第三十八話 精霊の力
おそくなりました。もっとがんばります。
時間は丁度マリアたちがタミールを出発し、ターミナへ向かった頃だろうか。
サラ姫は騎士団員から最後の発掘品を表に出し終えたと連絡を聞き、騎士団と警備隊に集合をかける。
すぐに騎士団と警備隊が横一列に整列し、サラ姫は目の前にいる騎士団たちに声をかけた。
「よし! 皆ご苦労じゃったな。これで発掘品は全部か? 全員揃っているならわれらは撤収する!」
「はい。あとは何もありません。皆揃っております」
騎士団の一人がサラ姫に答える。サラ姫はうなずくと側にいたモバーンへ声を掛けた。
「モバーン! 我らは城へ戻り学者連中を連れてくる。それまで警備隊は遺跡の警備を頼むぞ!」
「了解です。姫様」
モバーンはうやうやしく敬礼すると、あまりのわざとらしさにサラ姫は苦笑しながらうなずき、愛鳥フェニィにまたがって大きな声で号令をかけた。
「よし! 引き上げじゃ!」
「「ははっ!!」」
こうしてサラ姫は遺跡を引き上げる。
だがサラ姫の胸中は複雑であった。
(ふむ、どうもすっきりせぬな……。期待していたほどの成果がなかったからか……)
だが現実はサラ姫の考えている内容とは違い、彼女は勇也が一番欲しがっていた『無限ボックス』を発掘し、いま手元に持っている。
勇也的には今回の発掘が一番成果があったと言えるだろう。もし勇也がその場にいたら狂喜乱舞してサラ姫に抱きついたかもしれない。
しかし、当然サラ姫には超古代の知識が無いため、この『無限ボックス』は『石版のようなモノ』程度しか認識は無く、国宝級以上の価値があるとはわかっていないのであった。
サラ姫が勇也に会えれば複雑な胸中は解消するのだろうが、このときのサラ姫は勇也にはいつ会えるかはわからないと悲観している。
(……この程度の成果ではユーヤは帰ってきてくれぬのではないかのう。はぁ……、陛下にもよい報告ができそうにないし、気が重いわ……)
いろいろと思い悩んでいると公共の広場にでる。ターミナまではまだ少し距離があり、サラ姫はここで軽い休憩を取る事にした。
「よし、ここでしばらく休憩する。警戒は怠るでないぞ!」
警戒と言ってもこの広場は見通しが良く、昔から旅人が小休止を取るために利用されていたため、ベンチや水場まであり、実質気を張ることはほとんどなかった。
サラ姫はフェニィと一緒に水場まで来ると、フェニィから降りて自分の水筒に水を汲み、飲み干して再度水を汲み直した。
「ふう、! ほれ、フェニィも飲むといい」
サラ姫は公共の桶に水を汲み、フェニィへと差し出す。だがフェニィは水には目もくれず、遠くの一点を見つめていた。
「どうしたのじゃ、フェニィ? 何か見えるのか?」
「くるる……」
フェニィの視線の先には、かすかに砂煙のような物が見えるのだがはっきりとはわからない。だが韋駄鳥のフェニィには何かを感じているようで、催促するかのように交互に砂煙とサラ姫の顔を見つめてくる。
「ふむ、フェニィが気になるなら何かがあるのかもしれぬな。休憩が終わったら向かってみるか……」
「くるるる~! くるっ!」
だがフェニィはどうやら急いでいるらしく、しきりに背に乗れと催促しているようであるが、サラ姫は首を傾げるばかりであった。
「こ、これ! フェニィ」
訳も分からずとまどうサラ姫に痺れを切らしたフェニィが一人砂煙の方向へ駆け出そうとするのを、サラ姫は寸でのところでキャッチし、背にまたがることに成功すると、有無を言わさずフェニィが砂煙目是して駆け出す。
「お、おい! フェニィ! 落ち着くのじゃ!」
走り出したフェニィに騎士団員たちも気付き、あわててついて行こうとするのだが、すでにフェニィは走り出していたために随分引き離されてしまう。
「そなたたちもあとからついて参れ! 休憩は終わりじゃ!」
サラ姫が騎士団員たちに叫んだとき、フェニィはすでにトップスピードに乗っていた。
☆~~~~~~~~~~~~~~☆
「マリアたち! またけだものが来たよ!」
マリアが振り向いたときには、もう一匹のサーベルタイガーはすでにセーレに向かって飛び掛っていた。
「セーレ! あぶないっ!」
「へっ? うひゃあああああああぁ~っ!」
強靭な脚力で飛び掛るサーベルタイガーは一瞬で間合いを詰め、セーレに鋭い爪を振り下ろすが、セーレは寸でのところで羽を広げ、上空に逃げ出した。
余ほど慌てていたのか両足を大の字に広げて爪を避けたため、下着を丸出しにしながら不恰好にもくるくると鉄棒選手のように回転しながら上へ避難していく。
一方のサーベルタイガーはもう一度セーレに飛び掛ろうとしたが、マリアが咄嗟にコスモガンの光線を放ったため、光線を身を伏せて避けたのでそれ以上セーレを攻撃できず、一旦林の中に身を隠す。
そのまま身を林に隠しながら攻撃の機会を狙うのであった。
「くっ! 木が邪魔で狙いが……!」
林に隠れながらも戦況をうかがうサーベルタイガーにマリアは忌々しげに歯噛みをする。
そしてアリスはと言えば臀部に被弾しながらも起き上がったサーベルタイガーと向かい合って膠着しており、うかつな身動きが命取りになるため視点をサーベルタイガーに向けたままマリアに声を掛ける。
「セーレは大丈夫だった? これで二対二だよ……。結構危ないかも。コスモガンで倒そうか?」
アリスの問いにマリアは林の中のサーベルタイガーを牽制しながら答える。
「うん。怪我したサーベルタイガーだけでも始末しよう。でも、こう広いと距離を開けられたら逃げられちゃうかも。サーベルタイガーはすごく俊敏だし……」
「後ろの林にいるヤツもこっち見てるみたいだしね……。あたしの前にいるヤツは怪我してるからかなり動きが鈍いとは思うんだけど……」
「一発目をはずしたら、この間合いだと反撃でやられるかも……。余程うまく狙わないと……」
「……思ったよりヤバいかもね」
そんな相談をマリアとアリスがしているときも、二匹のサーベルタイガーがマリアたちを狙い、殺気を放ちながらじりじりと間合いをつめようとする。そこに、
「セーレ?!」
そんな緊迫した中、マリアの視界にセーレが入ってきた。
上空に避難したセーレはなんとか体勢を立て直し、裾を直しながら怒っている。
セーレが叫んだ。
「あ、あぶなかった~。このけだものっ! いきなりひどいじゃないかっ! もうゆるさないんだからねっ!」
そんな怒り心頭のセーレは森林の化身である。
セーレは羽を広げると七色に発光させ、マナを放出して周辺を燐光で包む。
瞳の色はチェリーピンクから金色に変わり、やがて全身が淡く発光し始める。
セーレは森林の化身たる精霊の力を発動し、林に向かって叫んだ。
「みんな! あのけだものをやっつけて!」
セーレは上空から林の中で攻撃機会を狙っているサーベルタイガーに指をさす。
その瞬間、林がざわざわと騒ぎ始め、林の中のあらゆる生物がサーベルタイガーに襲い掛かった。
最初に無数の昆虫がサーベルタイガーに纏わりつく。
「ギャオッ! ガオオオッ!」
林の中で腕を振り回し、昆虫の群れを払っているようだが、次には小鳥やリス、ネズミのような小動物たちが一斉に飛び掛った。
「グオオオーーーッ!!」
ごろごろと身を転がしながら振り払おうとするサーベルタイガーだったが、ネズミがかじり、昆虫が纏わりつき、小鳥が目を狙ってついばむ。
サーベルタイガーはたまらず林から出て、もんどりうって虫や動物たちを振り払おうとするが、逆に参加してくる生物たちは増える一方であった。
飛び出してごろごろと転がるサーベルタイガーを目にしたマリアたちが驚愕する。
「なっ!」
「何が起きてるの!」
昆虫や小動物たちも当然被害に遭い、命を落としている者も増えているが、構わずにサーベルタイガーへ攻撃してくる。
その間にも生物が次々と増え、ヘビや蜂なども参戦し、すでにサーベルタイガーの本体がわからないくらいに纏わり付かれていた。
「ギャオオオォオーーーーーン!!」
悲鳴をあげるサーベルタイガーだったが、開けた口の中に昆虫が入り込む。
「グブフォッ!」
口の中の昆虫を勢い良く吐き出すと、虫の死骸が血溜りの中で浮いている。
見ると地面には血があちこちについており、サーベルタイガーの硬く強靭な皮膚もかなり傷ついているようだった。
「きゅろおおおっ!!」
今度は木の枝を持ったドリアードが参戦し、ぽこぽこと昆虫ごとサーベルタイガーを殴りつける。
一方、上空のセーレはまだ許す気が無いようで、指鉄砲をサーベルタイガーに向けたままだ。
ついにトドメとばかりに梟のような猛禽までもが参戦し、そのまま襲い掛かった。もうサーベルタイガーは抵抗もせず、じっと身を硬くして耐え忍んでいる。
アリスとマリア、果てはアリスと対峙中のサーベルタイガーまでもが呆然と見ているだけであった。
――ぶしゅっ! びちゃっ!
しかし、巨大な鳥に攻撃された際には目視できるほどの血が噴出する。
それでもサーベルタイガーはまだ生きているようだが、このままだと死ぬのは時間の問題だろう。
それを見たアリスたちと対峙中のサーベルタイガーがあまりの惨さにたまりかねたようだ。
アリスたちを無視してあわててセーレのもとに駆け寄り、
「くおおぉーーーーん……。くぉおぉーーーーん……」
と、悲しそうな声で鳴きだした。自然に敵対した事を思い知ったのだろう。必死に懇願しているのがマリアたちにも見て取れた。
だがセーレは冷たく言い放つ。
「……許して欲しいの? でも森林はキミたちを許さないよ。ボクに攻撃したんだからね」
セーレは自然の化身である。すなわち人類含め生物の生死には関心を示さない。 勇也に懐いたのは惑星母神が招き、更には自身に様々な施しをしたからであり、マリアとアリスを認めたのもそんな勇也をサポートしながら、自分の成長を手助けしたからに他ならない。
セーレを襲う物は自然の敵であり、人間も魔獣も等しく敵なのである。実際セーレは冷ややかな視線を懇願するサーベルタイガーに向けている。
「くぅぉおおお~~ん!」
それでもサーベルタイガーは腹を見せ、足を脱力して許しを請う。そのサーベルタイガーの降伏の証である姿を見たマリアとアリスも警戒を解き、セーレのもとに駆け寄る。
二人が近づいたことに気付いたセーレがマリアたちに問いかける。
「このけだもの、彼女を助けて欲しいんだって。どうする? ボクはどっちでもいいよ」
サーベルタイガーは起き出し、今度はマリアたちにも縋る様に、目の前で自身の牙必死に爪で折ろうとしている。直接二人と戦ったため冒険者と判断したようで、冒険者が戦利品として牙を持っていくことがあるのを知っているのかもしれない。誇りである牙を差し出してでも許して欲しいのだろう。
だがアリスは許す気がないようだ。静かにコスモガンを向けて言い放つ。
「悪いけど、あんたたちは家族の仇だから。死んでくれる?」
だがマリアはアリスのコスモガンを手で抑えてセーレに伝える。
「私はもういいわ。セーレ、許してあげて」
「マリア! なんでさ?!」
マリアはアリスの目を見つめながら答える。
「……私たちは ”けだもの” なんかじゃないもの。負けを認めてるのに命を奪いたくないわ……」
「――そんなきれいごと通用しないよ!」
「ここで殺したら、きっとユーヤが悲しむと思う……」
「そうかなあ。べつ――」
――パキン
アリスは音に振り向くと、サーベルタイガーが折れた牙を差し出し、もう一本の牙をも折ろうとしている。
血をぼたぼたと流しながらも尚も必死でもう一本の牙を折ろうとする姿を見て、マリアがアリスを見つめて言う。
「アリス、お願い」
アリスはマリアの目を見つめると、やれやれとため息を吐き、肩をすくめてしぶしぶ了承した。
「……セーレ、もういいよ。どうせすぐ死ぬんだろうし」
「……ん」
アリスの声を聞いたセーレは指鉄砲を解き、拍手を打って解散を命じる。
「――みんな、おつかれさま。もういいよ。大自然に祝福あれ」
セーレの声を聞いた生物たちが一斉に林に戻っていく。あとに残されたのは無残な姿になった赤黒いカタマリであった。
もう一本の牙を折ったあと、すぐさま仲間の方へ駆け出すサーベルタイガーの姿を見て、アリスはなんとも言えない後味の悪い気持ちになった。
(……そりゃあ、直接の家族の仇じゃないけどさ……)
考え込むアリスにマリアが話しかける。
「アリス、気付いた? あのサーベルタイガーの目が、牙を折った事で私たちと同じような色になったのを……」
セーレが横から補足するように話してきた。
「――たぶん、”浄化” されたのかも。戦意を失って、さらに傷からボクのマナが回って悪いマナが無くなったのかもしれない。よくわかんないけど、もうカレは ”けだもの” じゃないみたいだね」
「…………ふん! わかってるよ!」
ピクリとも動かない赤黒いモノを必死で癒そうとするサーベルタイガーの姿を見たマリアが回復薬を用意しようとするが、アリスが既に駆け寄っていた。
「邪魔、どい……うぐっ!」
必死に仲間の血を舐めていたサーベルタイガーをどかすと、アリスは驚愕する。その姿は無残にも目が陥没し、耳は千切られ、背骨がところどころむき出しになっている。内臓はまだ見えてないだけマシといったところだろうか。
アリスは吐き気を抑えながら、勇也手製の奇跡の薬、『エリクサー』を取り出す。万が一のためにとそれぞれに持たせていたものだ。
サーベルタイガー自慢の牙がかろうじて残っているのを見て、アリスはなんとか口の部分を判別し、手で無理やり口を開けると、ごぼりと虫まみれの血溜まりが吐き出された。
「うわぁっ!」
アリスは悲鳴を上げ、顔をしかめながら、それでも一気に『エリクサー』を喉の奥に流し込む。
(……間に合えばいいけど)
アリスは息を呑む。気付くとマリアとセーレも集まっていた。
そのまま固唾を呑んで見守っていると、サーベルタイガーの身体がうっすらと輝き始める。何とか間に合ったらしく、細胞が活性化しはじめ、徐々に修復されていく。
アリスがほっと一息入れるとセーレが羽を広げ、マナを放出しているのが見えた。どうやら ”浄化” しているようである。
そしてマリアは優しく笑みを浮かべながら牙を折ったサーベルタイガーに『ハイヒールパウダー』を振りかけ、牙のあとにも擂りこんでいた。傷が癒えたサーベルタイガーがマリアに頬ずりをしているのを見るとすっかり懐いている。
アリスはみるみると修復されていくサーベルタイガーを見て、改めて勇也のスキルに驚嘆する。
無意識のうちにアリスはマリアに問いかけていた。
「ねぇ、マリア。ユーヤって何者だと思う? あたしは神様だと思うんだ……」
ところが間髪いれずマリアはあっさりと否定する。
「ユーヤはユーヤよ。だって神様はあんなお人好しじゃないもの」
マリアのあまりに早い返事を聞いたアリスは一瞬言葉に詰まったが、やがて
「……ぷっ、あはははは! それもそっか~!」
と、大笑いするのであった。
そして『エリクサー』の効果でサーベルタイガーが完全に復活する。夫婦であったらしいサーベルタイガーはお互いの無事を喜びじゃれ始める。
しかし、お互いを舐めながらじゃれあう二匹に鋭い牙は既に無い。
それは数千年前に絶滅した『ウェアタイガー』の姿。ジェネイン公国の遺伝子操作を受ける前の真の姿である。
それはここにいる三人は知らない事。
だが、ここに復活した二匹の『ウェアタイガー』がこれから伝えていくことだろう。
復活した『ウェアタイガー』が三人に懐き、頬ずりをしている。
ここにそのいきさつ全てを見つめていた影があったことに三人は気付いてはいない……。
ふいに声が掛かる。
「……マリア! アリス!」
「「えっ……!?」」
声を掛けられたマリアとアリスの視線の先。
そこにはフェニィに跨ったサラ姫がいた。
20万文字までがんばります。




