第百四十五話:穿たれた制空圏
1943年11月23日09時45分
日輪艦隊が米艦隊の捕捉に難航しているその頃、ネレイデス隊は日輪艦隊まで残り80kmの距離にまで迫っていた。
『《この直線上に。人の密集している気配を感じます……!》』
『《うん、僕も感じるよ。ほぼ間違い無く日輪艦隊だろうね》』
『《さっすが人間レーダーっすね!頼りにしてるっす!》』
『《ふん……敵の位置を探るのがちょっと上手いくらい何よ!》』
ネレイデス隊の隊員は全員がレベル3以上のクオリア値を持つが、感知能力に優れている者は限られていた。
80km先の敵を捉えられるのは、16歳の少女アストリスと21歳の青年クルトの二人だけであった。
意外なことに、レベル4のクオリア値を持つユトメイアには長距離感知能力が無い。
そのためか、彼女はアストリスとクルトに対して対抗心を抱いている。
『《ーーっ!? 前方右上空、敵機が接近して来ます、数は多分4機か5機です!》』
『《どうする? みつかる前に光学迷彩を展開するかい?》』
『《……いや、まずはやり過ごす。離脱のことを考えると、攻撃後に余力を残しておきたい。だが、もし発見されたら即座に光学迷彩を展開し、全速で標的に突っ込むぞ!》』
アストリスが日輪軍機を感知し、クルトが隊長のユートリッドに判断を仰ぐ。
ユートリッドは数秒の思案の末、やり過ごすことを選んだ。
このまま通過できれば良し。
見つかっても光学迷彩を展開し速度を上げれば撒くのは容易だ。
そのまま魔王へ突入すればいい、若き隊長ユートリッド・シュピーゲル少尉はそう判断した。
そして米軍にとっては幸運、日輪軍にとっては不運なことに、厳重な対空警戒を敷いていたはずの信濃紫電隊はネレイデス隊に気づかぬまま通り過ぎていった。
一応、信濃紫電隊を擁護しておくと、彼等の主任務は敵機の発見では無く、艦船の電探や偵察機が発見した敵機の迎撃である。
更にネレイデス隊は比較的低空を飛行しており距離も有り且つ少数部隊であったため、単座で電探も積まれていない紫電改の偵察能力では見落としても咎める事は出来ない。
そも、21世紀に於いて【制空権】は概念と化し、現実的には【航空優勢】が使われている事からも、亜音速で飛行しレーダーに映らない敵機を完全に防ぐ事など不可能なのである。
『《……そろそろか、全機光学迷彩展開! ネレイド2,3,4は俺に続き対艦攻撃用意! ネレイデス5は敵戦闘機を警戒しろ!》』
魔王との距離が70kmを切ったところで、ユートリッドは攻撃態勢への移行を命じた。
ネレイデス1〜4番機は対艦電子攻撃用の思念誘導ロケット弾を1発ずつ搭載、5番機は対空戦闘用のロケット弾を4発搭載している。
ユトメイアが他の4機の護衛と言う役回りとなっているが、これは彼女のS.T.S制御能力が他の4人より優れており、制空攻撃に適した4発同時制御が可能だからだ。
ユートリッドたちにはそれが出来ない。
隊長の指示に2〜4番機は緊張しつつも淀みなく応答したが、5番機からは気だるげな返事が返るだけだった。
だが、それを咎め問答している猶予など無い、光学迷彩を起動した以上、その効果が切れる前に魔王を攻撃し、日輪制空圏内から離脱しなければならないからだ。
ここからは秒単位の時間との勝負なのだ。
そしてネレイデス隊の視界前方に、日輪艦隊と思しき艦影が展開しているのが見て取れた。
勝てる、此処まで来れば後は魔王に突っ込みロケット弾を撃ち込むだけだ。
そう思い、緊張と共に意気込みを見せていたユートリッドが、その緊張をほぐす為に息を吐いた、次の瞬間。
彼の全身に言い知れぬ悪寒が奔った、刹那「全機散開っ!!」と叫んでいた。
直後、前方から何かが飛来し、そして爆ぜた。
ユートリッドが感じた悪寒は他の隊員たちも同時に感じていたらしく、彼の散開指示に全隊員が即座に反応していた。
だが反応が僅かに遅れた3番機、最年少のアストリスが機体下部に被弾した。
XFAF-03もXFAF-01やXFAF-02同様、機体表面のフォトンラインが損傷すると光学迷彩が解除されてしまう仕様なのは変わらない。
そのためアストリス機は日輪軍の制空圏内でその姿を露わにしてしまったのである。
だが、攻撃能力が失われた訳では無く、標的である魔王は目前だ。
ユートリッドはアストリスに離脱指示を出すか、攻撃続行を命じるか一瞬迷う。
その次の瞬間。
『《何をやってるのよ! さっさと突っ込みなさいっ!!》』
しびれを切らしたユトメイアがユートリッドの決断より先に叫んだ、その言葉を受けアストリスは反射的に高度を下げ攻撃態勢に移行してしまう。
こうなっては、離脱指示を出す方が危険であるためユートリッドはユトメイアへの怒りを抑え、アストリスを援護しつつ任務続行を決断する。
そこにユートリッドの感じた悪寒の正体、銀色に輝く剣の如き鋭利な飛翔体がネレイデス隊目掛けて突進して来た。
『《あれは……魔剣か!?ーーユトメイアっ!!》』
ユートリッドが確認した魔剣は3機、そのうち2機はアストリス機を狙って軌道を変えたが、悪寒の正体である1機は、見えている筈のない自分達に真っ直ぐ向かって来ていた。
ユートリッドは咄嗟にユトメイアの名を叫ぶ、いつもは他人の意思など意に介さない彼女だが、この時ばかりは隊長の意を汲み、向かって来る魔剣を標的と定める。
『《気を付けろ、奴には俺達が見えているかも知れない!!》』
『《ふん、だとしても私の攻撃から逃れる事なんて出来やしないわよっ!!》』
ユートリッドの言葉にユトメイアは鼻を鳴らし不敵な笑みを浮かべ、照準を魔剣に合わせる。
「《何が魔剣よ、非白銀の乗る機体なんて白銀の敵じゃないわっ!!》」
言葉と同時に2発のロケット弾を発射するユトメイア機、相対速度にしてマッハ3以上で魔剣に迫る思念誘導ロケット弾であったが、魔剣はそれを難なく回避して退けた。
「そんなもの、銃弾に比べればっ!!」
魔剣の操縦士、立花蒼士は鋭い眼光で声を張り上げ照準をユトメイア機に合わせる。
刹那、悪寒が奔り機体を翻すと、先ほど避けたはずのロケット弾が横を掠めた。
「なっ!? まさか、誘導兵器なのかっ!!」
「《ーー今のを躱した!? うそでしょっ!!》」
立花は誘導弾に驚き、ユトメイアは立花の回避能力に驚愕した。
「《け、けどっ! S.T.Sの本領はここからよ!!》」
僅かな焦りの色を見せながらも、魔剣に向け機銃掃射を行うユトメイア機、立花機は追尾するロケット弾と機銃の連携で挟撃される形となった。
だが立花機は驚異的な反射速度と鋭利な機動を駆使し、その猛攻すら凌いでみせた。
「《ーーなんでっ!? なんで非白銀如きに……っ!!》」
S.T.Sと、それを操る自分の能力に絶対の自信を持っていたユトメイアはその事実に狼狽する。
「《有り得ないっ!! ふざけるんじゃないわよ、非白銀如きがぁっ!!》」
狼狽からの激昂、ユトメイアは目を血走らせ歯を剥き出し、感情のままもう2発のロケット弾を放った。
一方で被弾し姿を晒したアストリス機は、日輪艦隊の対空射撃と2機の魔剣からの追撃を受けていた。
後方に展開するユートリッドが援護するが、このままでは撃墜されるのも時間の問題であった。
『《アストリス、その位置からで良い! 撃って即時離脱し此方に向かっているPG隊と合流しろ!!》』
『《は、はいっ!! フ、フォックスローーえ? あれ? どうしてっ!?》』
『《どうしたアストリス!? 早く撃て!!》』
『《う、撃てませんっ!! ロケットが……撃てないんですっ!!》』
『《くっ! 損傷のせいか……っ!! もういい、そのまま離脱するんだ!!》』
ユートリッドは命中率度外視で即座に誘導弾を発射するようアストリスに命じるが、先程の攻撃で損傷したアストリス機はロケット弾を発射する事が出来ず、狼狽する。
事態を把握したユートリッドは即座に退避指示を出した、が、ほぼ同時に日輪軍機から2本のロケット弾が発射された。
『《アストリス、後方からロケットだっ!! 避けろぉおおおおっ!!》』
『《ーーひっ!?》』
ユートリッドの絶叫に近い声に、アストリスは慄きながらも即座に機体を捻り回避行動を取ろうとする。
だが、的確な射線で放たれた炸裂弾から逃れるにはアストリスの操縦技術は余りにも未熟だった。
彼女の機体上部は散弾の直撃を受け、表面が爆ぜると白煙を噴き出した。
『《きゃぁあああああああああっ!!》』
『《アストリスっ!? 脱出しろっ!!》』
『《ーーだ、脱出装置! ……なんで、なんで動かないのぉっ! 動かない、脱出装置も動かないよぉ……ひっ……ひぐぅ……。 いやだ、死にたく無い……パパ……ママぁ……》』
『《アストリスっ!? くそ、くそ、くそぉっ!!》』
無線から聞こえるアストリスの消え入りそうな声に、ユートリッドは苦悶の表情で操縦席を殴りつける。
だが、このまま嘆きの中で任務を放棄する訳にはいかない。
敵の旗艦であろう大和を攻撃すれば、注意がアストリスから逸れるかも知れない。
若き隊長ユートリッドはそう己を奮い立たせ、眼光鋭く声を張り上げる。
『《各機……攻撃開始!! ネレイド2は喫水付近、俺とネレイド4は上部構造物を狙う!!》』
無線から響く隊長の声に、動揺していたクルトとヘルムートも我に返り覇気良く『《了解》』と応答する。
『《ネレイド4、ロケット発射!!》』
『《ネレイド2、ロケット発射……!》』
『《ネレイド1、ロケット発射!》』
「右舷よりロケット弾接近!! 数3!!」
「か、鎌鼬……っ!? 本当に我が軍の制空圏を突破して来たのかっ!?」
「ーー面舵45! 艦尾右舷推進機、最大噴射!!」
3機3発の誘導ロケット弾を放つネレイデス隊、日輪側からすれば至近距離で突然現れた脅威であり、殆どの者は驚愕し慄いた。
だが大和艦長東郷創四朗は冷静かつ的確に指示を出す。
その指示を受け全長398mの巨艦が、驚異的な旋回性能を発揮し、ロケット弾の射線からその身を躱して見せた。
それが、通常のロケット弾であれば、確かに躱せた筈であった。
「だめ!! まだ来るよ、避けてっ!!」
突如そう叫んだのは通信員の広瀬彩音であった。
そして彼女の言葉通り、躱した筈のロケット弾は明らかな敵意と殺意を以って、その軌道を鋭利に曲げ再び大和に迫って来る。
「ーー最大戦速、面舵そのまま!! 艦首左舷推進機、最大噴射!!」
執拗に迫り来るロケット弾に対し、大和は艦尾を滑らせるが如く急激な右旋回を続け回避せんとする。
だが、その驚異的な旋回能力も400m級の巨体と言う現実の前には物理的限界があった。
「総員、衝撃に備えっ!!」
ネレイデス隊の放った誘導ロケット弾は、右舷中央喫水線付近と上部建造物に直撃し、凄まじい電撃が大和を襲う。
出雲の教訓から見張り員は艦内に、機銃要員も人数を最小限に抑え艦外活動を禁止していた。
そのため、黒焦げになる者は居らず、巨大で重装甲の大和は死者を数名に留めたが、感電による行動不能者は多数。
電子艤装は壊滅的な被害を受けた。
電探や音探、通信機器類、火器管制、各制御装置などが軒並み停止し、超戦艦大和は浮かぶ鉄桶と化した。
だが、ここでも大和の巨大さが功を奏する。
補助装置まで完全に喪失した出雲とは異なり、大和の補助装置は何とか無事であった。
そして東郷の的確な指示によって応急班が迅速に対処した事により、艦内通信設備と各制御装置等は程なく復旧した。
それに伴い、艦内は大した混乱に見舞われる事も無く、比較的落ち着きを取り戻していた。
だが電探と音探類は完全に沈黙し、復旧の目途が立たない状況となっていた。
そのため電探射撃がおろか、砲安定装置も使えない事態となっており、大和自慢の砲撃は測距儀頼りと言う前時代的な状態となってしまった。
そんな状況の中、航空隊より米戦艦部隊接近の報が齎された。
「この期に及んで戦艦部隊とはな……。鎌鼬の攻撃はこの為の布石と言う訳か」
「そのようです、巨大戦艦には巨大戦艦をぶつける。大艦巨砲主義の権化とも言えますが、有効な攻略法では有ります」
東郷が水平線を睨みながら敵将の意図を読む、それに正宗も同意し、敵将の正当性を語った。
「うむ……是非も無し、か……。全艦、対艦戦闘用意!!」
東郷は僅かに頷き、眼光鋭く声を張り上げ下令する。
是により巨大戦艦同士の戦いの火蓋が、切って落とされる事となった。




