089 ちいさな店主への開店祝い
――ちいさな店主への開店祝い――
買ったばかりの魔石式加熱器。
その横には、小さな火属性の魔石が一つ置かれている。
これがあれば、屋台でも温かい料理を作れる。
しかも、魔力が減ったら雑貨屋のおじさんに補充してもらえることになった。
でも。
ぼくは魔石を見つめながら、もう一つ気になることがあった。
もし、お店を開いている途中で魔力がなくなったら?
お客さんが待っているのに、料理を温められなくなったら?
そのたびに雑貨屋のおじさんのところへ行くわけにもいかない。
「……あっ」
そうだ。
予備を用意しておけばいいんだ。
ぼくは、雑貨屋のおじさんを見上げた。
「ねえ、おじさん」
「ん? どうした?」
「そのませき、まだある?」
「火属性の魔石か?」
「うん!」
「同じ大きさのものなら、まだいくつかあるぞ」
「ほんと?」
「ああ。どうした、もう一つ欲しくなったのか?」
ぼくは少し考えてから、指を二本立てた。
「よびに、ふたつください!」
「二つ?」
「うん!」
おじさんは、少し驚いた顔をした。
「予備を二つも持っておくのか?」
「うん! おみせのとちゅうで、ませきがなくなったら、こまるから」
「ああ、なるほどな」
おじさんは納得したように頷いた。
「確かに、料理を作ってる途中で魔力が切れたら困るな」
「そう!」
「それで、予備を用意しておこうってわけか」
「うん!」
行商人のおじさんも、横から笑った。
「ははっ。もう営業中のことまで考えてるのか」
「えへへ」
「いい考えだ。商売じゃ、道具が使えなくなったときのことも考えておかないとな」
雑貨屋のおじさんは、店の奥から小さな箱を持ってきた。
中には、赤みがかった魔石がいくつか並んでいる。
「ほら。同じ種類の小型魔石だ」
「おんなじ?」
「ああ。お前さんが買った加熱器で使えるものだぞ」
よかった。
これなら、魔石が切れても交換できる。
「それで、二つだったな?」
「うん!」
「一つ銅貨三十枚だから、二つで六十枚だ」
六十枚。
ぼくは、さっき買った屋台と加熱器を見た。
あのときは、まとめ買いでずいぶん安くしてもらった。
でも、今度は魔石だけ。
おじさんは、そんなぼくの顔を見て笑った。
「……そうだな」
「?」
「よし。こいつは俺からの開店祝いにしてやろう」
「……かいてんいわい?」
「ああ。新しい店を始める、ちいさな店主へのお祝いだ」
おじさんは、二つの魔石をぼくの前に並べた。
「この二つ、持っていけ」
「……え?」
「代金はいらないぞ」
「……ただ?」
「ああ。ただだ」
「ほんとに!?」
思わず大きな声が出た。
だって、二つで銅貨六十枚もする魔石だ。
それを、ただでもらえるなんて。
「でも、おじさん……」
「ん?」
「さっきも、いっぱいやすくしてくれたよ?」
「ああ、そうだったな」
「おまけも、もらったよ?」
「ははっ。覚えてるぞ」
「それなのに、いいの?」
おじさんは、ぼくの顔を見て優しく笑った。
「いいんだよ。これは値引きでも、おまけでもない」
「……?」
「お祝いだ」
お祝い。
ぼくの、お店の。
「お前さん、ずいぶん頑張ってるじゃないか」
「……ぼく?」
「ああ。何度も店に来て、道具を選んで、値段を計算して。自分の店を開こうとしてるんだろ?」
「うん……!」
「そんなちいさな店主の門出くらい、祝わせてくれよ」
胸の奥が、じんわり温かくなった。
ぼくは、ただ自分のお店を作りたくて。
必要なものを考えて。
少しずつ道具を揃えてきただけだった。
でも。
おじさんは、それを見ていてくれたんだ。
「……ありがとう」
ぼくは、ぺこりと頭を下げた。
「おじさん、ありがとう!」
「おう!」
おじさんは嬉しそうに笑った。
「その代わり、いい店にするんだぞ」
「うん!」
「それと、いつかお前さんの店で、うまいものを食わせてくれ」
「もちろん!」
ぼくは勢いよく頷いた。
「おじさんには、とくべつに、おいしいのつくる!」
「ははっ! そりゃ楽しみだ!」
行商人のおじさんも、隣で笑っていた。
「おいおい。そんなこと言われたら、俺まで楽しみになっちまうじゃないか」
「ぎょうしょうにんのおじさんも!」
「俺もいいのか?」
「うん!」
「ははっ。じゃあ、期待してるぞ」
「まかせて!」
二人のおじさんが笑い合う。
ぼくも、なんだか嬉しくなって笑った。
雑貨屋のおじさんは、二つの魔石を一つずつ手に取った。
「さて。渡す前に、ちゃんと確認しておくか」
「なにを、みるの?」
「傷がないか、魔力がきちんと蓄えられているかを確かめるんだ」
「そっか」
「お祝いに渡すものが、使えなかったら困るだろ?」
「うん!」
おじさんは慎重に二つの魔石を確認した。
そして、満足そうに頷く。
「よし。どちらも問題ないな」
ぼくの前に、二つの魔石が並べられた。
最初に買った魔石が一つ。
お祝いでもらった魔石が二つ。
全部で三つ。
「これで、しばらく安心だな」
「うん!」
一つ目を使う。
魔力が減ったら、二つ目に交換する。
その間に、一つ目をおじさんに補充してもらう。
三つ目は、もしものときの予備。
これなら、一つの魔石が使えなくなっただけで、お店を閉めなくても済みそう。
「ただし、坊主」
雑貨屋のおじさんが、指を立てた。
「三つあるからって、残ってる魔力を確かめるのを忘れるなよ」
「うん?」
「全部ほとんど空っぽだったら、予備を持ってても意味がないだろ?」
「あっ」
確かに。
予備があっても、その魔石に魔力が残っていなかったら使えない。
「だから、使った魔石と、まだ使ってない魔石は分けておくんだ」
「わかった!」
「それと、使い終わった魔石を持ってきたら、残量を見てやるよ」
「ほんと?」
「ああ。補充の料金は、実際にどれくらい使うか確かめてから決めよう」
「うん!」
ぼくは三つの魔石を見つめた。
そして、もう一つ思いついた。
「ねえ、おじさん」
「今度はなんだ?」
「ませきに、いち、に、さんって、つけてもいい?」
「番号か?」
「うん!」
「何のためだ?」
「どれをつかったか、わかるようにするの!」
おじさんは、少し感心したように頷いた。
「なるほど。魔石を管理するためか」
「うん!」
「いい考えだ。ただし、魔石そのものに傷を付けるのはやめておけよ」
「じゃあ、いれものに、かく!」
「それならいいな」
ぼくは頷いた。
魔石を入れる場所を三つに分けて、それぞれ番号を付ける。
そうすれば、どれを使ったのか分かりやすい。
補充してもらった日も、紙に書いておこう。
「……きろく、ふえるね」
「ははっ。そうだな」
行商人のおじさんが笑った。
「でも、そういう記録は大事だぞ」
「うん!」
「どれくらい使ったか分かれば、魔石の補充にいくらかかるかも計算できるからな」
そうだった。
料理を売るなら、材料のお金だけじゃなくて、温めるためのお金も考えないといけない。
それに、魔石がどれくらい使えるのかも知りたい。
一つの魔石で、スープを何杯温められるのかな。
パンを焼いたら、どれくらい減るんだろう。
まだ分からないことがたくさんある。
でも、実際に使ってみれば、少しずつ分かってくるはず。
「それにしても、坊主」
行商人のおじさんが、四輪屋台を見ながら言った。
「ずいぶん道具が揃ってきたな」
「うん!」
小鍋。
木のお玉。
木べら。
保存容器が五つ。
魔石式加熱器。
焼き物用のプレート。
火属性の魔石が三つ。
そして、四輪屋台。
少しずつ揃えてきたものが、こんなに増えた。
「でも、道具が揃ったからって、すぐに店を開けるわけじゃないぞ」
「わかってる!」
「お母さんにも相談しないとな」
「うん!」
料理をするのは、おかあさん。
ぼくは、できることをお手伝いする。
何を売るのかも、一緒に考えないといけない。
それから、試しに料理を作って、魔石がどれくらい減るのかも確かめたい。
「おじさん!」
ぼくは雑貨屋のおじさんを見上げた。
「ん?」
「ませきのほじゅう、するとき、みせてね!」
「ああ。約束したからな」
「えへへ」
ぼくは、お祝いにもらった二つの魔石をそっと手に取った。
小さな赤い石。
でも、今はただの道具には見えなかった。
おじさんが、ぼくのお店のためにくれたもの。
新しいちいさな店主への、初めての開店祝い。
「……たいせつに、つかうね」
そう言うと、おじさんは嬉しそうに笑った。
「ああ。それが一番だ」
ぼくは三つの魔石を、落とさないようにそっとしまった。
まだ、お店は開いていない。
何を売るかも、これから決める。
でも。
自分のお店を楽しみにしてくれる人がいる。
応援してくれる人がいる。
それが、何より嬉しかった。
早く、おかあさんにも教えてあげたいな。




