093 一本のパンから、ふたつの商品
――一本のパンから、ふたつの商品――
パンを仕入れるときは、前の日までに注文する。
最初は五個で銅貨二十枚。
包み紙も五枚付けてもらえることになった。
これなら、お客さんに渡すときも困らない。
でも。
ぼくは、棚に並んでいるパンを見ながら、少し考えていた。
丸いパンもいいけれど。
ぼくが欲しいのは、もう少し違う形のパンだった。
「……ねえ、おじさん」
「ん? 今度はどうした?」
「ぱんなんだけどね」
「ああ。まだ何か決めておきたいことがあるのか?」
「うん!」
ぼくは、両手を前に出した。
そして、少し間を空けて、細長い形を作る。
「こういう、ほそながいぱんがいいの!」
「細長いパン?」
「うん! ふらんすぱんみたいなの!」
「……ふらんすぱん?」
おじさんが、不思議そうな顔をした。
「あっ」
そうだった。
この世界では、フランスパンという名前は通じないのかもしれない。
ぼくは、もう一度両手を広げた。
「えっとね、ながくて、そとがちょっとかたいぱん!」
「……ああ!」
おじさんは、何か思い当たったように頷いた。
「細長く焼いた、硬めのパンのことか?」
「そう!」
「それなら、町のパン焼きも作ってるぞ」
「ほんと!?」
「ああ。ただ、うちで普段売ってる丸パンとは大きさが違うからな」
おじさんは、棚のパンを一つ手に取った。
「こっちは一個ずつ食べるくらいの大きさだが、細長い方はもう少し大きい」
「うん!」
「だから、同じ値段では売れないぞ?」
「わかった!」
ぼくは頷いた。
大きさが違うなら、値段も違う。
それは当然だと思う。
でも、ぼくが欲しいのは、その細長いパンだった。
「それでね、おじさん」
「ん?」
「そのぱんを、はんぶんにきりたいの!」
「半分?」
「うん!」
ぼくは、両手で作った細長い形の真ん中を指差した。
「ここで、ふたつにするの!」
「……なるほど」
おじさんは、ぼくの手を見つめた。
「一本を二つに分けるわけか」
「そう!」
「それで?」
「ひとつずつ、うりたいの!」
おじさんは、少し驚いた顔をした。
「一本を半分にして、それぞれ商品にするのか?」
「うん!」
「……なるほどなぁ」
おじさんは、感心したように頷いた。
でも、ぼくにはもう一つお願いがあった。
「だからね、おじさん」
「うん?」
「ぱんひとつに、かみをにまいつけてほしいな!」
「……二枚?」
「うん!」
「一本を半分にするから、包み紙も二枚必要ってことか?」
「そう!」
おじさんは、しばらくぼくの顔を見つめた。
そして、ふっと笑った。
「ははっ。なるほど。ようやく分かったぞ」
「えへへ」
「さっき包み紙を欲しがったのは、そういうことだったんだな」
「うん!」
「それなら、最初からそう言ってくれればよかったのに」
「いま、ちゃんといったよ!」
「ははっ! 確かにな!」
横で聞いていた行商人のおじさんも笑っていた。
「一本のパンを二つの商品にするとはな」
「うん!」
「坊主、いろいろ考えてるじゃないか」
「えへへ」
雑貨屋のおじさんは、腕を組んだ。
「さて、細長いパンの値段だが……」
少し考えている。
「普段の丸パンとは違うからな。仕入れ値も変わる」
「うん!」
「そうだな。お前さんには、一本銅貨八枚で卸せると思うぞ」
「はちまい……」
ぼくは、指を折って計算した。
一本で八枚。
半分にしたら、二つ。
ということは……。
「ひとつ、よんまい!」
「おっ、早いな」
「えへへ」
「そうだ。半分にすれば、一切れあたり銅貨四枚になる」
それなら、さっきの丸パンと同じくらいの仕入れ値だ。
でも、形は違う。
細長いパンを半分にしたもの。
ぼくが考えている料理には、そっちの方が使いやすそうだった。
「それで、坊主」
「うん?」
「最初は三本くらいからにしてみないか?」
「さんぼん?」
「ああ。半分にすれば六つになるだろ?」
「うん!」
「最初の練習なら、そのくらいで十分だと思うぞ」
三本。
一本八枚だから……。
「にじゅうよんまい!」
「正解だ」
銅貨二十四枚で、六つ分。
これなら、最初からたくさん仕入れすぎる心配も少ない。
「……それで、おじさん」
「ん?」
ぼくは、にっこり笑った。
「つつむかみは?」
「…………」
おじさんが、ぴたりと動きを止めた。
行商人のおじさんが、横で吹き出す。
「はははっ! 坊主、そこは忘れないんだな!」
「だって、ひつようだもん!」
「そりゃそうだ!」
雑貨屋のおじさんは、呆れたように笑った。
「まったく。しっかりしてるなぁ」
そして、少し考えてから頷いた。
「分かったよ。一本につき二枚、包み紙を付けてやる」
「ほんと!?」
「ああ。三本なら六枚だ」
「やった!」
「ただし、前に話したのと同じ、簡単な包み紙だからな」
「うん!」
「それ以上の包装をしたいなら、別料金だぞ」
「わかった!」
ぼくは嬉しくなって、何度も頷いた。
細長いパンが三本。
半分にすれば、六つ。
包み紙も六枚。
全部合わせて、銅貨二十四枚。
これなら、一つずつ包んでお客さんに渡せる。
「……えへへ」
でも、雑貨屋のおじさんは、まだ何か気になることがあるようだった。
「それで、坊主」
「なあに?」
「パンを半分に切るのは、どうするつもりだ?」
「……きる?」
「ああ。細長いパンを切るなら、包丁が必要になるだろ?」
「あっ」
そうだった。
パンを半分にするには、刃物が必要だ。
でも、ぼくはまだ三歳。
大きな包丁を一人で使うわけにはいかない。
「おかあさんに、おねがいする!」
「それでもいいが……」
おじさんは、少し考えた。
「うちで半分に切って渡すこともできるぞ」
「……ほんと?」
「ああ。仕入れたパンを、渡す前に半分にしておけばいいんだ」
「そうなの!?」
「そのくらいなら、今回はサービスでやってやるよ」
「ありがとう!」
それなら、お店で切る必要がない。
おかあさんの仕事も、少し減らせる。
「ただし、坊主」
「うん?」
「自分の屋台で切りたいなら、必ず大人に頼むんだぞ」
「わかった!」
「包丁は危ないからな。お前さん一人では使うなよ」
「うん!」
おじさんは頷いた。
「じゃあ、最初は三本を半分に切って、六つにして渡そうか」
「うん!」
「包み紙も六枚付ける。それでいいな?」
「いいよ!」
「よし。決まりだ」
こうして、パンの仕入れについて、もう少し詳しい約束ができた。
細長いパンを三本。
それぞれ半分に切ってもらう。
全部で六つ。
包み紙も六枚。
値段は銅貨二十四枚。
前の日までに注文して、翌朝受け取る。
売れ残っても返品はできない。
ぼくは、頭の中でもう一度確認した。
「……うん!」
これなら、分かりやすい。
「しかし、坊主」
行商人のおじさんが、少し楽しそうに声を掛けてきた。
「ん?」
「一本を半分にするってことは、ただ小さくして売りたいわけじゃなさそうだな」
「えへへ」
「何か考えてるんだろ?」
「……ないしょ!」
「ははっ! また秘密か!」
「うん!」
おじさんは、にやりと笑った。
「まあいい。何をするつもりなのかは、店を開いたときに見せてもらおうか」
「うん!」
まだ、何を作るか決めたわけじゃない。
でも、細長いパンなら、いろいろな使い方ができそう。
何かを挟んでもいい。
焼き物用のプレートで温めてもいい。
ほかの料理と組み合わせることもできる。
ただし、加熱器は一台だけ。
おかあさんと二人で作れる量にも限りがある。
だから、何を売るかはちゃんと考えないといけない。
「……たのしみ!」
思わず声に出してしまった。
「そんなに楽しみか?」
雑貨屋のおじさんが笑った。
「うん!」
「ははっ。なら、まずはお母さんと相談してこい」
「わかった!」
ぼくは、買ったばかりの四輪屋台を見上げた。
ここに、細長いパンを使った料理を並べる。
お客さんが買ってくれたら、一つずつ包んで渡す。
そんな光景が、少しだけ頭に浮かんだ。
まだ、実際にパンを注文したわけじゃない。
でも。
欲しいパンの形も。
仕入れる数も。
値段も。
包み紙の枚数も。
少しずつ決まってきた。
「……えへへ」
早く、おかあさんに相談したいな。




