弱肉強食
路地裏で蹴散らした最後の一人にアジトの場所まで案内させた後、背後から頸動脈を絞め落とし、その場で気絶させる。ここが、俺たちを尾行していた羽虫たちの巣らしい。
錆びついた重い鉄扉を蹴り開けると、埃っぽい空気と共に、酒と汗の入り混じった饐えた匂いが鼻を突いた。
「あァ? なんだてめえら」
「誰の許可得て入ってきてやがる!」
広々とした倉庫内には、二十人近い男たちが屯していた。
木箱を机代わりに博打を打っていた者、安い酒を煽って管を巻いている者、武器の手入れをしている者。それらが一斉に立ち上がり、こちらを睨みつけてきた。先ほどの十人と合わせれば三十人規模。巨大な交易都市バラムの裏社会からすれば、取るに足らない末端組織の一つに過ぎないだろう。
「……ナギ。出入り口を塞げ。一人も逃がすな」
「了解よ。……誰も外には逃がさないわ」
ナギが杖を構え、出入り口を塞ぐように魔力を練り上げる。
俺は剣を抜かず、鞘を持ったまま男たちの群れへと歩みを進めた。
「なめてんのかガキ!」
「殺せッ!」
怒号と共に、得物を手にした男たちが前後左右から殺到してくる。
ざっと見たところ、冒険者でいえば中堅に少し届かない程度の奴が数人混じっている。単体なら敵ではないが、一斉に囲まれるのだけが厄介だ。
故に、力ではなく速度で圧倒する。
『敏捷強化』
自らの体内に巡るマナ器官に介在し、即座にエンチャントを掛ける。
刹那、活性化したマナが肉体の挙動を劇的に引き上げ、視界に映る男たちの動きがひどく緩慢なものへと変貌させた。
一歩踏み込み、先頭の男が振り下ろす剣の軌道を僅かな体捌きで躱す。すれ違いざまに鞘で鳩尾を突き、悶絶して崩れ落ちるその背中を蹴り台にして宙へ跳んだ。
背後から迫っていた二人の死角に降り立ち、左右の膝関節を同時に踏み砕く。
「ぎゃああっ!?」
「足、俺の足が……ッ!」
悲鳴が連鎖する中、後方からナギの魔法が倉庫内を駆け抜ける。
前衛で立ち回る俺を的確に避け、指向性を持たせた『氷結の散弾』が密集した男たちを容赦なく射抜き、石床ごとその両足を凍り付かせていく。
混乱する敵陣の隙を縫うように、俺は残像を残すかのような速度で、淀みなく目前の障害を排除し続けた。
顎を打ち抜き、肘をへし折り、気管を潰す。ただ、前に進むための手続きを最も効率的な手順でこなしていく。
数分後。
倉庫の中に立っているのは俺とナギだけになり、床には手足を砕かれ、氷に縫い留められて呻く男たちが散乱していた。
「……さて」
血と泥に塗れた空間の奥。
木箱に腰掛け、小銭を数える手を止めた巨漢が、忌々しげに顔を上げた。
「使えねえ下っ端どもだ。……どこの差し金か知らねえが、その命と後ろの女で、落とし前をつけてもらうぞ」
差し金、か。
どうやら路地裏での襲撃はこいつの指示ではなく、末端のチンピラどもの独断だったらしい。組織としての統制も取れていないとは、本当にただの羽虫の群れだな。
「うおォォォォォォッ!!」
巨漢が腹の底から響くような咆哮を上げ、岩のような拳を固めて立ち上がる。
武器は持たず、丸太のような腕を剥き出しにしている。男の体内に巡るマナの挙動を一瞥し、俺は静かに確信した。
自己強化型か……それも、筋力特化。
ステータスチェックを通して俺の目に映る奴の基礎筋力値は【132】。これは、思いがけず良い検証になるかもしれん。
「素手か。丁度いい」
「あァ? てめえのような細っちょろいガキ、この拳一つで十分だわッ!」
巨漢が地を蹴り、飢えた猛獣のような勢いで一直線に肉薄してくる。
俺は一歩も退くことなく、放たれる重い連撃を最小限の体捌きでことごとく捌き、逸らし――無防備な胴に軽い掌打をめり込ませる。
「ぐっ……!」
人間は、魔物よりも厄介な奥の手を隠している可能性が高い。ゆえに、強化を掛ける前に相手の技量を見極める必要があると考えたが……。
「くそっ、こんなヒョロヒョロの奴に……ぐはぁっ!」
何度か手応えのある打ち込みをしたが、劣勢でも手札を切ってくる様子はない。一発逆転を狙っているのか、本当に何もないのか……。確かめておくか。
「何か隠し玉があるなら、今のうちに使っておいたらどうだ? その方が悔いが残らないだろう」
俺が小馬鹿にするように言い放つと、男は顔を真っ赤にして激昂する。
「ほざけぇええええ!!」
体内でマナを練り上げ、全身に漲らせる男。自らの本領である身体強化を最大限に引き出したのか、その表情には再び傲慢な余裕が戻っている。
しかし、そんな男の様子を一瞥しながらも、俺の思考は別の場所にあった。
これまで何度か相手のステータスを奪う過程で気がついたことがある。
それは『殺す寸前に強化しても奪えない』ということだ。
対象の身体に、俺の魔力が完全に『馴染む』までに幾ばくかの時間がかかる。故に、奴から力を奪うための『下準備』を行う。
「まさか……それで全力か?」
俺の一言に目を血走らせ、最早声にもならぬ声を上げて飛び込んでくるその巨体。その身体に、視線一つで『筋力強化』を付与する。
奴自身が全力を出していることに加え、俺の筋力強化の効果は著しく、その攻撃は目を見張る程に鋭さを増している。しかし、頭に血が昇っているせいで攻撃は先程よりも大振りになり、その大きすぎる力に振り回されているのが手に取るように分かった。
俺は付与した魔力が男の全身に馴染むまでの数秒間、その暴風のような連撃を躱し続けた。
「ちょこまかとォッ!」
焦燥と共に放たれた大振りの軌道を逸らし、俺はその懐へと滑り込む。
「がっ……!?」
驚愕に目を見開く男の顎先へ、俺は下から掌打を叩き込んだ。
脳を揺らし、意識を刈り取る一撃。
「冥土の土産に覚えておけ。当たらぬ攻撃に意味はない」
崩れ落ちる巨体の首筋を、強化された俺の指先が容赦なく捉えた。
ミシリ、という生々しい破壊音。
高まった筋力と技量を一点に集中させれば、人間の頸椎など容易くへし折れる。
絶命の瞬間。ブ、ブシュ、と、何かが抜けるような、情けない音が男の喉の奥から漏れた。
男の全身にすっかり馴染んでいた付与の回路が逆流し、熱い奔流が俺の身体へと流れ込んでくる。
【カイン:レベル41】
【筋力 :171】(+9)
【耐久 :145】
【敏捷 :151】
【技量 :188】
【魔力 :218】
【精神 :172】
検証は成功だ。直接的な接触さえあれば、素手による殺害でも吸収に支障はない。
「…………」
背後のナギが、無残に首の折れ曲がった男の死骸を、驚きと呆れが混じった目で見つめていた。
「……ご主人様って、素手でもそんなに強いのね。正直、引くのを通り越して呆れるわ」
「……以前、父に剣を教わったと言ったな。その父の教えだ。剣は拳に通ず、拳は剣に通ず。素手の戦闘も嫌というほど叩き込まれた」
俺は淡々と返し、倉庫の奥に置かれた金庫へと向かった。
腰の剣を抜き放ち、一閃。鉄の錠が音もなく両断され、石畳に転がった。
中身を確認する。周辺の店から集めたみかじめ料か、あるいは組織としての売上金……もしくは上納金だろうか。金貨と銀貨がぎっしりと詰め込まれていた。
「これは……」
「ちょっとご主人様! これ、結構な額じゃない!?」
思わぬ大金に、大きな声を上げるナギ。金で身を滅ぼしたにも関わらず、大金に反応する辺り、人の性根はそう変わらないということだろう。とはいえ……。
「流石に予想外だったな。……小さくても組織は組織か。想像以上に溜め込んでいたようだ。これなら、装備に掛かった分を差し引いても釣りが出る」
俺は奪った金と、換金できそうな目ぼしい小物をマジックバッグに手早く詰め込み、立ち上がる。
「……ねえ、ご主人様。この連中、本当ここに放っておいていいの? 衛兵沙汰になったり、もっと上の組織が報復に来たりしない?」
床で呻く男たちを見下ろしながら、ナギが当然の疑問を口にする。だが、俺は気にも留めず歩き出した。
「心配はいらん。ここは武具区画のさらに外れ……衛兵の目も届かない、ただの吹き溜まりだ。住み慣れたリンドール程に詳しい訳ではないが、それでも冒険者をしていれば裏社会の事情くらいは耳に入る。『弱肉強食』。それが、ここの掟だ」
「じゃあ、このまま……?」
「ああ。腕や足を砕かれた羽虫どもの今の状態が他の組織に知れ渡れば、こいつら全員、明日を拝むことはないだろう。弱った奴から喰われる……それがここの理だ」
もし万が一、この状況から生き延びて上に泣きつくような奴がいれば、それはそれで「向こうから餌がやって来る」だけの話だ。
「思い掛けない収入もあったし、山越えの準備を早めるぞ。街の魔道具屋で、山脈地帯を越えるための装備を揃える」
「……明日?」
「当然だ。今は夜だからな。……なにより、宿にはまだ特上コースの『ディナー』が待っている」
一切のブレがない俺の言葉に、ナギは深く溜息を吐いた。
「……そうだったわね。ご主人様にとっては、こんな連中よりそっちが本命だものね」
血と埃の匂いが立ち込める倉庫を後にする俺の背中を、ナギは一瞬だけ死体へと視線を落とした後、どこか呆れと諦めが混じったような足取りで静かに追ってくるのだった。
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