち歩かず、野営で湯を沸かす手間も省ければ、空いた手と容量の分だけ魔物の素材を多く持ち帰ることができる。俺にとっても、悪くない戦利品だ。
「買い取りは不要だ……そのまま貰おう。鞄の容量を圧迫しないのは助かる」
俺は水筒を引き寄せ、自身の魔法鞄へと放り込む。
「分かった。ではコチラに引き取りのサインを」
ギルドマスターは脇に寄せてあった同意書を手元に手繰り寄せると、それをそのままこちらへ向けながら、羽ペンを差し出してきた。
俺はそれに手を伸ばさず、代わりに机に置かれた分厚い革袋と、その横に置かれた明細に改めて目を落とす。そこに示されている金額は、中堅冒険者でも数カ月は必死に働かなければ稼げない額だ。
「む、どうしたカイン?」
サインに手を伸ばさない俺を不思議に思ったのか、ギルドマスターが声を掛けてくる。
「……冒険者とはいえ、八人でこの金額かと思ってな……金持ちでも混ざっていたのか?」
「いや……ナギの自白によると、被害者の中にダンジョンでかなり貴重な魔道具を手に入れた者がいたそうだ。この所持金の八割方は、そのアイテムを売り払って得た金らしい」
「なるほどな……」
高価な魔道具ならば、売れば家が一つ建つことも珍しくない。この異常に多い金額にも納得できる。
「まぁ、なんにせよ受け取るお前からすれば多くて困ることは無いだろう」
「……被害者に、家族はいたのか?」
俺の問いに、ギルドマスターは少し驚いたように眉を上げ、手元の資料を捲る。
「一応は個人情報だ、内密に頼むぞ。……八名のうち五名には家族がいた。残る三名は孤児院出身の、身寄りのない若者たちだ」
その言葉を聞きながら、俺は押収金が詰まった分厚い革袋の重みを掌で確かめ、それから無造作に、中身の半分を机の上へ押し戻した。
「正式に依頼を受けて得た報酬じゃない。ついでの仕事なら、俺の取り分はこれで十分だ」
その言葉に、それまで事務的に控えていたエレナが、弾かれたように顔を上げる。
信じられないといった目で机の上の金貨と俺の顔を交互に見比べ、思わずといった様子で口を開く。
「本当に、よろしいのですか……? これだけの額なら、カインさんといえど数ヶ月分の稼ぎにはなるはずですが……」
本来、ギルドマスターが直接話している所に口を挟むのは彼女の立場上好ましいことではないだろうが……それでも聞かずにはいられなかったのだろう。
そのエレナの発言に対して、ギルドマスターも同様の疑問を持ったのか、彼女の行動を咎める事はしなかった。
「何度も言う気はない。家族がいる奴には、そっちに渡してやれ。身寄りのない奴らの分は、出身の孤児院にでも寄付してやればいい」
エレナは声も出せないようで、ただ呆然と俺を見つめ続けている。
「……分かった、コチラで手配しておこう。遺族や孤児院に代わり、ギルドからも重ねて礼を言う。……感謝するぞ、カイン」
ギルドマスターは重々しく頷き、明確な敬意を込めて真っ直ぐに俺を見た。
俺は書類にサインをし、その流れのまま報奨金の入った小さな袋と、残した半分の押収金を手に立ち上がり、そのまま扉へ歩を進める。
「後はそっちで適当に処理しておいてくれ」
「待て、カイン! まだ話は終わっていない。……一番厄介な件が残っている」
呼び止められ、俺はドアノブにかけた手を止める。
「……そうだったな」
そうだ。あの女の処遇についての交渉が残っていた。俺としたことがすっかり失念していた。
ギルドマスターが深く息を吐き、本題を切り出した。
「国の方針として、野盗の生き残りは『犯罪奴隷』落ちで確定だ。生け捕りにしたお前には、あの女の身柄の所有権がある。……どうする?」
「どうするとは?」
「ギルドが買い取り、領主軍の懲罰部隊に卸すか。……それとも、手元に残すかだ。手元に置く場合、絶対服従の『隷属印』を刻むための術式費用は自腹になる」
その言葉に、俺は暫し考え込む。
昨日証明された吸収の条件は、あまりに綱渡りだ。
不測の事態に備え、牽制と最低限の回復をこなせる後衛がいるに越したことはない。
だが、真っ当な冒険者と組むわけにはいかない。
簒奪の過程を目の当たりにし、それが広められれば、俺は異端として排除される可能性がある。
その点、絶対服従の犯罪奴隷なら裏切りの懸念は無く、ナギの戦闘はこの目で見ている。その為、戦闘能力という点もある程度担保されて言えるだろう。
もしギルドから奴隷として引き取りを提示された場合は……俺が引き取ることも視野に入れて考えていた。そして、その選択肢が改めて提示されたのだ。
「……俺が引き取ろう。術式の費用はあとで請求してくれ」
背後で、エレナが小さく息を呑む気配がする。
自身を殺そうとした野盗を引き取る。常識で考えれば正気の沙汰ではないだろうが、俺に同情や憐憫はない。これは極めて合理的な投資だ。
「……本気か、カイン。恨みを持たれている可能性もあるんだぞ」
「問題ない。彼女の能力は実戦で確認済みだ。隷属印さえ刻めば、パーティーを抜けた俺にとって都合のいい手駒になる」
「……そうか。お前がそこまで割り切っているのなら、ギルドからこれ以上言うことはない」
ギルドマスターは書類の一つにサインを書き込み、俺へと差し出す。
「刻印の定着と手続きが終わるまで、二時間ほど待ってもらうことになる。その書類に必要事項を記入して、持ってきてくれ」
「分かった。……時間を潰してくる」
俺は差し出された書類を受け取り、そのまま応接室を後にするのだった。
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