第百四十八話:紅き爆炎
蒼海を切り裂き砲火を交える日米艦隊。
相対距離は25,000mを切り、なおも接近を続けていた。
上空では日輪航空隊の攻撃機が虎視眈々と米戦艦を狙うが、それを常に数百機が展開する米直掩機が阻む。
それによって弾着観測のために上空に展開する大和航空隊の瑞雲も戦闘に巻き込まれ、主任務の遂行が難しい状況となっていた。
「着弾確認、至近弾なし!!」
「左五度旋回、高角三度下げ!」
大和砲術長、時田 昭典大尉の声が射撃指揮所に響き渡る、その指示に従い4基12門の主砲身が細かく誤差を修正しつつ旋回し、爆炎と轟音を伴って砲弾を投射する。
互いに接近しつつ整然と並び反航戦で応酬する日米艦隊、しかし距離が20,000mに迫った所で米艦隊はその距離を維持せんと動き始める。
だが、10,000mまで距離を詰めたい日輪艦隊との思惑の齟齬により、整然としていた隊列に乱れが生じていった。
このままでは水雷戦隊が危険距離で撃ち合う事になるため、東郷は第二戦隊(九頭龍隊)と第十四艦隊を後退させ、大和の後方に付ける。
そのまま距離を詰めようとする日輪艦隊に対し、現状距離を保持したい米艦隊は面舵を切り、結果大和はT字に近い状態でモンタナ級6隻の砲撃を受ける事になった。
だが東郷もそれは織り込み済みであり動揺する事無く、その場で左旋回を行い同航戦へと持ち込む。
大和は艦の旋回に合わせて主砲も滑らかに旋回させ、一番二番主砲の砲身は常にモンタナ級を捉えたまま旋回を終え、練度の高さを見せ付けた。
これによって両艦隊の距離は18,000mに縮まり、日輪艦隊の思惑によって更にその距離は縮まっていく。
この旋回によって、大和は射撃諸元を失ったと思われるが、旋回後の射撃では大きく外す事無く標的を命中範囲に捉えている。
しかし手数の違いは歴然であり、米艦隊のレーダー射撃によって水柱の位置は徐々に大和に近くなって来ていた。
そして、凄まじい爆発音と共に大和の右舷側より爆炎が立ち上がった。
その被害状況を最も注視したのは日輪側ではなく米軍側であった。
メリル提督を始め、モンタナ艦橋の士官達は双眼鏡越しに魔王を凝視し固唾を飲む。
「右舷側中央に直撃弾! 損害報告無し!!」
爆炎の晴れた大和は無傷であった。
モンタナ級の誇る24inW.H.S(ハイパーヘビーシェル)弾を以ってしても、18,000mの距離からでは大和の装甲は抜けない、その事実が証明されたのである。
「《まさか……本当に抜けんとはな……》」
双眼鏡を下ろしたメリル提督は苦悶の表情で歯噛みし、周囲の士官達も愕然としている。
「《い、如何致しましょう?》」
「《……やはり4,000mにまで接近せねばならんと言う事か……。 アレに、その距離まで近づけ、と……? 部下に、仲間に、私がそう命じねばならんと言うのかっ!!》」
メリルは手すりを強く握り締め、その手を打ち震えさせながら誰に向けるでもなく声を張り上げる。
策は弄した、手も尽くした、魔王は手負い、その砲撃能力は半減している筈だ。
だがそれでも、たった1隻でハルゼー艦隊を壊滅させ、アイオワ級が成す術なく惨敗した怪物と距離4,000で撃ち合う――正気の沙汰とは思えなかった。
理解していなかった、信じていなかったのだ。
本当にその距離で撃ち合う事になる等と……。
楽観視していたのだ、距離20,000mからモンタナ級の舷側装甲を貫徹し得る過装薬のW.H.S弾に耐え得る艦など存在しないと……。
自らの双眸に直に見せ付けられるまでは……。
正直、この時点で即座に撤退したい衝動に駆られていた。
しかしメリルにはこのまま退く訳にはいかない事情があった。
中部太平洋の要衝キルバード・マーセルを攻略するカルヴァニック作戦。
米豪分断を解消するためパヌアツ奪還を目指すカートホイール作戦。
カルヴァニックによってパヌアツの日輪戦力を誘引し、カートホイールによって当該域を奪還する。
どちらも主力を投じた本格侵攻作戦であるが、分断による豪州の降伏を防ぐ事を目的とする本作戦の方が、どちらかと言えば本命であった。
この二面作戦は太平洋艦隊参謀総長ニミッツの立案だが、そこに太平洋艦隊司令長官キンメル、合衆国艦隊司令長官キングの思惑が複雑に絡み、前線指揮官たちとニミッツに重いしがらみを課していた。
キンメルは自身の進退を懸けたレインボープランの有効性を示すため試作機部隊の多用を強く要求。
キングは無理な運用で半数のアイオワ級を失った手前、何としても戦艦部隊による魔王撃沈に固執していた。
ニミッツも制海権確保のためには魔王撃沈が必須と考えていたが、キングの望む戦艦による艦隊決戦で勝利するのは困難と判断し、忌避していたキンメル子飼いのウルキア人部隊と新兵器の投入を承認せざるを得なかった。
その結果、魔王撃沈の成否がキンメルとキングの指導力の指標となり、すなわちキンメルの進退とキングの沽券がメリルの双肩にのしかかる状況となっていた。
故に退けない、退く訳にはいかないのだ……。
「《……やるしかない! 全艦40ktに増速、取り舵15!! 駆逐隊は手筈通り煙幕を――》」
メリルが意を決し、矢継ぎ早に指示を出し始めたその瞬間。
轟音とともに後方の僚艦ニューハンプシャーから爆炎が上がる。
「《ニューハンプシャー被弾!!》」
「《ぬぅ……損害は!?》」
「《ニューハンプシャーより入電!! 外殻装甲は貫徹されるも内部機構によって損害軽微! 航行・砲撃共に支障なし!!》」
「《た、耐えたか!? ハ、ハハ! 見たか魔王! アイオワ級とは違うのだ、アイオワ級とはっ!!》」
メリルは乾いた笑いと共に声を張り上げるが、その表情は引き攣っており心から安堵している訳はない事は誰の目にも明らかであった。
損害が軽微とは言え、魔王の砲撃は18,000mの距離からモンタナ級の誇る700㎜複合装甲を貫徹したのである。
しかも大和の砲弾はニューハンプシャーの左舷側中央、つまりバイタルパートのど真ん中に命中していた。
その個所はモンタナ級に於いて最も防御が厚い区画であり、若し他の区画に命中していたらどうなっていたか想像に難くない。
そして18,000mでこの損害なのである、4,000mで受ければどうなるか、想像するのも憚られる恐怖であった。
それでも退くに退けないメリルは、半ば自暴自棄に近い感情で接近を命じた。
無論、無策ではない。
先行する駆逐艦3隻によって広範囲に煙幕を展開させた、レーダー射撃が可能なモンタナ級にとっては身を隠す防壁となるが、測距儀や観測機頼りの魔王にとっては致命的な障害となり得る。
この状況を見越し駆逐艦には多めに煙幕を積載させてある、風向きや魔王の動きにもよるが、そうそう途切れる事はないだろう。
だが、それでも4,000mは近すぎる、その距離では煙幕越しでも互いを視認できる可能性が高い。
そうなれば観測の必要もなく、ただ目の前の艦影に向けて撃てば良いのだ、戦車のように。
それはノーガードで撃ち合うに等しく、相当の損害を覚悟せねばならない決死の攻勢となるだろう。
対する日輪艦隊は当然、煙幕を展開する米駆逐艦の排除に動き出す。
先ずは大和の舷側副砲と三番主砲塔の位置に備わる多砲身回転式砲塔が米駆逐艦に向けて射撃を開始した。
その射線を妨げぬよう、左舷側から大和を追い抜いた第十四艦隊も米駆逐艦への攻撃に加わる。
第二戦隊である軽巡九頭龍と、その麾下の駆逐艦4隻は大和後方に展開したままであった。
これは高性能電探を持つ九頭龍が、艦隊の ”目”としての役割に専念するためである。
日米戦艦の距離は縮まり続け、現在の相対距離は12,000mにまで迫っていた。
モンタナ級の砲弾が何発か大和に命中したが、既に日米両戦艦は共に煙幕の中に姿を隠しているため、米海軍側からも目視の確認が出来なくなっていた。
だが、命中したと思しき爆音の後も大和からの砲撃は途切れる事く、火力も全く衰え無かった事から損害は期待出来ず、実際大和の艦体は無傷であった。
そんな中、第十四艦隊がようやく米駆逐艦1隻を撃沈するが、即座に新たな米駆逐艦が煙幕展開に加わり、状況は振り出しに戻る。
第十四艦隊も駆逐艦を守る米軽巡と重巡の攻撃によって損傷艦が増えて行き、同第一戦隊(普天間隊)の駆逐艦銀星が大破、航行に支障をきたし後退する。
この時、大和は既に煙幕に覆われていたため、米駆逐艦への砲撃は上空からの弾着観測頼みであったが、測距儀すら当てにできない状況で小型で軽快な駆逐艦への命中は期待出来なかった。
そして、東郷の想定交戦距離である10,000mを切った後も、米戦艦は距離を詰めて来ていた。
九頭龍からの報告によって、東郷もその事は把握していたが、煙幕で視界を奪われた大和の側が距離を取る選択肢はなく、受けて立つ事となった。
相対距離が9,000mを切った時、日米両戦艦は示し合わせた様に速度を30ktに減速させた。
この速度が、もっとも攻勢に適した戦闘速度であるからだ。
次の瞬間、凄まじい爆音と衝撃波が大和を襲う、モンタナ級から放たれた三発の砲弾が立て続けに命中したのだ。
一発目は艦首付近、二発目は二番主砲横の舷側、そして三発目が副砲塔基部に命中し、轟音と共に爆炎を立ち上げた。
大和の艦体と艦橋構造物基部(主艦橋までを含む)は980㎜零式相転移装甲で防御されているが、艦橋の左右に構築される副砲基部は450㎜零式相転移装甲に留まっている。
そのため、二発目までの命中弾は大和に損害を与えなかったものの、三発目の砲弾は副砲基部外殻を貫通し内部防御機構で炸裂、直上に在った副砲2基を沈黙させてしまった。
「右舷副砲基部に直撃弾!! 三番・九番副砲沈黙!!」
「火災も発生しています!!」
「――応急班を向かわせろ! 負傷者の救出と消火を急げ!!」
「米戦艦隊、尚も接近!! 間もなく相対距離8,000を切ります!!」
「まだ距離を詰めて来るだと? 正気かっ!?」
主艦橋に響く東郷の指示と、観測班からの報告に戸惑う十束の声。
副砲基部では応急班員たちが、燃え盛る炎に臆する事なく消火と救助に奔走していた。
その様な状況に於いても主砲塔は軽快に旋回し、煙幕の向こうに揺らぐ艦影へ斉射する。
既に砲身の仰角はゼロに近く、放たれた砲弾はほぼ水平に飛翔し歪な水柱を立ち上げる。
「戦艦に乗り、こうも水平射撃を経験する事になろうとはな……」
射撃指揮所で砲撃の指揮を執る時田砲術長が、溜息交じりに言葉を漏らす。
彼の言葉通り、近代戦に於いて戦艦が水平射撃を行う機会などほとんどない。
この距離になると、戦艦の装甲はほぼ機能しなくなる。
防御を棄てて殴り合う狂戦士の蛮行に等しいと言えるだろう。
莫大な費用と膨大な建材を消費して建造される、国家の象徴にして最大戦力である戦艦を、その様な無謀な使い方をする等、常識的に在り得ない。
だが常識の通じぬ怪物を仕留めるには、自身も常識を棄てねば成し得る事は不可能なのだ。
だからこそ6隻の勇士は魔王すら慄く距離にまで詰め寄っている。
目的は唯一つ、魔王を蒼海の藻屑とするために。
全てを包み覆い隠す白煙の中で、砲撃を応酬する日米戦艦であるが、圧倒的な手数の前に被弾を増しているのは大和であった。
12門対72門、6倍の手数で反撃されるのだから当然の結果と言えるだろう。
戦闘初期には皆無だった艦体への被弾も、徐々に無視できない損傷となりつつあった。
貫徹こそされてはいないが、外殻が僅かに欠損したり、罅が入ったりしている。
それらの損傷は六角形状の模様と共に自己修復されているが、このままでは何れ貫徹される可能性が高い。
大和の乗組員に焦りの色が見え始めたその時であった。
凄まじい轟音と同時に、白煙の中に紅き巨大な爆炎が燃え上がったのだ。
それは、モンタナ級三番艦『メイン』が鉄屑と化した瞬間であった。




