第三十六話 おねだりアリス
勇也は今、ひとり静かに武器の作成をしている。
「さて、困ったな……。研磨剤が足らなくなりそうだ。またサーベルタイガーでも狩ってこないと……」
その勇也のつぶやきは神様に届いたようで声がかかる。二人きりで話すのも随分と久しぶりであった。
『――そういえば、最近魔獣を狩ってくれませんね……。あの子も成体へ羽化しましたし、そろそろ……』
勇也は頭をかきながら答える。
「まあ、今作ってる『シャイン・レイ』が完成したらラードンでも狙いに他の大陸に渡ろうかと思ってます。自分のレベルアップもしたいんで。それまで遺跡への迷宮攻略はお預けですね」
勇也は大森林に潜んだ日に新兵器である『ビーム・ガトリングガン』を完成させたが、その時魔獣の巣の奥に潜む魔獣は何かとユニテルへ問い合わせている。
ただユニテルは魔獣の名前を知らず、「二本の角があって、外見が竜タイプで、ブレスで周辺を固めて巣を作り、地上には出てこない」といった外見と生体の説明から勇也が推測した結果、≪地底竜アングラドラゴン≫がいることがわかり、予定を変更したのだ。
『――まあ、魔獣を狩ってくれるなら、順番は拘りません。ただ、どうなんですかね? そのラードンという魔獣と魔獣の巣の奥に潜んでいる≪アングラドラゴン≫はどちらが強いのですか? 強い方から倒してくだされば、私も楽なのですが……』
「ぶっちゃけどちらも似たようなものです。ただ、今作ってる『シャイン・レイ』は晴天時の屋外でしか使えませんし、威力が強すぎて地上に当たれば大惨事になりかねません。よってゲームならともかく現実では対空戦にしか使えないのでラードン狙いですね」
ラードンもアングラドラゴンもどちらもレベルが80程の魔獣であり、片方は空を、もう片方は地面を拠点にしているだけで、耐久や攻撃力なども大差はない。だが現状の装備で倒しやすいのはラードンであったため、狙いを向けたのである。
さらにユニテルが質問してくる。
『――その『シャイン・レイ』とはどんな兵器なのですか?』
「簡単に言うと、超小型の太陽みたいなものですね。この世界でなんて言うかは分かりませんけど、あの外を明るく照らしてる星ですよ。あれの光を空間に投影したレンズに収束させ、出来た高密度のエネルギー光弾を相手にぶつけます。大きければ大きいほど高威力ですが、時間がかかりますね」
『――思い出しました。それ、数千年前にサイテックが使ってました……』
ユニテルの言うとおり、数千年前にサイテックの対空部隊が、この『シャイン・レイ』を五十基並べ、ジェネインのドラゴン編隊を壊滅させている。
しかし、誤爆による発煙のため日の光が途絶え、出力が出来ずに第二波の部隊に壊滅させられてしまったが、それでもジェネインに与えた損害は計り知れない……。
当時の『シャイン・レイ』は、今勇也が作成しているものとは大きさが異なり、性能も段違いであった。もっとも現在作成中の勇也の『シャイン・レイ』も小さめではあるが、それでもラードンくらいはあっさりと倒せるくらいの超兵器ではある。
問題は「晴天時でしか使えない」「発射に時間がかかる」「命中率の低さ」であろう。しかし、そこはいろいろと裏技があり、勇也がラードンを指定したのもその裏技あってこそである。晴れていればほぼ確実にラードンを仕留める方法を勇也は知っていた。
「それをするにも、まずは大陸を移動しないとな」
『――まあ、わかりました。魔獣の巣は後回しですね。ただ……』
「ん? なんです?」
『――それ、絶対私に向けて撃たないでくださいね。地殻変動しそうですから……」
「…………ガンバリマス」
当時の天変地異の原因だったのだろうか。勇也は絶対に地面に向けて撃つのは止めようと心に誓うのであった。
☆~~~~~~~~~~~~~~☆
一方、日が暮れかけ、星がちらちらと見え始めた頃に、マリアたち少女三人衆は無事何事も無くタミールへと到着した。
「ふい~。疲れた~」
「じゃあ、こないだのホテルでいいね? セーレ、お願い」
「ん? なにすればいいの?」
「後ろに立ってくれれば後は私がやるから」
「???」
訳も分からずについて行くセーレ。やがて以前勇也と泊まった『ホテルコンチワ』に到着する。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
ホテルの従業員が三人を出迎え、早速マリアが交渉する。
「三人泊まりでお願いします。食事つきで、三人一緒の部屋でお願いします」
マリアの説明を聞いた従業員は不思議そうな顔をしているセーレをちらりと見たが、とくに気になる点は無かったようで、すんなりとチェックインを認める。
「それではこちらが部屋の鍵となります。ごゆっくりおくつろぎ下さい。なにかありましたら、フロントまで。食事は如何なさいますか? 等ホテルの食堂は絶好の景色をご覧いただけますので、ぜひご利用下さい」
「ありがとう」
マリアは鍵を受け取り、三人は部屋へと向かう。そして上り階段を上がろうとすると、セーレがぼやいた。
「きしゃあ……。飛んだほうが早いのに……」
「まだダメ!」
アリスがセーレをぴしゃりと嗜める。
「むー」
セーレは不満そうにしながらも頑張って階段を上り、部屋に着いた途端、服を脱いで羽を広げる。
「きしゃああああ!! 気持ちいい~!!」
「まあ、部屋の中なら存分に飛んでいいよ」
「せまいけどね……」
だがセーレは羽の解放感と始めての人間の生活空間の体験で、軽い興奮状態であり聞いていなかった。
「まあ、私たちは晩御飯の前に買う物決めておきましょ」
「コメと……、調理器具かなあ。あとはなんだろう……」
「あっ! 私たちターミナで寝具買ってないよ! すっかり忘れてた。先に買っておけばよかったなあ。どうせ圧縮して軽くなるんだし……」
「別に帰りに買えばいいじゃん」
「また寄るのって時間の無駄じゃない……」
マリアがため息をついているとき、セーレは満足そうな顔をしてベッドに腰掛けていた。見ればブラをはずし、上半身裸の状態である。
「ふう、まんぞく~。あっ、マリア~。水出して~! ボク、水で体を洗いたいんだ~」
「じゃあ、洗い場……って行っちゃダメじゃん! あたし洗い場で水桶を貰ってくるよ!」
アリスがセーレの羽の存在を思い出し、一緒に洗い場へ行くのを止めてひとりで水桶を取りに部屋を出て行った。
アリスが水桶を取りに行った場所は公衆の洗い場であり、地球では浴場に相当している。
この惑星では洗い場にはサウナが付いており、まずサウナで体を温め、汗を流してから水を大量に湛えた水槽から水桶に適時水を汲み、布を濡らして体を拭いたり、水を被ったりする。
ちなみにターミナの宿屋も似たようなものであったが狭いため、使うサウナは男女一緒であり、時間ごとに交代していた。
以前ターミナの宿屋のおかみさんがコロナダイトを大量に買いだめしていたのも、もとはこのサウナのためでもある。一月位はコロナダイトの発熱力は持つのであるが、それ以上経つと急激に劣化するため、定期的に追加投入して温度の低下を防ぐためでもあった。
「ただいま。ほい、マリア」
「了解」
アリスが戻り、マリアに水桶を渡すとマリアが水桶目掛けて魔法を発動する。するとすぐに水桶は水でいっぱいになった。
「どうせだったらみんなで使おうよ」
「そうしよっか」
なみなみと注がれた水は、実は神樹によって加護を受けたマリアの魔法水、すなわち『神樹のしずく』である。マリア本人は気付いていないが、セーレは言いだしっぺのため知っており、だからこそマリアに魔法で出してもらったのである。
『神樹のしずく』で体を拭いた三人は、さっぱりと汚れと疲れを落とし、それから食事の時間までのんびりと過ごす。
「あ、もうご飯の時間だよ」
「今日はどんなご飯だろうね。楽しみだな~」
「きしゃあ……。人間の食べ物って始めてだよ~。緊張する~」
こうして三人は食事を取り、その後は翌日の予定を少し決めて早めに就寝する。
この日はセーレが初めて森の外に出て人間界へ触れた日であり、彼女が肉や魚が苦手だと判明した日でもあった。
☆~~~~~~~~~~~~~~☆
翌朝になり、マリアたちは『コメ』を売っているという物産店へと移動する。勇也から金がかかってもいいといわれているため、持てるだけ持って帰ろうと意気込んでいた。
「ここかな?」
「あれじゃない? なんか結構いっぱいあるよ。どれだろうね?」
「……きしゃあ。ひからびてる~」
店先で相談しあう少女三人に気付いた店主が声を掛けてきた。
「いらっしゃい。なにかお探しかい?」
「あっ、すいません。兄から『コメ』を買ってくるように言われてきたんですが。どれか迷ってしまって……」
「ん、どんな用途に使うんだい? ウチはあちこちから輸入した商品をいろいろと売ってるからね。用途によって種類がそれぞれ違ってくるんさ」
「ええと、確か……」
顎に人差し指を当てて思い出すマリア。だがマリアが思い出す前に、横からアリスが店主へ返事をした。
「なんでも『炊いて食べる』とか言ってました。それ用の『コメ』が欲しいんですけど。あのホテルのご飯みたいに茹でて食べないみたいです」
「……ふむ。『炊く』というのは良くわからんが……。まあ、食用ならあのホテルで出しているものと同じ物と、あとはコイツかな。これは結構粘りが出るんだ。茹でないとべたべたしてしまうから気をつけて」
この世界、実は『炊く』という概念は無い。ホテルはコメを煮て出してきたし、マリアたちもそういう食べ方の物だと思っている。
「じゃあ、普通のとその粘り気のあるものも少し下さい」
「よしきた。どれ位欲しいんだい?」
マリアはターミナで買ってあった米用の袋を取り出した。かなり大きいサイズで、コメを入れたら大体一俵位あるだろう。
「これにいっぱい詰めて欲しいんです……」
「それは構わないが、そんなに持てるのかい?」
ここでおねだりアリスが前に出てくる。
「うん! おじさん! もう詰めるだけつめて! お兄ちゃんを喜ばしたいの!」
「おお、なんて兄思いの妹さんたちなんだ……」
そして不思議な空気に包まれる。店主は涙を浮かべながらコメを袋に詰めていた。
(……だからなんであれで泣くのかなあ?)
(マリア! しーーっ!)
アリスに肘で小突かれたマリアはあわてて余所見をし、アリスは店主へと交渉を再開した。
「それでね……、おじさん……。いくらになるかなあ? お兄ちゃんにたくさん食べさせてあげたいの。でもおこずかい少ないからそんなに払えないの……」
アリスは悲しそうにうつむく。そしてマリアは笑いそうになってうつむく。
一方セーレは物珍しそうにきょろきょろしており、時折商品を手にとっては不思議そうな顔をしている。なぜならセーレは幼体のときから生で葉っぱなどを食べており、枯れている商品を食べると言った勇也に対して不思議に思ったからである。
店主が鼻をすすりながら金額を言った。
「ぐすっ……、それじゃあ、お嬢ちゃんの優しさに免じて全部で10万カーネでいいよ。本当は18万カーネなんだけど構わないから持ってお行き。それとこっちはこの袋の分、タダでいいから……」
「……あ、ありがとう。おじさん……わ、わたし……、この店に来て良かった……」
アリスがわざとらしく目を擦りながら答える。実際アリスと店主の二人だけなら感動の場面であったろう。しかしマリアは笑いをこらえるのに必死であり、セーレは退屈そうにあくびをしていた。
そのマリアやセーレの態度に店主が気付いていないところを見ると、やはりアリスのおねだりスキルはそこそこ高ランクであり、独特の雰囲気がアリスのスキルによって出されたことが伺える。
だがターミナでアリスは服を買うのに女性の店員にはスキルを出していない。これはスキルの発動条件が『他の客がおらず、店員が男性に限る』からである。便利そうに見えても条件が揃ってこそのスキルであった。
そして、スキルによって安く、大量に『コメ』を手に入れたアリスに、過酷な現実が立ちふさがる。
「はい、お嬢ちゃん。これでいいかい? 重いから気をつけなよ……」
「えっ? う、うん……」
「じゃあ、いっせーのでいくよ……」
「きしゃあ……おもそう……」
目の前にはいっぱいに詰められた『コメ』の袋が横たわり、三人で持ち上げるところであった。
「いっせーの…」
「せっ!」
「きしゃああああ」
なんとか持ち上げる三人。重さ的には大体20kgほどであろうか。
「じゃあ……」
「お・も・い~」
「おじ……さ……ありが……」
マリアがなんとか挨拶をし、コメ袋を抱えて店を出る三人。
ふらふらとしながら、何度か下ろして休憩を挟み、手伝おうとする人にお断りを入れながら、三人はようやく人気のない場所へとたどり着く。
「急ごう!」
マリアが急いで圧縮ソケットをコメ袋に取り付け、圧縮ボタンを押すと、瞬く間にコメ袋がカプセル内に納まる。
「ふい~」
「ボク、もうつかれたよ~」
「人前で圧縮が出来ないのが難点だね……。すこし休んでから金物屋に行こうか?」
「賛成!」
「まりあ~。みず~」
セーレは慣れない人間界にいる所為か疲れた顔をしている。マリアは素直に水魔法でタオルを濡らし、セーレに手渡す。
「きしゃああ~。きもちいい~」
顔を拭いているセーレにアリスが風魔法で乾かす。
「きしゃあああ~。さむいよ~」
「あはははは」
「アリス、私にもやって~」
「ほい」
「うわああぁ! ホントに寒い!」
こうして楽しく休憩した後、金物屋で調理器具を買い、一行はターミナを目指す。
その道中でまた仇敵と会うことになるとは、この時点では誰も予測できなかった……。




