091 ちいさな店主の仕入れ先
――ちいさな店主の仕入れ先――
雑貨屋のおじさんから、追加のお祝いまでもらってしまった。
小さな布袋が三枚。
それから、魔石一個分の無料補充。
お店を始めるための準備が、また少し進んだ。
ぼくは、もらった袋を大切にしまってから、店の中を見回した。
今日だけでも、ずいぶんいろいろなものを買った。
でも、雑貨屋にはまだまだ知らないものがたくさんある。
棚には、食器や調理道具。
紐や布、それから小さな日用品。
その隣には、食べ物も並んでいた。
「……あれ?」
ぼくは、一つの棚の前で足を止めた。
そこには、いくつかのパンが置かれている。
「おじさん!」
「ん? 今度はどうした?」
「ぱんも、うってるんだね!」
「ああ、パンか」
雑貨屋のおじさんは、棚の方を見た。
「町のパン焼きから、毎朝仕入れてるんだ」
「まいあさ?」
「ああ。焼きたてを朝に届けてもらうんだよ」
「そうなんだ!」
「うちはパン屋じゃないから、種類は少ないけどな」
ぼくは、棚に並んだパンを見つめた。
丸いもの。
少し細長いもの。
大きさも、少しずつ違う。
パン。
そういえば、屋台で売る食べ物を考えていたときにも、パンを使う料理を思いついていた。
でも、パンを自分で焼くのは大変そう。
おかあさんと二人でお店をするなら、最初から何もかも作ろうとするのは難しい。
それなら。
「ねえ、おじさん」
「なんだ?」
「ぼくがおみせをだすとき、ぱんもすこしかっていい?」
「もちろんだ。売り物なんだからな」
おじさんは、すぐに頷きかけた。
でも、途中で少し考えるように口を閉じた。
「……いや、待てよ」
「?」
「坊主。そのパンは、自分で食べるために買うのか?」
「ううん!」
ぼくは首を振った。
「おみせで、つかいたいの!」
「やっぱりそうか」
おじさんは納得したように頷いた。
「それなら、普通のお客さんとして買うのとは、少し話が違うな」
「……ちがう?」
「ああ。お前さんの場合は、仕入れになるんだ」
「しいれ……」
聞いたことのある言葉だ。
お店で売るための商品や材料を、ほかのお店から買うこと。
「ぼくが、ぱんをかって……」
「うん」
「おみせで、つかうから?」
「そういうことだ」
なるほど。
自分で食べるために買うのと、お店で使うために買うのでは、考え方が違うんだ。
「例えばな」
おじさんは、棚からパンを一つ手に取った。
「このパンは、一個銅貨五枚で売ってる」
「ごまい」
「ああ。普通のお客さんなら、この値段で買ってもらう」
ぼくは頷いた。
「でも、お前さんがこれを使って商売するなら、どうだ?」
「……?」
「パンを五枚で買って、そのまま五枚で売ったら?」
「……おかね、ふえない」
「そうだな」
おじさんは笑った。
「それどころか、運ぶ手間も、売る手間もかかる。ほかの材料を使えば、その分のお金も必要だ」
「あっ」
確かに。
パンに何かを挟んだり、温めたりするなら、ほかにもお金がかかる。
それなのに、パンを買うだけで高いお金が必要だったら。
売るときの値段も、高くなってしまうかもしれない。
「だから、仕入れとして買うなら、少し条件を考えてやろう」
「ほんと!?」
「ああ。ただし、最初から大量には売らんぞ」
「うん?」
おじさんは、指を五本立てた。
「最初の練習なら、朝に五個くらいからにしろ」
「ごこ?」
「ああ。まずはそれくらいで試してみるんだ」
五個。
確かに、それなら多すぎない。
「でも、おじさん」
「ん?」
「ぼくがかったら、おじさんのぱん、へっちゃうよ?」
おじさんは、少し驚いた顔をした。
そして、笑った。
「ははっ。そこまで考えたか」
「うん!」
「心配するな。前の日までに言ってくれれば、お前さんの分を追加で頼んでおく」
「……ついか?」
「ああ。いつも仕入れてる分とは別に、坊主の分を五個増やしてもらうんだ」
「そうなんだ!」
それなら、雑貨屋のおじさんのお客さんが買うパンを減らさずに済む。
「ただし、当日の朝になって急に五個くれと言われても、用意できるとは限らんぞ」
「うん!」
「だから、欲しいときは前の日までに教えてくれ」
「わかった!」
おじさんは、パンを棚に戻した。
「それで、値段なんだが……」
「うん!」
「普段は一個五枚だろ?」
「うん!」
「最初の練習なら、五個で銅貨二十枚にしてやる」
「……にじゅうまい?」
「ああ。一個あたり四枚だな」
ぼくは、指を折って計算した。
一個四枚。
五個で二十枚。
普通に買うより、五枚安い。
「やすくなる!」
「そういうことだ」
「ありがとう!」
「ただし、これは最初の試験用の値段だからな」
「うん?」
「毎日買うようになったら、数量と値段は改めて相談しよう」
「わかった!」
おじさんは頷いた。
でも、まだ話は終わらなかった。
「それから、もう一つ大事なことがある」
「なあに?」
「売れ残っても、返品はできないぞ」
「……へんぴん?」
「ああ。五個買って、二個しか使わなかったとしても、残り三個を返すことはできない」
「そっか……」
「お前さんが買った時点で、そのパンはお前さんのものになるんだ」
なるほど。
売れなかったからといって、雑貨屋のおじさんに返すわけにはいかない。
「パンはな、ずっと同じ状態で置いておけるものじゃない」
「うん?」
「焼いたその日が一番いい。時間が経てば硬くなるし、味も落ちていく」
ぼくは、棚のパンを見た。
確かに。
乾物みたいに、長い間しまっておけるものじゃない。
「だから、最初からたくさん買いすぎるなよ」
「うん!」
「五個買って、何個使ったか。何個残ったか。それを確かめるんだ」
「きろくするの?」
「ああ。何時ごろ売れたかも書いておくといい」
何時ごろ売れたか。
何個売れたか。
何個残ったか。
そうすれば、次にいくつ買えばいいのか考えられる。
「ぜんぶうれたら、つぎは、ふやしていい?」
「増やすのはいいが、少しずつだな」
「すこしずつ?」
「ああ。五個全部売れたからって、次の日にいきなり二十個も買うなよ」
「……どうして?」
「たまたま、その日だけよく売れたのかもしれないだろ?」
「あっ」
そうか。
一日だけでは、まだ分からないんだ。
「何日か試して、それでも足りないようなら、少しずつ増やせばいい」
「なるほど!」
「そうすれば、売れ残りも少なくできる」
「うん!」
ぼくは、パンをもう一度見た。
五個から始める。
売れた数を記録する。
残った数も記録する。
そして、次の日に買う数を考える。
なんだか、少しずつお店らしくなってきた。
「しかし、坊主」
行商人のおじさんが、横から声を掛けてきた。
「ん?」
「保存食に、あみぐるみ。それから温かい料理まで考えてるんだろ?」
「うん!」
「今度はパンか」
「うん!」
おじさんは、腕を組んで笑った。
「ずいぶん売るものが増えそうだな」
「えへへ」
「でも、パンをただ並べるだけで終わらせるつもりじゃないんだろ?」
ぼくは、にっこり笑った。
「ないしょ!」
「おっ、秘密か!」
「うん!」
「ははっ。そりゃ楽しみだな」
おじさんは、それ以上聞いてこなかった。
ぼくも、まだ何を作るか決めたわけじゃない。
パンを使えば、いろいろな料理ができそう。
でも、最初から何でも作ろうとしたら、おかあさんも大変になってしまう。
だから、何を売るかはちゃんと相談してから決めよう。
「それで、坊主」
雑貨屋のおじさんが尋ねた。
「パンを仕入れるときは、前の日までに注文してくれればいいからな」
「うん!」
「俺がいつもの分と一緒に、パン焼きに頼んでおく」
「ありがとう!」
「翌朝届いたら、お前さんの分を取り分けておくよ」
「ほんと?」
「ああ。ただし、受け取りに来る時間も相談しておこうな」
「わかった!」
これなら、毎朝パン屋さんへ買いに行かなくてもいい。
雑貨屋のおじさんにお願いすれば、必要な数を用意してもらえる。
それに、おじさんも前の日から数が分かっていれば、余分に仕入れなくて済む。
「……おじさん」
「ん?」
「これからも、よろしくね!」
ぼくが頭を下げると、おじさんは少し驚いた顔をした。
それから、にっこり笑った。
「ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ。ちいさな店主さん」
「えへへ」
行商人のおじさんが、その様子を見て笑った。
「ははっ。もう立派な取引先だな」
「とりひきさき?」
「ああ。今までは、ここで買い物をするお客さんだっただろ?」
「うん!」
「これからは、自分の店で使うものを仕入れる相手にもなるってことだ」
「……そうなんだ!」
「そういう関係も、商売じゃ大事なんだぞ」
ぼくは頷いた。
今までは、欲しいものを買いに来るだけだった。
でも、これからは違う。
ぼくのお店で使う材料を、雑貨屋のおじさんから仕入れられる。
その代わり、約束した数はちゃんと買い取らないといけない。
注文する日も守らないといけない。
おじさんも、ぼくのために準備してくれるんだから。
「……がんばる!」
「おう。その意気だ!」
雑貨屋のおじさんは、嬉しそうに笑った。
ぼくは、もう一度パンの棚を見た。
まだ、注文したわけじゃない。
何を作るかも、これから考える。
でも。
お店で使うパンを、どこから買えばいいのか。
それが分かった。
自分のお店を始めるための準備が、また一つ進んだ。
「……えへへ」
早く、おかあさんと相談したいな。




