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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第百四十四話:蒼空の索敵戦

 1943年11月23日04時15分


 暁が水平線を照らし始めると同時に、日米両艦隊より互いの艦隊を捕捉せんと航空機が飛び立ってゆく。


 さらに、日輪勢力圏の島々と米勢力圏フィジアの基地航空隊からも索敵機が離陸し、両陣営は大規模な索敵戦を展開する

 当然、両軍の航空機が接触する機会も多く、至る所で小規模な空戦が発生し、互いに削り合う状況となった。

 その結果、先に捕捉されたのは展開位置が限定される日輪艦隊であった。


 一方の米艦隊は、敢えてフィジアから距離を取り、大海原に身を隠す事で日輪軍からの発見を免れていた。


 大和(サタン)を捕捉した米艦隊司令部は、即座に空母インディペンデンスに対しネレイデス隊の出撃を下令する。

 それに合わせ、護衛としてピクシーガーディアン隊にも出撃命令が下り、艦内は慌しい喧騒に包まれた。


「《みんな……行くの?》」


 その慌ただしい格納庫の片隅に、昨日から自室に塞ぎ込んでいたアルティーナの姿があった。

 髪は乱れ、泣き腫らした目の下には隈ができている。

 それでも白銀の髪はなお美しく輝き、瞳には宝石のような水色の光が宿っていた。


「《アルティ、せっかくの可愛いお顔がぐしゃぐしゃだよ》」


 メリエールはアルティーナの目線に合わせて跪き、手ぐしで彼女の髪を整えながら、そっと頬を撫でる。


「《メリー……死なないで》」


「《……うん、勿論! 必ず帰って来るから、良い子で待っててね!》」


 歯を見せて快活に笑うメリエールに、アルティーナも涙を浮かべながら小さく微笑んだ。


「《あらぁ? 白銀(シャリア)ともあろう者が灰色(グルーム)に慰められる何て、恥を知りなさいな》」


 そこに現れたのは歪んだ笑みを浮かべるユトメイアであった。

 アルティーナは自分への言葉では無く、メリエールを見下すようなユトメイアの視線に眉をひそめて睨み返している。


「《何が恥ずかしいってのよ! アルティはジャパニアの撃墜王(エース・オブ・エース)死神(リーパー)と戦って仲間を失ってるんだよ!? 実戦経験もないくせに侮辱するなんて、許さないかんねっ!!》」

「《っ……! ふ、ふん! 試作S.T.Sを仮設しただけの旧式機の実戦経験なんて無意味だわ! 私のXFAF-03(バンシー)は四発の誘導弾を同時制御できるのよ? 分かるかしら? 格が違うのよ、格がね?》」

「《っ……!!》」

「《ーーユトメイア、お前また……本当にいい加減にしてくれっ!!》」


 メリエールの鋭い眼光に一瞬怯んだユトメイアだったが、すぐに気勢を取り戻し歪んだ笑みを浮かべながら自機の優位性をまくし立てる。

 その態度に堪忍袋の緒が切れたメリエールが右手の指を鳴らし掴みかかろうとした、まさにその瞬間、ユトメイアの上官が現れ、うんざりした表情で声を張り上げた。


「《なっ!? ちょっと、放しなさいよっ!!》」


 ユトメイアは背後から現れた同僚の男性に腕と肩を掴まれ、アルティーナたちから引き離される。


「《部下が本当にすまない……。 言い訳にしかならないが、彼女は熱心な(・・・)イスラ派でな、我々も手を焼いているんだ……》」


 そう言ってメリエールとアルティーナに謝罪する青年の顔は、どこかげっそりしていた。


「《……差別主義で傲慢なイスラ派の白銀(シャリア)様が、なんで米軍のテストパイロットなんてやってるのさ? イスラ派教会の玉座にでも踏ん反り返ってりゃ良いのにさ?》」


「《……っ!! この……灰色(グルーム)風情がっ!!》」


「《よせっ!! 最初に他者(ひと)を見下して喧嘩を売ったのはお前だろう!!》」


 青年はユトメイアを制しつつ、メリエールに向けて言葉を続ける。


「《重ねて謝罪する、俺たちは元々ポーラスカ南西部のヴァロツワフという街に住んでいたんだが……ヒドゥラーゲイルの迫害で国を追われた難民なんだ。命辛々、難民船でコメリアまで逃れ、難民居住地に身を寄せていたが、財産を全て失っていたため生活は困窮していた……。そこにフォン博士が来て、テストパイロットになる事を条件に難民コミュニティへの支援と、俺たちへの破格の待遇を約束してくれたんだ……》」


「《そっか……。まぁ、アタシらがここにいるのも似たような経緯だからね。分かるよ……》」


 青年の言葉を聞き、気勢が削がれ冷静になるメリエール、それは自分たちと同じ境遇にある青年たちへの共感ゆえであった。


「《あーっと、勘違いの無いように言っとくけどさ、この女(ユトメイア)に限って言えば同胞のために、何て殊勝な心掛けじゃ無いからね? 掃き溜めみたいな難民居住区より良い暮らしが出来るって、区長の口車に乗せられただけの利己的な打算だから!》」


 冷ややかな声でメリエールの感傷を断ち切ったのは、ユトメイアを拘束する銀髪(シルグ)のウルキア人男性だった。

 彼はユトメイアを露骨に嫌っているようで、彼女が自分たちと同じ理由で米軍に入ったわけでは無い事を、わざわざ公言する。

 その彼に腕と肩を掴まれ拘束されているユトメイアはヒステリックに喚き散らすが、彼は軽蔑の視線を向けるだけだった。


「《お前たち、いつまで喋っている!! さっさと出撃準備をしやがれっ!!》」


「《おっと、整備長がお怒りだぜ?》」

「《そのようだ……。 メリエール、行くぞ》」

「《分かった、それじゃアルティ、行って来るね!》」


 整備長の怒号にオルトが苦笑し、マーベリックがメリエールに呼びかける。 

 その声に応じた後、メリエールはアルティーナに微笑むと、手を振りながら愛機の下へと駆けて行った。


「《メリー、みんな、無事に帰って来てね……》」


 仲間を想うアルティーナの小さな呟きは、格納庫の喧騒に掻き消された。


 ピクシーガーディアン隊が出撃した直後、ネレイデス隊のXFAF-03(バンシー)も順次エレベーターで飛行甲板へと上がっていく。


 一番機に乗るのは若き隊長『ユートリッド・シュピーゲル』少尉で、初陣ゆえか精悍な表情に緊張が滲んでいる。

 その後方には、先ほどユトメイアを拘束した青年『クルト・ケルゼン』曹長の乗る二番機。


 その二機がカタパルトで射出されるタイミングで上がって来たのは、十代半ばの少女『アストリス・カウラ』二等海曹の乗る三番機と十代後半の青年『ヘルムート・スタインバーグ』一等海曹の乗る四番機。

 そして最後に上がってきた五番機には、問題児の白銀(シャリア)ーー『ユトメイア・スピラ』准尉が乗り込んでいた。

 

 空へと舞い上がったネレイデス隊の五機は、先行するピクシーガーディアン隊に追従しつつデルタ陣形を組み、蒼空を突き進む。

 

『《ネレイド1より各機へ、機体と身体に異常は無いか?》』


『《こちらネレイド2、特に問題は無いかな》』

『《わた……ネレイド3、異常ありません!》』

『《ネレイド4、異常無しっす》』

『《……》』  


 隊長ユートリッドの問いかけに順に応答が返るが、五番機のユトメイアだけが沈黙していた。


『《……ネレイド5,異常は無いか?》』


『《ちっ! うるっさいわねぇ! 問題無いわよっ!!》』


 舌打ち混じりのユトメイアから返答に、ユートリッドは深く溜息をつく。

 上官に対する態度としては論外だが、ここで何を言っても従う筈が無い事を、彼はよく理解していた。


『《オレたちは一旦ここまでだ、何か有れば可能な限り迅速に駆け付けるが……無理はするなよ!》』


 日輪の制空圏手前に差し掛かったところで、PG隊のマーベリックからネレイデス隊へ通信が入る。

 昨日の出雲(いずも)奇襲と同様、ステルス能力も不可視化機能もないF4U(コルセア)では、日輪軍の防空網突破は困難であった。

 ゆえに、XFAFシリーズに全てを託すしか無かった。


 *


 一方その頃、日輪艦隊は今だ米艦隊の所在を捕捉できず、対空・対潜警戒を極限まで引き上げ、いつ襲い来るとも知れぬ奇襲に備えていた。

 その一環として、第十三艦隊および第十四艦隊は各戦隊を半径20kmの範囲に集中展開させ、戦艦大和(やまと)を中心とした強固な防空網を構築している。

 

 大和(やまと)の前方には第十四艦隊が陣取り

 独立旗艦の重巡近見(ちかみ)

 同第一戦隊の軽巡普天間(ふてんま)と駆逐艦金星(きんぼし)銀星ぎんぼし白星しろぼし黒星くろぼし赤星あかぼし初星はつぼし

 同第二戦隊の軽巡高城(たかしろ)と駆逐艦暁星(あけぼし)相星あいぼし凍星いてぼし天星あまぼし空星そらぼしが続く


 大和(やまと)左翼には第二戦隊の軽巡九頭龍(くずりゅう)と駆逐艦妙風(たえかぜ)清風きよかぜ村風むらかぜ里風さとかぜ

 大和(やまと)右翼には第三戦隊の軽巡米代(よねしろ)と駆逐艦山霧(やまぎり)海霧うみぎり谷霧たにぎり川霧かわぎり

 大和(やまと)後方に第四戦隊の空母信濃(しなの)大鷹たいよう沖鷹ちゅうようが控える。


 更に、その周囲300km四方を艦載機と基地航空隊の戦闘機・偵察機が絶え間なく飛び回り、空の隙間を埋めていた。


 常識的に考えれば、この防空網を突破して大和(やまと)信濃(しなの)を奇襲するなど不可能と言い切れる。

 だが、米軍の秘匿兵器ーー日輪側が【鎌鼬(かまいたち)】と呼称する存在を用いれば、その不可能が容易く覆される事を、つい昨日思い知らされたばかりである。

 ゆえに今の艦隊は海鳥一羽すら見逃すまいとする神経質なまでの警戒態勢にあった。


 そんな張り詰めた空気の中、空母信濃(しなの)の格納庫では零戦五型が昇降機(エレベーター)で上甲板へ押し上げられ、格納庫前部の下段射出機(カタパルト)からは紫電改が次々と発艦していく。

 更にその下層にある整備区画では、信濃剱隊の三機が慌ただしく整備を受けていた。


 その様子を《(つるぎ)》の操縦席(コクピット)から眺めているのは、米軍パイロットから《死神(リーパー)》と恐れられる立花蒼士である。

 両隣では、僚機である大友機と龍造寺機の主翼にロケット弾が取り付けられていくのが見えている。


『対空炸裂弾ねぇ……。見えねぇ相手にこんなん当たらねぇだろよ……』  


 龍造寺は愛機の両翼に装着されつつある四本のロケット弾を不満げに見やり、操縦席で足を組んだままぼやく。


『……少しでも攻撃範囲を広げようと言う苦肉の策だろう。技術的には打つ手が無く、立花の不可思議な能力(ちから)にまで頼っているくらいだからな』 


 大友は抑揚のない声でそう言い、無表情のまま立花機へ視線を向ける。


『おぉ、立花の神憑(かみがか)った直感な! どうだ? 此処から鎌鼬の気配は感じるか?』


『いえ、まだ何も……すみません』


『気負う必要はない。対策も取れず、不可思議な能力(ちから)に頼る現状がおかしいんだ。個人依存など軍隊としてあるまじき状況だよ』


 龍造寺の問いに立花が申し訳なさそうに答えると、大友は淡々とした声で軍上層部への不満を滲ませた。


 実際のところ【鎌鼬(かまいたち)】に対する有効な対処法は確立されておらず、その存在を感知できる立花の能力に頼らざるを得ない状況である。

 それは軍隊として機能しているとは言い難い、まさに体たらくと言ってよかった。


 とは言え、既知を大きく逸脱した技術を前に、即座に対処法を確立できないのもまた事実である。

 大友もそれを理解してはいるが、最前線で脅威に晒される兵士として、つい本音が漏れたのだろう。

 どうやら彼にも、人並みの感情は備わっているようだった。


『あーあー、剱隊のみんな聞こえるかい? もう少しで【試製四式空対空炸裂弾】の取り付けが完了するよ。いつもより機体が重くなるから離艦時と戦闘時の機体制御には気を付けなね! それと当たり前だけど、撃ったらすぐに機動を変えないと自分の放った弾幕に突っ込む羽目になるから気を付けるんだよ!!』


 突如、信濃剱隊の無線に、この場には似つかわしくない可愛らしい少女のような声が響いた。

 声の主は整備庫上部に設置された監督所から信濃剱隊を見下ろしている、小学校高学年ほどの外見をした少女であった。


 もちろん、この場に本物の小学生がいる筈もない。

 見た目こそ幼いが、彼女はれっきとした二十歳の成人女性である。

 名を『(はら) 純子(じゅんこ)』と言い、海軍技術特尉にして剱の専任整備主任を務めている。

 

『なぁ、お嬢~。これ(・・)使い(もん)になんのか? どう考えても荷物にしか思えねぇんだがよ?』

『あーうん……。第一技研は “対鎌鼬兵装” として送って来たみたいだけどねぇ。ぶっちゃけ誘導弾じゃ無いから、見えない相手に当てるなんてまず無理だろし……邪魔なら見える敵か味方に当たらない所でテキトーに撃っちゃって良いと思うよ!』


 そう言ってニカっと八重歯を見せて良い笑顔で親指を立てる原に、剱隊の三人は唖然とする。

 原にとっては、第一技研の送り付けて来た兵器に愛着も感慨もないため、ただ客観的な意見を述べただけなのだが、立花たちからすれば「無駄と分かっていて取り付けたのか」と納得しがたいのも当然だった。


『お嬢……マジかよ』

『はぁ……』

『あはは……』

 

 龍造寺と大友、立花は呆れ果て、苦笑いを浮かべるしかない。

 艦政本部経由で送られてきた兵器であれば、原の判断で取り付けを拒否できない事は三人も理解している。

 納得できるかどうかは別問題だが……。


『……まぁ、弾が増えたと思っておこう。それじゃあ二人共、準備は良いな?』


『ああ、俺はいつでも良いぜ!!』


『大丈夫です、往きましょう!』


 無理矢理にでも納得した事にして、大友は両翼の僚機へと問いかける。

 無線からは、気合いに満ちた龍造寺と立花の声が返ってきた。


『では行こう。信濃剱隊、これより出撃する!』


 いつもより僅かに張りのある大友の声が響いた直後、航空管制から発艦許可の無線が入る。

 三機の剱は複数の鉄人によって昇降機(エレベーター)へと運ばれ、そのまま飛行甲板へ押し上げられていった。


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