099 えらべる楽しみ
――えらべる楽しみ――
スープに、バーガー。
それから、厚切りベーコンを挟んだパン。
売ってみたい料理が、ようやく三種類に決まった。
もちろん、まだ試作もしていないし、値段も決まっていない。
それでも、頭の中で考えていたものが少しずつ形になっていくのは、とても楽しい。
ぼくは、四輪屋台を見上げた。
スープには、小鍋。
お肉を焼くときには、行商人のおじさんからおまけでもらったプレート。
必要な道具も、だいぶ揃ってきた。
でも。
料理のことを考えているうちに、もう一つ欲しいものを思い出した。
「……あっ!」
ぼくは、八百屋のおじさんを見上げた。
「おじさん!」
「ん? どうした?」
「あとね、しんせんなたまごもほしいの!」
「……卵?」
「うん!」
八百屋のおじさんが首を傾げた。
「卵も料理に使うのか?」
「そう!」
「スープに入れるのか?」
「ううん!」
ぼくは首を振った。
「ばーがーとかに、ついかできるようにするの!」
「……追加?」
「うん!」
肉屋のおじさんも、興味深そうにこちらを見た。
「肉と野菜だけじゃなくて、卵も挟むのか?」
「そう!」
「なるほど。そりゃうまそうだな」
「えへへ!」
でも。
ただ卵を挟むだけじゃない。
ぼくは、指を一本立てた。
「めだまやき!」
「おう」
二本目。
「おむれつ!」
「……ほう」
三本目。
「すくらんぶるえっぐ!」
「……すくらんぶる?」
肉屋のおじさんが、聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「なんだ、それ?」
「あのね!」
ぼくは、両手を動かした。
「たまごを、まぜながらやくの!」
「……混ぜながら焼く?」
「うん!」
「炒り卵みたいなものか?」
「そう!」
「なるほどなぁ」
八百屋のおじさんも頷いた。
「目玉焼きとオムレツ、それから炒り卵か」
「うん!」
「それを、好きなように選べるわけだな?」
「そう!」
ぼくは、嬉しくなって笑った。
同じバーガーでも。
卵を入れないもの。
目玉焼きを挟んだもの。
オムレツを挟んだもの。
スクランブルエッグを挟んだもの。
いろいろな食べ方ができる。
それに。
ベーコンを挟んだパンにも、卵は合うはずだ。
「……なるほど」
行商人のおじさんが、腕を組んだ。
「坊主。それは新しい料理を三種類増やすってことじゃないんだな?」
「……?」
「今ある料理に、卵を追加できるようにするってことか?」
「そう!」
「もちろん、追加するなら、その分のお金ももらうんだろ?」
「うん!」
おじさんは、感心したように頷いた。
「面白いな」
「そう?」
「ああ。卵がいらない客は、普通のバーガーを買えばいい」
「うん!」
「卵が欲しい客は、追加料金を払って好きな焼き方を選ぶ」
「そう!」
「それなら、基本の料理を増やさなくても、客の好みに合わせられるわけだ」
「えへへ!」
肉屋のおじさんも笑った。
「つまり、同じ肉と野菜を挟んだパンでも、卵を入れるかどうかで違う味になるんだな」
「うん!」
「そりゃ、選ぶのが楽しそうだ」
「そうでしょ!」
ぼくは、思わず胸を張った。
でも。
行商人のおじさんは、少し考えてから口を開いた。
「ただし、坊主」
「ん?」
「考え方はいいが、三種類とも本当に選べるようにするかは、試してから決めた方がいいぞ」
「……どうして?」
「作る手間が違うからだ」
「……てま?」
「ああ。例えば、目玉焼きとオムレツとスクランブルエッグを、別々の客が同時に頼んだらどうする?」
「……あっ!」
ぼくは、少し考えた。
まず、注文を聞く。
それから、お金を受け取る。
パンに挟むお肉も焼かないといけない。
野菜も用意する。
スープを頼む人がいたら、スープもよそう。
そのうえ。
卵を三種類、別々の焼き方で作る。
「……たいへんかも」
「だろ?」
おじさんが笑った。
「しかも、卵は焼き方によって使う道具や時間も変わる」
「うん……」
「お母さんに手伝ってもらうとしても、一度にできることには限りがあるからな」
「そうだね!」
ぼくは、屋台を見た。
小さな屋台。
広いお店とは違う。
道具を置ける場所も、料理を作れる場所も限られている。
ぼく一人では、熱いプレートも扱えない。
「だから、まずは三種類とも試作してみるといい」
「うん!」
「どれくらい時間がかかるのか。どれくらい手間が違うのか」
「うん!」
「それを確かめてから、試験営業で何種類出すか決めればいい」
「なるほど!」
「もし忙しすぎるようなら、最初は目玉焼きだけにする方法もある」
「……そっか!」
「慣れてから増やしたっていいんだからな」
「うん!」
全部を最初から用意しなくてもいい。
まずは、できることから。
それで、お客さんに喜んでもらえたら。
少しずつ、増やしていけばいいんだ。
「……えへへ」
そう考えると、なんだか気持ちが軽くなった。
「ところで、坊主」
八百屋のおじさんが声を掛けてきた。
「ん?」
「卵なら、うちよりも農家から直接買った方がいいかもしれないぞ」
「……のうか?」
「ああ。この町の近くにも、鶏を飼ってる家があるからな」
「ほんと!?」
「毎日卵を産むから、少し分けてもらえるかもしれない」
「……じゃあ!」
ぼくは、八百屋のおじさんを見上げた。
「しょうかいして!」
「ははっ! そう来ると思ったよ!」
おじさんが笑った。
「いいぞ。知り合いの農家に聞いてみてやる」
「やった!」
「ただし、まだ買う数は決まってないんだろ?」
「うん!」
「だったら、まずは少量からだな」
「そう!」
「卵も、ずっと置いておけるものじゃないからな」
「うん!」
新鮮な卵。
できれば、営業する日に必要な分だけ買いたい。
でも。
一日に何個使うかは、まだ分からない。
卵を追加してくれるお客さんが、どれくらいいるのかも分からない。
だから、最初からたくさん買うのは危ない。
「それに、卵も扱い方には気をつけろよ」
八百屋のおじさんが続けた。
「ん?」
「割ったまま長く置いたり、生の卵が付いた手で出来上がったパンを触ったりしないようにな」
「うん!」
「焼くときも、きちんと火を通すんだぞ」
「わかった!」
卵を焼くのも、おかあさんにお願いしないといけない。
試作するときには、ちゃんと相談しよう。
「……しかし」
肉屋のおじさんが、何かを思いついたように笑った。
「ん?」
「坊主。だったら、俺のベーコンの上に目玉焼きを載せることもできるわけだな?」
「うん!」
「厚切りのベーコンをカリッと焼いて……」
「うん!」
「その上に、目玉焼きか」
おじさんは、少し黙った。
そして。
「……それ、俺が食いたいな」
「えへへ!」
ぼくは、おじさんを見上げた。
「おきゃくさん、だいいちごう?」
「おっ!」
おじさんが笑った。
「そうだな。最初の客になってやろうか!」
「やった!」
「じゃあ、そのときは一つ頼むぞ」
「うん!」
ぼくは、大きく頷いた。
「おかねも、わすれないでね!」
「……えっ?」
おじさんの笑顔が止まった。
「金、取るのかよ!」
「おみせだからね!」
「ははははっ!」
行商人のおじさんが、大きな声で笑った。
雑貨屋のおじさんも、肩を揺らしている。
「そりゃそうだ! 坊主だって商売なんだからな!」
「くそっ、一本取られた!」
肉屋のおじさんは、苦笑しながら頭をかいた。
「分かったよ。ちゃんと払ってやる!」
「えへへ!」
みんなが笑っている。
ぼくも、嬉しくなって笑った。
「……そういえば」
雑貨屋のおじさんが、屋台に積んである道具を見た。
「卵を焼くなら、あのプレートも使うことになるな」
「うん!」
行商人のおじさんから、おまけでもらったプレート。
挽肉を焼くのにも。
ベーコンを焼くのにも。
そして、卵を焼くのにも使えそうだ。
「ただ、同じプレートで全部作るとなると、順番も考えないとな」
「……じゅんばん?」
「ああ。肉を焼いて、卵を焼いて、また肉を焼いて……となったら、忙しいだろ?」
「……うん!」
「それに、違う料理を作る前には、汚れを落としたり、道具を替えたりする必要もある」
「なるほど!」
行商人のおじさんも頷いた。
「プレートがあるからって、何でも一度に作れるわけじゃないからな」
「うん!」
「でも、試作するには十分役立ちそうだ」
「そう!」
ぼくは、プレートを見た。
買ったときには、おまけでもらえて嬉しかっただけだった。
でも、今は違う。
このプレートで、いろいろな料理を作れるかもしれない。
「……えへへ」
早く使ってみたいな。
「それにしても、坊主」
行商人のおじさんが、腕を組んだ。
「ん?」
「お前さんの店、料理の種類はそれほど増えてないのに、選べるものが増えてきたな」
「そう?」
「ああ」
おじさんは、指を折りながら話し始めた。
「基本は、スープとバーガーとベーコンサンド」
「うん!」
「そこに、卵を追加できるようにする」
「そう!」
「しかも、卵はバーガーにもベーコンサンドにも使える」
「うん!」
「材料を一種類増やすだけで、組み合わせがいくつもできるわけだ」
「えへへ!」
おじさんは、楽しそうに笑った。
「面白い考え方だな」
「そう?」
「ああ。でも、その分だけ注文の聞き方も考えないといけなくなるぞ」
「……ちゅうもん?」
「例えば、バーガーを一つ頼まれたら、卵を追加するか聞くんだろ?」
「うん!」
「追加するなら、どの焼き方にするかも聞く」
「そう!」
「それを間違えずに覚えて、ちゃんと作って渡さないといけない」
「……あっ!」
そうか。
お客さんが増えたら、誰が何を頼んだのか分からなくなるかもしれない。
「……うーん」
ぼくは、少し考えた。
前に、屋台のお手伝いをしたとき。
注文を紙に書いてもらったことがあった。
あれなら、間違えにくいかもしれない。
「……かみに、かいてもらうのは?」
「おっ?」
行商人のおじさんが、目を細めた。
「前にやってた注文票か?」
「うん!」
「なるほどな。確かに、それなら分かりやすいかもしれん」
「えへへ!」
「ただ、文字が読めない客もいるだろうし、書き方も考えないとな」
「うん!」
前にやったことを、今度のお店でも使えるかもしれない。
そう思うと、なんだか嬉しい。
「まあ、まずは料理を作ってみることだな」
「うん!」
「どんな味になるか。どれくらい時間がかかるか。材料代はいくらになるか」
「うん!」
「それを確かめてから、注文の仕方も決めればいい」
「わかった!」
ぼくは、四輪屋台を見上げた。
まだ、お店を開く日は決まっていない。
パンも、肉も、野菜も、卵も。
何一つ、注文していない。
おかあさんにも、これから相談しないといけない。
それでも。
売ってみたい料理は、少しずつ決まってきた。
温かいスープ。
柔らかい丸パンのバーガー。
厚切りベーコンを挟んだパン。
そして、好きな人には追加できる卵。
「……えへへ」
同じ料理でも、ちょっとだけ自分の好きな味にできる。
そんなお店になったら、きっと楽しい。
ぼくは、もう一度プレートを見た。
早く、作ってみたい。
「……たのしみ!」
思わず声に出すと、行商人のおじさんが笑った。
「ははっ! 坊主は本当に楽しそうだな!」
「うん!」
だって。
考えるたびに、作ってみたいものが増えていくんだ。
まだ何も売っていないのに。
ぼくのお店は、もう少しだけ賑やかになった気がした。




