第十五話 おばか姫降臨
林まで弾かれ、気を失っていたモバーンが意識を取り戻したのはサラ姫が撤退した頃である。
彼はベア・ボアの突進を受け、腹部に裂傷を負い、さらには木に頭をぶつけて気を失ったのであった。
幸いにも腹部の傷は深くなく、更に勇也から受け取ったハイ・ヒールペーストの効果もあって、今では完全に回復している。
復活し、部隊と合流しようと林から出たモバーンが見たのは信じられない光景であった。何しろ見知った青年、しかもちょっと変った印象しかない青年が光る剣でベア・ボアを真っ二つにしていたのだから。
そんな青年の次の行動もモバーンにはよく分からない事だった。ボス・ベア・ボアが身構えたときに、二人の少女に黒いカタマリを渡したからである。
そしてモバーンは黒いカタマリを受け取った二人の少女がそれから光線を出し、その直撃を受けたボス・ベア・ボアが大きく悲鳴を上げ、動かなくなるのを見たのだ。
モバーンは少女が軽々とボス・ベア・ボアを仕留めたことが信じられなかった。
そのあと青年が、動かなくなったボス・ベア・ボアに光る剣で止めを刺す。あっさりとボス・ベア・ボアの首が落ち、大量の血が流れる。そして聞いたのだ。
――サイテックの科学力と……。
モバーンは思う。本当に、彼は何者なんだろうか……と。
三人はモバーンが見ていることに気付いておらず、はしゃいでいる。
「よーし、剥ぎ取るぞ!」
「「うん!!」」
ボス・ベア・ボアを仕留めた勇也たちは、そのまま解体作業に入る。
首を落とし、血抜きをしたボス・ベア・ボアの皮を剥ぐ。実に慣れた手つきであった。勿論、これはスキルのおかげである。
「こんなもんかな……。マリア、肉も取るか?」
「……もちろん」
「こんなに食べ切れなーい」
うれしそうに二人が答える。
「わはははは! ロース、ヒレあたりのブロックでいいか。おっと、バラ肉も持っていこう」
「えへへ~、持ちきれないね~!」
「……がんばって持ち帰ろ!」
ベア・ボアの死体が転がる中心で、少女が大きな生肉を袋に詰めている姿が実にシュールであった。
意を決して、モバーンが勇也に近づく。
「わはははは! 大漁大漁!」
「よお、兄ちゃん」
「えっ?」
勇也が振り向くと、そこには遺跡で見張りをしていた男が立っていた。
「随分な荷物だな。どうしたんだ、それ?」
一部始終を知っててモバーンは勇也に問いかける。出方を見るためだろう。
「えーっと、あ、ああ、なんか偶然倒せたんで、持って帰ろうかなーって…。あはは……」
「ほう、偶然……ね」
モバーンがいぶかしげに勇也をみつめる。二人のやりとりを見たアリスが勘違いして割って入る。
「お、おじさん! これは本当にあたしたちが倒したんだから! あげないよ!」
「残りは持っていっていいよ……」
モバーンは少女に食って掛かられた事に面食らって、うっかりと本音を漏らしてしまう。
「お、おお……。いや、肉が欲しいんじゃなくてだな。俺は見てたんだ。お前たちがベア・ボアを蹂躙していくのを……な」
それを聞いた勇也が驚く。
「げーっ! マジっすか?」
「ああ、全部見てたぞ。で、一体何なんだ? その『光る剣』とか『光る弓矢』みたいなのは?」
「……レーザーブレイドとコスモガンのこと?」
マリアがモバーンに答える。アリスも続く。
「へへ~、すッごい強いんだよ~。おじさん、あげないからね!」
その二人を見た勇也は頭を掻きながら、
「……しまった。口止めしとくんだった」
と、ぼやくのだが、それを聞いたモバーンがはっきりと勇也に言う。
「いや、今更だぞ。俺は全部見ていたって言ったろ。で、もう一度聞くけど……何だ、あれ? サイテックがどうのって言ってたろ?」
勇也は、はあ~っとため息をつき、覚悟を決めて正直に話し始める。
「ああ、まあ兵隊さんにならいっか…。俺ワケアリでして、サイテックの超古代技術に詳しいんすよ。それでごみ山で材料集めて作ったんす……」
作ったと聞き、驚くモバーン。
「な、これ、作ったのか?」
「はあ、部品集めて加工して……」
「それでごみを漁ってたのか……」
「まあ、そんなわけで内緒にして欲しいんですけど。ついでに遺跡に入りたいんですけど……」
ちゃっかりと二つお願いをしてみる勇也だったが、あっさりと却下されてしまった。
「ダメ。ちゃんと許可を貰え。それと内緒にするのはどうだろうな。こんだけ派手にやってちゃあ……。まあ、誰も信じないかもしれんが……」
なるべく努力するとモバーンは言ってくれるが、本人は唸っている。言い訳を考えているのであろう。
「まあ、なんとかお願いします。目立ちたくないんで」
「こんだけ暴れたお前が言うな!」
サラ姫率いる第一部隊を撤退させた魔獣の群れ相手に、無双して全滅させるばかりか、ボスをも討ち取ってしまった勇也の発言に心底呆れるモバーンであった。
「あのボスの首といい、真っ二つになったベア・ボアといい、言い訳が思いつかんわ!」
実際に槍装備の兵士では首を落としたり、ましてや胴体を真っ二つには出来ない。モバーンが悩むのも無理ないことであった。
「ま、期待しないでくれよ。優秀な冒険者でもいたのかも…とでも言っておく」
「助かります。ああ、兵隊さん」
「モバーン」
「えっ?」
いきなり知らない名前が出てきて勇也は面食らう。
「俺はモバーンだ。知らない顔でもないし、お前さんの名前を教えてくれ」
「あ、ああ。失礼しました。俺はユーヤ。コシロ・ユーヤです。モバーンさん」
何度か顔を合わせていたにもかかわらず、これがお互い初の自己紹介であった。
「そうか、よろしくな。ユーヤ」
モバーンは笑顔で挨拶してきた。ふと思い出した勇也は、漸く名前を知ったモバーンに聞きたかったことを質問する。
「モバーンさん、まだごみ山はありますか? また探し物したいんですけど」
「まだ足らないのか。まあ心配するな、ちゃんと残ってるよ。誰かさんが漁りに来そうなんでな」
「おーっ! 助かります!」
そう言って勇也はモバーンに笑顔を見せる。そしてモバーンも笑顔を返して言った。
「まあ、俺はもう行くぞ。面倒にならんうちにさっさと戻れ」
「了解です。じゃあ、マリアにアリス、挨拶して帰ろう」
そういって勇也は二人を促すと、
「おじさん、さよーなら」
「……残った肉…お礼にあげる」
そう言って三人は宿屋へ戻ったのであった。
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三人が宿屋に着いた頃、すでに夕食時であった。
「おかみさーん!これ、おみやげです」
勇也はそう言ってボス・ベア・ボアの肉をおかみさんに渡す。
「あれ、またかい? またずいぶんたくさんだねぇ……。これはボアの肉だね。ありがとう」
「いえいえ~。で、コイツも料理して欲しいんですよ」
「ええっ! 今日はもうお兄さんから貰ったもも肉のソテーとシチューを振舞っちゃってるよ」
「ああ、当然明日からでいいですよ」
「なんだそうかい。びっくりしたよ」
おかみさんは苦笑しつつテーブルを指差す。
「それよりもお腹すいたろう。すぐに準備するから座って待ってておくれ。早くしないとシチューが食べられちゃうよ」
仕留めた本人が食事にありつけない時ほど悲しいものは無い。勇也たちはあわてて席に着いた。
「それは大変だ」
「おなかぺこぺこ~」
「……いいにおい、楽しみ」
勇也たちが席に着くと、周りには若い冒険者集団が皆食事中であった。なかなかの盛況ぶりのようだ。
「はいよ、おまたせ。お兄さんが仕留めたんだからたくさん食わなきゃね」
その声に周りの集団が一斉に勇也たちをみる。ちょっと恥ずかしい。
「いやいや、たまたまですよ」
異世界で日本人全開の謙遜ぶりを発揮する勇也であったが、今はひとりではない。
「えへへ~」
「……楽勝」
勇也は小さな胸を張る少女二人に注意しようとしたが、二人は早速出されたシチューにとりかかっており、タイミングを掴み損ねる。ふいに隣から声がかかった。
「この肉、キミが仕留めたの? ごちそうさま」
勇也が声のした方を向くと、そこには丁度同い年位の若い冒険者の四人パーティーがおり、皆勇也に挨拶をしてきた。
『戦士』『シーフ』『魔法使い』『補助士』の四人パーティーらしく、昨日まで見なかった顔だ。恐らく今日着いたのだろう。
ちなみに戦士とシーフは女性で、魔法使いは筋骨隆々の屈強な男である。補助士の彼はもやしっ子だ。このパーティーで大丈夫なのだろうかと心配になる勇也であった。戦士の少女が口を開く。
「私達は今日ギルドに登録したばっかりなんだ。一応まだ学生だから、この大陸からは出られないけどね」
この大陸のギルドは、王都には無くここターミナにある。理由は港や、草原、山脈、大森林の中心に位置し、他国からの冒険者を迎える利便性を優先しての事であった。他には王都にむやみに他国の冒険者を入れたくは無いというのもあるのだが。
「へぇ、そうなんだ。学生でも登録って出来るんだね」
「うん、一応そういうコースで履修してるんだ。これから実習なんだけど……」
不安そうなシーフの少女に魔法使いの男子が同意する。屈強そうに見えて気が弱いのかもしれない。
「僕も不安でしょうがないよ。ボス・ベア・ボアがでて王都で討伐隊が動いたらしいし……」
もやしっ子も口を開く。
「僕はもっと怖いこと聞いたよ。サーベルタイガーがでたらしいじゃないか……」
一様に不安を口にする彼らに苦笑する勇也だったが、サーベルタイガーの話のくだりでマリアとアリスの二人がピクリと反応したことを見逃さなかった。
「マリア、アリス」
勇也はやさしく二人に呼びかけると力強く言った。
「大丈夫だ。俺がついてる」
勇也の話を聞いた二人はうなずくと、安心したように食事を再開した。
それをみて安心した勇也が戦士の少女に話しかける。
「ところで、みんなはこれからどうするんだい? サーベルタイガーもボス・ベア・ボアももう討ち取られているみたいだけど?」
「「「「えっ!!!!」」」」
「あ、あれ? 知らなかったの?」
一斉に驚き、勇也の方に顔を向ける四人。それもそのはず、サーベルタイガーはともかく、ボス・ベア・ボアはつい先程勇也によって討ち取られているのだから。
(――しまった。これじゃ俺がやったってバラすようなもんじゃないか)
後悔する勇也だったが、またも空気を読める少女マリアが助け舟を出してくれる。
「……王都からの討伐隊がきっと討ってるはず」
「そうだよ。今頃終わってると思うよ」
王都から討伐隊が出るというので、ここターミナはこの日、大森林への通行を禁止していた。勇也たちは港町タミールにいたため情報が入っておらず、禁止令を無視してあっさりとボス・ベア・ボアまでも討ち取ってしまったのだ。四人組が安心したように口を開く。
「そ、そうだよ、よかった~」
「これで安心して王都に帰れるね」
「王都から討伐隊が出てるなら確かにもう終わっているよね」
「きっとサラ姫様が討ち取ってるに違いないよ」
「いいや、わらわは知らんぞ」
「ですよねー」
「「「「えっ!!!!」」」」
またも一斉に驚き、声のするほうに顔を向ける四人。
視線の先には、苦笑いを浮かべる兵士と共に、煌くオレンジのドリルヘアーを揺らし、白地に銀の刺繍の入ったシャツと、ぴっちりとしたラインのパンツを着た、豊かな双丘を胸に称える、通称『おばか姫』と呼ばれるお姫様、
『サラ・マム・ドリア・トキーノ』本人がそこにいた。
返り血は……浴びてないんや! 彼はキレイな身体なんや! 絶対そうなんやーっ!




