第百四十七話:不沈の魔王と六勇士
電子艤装と、それに伴う通信・兵装制御が使用不能となった戦艦大和では、艦内外で応急班が慌ただしく動き回っていた。
その甲斐あって、つい先ほど通信装置の一部が復旧した。
とはいえ、電探や指向性蒼子波通信装置の修理は応急班の手に余り、復旧したのは有線通信と短・中距離通信、つまり艦内および艦隊間通信に限られている。
さらに、敵が放った電磁兵器の余波は広範囲に及び、電探出力の高い空母信濃や軽巡九頭龍・米代を除けば通信状況は壊滅的であった。
粒子乱流が収まるまでは、発光信号による情報伝達を余儀なくされている。
それでも各戦隊旗艦と迅速な意思疎通が可能となった事で、ようやく真面な艦隊指揮が行えるようになったのは大きかった。
そんな状況下、大和に齎されたのは「敵攻撃機編隊接近」の報であった。
戦艦を擁する打撃艦隊の攻撃に先駆けた航空打撃群の襲来、何としてもここで大和を沈めんとする米艦隊司令の執念が感じられる攻勢である。
だが、パヌアツを死守し、出雲の仇を討たんとする日輪側の気概も負けてはいない。
戦艦大和と麾下の各艦は士気高く迎撃態勢を整え、接近する米攻撃機に対しては、信濃剱隊の立花機が孤軍奮闘していた。そこへ紫電隊と零戦隊が急行している。
なお、この時空母信濃ではとある事件が発生していたが、艦隊決戦を目前に控えた状況では情報優先度が低いと判断され、司令部への報告は簡易的なものに留められた。
時刻は正午に差し掛かり、強い日差しが降り注ぐなか、日輪の防空網を突破した米攻撃機200機(うち護衛戦闘機80機)が日輪艦隊をその視界に捉える。
当然として、日輪側も同様に敵影を確認しており、鎌鼬とは異なり電探にも目視にも映る攻撃機編隊に対し、迅速な対空迎撃を開始した。
日輪艦隊の 猛烈な対空砲火を掻い潜り、米攻撃機が狙いを定めたのは、やはり戦艦大和ただ一隻であった。
もとより航空爆撃ごときで魔王の装甲を傷付けられるとは考えておらず、米艦隊司令スプルーアンスの目的は搭載爆弾による光学兵装の破壊である。
ネレイデス隊の電磁攻撃によって電探は沈黙したが、測距儀までは無力化できていないからだ。
スプルーアンスはモンタナ級戦艦6隻を以ってしても、魔王1隻にすら分が悪いと考えていた。
杞憂であれば良いが、若し撃ち負ければ足の遅いモンタナ級は撤退すら適わず全滅する可能性が高い。
故に過剰なまでに執拗に魔王の力を削ぎ落とそうとしているのだ。
――メリル艦隊を守る為に。
「敵機直上!!」
「取り舵15、左舷後部噴進機最大!!」
直上から急降下してくる米攻撃機に対し、大和は素早く左へ舵を切り、同時に左舷後部側面噴進機を最大噴射。
巨大な艦体とは思えぬ【ドリフト】めいた機動で爆撃を回避した。
「《今のを躱しただとぉっ!?》」
「《くそ、あの図体で何て動きをしやがる!!》」
大和の機動力に米パイロットたちは驚愕する。
然もあろう、駆逐艦……いや水雷艇や内火艇でも難しい機動である。
さらに斜め横へスライドするような動きまで披露し、米パイロットの度肝を抜いた。
全長400m近い巨大戦艦が、内火艇以上の異常な動きをする……。
米パイロット達は、自身の常識と目の前の現実に、脳が混乱していた……。
それによって、命懸けで日輪戦闘機を掻い潜って来たにも関わらず、獲物を前に攻めあぐね、追撃してきた直掩機に撃墜される事態すら起きた。
それでも迷いを断ち切り、果敢に魔王へ挑み爆撃に成功する機もあった。
だが、戦艦とは思えない異常な動きをする相手に狙いは定まらず、目的である測距儀の破壊には至らなかった。
「敵機編隊、撤退していきます!!」
「凌いだか……。各部被害状況確認、応急班は負傷者の救助を優先せよ! 電測班・通信班は各艦と密に連携し、観測班・砲術班は第二波への警戒を厳と成せ!」
見事、米攻撃機編隊を退けた大和であったが、東郷艦長は矢継ぎ早に指示を飛ばし、次の攻撃に備える。
今の攻撃で大和の受けた損傷は、左舷副砲1基の小破と2基の機銃座の損傷に留まり、重軽症8名の人的被害が出たが、戦死者はいなかった。
艦隊全体でも、攻撃が大和に集中した事で僚艦の損害は皆無であったが、対空砲火の効力が限定的であり、直掩機を突破された際の脆弱性が露呈した形となった。
そも亜音速で飛行する敵機を、機銃や対空砲で撃墜するのは最早至難の業で有り、対空兵器としての限界はとうに超えてしまっている。
人間の操作では狙って撃つ事など不可能で、辺り一面に乱射し弾幕を張るしか対応策は無い。
演算機制御が実現すれば状況は変わるかもしれないが、日米共に実現するのはまだ先の話であろう……。
「しっかし、もう少し復旧が遅れてたら無防備なまま攻撃を受けてたぜ……。つか何で電撃でこんな被害が出るんだよ、落雷とか食らっても船体で分散されて海に流れる筈だろ?」
「いや、落雷とは似て非なる仕組みだ。落雷は上空からマストに落ちるが、敵の電磁兵器は艦体付近で起爆する。それに、蒼燐粒子を出力源とする電撃は落雷とは桁が違う。機銃の如く避雷針を張り巡らせたとて、捌き切れないだろうな……」
「まじかぁ……。見えねぇ戦闘機に電撃ロケット弾とか、コメ公共やり口が陰湿過ぎんだろ、漢なら正々堂々と砲撃で来やがれってんだ!!」
大和の操艦をしながら不満を漏らす戸高、それに正宗が冷静な口調で応じる。
普段なら作戦行動中の私語に厳しい十柄が叱責するところだが、彼も同じ疑問を抱いていたのか、珍しく咎めなかった。
「大和航空隊より報告! 方位0.7.8、艦隊相対距離62,000、速力30ktにて我が方へ接近中の敵艦隊を発見!! 敵数、小型艦30、巡洋艦8、戦艦6と見ゆ!!」
突如、艦橋に響いたのは、電探員(電測員)の五反田の声であった。
電探が使えない現状では、彼は通信班の補助を担っている。
「戸高の望み通り、正面から撃ち合いに来たようだな?」
「……散々陰湿な攻撃を食らわせた後に多勢で来てるけどな?」
正宗の皮肉めいた口調に戸高がジト目で返す。
実際、大和は砲撃能力の半分以上が削られた状態で有り、戦艦の数だけなら6倍であるから、とても正々堂々とは言えない。
が、これは競技では無く戦争であるから当然の戦術であろう。
「艦長、ここは転進も兵法かと……」
「ならん、我々が引けば後方の基地部隊が犠牲となる、それに……大和は十分やれるな、戦術長?」
敵の数と大和の状態に腰が引ける十柄が弱気な進言をするが、東郷はそれを一蹴し、鋭い眼光で正宗に問う。
「無論です、砲術科総員、この様な事態をも想定し訓練を積んでおります!」
正宗は東郷の眼光に臆する事無く、覇気をもって淀みなく応える。
「宜しい、是より対艦戦闘に移行する! 全艦、第五戦速(45kt)! 第一戦闘配備!!」
東郷の冷厳なる声が艦内に響き、総員は己が責務を全うせんと機敏に動き出す。
艦の駆動音が高まり、速度を増しながら蒼海を切り裂き前進する。
4基12門の砲身には、自動装填装置によって砲弾と装薬がいつでも撃てる様に備えられ、意気込む砲手と共にその時を待っていた。
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「敵艦隊、目視確認! 距離48,000、敵速35kt!」
「全艦面舵15、左舷砲雷撃戦用意!!」
いよいよ僚艦隊の距離が現実的な戦闘圏内に迫る。
日輪艦隊は僅かに右に舵を切り、左舷の敵影に向け砲身を旋回させた。
日輪艦隊:戦艦1、重巡1、軽巡4、駆逐艦19
米艦隊:戦艦6、重巡8、軽巡12、駆逐艦18
数の上では圧倒的に米艦隊が優勢である上に、日輪艦隊は後方に展開する第四戦隊(空母信濃、大鷹、沖鷹)の護衛に第三戦隊(軽巡米代、駆逐艦山霧、海霧、谷霧、川霧)を割いており、実働戦力は更に少ない。
問題はもう一つあった。
大和の前方に展開する第十四艦隊は、すべて元鹵獲艦であり、塗装以外は殆ど手を加えていないため、もし乱戦になった場合の誤射が懸念されている。
この時代にはIFF(敵味方識別装置)など存在せず、敵味方の判別は目視に頼るしかない。
故に外観が敵と同じと言うのは乱戦では致命的な問題となる。
色の違いや軍艦旗の確認など、一刻を争う戦闘中に逐一確認していられないからだ。
そのため東郷は、第十四艦隊及び第ニ戦隊(軽巡九頭龍、駆逐艦妙風、清風、村風、里風)に対し、突撃せず単縦陣で大和の左舷に展開し迎撃に徹するよう指示を出した。
この戦法では護衛対象である大和の至近距離まで米水雷戦隊の接近を許す可能性があるが、数で劣る日輪艦隊にとって、重装甲を持つ大和に攻撃が集中する事はむしろ望むところであった。
両艦隊の距離が30,000を切った所でモンタナ級6隻と大和の主砲がほぼ同時に火を噴いた。
無論、この距離で命中弾を期待するのは難しく、双方とも標的から大きく外れた位置に巨大な水柱を立てる。
コメリア海軍内で、魔王と称され恐れられる日輪の浮沈戦艦大和。
その浮沈の魔王に挑む6隻の勇士は、一番艦『モンタナ』を筆頭とする『オハイオ』『メイン』『ニューハンプシャー』『ルイジアナ』『イーストバージニア』である。
その全長は390m、全幅50m、最大速力は50ktを発揮し、両舷装甲に700㎜CA(複合装甲)、水平装甲に400㎜CAを備え、主砲に24in(61㎝)50口径三連装砲を前後に2基づつ計4基搭載している。
性能表では大和に数段劣っていると言わざるを得ないが、24in(61㎝)50口径の砲身から過剰装薬で撃ち出されるスーパー・ヘビーシェル改め【ハイパー・ヘビーシェル】の威力は決して侮って良い物では無い。
略称W.H.Sと呼ばれるこの砲弾は、対魔王兵器として米海軍兵器局が開発した超重量徹甲榴弾であり、S.H.S (スーパー・ヘビーシェル)より全長と炸薬密度を増強させ弾頭を超硬エルディウム合金で構築したもので、理論上は距離4,000m以内で大和の980㎜零式相転移装甲を貫き得る代物である。
その砲弾を6隻24基72門の主砲が一斉に撃ち出して来るのだ。
大和が万全の状態であれば、速力と砲安定装置による命中精度によって有効射程距離に接近される前に6隻全艦を撃沈出来たかも知れないが、砲安定装置が機能しない現状では40kt以上の速力を出しては、砲撃の命中精度が大きく落ちるため速度で圧倒する戦法が使えない。
つまり6倍の敵と、低中速で真正面から殴り合うしか無いと言う事である。
米艦隊は日輪艦隊の動きを見て反航戦で迎撃態勢を取り、駆逐艦隊は突撃させず日輪水雷戦隊の動きを警戒しつつ牽制に徹する。
モンタナ級は大和とは違い、魚雷を受ければ無傷では済まないため、日輪水雷戦隊の動きを非常に警戒していた。
海軍兵器局の試算では魔王の装甲を貫くには距離4,000m以内に接近せねばならないとされているが、その距離に近づく為には日輪水雷戦隊は邪魔である。
本来なら数で勝る駆逐艦隊で攻勢を仕掛けるべきだが、米艦隊司令ガーロンド・S・メリル提督は、まずは安全な距離から試してみたいと考えていた。
20,000m前後の距離でも、24in砲ならば貫徹し得るのではないか、と。
それは軍艦乗りとして至極真っ当な思考である。
現在(1940年代)において、距離4,000mで撃ち合うなど正気の沙汰ではない。
1905年の日輪海海戦ですら戦闘距離は8,000m前後であったのだ。
一方、東郷の思惑としては、件の識別問題も有り積極的に水雷戦隊を敵戦艦にぶつける事は考えておらず、大和の対艦戦闘における安全距離である8,000mより少し安全裕度を取った、10,000m前後で撃ち合う事を理想としていた。
その距離なら砲安定装置なしでも早期の命中弾を期待でき、あわよくば水雷戦隊も雷撃機会を得られ、且つ大和も砲撃と雷撃を並行して行えるからである。
そうなると呂号魚雷を棄ててしまった事が悔やまれるが、もし積んだままにしていれば、電磁攻撃を受けた時に誘爆していた可能性も有るため、正否は判断できない。
ともあれ、日米両艦隊の距離は25,000mを切った。
まもなく、両提督の思惑が激突する。
~~登場兵器解説~~
◆戦艦モンタナ級
全長390m
全幅50m
速力50kt
両舷装甲:100mm~700mmCA(最大厚防御区画54%)
水平装甲:50mm~400mmCA(最大厚防御区画60%)
水線下装甲:10mm~180mmCA(最大厚防御区画40%)
兵装:61㎝50口径三連装砲 ×4基(前部2基/後部2基)
15㎝汎用連装砲 ×10基
30mm三連装速射機関砲 ×38基
主機関:フォスター式フォトンエンジンMk-VI ×6基
推進機:4基
同型艦:6隻
概要:本級は、コメリア合衆国海軍が日輪帝国の戦艦建造計画に対抗するために立案した二つの新型戦艦計画案のうち、「低速戦艦案」に基づいて建造された最新鋭戦艦である。
同時期に、空母随伴を前提とした「高速戦艦案」により建造されたアイオワ級は、艦幅・装甲・砲耐久性など多くの点で妥協を強いられた。
しかし本級は、これらの制約を受けず、あらゆる要素で最高性能を追求して設計された点が大きな特徴である。
全艦が西海岸のドックで起工され、パルマ運河通航を考慮しない艦幅で建造されたため、アイオワ級が強装薬や過装薬の一斉射で不安定になりやすかったのに対し、本級は極めて高い砲撃安定性を獲得している。
主砲は当初22.8インチ(58cm)砲が予定されていたが、日輪帝国の超戦艦魔王の砲撃能力を脅威と判断したニミッツによって、24インチ(61cm)砲へと強化された。
それに伴い、防御力および機関出力も再設計され、結果として攻守共に非常に高水準の戦艦となった。
とはいえ、完成度の高い本級であっても、魔王を相手取るにはやや荷が重いのが実情である。




