097 保存食と新鮮な食材
――保存食と新鮮な食材――
買ったばかりの四輪屋台を見上げる。
まだ何も並んでいないけれど、頭の中では、少しずつお店の形ができあがっていた。
温かいスープ。
具材を挟んだ二種類のパン。
それから、ぼくが作ったあみぐるみ。
どれも売ってみたい、大切な商品だ。
でも。
お店を開くためには、まだ決めないといけないことがたくさんある。
特に、料理に使う材料。
パンの種類と仕入れる数は決まったけれど、中に何を挟むかは、まだ考えているところだった。
屋台を眺めていると、行商人のおじさんが声を掛けてきた。
「しかし、坊主。食べ物とあみぐるみを一緒に売るってのも、面白い考えだな」
「そう?」
「ああ。客がいない時間には、あみぐるみを作ることもできるしな」
「うん!」
「まあ、どちらも売りたいって気持ちは分かったよ」
おじさんは笑った。
「ただ、料理の方はまだ決めることが多そうだ」
「うん!」
「そういえば、パンに挟む具材はまだ考えてるって言ってたな」
「うん!」
「じゃあ、スープの材料はどうするつもりだ?」
「あっ!」
それなら、もう考えてある。
ぼくは、屋台に置くために用意した保存容器を指差した。
「すーぷのざいりょうは、ほぞんしょくでつくるつもりだよ!」
「……保存食?」
「うん!」
「なるほど。乾燥豆や乾燥肉みたいなものか?」
「そう!」
行商人のおじさんが頷いた。
「確かに、スープなら相性がいいな」
「うん!」
「乾燥した材料も、水で戻して十分に煮込めば柔らかくなるものが多い」
「そう!」
ぼくは、嬉しくなって頷いた。
前にスープを作ったときも、乾燥した材料を使った。
最初は硬くても、水を吸わせて煮込めば食べやすくなる。
もちろん、材料によっては下ごしらえも必要だし、煮込む時間も違う。
でも。
保存できる材料なら、売れなかった日に全部使い切らなくてもいい。
「……なるほどな」
雑貨屋のおじさんも頷いた。
「スープの材料は、ある程度まとめて仕入れておけるわけか」
「うん!」
「毎日どれくらい売れるか分からなくても、生の材料ばかり使うよりは無駄を減らせそうだな」
「そう!」
行商人のおじさんは、少し考えてから言った。
「ただし、乾燥したままなら長く保存できても、スープにした後は別だぞ」
「うん!」
「作ったものを何日も置いておけるわけじゃない。最初は作る量も少なめにしておけよ」
「わかった!」
「よし」
おじさんは満足そうに頷いた。
「それなら、スープの材料は俺のところで相談できるな」
「うん!」
「で、パンの具材は?」
「……あっ!」
ぼくは、くるっと振り返った。
さっきから、こちらの話を聞いていた人たちがいる。
肉屋のおじさん。
それから、八百屋のおじさん。
二人とも、何度かこちらを見ていた。
ぼくは、小さな足で二人のところへ向かった。
「こんにちは!」
「お、おう!」
肉屋のおじさんが、少し驚いたように返事をした。
「こんにちは。どうしたんだい?」
八百屋のおじさんも、こちらを向いた。
「えへへ」
ぼくは、二人を見上げた。
「ぱんにはさむものはね!」
「……おう」
「しんせんなものを、つかいたいの!」
「……新鮮なもの?」
「うん!」
まず、肉屋のおじさんを見る。
「だから、おにく!」
「……肉?」
「うん!」
それから、八百屋のおじさんを見る。
「それと、おやさい!」
「……野菜か!」
「そう!」
二人は、顔を見合わせた。
「……なるほどな」
肉屋のおじさんが、腕を組んだ。
「つまり、坊主の屋台で使う肉を、うちから仕入れたいってことか?」
「うん!」
「こっちは野菜だな?」
八百屋のおじさんも尋ねた。
「そう!」
「ははっ! 今度は俺たちの番か!」
肉屋のおじさんが笑った。
「さっきから、何を相談してるのかと思って聞いてたんだよ」
「えへへ」
「雑貨屋ではパンを仕入れて、行商人からは保存食。それで、具材は俺たちのところから買おうってわけだな」
「うん!」
八百屋のおじさんも笑った。
「面白いことを考えるなぁ」
「えへへ!」
でも。
まだ、何のお肉を使うかは決めていない。
野菜も同じ。
だから、今日は買うものを決めるための相談だ。
「それで、坊主」
肉屋のおじさんが尋ねた。
「ん?」
「肉は毎日買うつもりなのか?」
「……ううん!」
ぼくは首を振った。
「おみせをひらくひに、つかうぶんだけ!」
「……なるほど」
おじさんが頷いた。
「営業する日に、必要な分だけ仕入れるわけだな」
「うん!」
「そりゃいい。最初から大量に買っても、売れ残ったら困るからな」
「そう!」
お肉は、保存食とは違う。
新鮮なうちに使わないと、傷んでしまう。
たくさん買った方が安くなることもあるかもしれないけれど。
売れなかったら、その分が無駄になる。
「試験営業なら、なおさら少量からだな」
「うん!」
「何を作るか決まって、必要な量が分かったら教えてくれ」
「わかった!」
八百屋のおじさんも頷いた。
「野菜も同じだな」
「うん!」
「必要なものが分かれば、営業する日の朝に使う分を用意してやれるぞ」
「ほんと!?」
「ああ。ただし、何をどれだけ使うのかは、先に相談してくれよ」
「わかった!」
「その日に必ず欲しい野菜があるなら、早めに言ってもらった方が確実だからな」
「うん!」
ぼくは、嬉しくなって笑った。
「ありがとう!」
「ははっ。まだ売ってないぞ!」
「えへへ!」
すると、肉屋のおじさんが少し真面目な顔になった。
「ただし、坊主」
「ん?」
「肉を使うなら、気をつけなきゃいけないことがある」
「……なあに?」
「生の肉を触った手で、そのままパンを触っちゃ駄目だぞ」
「……どうして?」
「生の肉には、目に見えない汚れや、腹を壊す原因になるものが付いていることがあるんだ」
「……そうなの?」
「ああ。だから、生肉を触った後は、きちんと手を洗う。それから、肉を切る道具と、出来上がった料理を扱う道具も分けた方がいい」
「なるほど……」
ぼくは、じっと自分の手を見た。
小さな手。
この手でお肉を触って、そのままパンを触ったら……。
お客さんがお腹を壊してしまうかもしれない。
それは、嫌だ。
「それに、お前さんはまだ三歳だろ?」
「うん!」
「肉を切るような大きな包丁は使えないよな」
「つかえない!」
「だろうな」
肉屋のおじさんが笑った。
「だったら、使う肉が決まったら、必要な大きさに切って渡すことも相談できるぞ」
「ほんと!?」
「ああ。どんな形にしたいのか、先に教えてくれればな」
「ありがとう!」
それなら、おかあさんが料理を作るときの仕事も少し減らせるかもしれない。
でも。
お肉を切ってもらうだけで、全部が終わるわけじゃない。
火を通すこと。
使うまで傷まないようにすること。
生のお肉と、出来上がった料理を分けて置くこと。
どれも、きちんと考えないといけない。
「野菜も同じだぞ」
八百屋のおじさんが言った。
「ん?」
「新鮮な野菜でも、そのまま食べられるとは限らないからな」
「……そうなの?」
「ああ。土が付いてることもあるし、傷んだ部分が混じってることもある」
「うん!」
「使う前には、きちんと洗って確かめないとな」
「わかった!」
行商人のおじさんも、こちらへ近づいてきた。
「そういうことだ、坊主」
「ん?」
「料理は、味がよければそれでいいってものじゃない」
「うん!」
「お客さんが食べるものだからな。衛生管理だけは、失敗して覚えればいいなんて考えるなよ」
「……うん!」
おじさんの声は、いつもより少し真剣だった。
「商売で失敗して、銅貨を損することはあるかもしれん」
「うん……」
「でも、食べ物で失敗したら、お客さんが具合を悪くするかもしれないだろ?」
「……うん」
「だから、そこは必ず大人に確認してもらうんだ」
「わかった!」
ぼくは、しっかり頷いた。
おかあさんにも、ちゃんと相談しよう。
どんな料理を作るのか。
どうやって作るのか。
どこに材料を置くのか。
そして、安全に食べてもらうには、どうしたらいいのか。
一緒に考えてもらわないといけない。
「よし!」
行商人のおじさんが、いつもの笑顔に戻った。
「それで、肉屋と八百屋にも仕入れの相談ができたわけだな」
「うん!」
「これで、だいぶ準備が進んだじゃないか」
「えへへ!」
ぼくは、周りを見回した。
行商人のおじさん。
雑貨屋のおじさん。
肉屋のおじさん。
八百屋のおじさん。
みんな、ぼくの話を聞いてくれた。
まだ何をどれだけ買うかは決めていないけれど。
必要なものが分かったら、相談できる。
それだけでも、なんだか心強い。
「……しかし」
雑貨屋のおじさんが、ぽつりと言った。
「ん?」
「これ、坊主の店が一軒増えるだけの話じゃなくなってきたな」
「……?」
ぼくは、首を傾げた。
「どういうこと?」
おじさんは、周りのお店を順番に見た。
「坊主が営業するなら、まずパンが必要になる」
「うん!」
「それは、うちから仕入れるんだろ?」
「そう!」
「スープの材料は、行商人から買う」
「うん!」
「パンに挟む肉は、肉屋から」
「そう!」
「野菜は、八百屋から」
「うん!」
「そして、坊主の料理を買ったお客さんが、うちで飲み物を買ってくれるかもしれない」
「そう!」
おじさんは、そこで笑った。
「つまり、坊主の店が売れれば、俺たちの店にも売上が増える可能性があるんだ」
「……あっ!」
そうか。
ぼくがお店を開くために材料を買えば、それぞれのおじさんのお店でも商品が売れる。
そして。
ぼくのお店にお客さんが来れば、周りのお店にも立ち寄ってくれるかもしれない。
「……えへへ」
なんだか、嬉しい。
「さっき、坊主が言ってたろ?」
肉屋のおじさんが、笑いながら言った。
「ん?」
「知り合いが多ければ、何かあったときにも安心だって」
「うん!」
「でも、これなら逆にもなるな」
「……ぎゃく?」
「坊主の店がうまくいけば、俺たちにも得があるってことだよ」
「……あっ!」
「だから、俺たちだって、坊主の店が続いてくれた方が嬉しいんだ」
「そうなの?」
「ああ」
肉屋のおじさんは頷いた。
「もちろん、何かあったら助けるのは商売のためだけじゃないけどな」
「うん!」
「でも、お互いに商売がうまくいくなら、それに越したことはないだろ?」
「そう!」
八百屋のおじさんも笑った。
「こっちだって、坊主が野菜を買いに来てくれるなら嬉しいからな」
「えへへ!」
「まあ、まずは何を作るか決めてからだ」
「うん!」
「それで、本当に売れるかどうか試してみないとな」
「わかった!」
行商人のおじさんが、腕を組んだ。
「それにしても、坊主」
「ん?」
「お前さん、自分の店だけで全部済ませようとはしてないんだな」
「……?」
「必要なものに合わせて、仕入れる相手を変えてるだろ?」
「うん!」
「保存しやすいものは俺から。パンは雑貨屋から。新鮮な肉と野菜は、それぞれの専門の店から」
「そう!」
「そうやって、周りの店とつながりながら商売をしようとしてるわけだ」
ぼくは、もう一度みんなを見た。
みんな、違うものを売っている。
だから。
ぼくが欲しいものも、それぞれのお店で違う。
それだけのことだけど。
「……いいね!」
思わず声に出すと、行商人のおじさんが笑った。
「何がだ?」
「みんなのおみせで、かいものができるの!」
「……ははっ!」
おじさんが笑った。
「そうだな!」
雑貨屋のおじさんも頷いた。
「うちも、坊主が営業する日を楽しみにしてるぞ」
「えへへ!」
肉屋のおじさんが笑う。
「必要な肉が決まったら、ちゃんと言いに来いよ」
「うん!」
八百屋のおじさんも手を振った。
「野菜も忘れるなよ!」
「わかった!」
ぼくは、四輪屋台を見上げた。
まだ、料理は作っていない。
パンも注文していない。
肉も野菜も、何を使うか決めていない。
おかあさんにも、これから相談しないといけない。
だから。
本当にお店を開けるかどうかは、まだ分からない。
でも。
今日、話を聞いてくれた人が増えた。
協力してくれるかもしれない人が増えた。
ぼくのお店を楽しみにしてくれる人も、増えた。
「……えへへ」
少しずつ。
本当に、少しずつ。
ぼくのお店が、形になっていく気がした。




