第百四十六話:砕かれた自尊心
「《有り得ないっ!! ふざけるんじゃないわよ、非白銀如きがぁっ!!》」
S.T.S(サイコテックシステム)と自らの能力に絶対の自信を抱いていたユトメイアだったが、その自尊心は立花の驚異的な操縦技術と天性の才覚の前に打ち砕かれつつあった。
その事実に狼狽し激昂するユトメイアは、感情のままに残り2発のロケット弾を放つ。
無線からは仲間の悲痛な叫びが聞こえているが、彼女にとっては耳障りな雑音でしかなかった。
合計4本の思念誘導ロケット弾は、文字通りユトメイアの殺意を以って執拗に立花機を追尾する。
だが立花は昇降舵、方向舵、補助翼、そして機動補助装置を巧みに操り、常人なら意識喪失必至の機動で思念誘導ロケット弾の追撃を躱し続けている。
「くっ! このロケット弾、しつこい! なら!」
言うが早いか立花は機体を翻し、照準をユトメイア機に合わせる、が、放たれたのは銃弾ではなく残り2本の試製四式空対空炸裂弾であった。
「《ちょっ!? 馬鹿なのっ!!?》」
ユトメイアが裏返った声で叫んだのも無理はない、立花機とユトメイア機は至近距離に在り、この距離で先程アストリス機を損傷させた炸裂弾を使えば、距離と軌道から自機も炸裂に巻き込まれる事は避けられないからだ。
ユトメイアはメインスラスターとエアスラスターを全開に吹かしながら必死に機体を捩り回避行動を取るが、近接信管がユトメイア機に反応し試製四式空対空炸裂弾がその場で爆ぜた。
あろう事か、立花機は自らその弾幕の中に真っ直ぐ突っ込んで往く。
反射的な回避で直撃こそ免れたユトメイア機だったが、散弾が数発、機体表面に銃痕を刻む。。
しかし彼女が驚愕したのは自機の損傷ではなく、不気味なほどの繊細かつ鋭利な機動で弾幕の中を突破してくる立花機の姿であった。
その直後、追尾していた思念誘導ロケット弾が弾幕に巻き込まれ、次々と爆発する。
そして、わずかに損傷しつつもほぼ無傷と言ってよい状態で、立花機が弾幕の中から飛び出した。
「《……うそでしょ……》」
ユトメイアは茫然と呟く。
直前で回避した自分でさえ軽くは無い被弾をした、だが立花は真正面から突っ込み、ほぼ無傷で抜けてきた。
どれほどの操縦技術と反射神経、判断能力が有れば、その様な芸当が可能なのか。
少なくとも最優良種で有る筈の自分には到底出来ない……。
その事実に込み上げる不快感と、そんな相手を敵に回しているという恐怖が同時にユトメイアを襲う。
その次の瞬間、海上から眩い閃光が発せられ雷鳴が奔り蒼空に轟音が轟く。
ユートリッドたちが攻撃に成功したのだと理解したのも束の間、ユトメイアは凄まじい殺気が自分に向けられたのを感じ取る。
視線を向ければ、鋭く機体を翻し銃口を向ける立花機の姿が在った。
先程の被弾によって光学迷彩は停止している。
いや無傷であったとてあの機体は自分の存在を見破っていただろうと今なら分かる。
『《ーーひぃっ!!? だ、誰か私を助けなさいっ!! い、今すぐにぃいいいっ!!》』
『《ザ……ザザ……アスト……何処……ザザ……返事……ザザザ……》』
『《……ザザ……駄目ザ……ザザ……見当ら……ザザザ……》』
『《……ザ……ザ……通信……攻撃……ザザ……影響……ザザザ……》』
ユトメイアは恐怖にかられ仲間に助けを求めるが、無線からは雑音混じりの断片的な声が聞こえるだけであった。
この通信障害が自分達の放った攻撃による余波で有る事は間違いなく、そしてそれは作戦説明で事前に忠告されていた事でもあった。
だが、窮地に立つユトメイアにそんな事前情報など思い返す余裕はなかった。
『《ち、ちょっと、聞こえないのっ!!? 誰でも良いから早く来なさいっ!!! 白銀の危機なのよ!! 誰か盾になりなさいよぉおおおおおっ!!》』
金切り声で喚き散らしながらも、ユトメイアは立花の攻撃を何度も回避していた。
腐っても白銀であり、彼女の未熟な操縦技術を鑑みれば驚異的な回避能力と言える。
「拙い操縦の割に勘が鋭い……! けど、クセは見抜いたよ!」
立花は鋭い眼光で言い放ち、照準を定めて射撃する。
「《く、来るっ!?》」
だが、我が身の危機を過敏に察知したユトメイアは即座に機体を傾け、回避した。
しかし、立花は発した言葉の通りユトメイアの動きを予測しており、彼女の動きに合わせて偏差射撃を行っていた。
数発の弾丸が機体を掠め表面を削り、2発が機体下部のウェポンベイに穴を穿つ。
幸いにもロケット弾は撃ち尽くしていたため、誘爆は免れた。
「《ひぃっ!? 当たったぁっ!?》」
ユトメイアが引き攣った声で悲鳴を上げる、その瞬間にも立花は次弾を放とうと引き鉄に指を掛けていたが、突如機体を傾け軌道を変える。
直後、先ほどまで立花機がいた空間を銃弾が貫いた。
「ーーくっ! またアイツ等か……」
立花が忌々しげに睨む先には4機のF4U、ピクシーガーディアン隊の姿があった。
PG隊はユトメイアを庇う為に立花機の手前で急旋回を行う。
相手の動きを見極めていては、あっという間に引き離されてしまうからだ。
今、彼等は亜音速の世界で行動している。
『《おっそいのよっ!!》』
『《おっと、これでも急いで駆け付けたんだぜ? 通信が全然繋がらないしさ?》』
合流するなり悪態を吐くユトメイアに、マーベリックが軽口を返す。
その間も立花機はユトメイアを狙い続け、PG隊は牽制射撃でそれを阻む。
『《あぁもぉおおっ!! 何でも良いから死神をさっさと撃墜してよっ!!》』
相変わらずの金切り声に、マーベリックとオルタは苦笑し、ジェリガンとメリエールは辟易した表情を浮かべる。
だが状況は笑っていられるものではない。
ユトメイアは機動を不規則に揺らし敵の照準を定めさせまいとしているが、立花は正確に狙い撃って来るのである。
腐っても白銀の回避能力とPG隊の援護が無ければ、とっくに撃墜されていてもおかしくはなかった。
それによって膨れ上がった焦燥感は、只でさえ少ない冷静さをユトメイアから奪っていく。
そして、決定的な悪手を選択してしまう……。
『《ア、アンタ達が……盾になれば良いのよぉおおおおおっ!!》』
奇声に近い絶叫を上げながら、ユトメイア機が急減速する。
あまりの愚行に、立花でさえ一瞬虚を突かれた。
彼女の後方には味方機がいる。この状況で急減速などすれば……。
『《ーーなっ!?》』『《ーーちょっ!!》』『《ーークソがっ!!》』『《ーーおいおいおい!?》』
味方を危険に晒す結果となる。
まともな戦闘機操縦士なら絶対にしない行為だ。
ユトメイア機とPG隊の機体の距離は急激に縮まり、マーベリック機とニアミスする。
マーベリックの迅速な回避で接触は免れたが、その代償として彼の機体は無防備な姿勢を晒した
その隙を見逃す立花では無かった。
「《くそ、冗談キツイぜ……》」
立花機の機影を視界に捉え、マーベリックが引き攣った笑みでそう呟いた。
刹那、立花機の薬室回転式機関砲が火を噴き、マーベリック機の表面に銃痕が奔る。
機体表面が爆ぜ、白煙を噴きながら急激に高度を失い数秒後、仲間の無線にノイズ交じりの破砕音が響き通信が途絶えた。
『《隊長ぉおおっ!! リーパーぁ……貴様、よくもぉおおおっ!!》』
『《ジェリー、落ち着きなって!!》』
マーベリックの撃墜に激昂したジェリガンが、剥き出しの殺意で立花機へ突っ込む。
メリエールが後方から必死に制止するが、ジェリガンは止まらない。
視界に立花機の影が入ると、ジェリガンは機銃を乱射する。
だが当然、そんな攻撃が立花に当たるはずもない。
瞬く間に背後を取られる。
『《なぁっ!? くそがっ! 何て反応速度だ、この機体じゃ……俺じゃあアイツには……勝てないってのか……っ!!》』
正確に照準を定め、圧倒的な力量差を見せ付けて来る立花に、ジェリガンの表情が絶望と屈辱に沈み死を覚悟する。
だが次の瞬間、立花は機体を素早く翻し、そこに銃撃が通り抜けた。
『《ジェリガンはやらせないかんねっ!!》』
メリエールが割って入ったのだ。
しかし立花は冷静に機体を制御し、無防備に背後を晒したメリエール機へ照準を向ける。
『《メリー!! その軌道は拙い、離れろぉおおっ!!》』
『《あ……っちゃあ……》』
ジェリガンの叫びに、立花機の銃口を見据えるメリエールは引き攣った笑みを浮かべる。
次の瞬間、射撃音と共にメリエール機に銃痕が奔り、キャノピーが鮮血に染まる。
『《ごふっ!! やっちゃったぁ……ごめんアルティ……約束……守れ……》』
力なく呟いたその言葉が、メリエールの最後となった。
機体は白煙を噴き、破片を撒き散らしながら海面へ墜落し、爆散した。
『《メリーーーっ!!? 嘘だろ、メリー!! 返事をしろ、メリエールっ!!》』
『《ジェリガン、敵が来てるぜ!! メリエールは墜ちた、気持ちは分かるが残ったのは俺達だけなんだ、気をしっかり持てっ!!》』
メリエールの死に愕然とするジェリガンであったが、オルタの言葉通り感傷に浸る間も無く立花機の追撃に晒される。
『《くそくそくそぉおおおおおおおっ!! あの糞ウルキーは何処へ行きやがったっ!!》』
『《あぁ……隊長が墜とされるどさくさに紛れて、全速力で逃げて行ったよ……おっとぉ!!》』
『《ーーっ!? あのくそアマ……っ!! 帰ったらぶっ殺してやるっ!! ぐっ!》』
2対1にも関わらず回避に徹する事しか出来ないジェリガンとオルタ、致命傷こそギリギリで避けているが徐々に損傷は積み重なっている。
『《くっ……攻勢に出ねぇと、ジリ貧だぞ!!》』
『《そうは言っても、下手に攻勢に出たら叩かれるじゃないか! ぶっちゃけ死神相手に俺達だけじゃキツイってぇ!!》』
ジェリガン達も闇雲に右往左往している訳では無く、相互補助機動を駆使し、何とか主導権を取ろうと試みてはいた。
しかし、相互補助機動によって立花機を照準に捉えた瞬間、視界から消えるのだ。
そして次の瞬間には死角に回り込まれ銃撃を浴びせられる、その繰り返しなのである。
『《クソがっ!! 機体の性能差ってだけじゃ説明が付かねぇ……っ!! 俺とアイツの……何が違うってんだ!!》』
苦悶の表情で声を張り上げ言葉を吐き出すジェリガン、そこには自信に満ちたエリートの姿は無く、只々己の不甲斐なさに嘆く若者の姿があった。
だが、そんなジェリガンの心情などお構いなしに、死神の容赦ない攻撃は続いている。
『《うわたたたたた、あぶねっ!!? こ、このままじゃマジでヤバいぞ! やっぱアイツは俺たちの手には負えねぇって!!》』
『《くっ! 分かっている!! 分かっちゃいるが……っ!!》』
機体性能、操縦士の力量、どちらも明らかに劣っている状況では戦況を覆す事も逃げる事もままならない。
少なくともジェリガンにはその手段が思いつかず、表情に絶望が浮かんでいた。
その時、あれほど苛烈であった死神の銃撃がふいに止んだ。
何が起こったのか理解できずにいると、立花機は凄まじい速度で軌道を変え、飛び去って行く。
その先には、無数の黒い点が迫って来るのが見て取れた。
それは魔王の目(測距儀等)を完全に潰す為にスプルーアンスが放った攻撃機編隊であった。
無論、攻撃機編隊には護衛の戦闘機部隊が付いており、自分達がこのまま帰還しても何の問題も無い。
助かった、そうジェリガンは安堵した。
……安堵、してしまった。
「《ーー俺は……俺は今、ホッとしたのか!? カークやメリーの仇に見逃されて……?? く……そがぁあああああああああっ!!》」
その事実を自分で言葉にした瞬間、ジェリガンは激高し機首を立花機に向け追撃せんとした、だがオルタ機が割って入りその愚行を止める。
『《どけ、オルタ!! 邪魔だぁああっ!!》』
『《Hey, Hey, Hey! 落ち着けって! 機体の状態もだが動力の残量もヤバイだろ? 一度母艦に戻ろうぜ、なっ?》』
『《ぐぅっ! ……了解だ》』
オルタに指摘され動力計を見ると、針はレッドゲージを差しており動力切れ寸前であった。
その事実にジェリガンは歯噛みするも、僅かに冷静さを取り戻したのか、渋々と言った様子でオルタの言葉に従った。
帰路の途中、彼等の眼下にモンタナ級戦艦6隻を擁する大艦隊が、蒼海を切り裂き突き進む姿が見て取れた。
魔王に艦隊決戦を仕掛けるために編成されたメリル艦隊である。
その雄姿に、オルタは力強く敬礼し見送るが、エリートパイロットとしての自尊心を粉々に砕かれたジェリガンは、ただ憎しみと屈辱に濁った瞳で水平線を睨み続けていた。




