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付与術喰らいの付与術師〜絶望の先、至高の収穫(ハーベスト)  作者: かおもじ


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11/21

暗夜行路

 疾走するにつれ、視界を遮っていた木々の背が低くなり、やがて完全に途切れた。


 足元の腐葉土は、いつしか細かい砂利と剥き出しの岩肌へと変わる。森特有の濃い緑の匂いを含んだむっとした湿気が風から消え、代わりに鼻を突くのは、夏の太陽に灼かれた鉱物特有の乾燥した匂いだ。


「ここに来るのは久々だな」


 常人の足ならば、歩き詰めで八時間はかかる道程を、一時間ほどで駆け抜け、たどり着いたのは中堅の冒険者たちが狩場とする大地の裂け目――『欺きの涸れ谷』。


 涸れ谷とは言うが、北の山脈から流れる地下水脈が谷の底に僅かに湧き出しており、その水源を求めて小さな獲物たちが集まってくる。そして、水場を求めた魔物を、岩肌に完全に擬態した捕食者が死角から狙い撃つ。


 見かけの荒涼さに反して命が息づき、ただの無骨な岩が突如として牙を剥く。まさに『欺き』という名が似合う、厄介な場所だ。


 滲んだ汗を手の甲で拭い、夏の熱を帯びた空気を肺に満たして息を整えながら、歩調を緩めた。


 俺は崩れやすい谷底の斜面を、足音を殺して進み、岩陰を縫うようにして条件に見合う獲物を探した。


「あれは……」


 ほどなくして、せり出した岩肌を背にして座り込む『裂風狼ゲイルウルフ』を発見した。


 周囲の風景に溶け込むような、くすんだ灰褐色の体毛。レベル30。敏捷値に特化した中型の魔獣だ。


「裂風狼か……悪くない」


 俺は視界の端でメニューから【ステータス】を開き、対象の数値を確認する。


 【裂風狼:レベル30】


 【筋力 :78】


 【耐久 :62】


 【敏捷 :105】


 【技量 :88】


 【魔力 :34】


 【精神 :41】


「今の俺よりも少しだけ敏捷が低く、強化すれば確実に俺を超える……検証には最適だな」


 俺は気配を絶ったまま、裂風狼に向けて『敏捷強化』の単体術式を繋いだ。すると、ステータスチェックを通して俺の目には奴の敏捷が136とハッキリ表示されていた。


 それを確認し、俺は岩陰から姿を現す。


 突如として体内に満ちた異常なマナに、裂風狼が困惑しているのが見て取れる。


 その困惑を断ち切るかのように、俺の投げた短剣は獣の頬を掠め、背後の岩へと突き刺さった。


「……来い」


「――ガァァッ!」


 自身に向けられた明確な敵意を前に、狼は困惑をかなぐり捨てて牙を剥き、地を蹴った。


 風を裂くような鋭い音が岩に響き、獣が一息に距離を詰めてきた。


 その踏み込みの鋭さは、通常の個体とは完全に別物だ。


 あらかじめ自身の付与による強化を計算に入れていなければ、一瞬で喉笛を食い破られていただろう。


 俺は神経を研ぎ澄ませ、凄まじい速度で迫る牙の軌道を読み切る。


 回避のために退くのではなく、獣の突進に合わせて半歩だけ踏み込んだ。


 自分よりも速くなった相手の勢いそのものを利用し、すれ違いざまに首筋へと正確に剣を滑らせる。


 鮮血が噴き出し、獣がドサリという音を残して倒れ伏す。


 その瞬間だった。


 ――ドクン。


 繋がっていた付与術式を逆流し、裂風狼の命が、力が、濃密なマナとなって俺の体内に流れ込んでくる感覚。


 全身の筋肉を強張らせ、身構える。


 だが、一瞬心臓が大きく跳ねただけで、昨日ほどの激痛も、意識の暗転も訪れなかった。


「……力が流れ込む感覚は以前と変わりなかった……が、意識はしっかりしている。……もしや、身体が順応したのか?」


 もしそうであれば、最大の懸念であった、野外で無防備に意識を飛ばすという最悪のリスクを負わずに済む。それは何よりも大きな収穫だった。


「まぁ、一匹だけで判断は出来ないが……ともあれ第一関門はクリア、といったところか」


 息を吐き、改めて自身の【ステータス】を確認する。


 【カイン:レベル41】


 【筋力 :142】


 【耐久 :108】


 【敏捷 :136】(+26)


 【技量 :188】


 【魔力 :218】


 【精神 :172】


 敏捷の数値が、確実に上昇していた。


 強化後の奴の敏捷値は136で、俺の今の敏捷値も136と全く同じ。これはザックの筋力を奪った時とも合致する。


「おおよそ考えていた通りの変化だが……試しにもう二〜三匹狩って、確かめる必要があるな」


 俺は確証を得るため、さらに谷底を歩き回り、条件に合う魔物を探し続けた。


 その後、筋力と耐久が俺に近い『装甲大蜥蜴アーマードリザード』を二匹、さらに別の『裂風狼』を一頭見つけては仕留め、それぞれ別の数値を上回らせて奪うことに成功した。


 いずれも気絶することはなく、得られた数値は「強化によって俺の数値を上回った分」と完全に一致していた。


「条件は……予想通りだな」


 夕闇が迫る中、俺は最後に開いた【ステータス】を凝視する。


 【カイン:レベル41】


 【筋力 :158】(+16)


 【耐久 :121】(+13)


 【敏捷 :145】(+9)


 【技量 :188】


 【魔力 :218】


 【精神 :172】


 その数値は、たった数日で、これまでの数年分に匹敵する成長を遂げた事を確かに示していた。


 予想していたとはいえ、いざその事実を突きつけられると、頭の芯が痺れるような驚きに襲われる。


 これまでの泥臭い努力をせせら笑うかのような、理不尽で暴力的なまでの数値の上昇。


 どう受け止めるべきか感情の整理すらつかず、俺はただ戸惑いの中で己のステータスを見つめ続けた。


「……ふぅ」


 深い溜息とともに、俺は血濡れた長剣を布で拭い、鞘に収めた。


 空を見上げれば、切り立った崖の向こうに日が沈み、辺りは薄暗くなり始めている。


 検証の結果は極めて明確であり、同時に残酷なものだった。


 俺がこの術式によって対象の力を奪うための絶対条件。


 それは、「付与を掛けた対象のステータスが、俺自身のステータスを上回っている状態で殺すこと」。


 そして、手に入る力は「俺の数値を上回った分のみ」だ。


 自分よりも弱い存在に適当なバフを掛けて奪うような、虫のいい真似はできない。


 基礎能力が俺に近い危険な存在を見つけ出し、俺の付与によって強引に「俺以上の力」を持たせた上で、俺自身の手で絶った時にのみ、その力が俺のものになる。


「……これなら確かに、誰も気が付かんだろうな……イカれた条件だ」


 自嘲気味な呟きが、夜風に溶けていく。


 力を得るためには、敵をわざわざ自分よりも強い状態にし、その上で自らの手で殺さなければならない。


 生来、直接戦闘には向かない付与術師がそんな事をする事はまず無いし、試したとて生き残れるかという問題もある。


「本格的に、俺が初めて見つけた可能性も出てきたな」


 ……もしライルたちと共にいる時に、この条件に気が付いていたらどうだっただろうか。


「……考えるまでもない」


 彼らの命を危険に晒してまで、敵を強化する事などあり得ない。故にこの術は、他者との共闘を許容しない。孤独を征く者にのみ与えられる力。


 限界を迎えたことで仲間と道を違えた俺が、その限界を超えるために、さらに深く独りになることを選ばなければならない。


「……随分と皮肉の効いた話だ」


 僅かに涼しさを帯びた夜風を吸い込み、検証に区切りを付けた俺は街へ向けて地を蹴った。


 荒涼とした涸れ谷を抜け、夜の荒れ野をひたすらに駆ける。一時間ほど走り続け、ようやく街へと続く林道に差し掛かったところで、視界は重苦しい闇に覆い尽くされた。


 いつしか空を覆った分厚い雲が、月や星の瞬きすらも完全に塞いでいる。もうすぐそこにあるはずの街の灯りすらも、幾重にも重なる木々の輪郭と暗闇に呑み込まれ、欠片も見ることはできない。


 一寸先すら定かではない、暗中模索の道程。


 それはまるで、これから俺が進もうとしている道のりをそのまま暗示しているかのようだった。


 付与術師は、人とのつながりのなかで真価を発揮する生き物だ。


 だが『コレ』は、他者を糧と捉え、己がものとするためだけの外法。


 ――或いは、全てを忘れ平穏に生きるべきなのかもしれない。


 だが、見つけてしまったのだ、嘗て捨てた夢を取り戻せるかもしれない、唯一の『道』を。


 そこには頼るべき道標も、共に足元を照らしてくれる仲間もいない。


 文字通り、暗闇の中を自らの足だけで探り歩くしかない、孤独な道なき道だ。


 だが、それでも――完全に閉ざされていたはずの「先」が、今は確かなものとして足元にある。


 深い闇を真っ直ぐに駆け抜けながら、俺は誰にともなく呟いた。


「行くさ、何処まででもな」


 停滞していた刻が、再び動き出した確かな感覚。


 底知れぬ夜の帷の中、俺は前を見据えて、さらに強く地を蹴り込むのだった。

この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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