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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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086 ちいさな店主の第一歩

――ちいさな店主の第一歩――


行商人のおじさんのお店には、今日もいろいろな商品が並んでいる。


食べ物に、道具に、見たことのないもの。


その横では、何人かのお客さんが商品を眺めていた。


ぼくも、ここで何度もお手伝いをしてきた。


お客さんを呼んだり。


商品を説明したり。


あみぐるみを並べたり。


スープを売ったこともある。


でも、それは行商人のおじさんのお店でのこと。


今度は、ぼくが自分のお店を開く。


そう考えると、少し気になることがあった。


雑貨屋のおじさんのお店に置かれている、あの四輪屋台。


上には商品を並べられて、下には荷物を入れられる。


横には、小さな作業台も付いている。


使いやすそうだと思った。


でも。


本当に使いやすいかどうかは、まだ分からない。


それに、お店を開くときには、屋台だけじゃなくて、考えないといけないことがたくさんある。


ぼくは、行商人のおじさんを見上げた。


「ねえ、おじさん」


「ん? どうした?」


「あのね、おじさんがいるあいだにね」


「うん」


「ぼくのおみせ、ちょっとだけ、やってみてもいい?」


「……お前の店を?」


「うん。れんしゅうするの」


おじさんは、少し考えたあと、頷いた。


「なるほどな。俺が町を出てから初めて店を開くんじゃなくて、いるうちに試しておきたいのか」


「そう」


「それはいい考えだ」


「ほんと?」


「ああ。実際にやってみないと分からないことも多いからな」


ぼくも、そう思う。


頭の中では、もう何度もお店を開いている。


あみぐるみを並べて。


食べ物を用意して。


お客さんが来たら、声を掛ける。


でも。


本当にお客さんが来たとき、考えたとおりにできるのかな?


それを確かめておきたかった。


「ただし、最初から一日中やるのは大変だぞ」


「うん」


「まずは短い時間で試してみよう。商品も、最初からたくさん用意する必要はない」


「ちょっとだけ?」


「ああ。準備して、店を開いて、片づける。まずはそこまでやってみるんだ」


準備。


お店。


片づけ。


そういえば、お店を閉めたあとのことは、あまり考えていなかった。


売れなかったものは持って帰らないといけない。


使った道具も洗わないといけない。


屋台も、片づける。


「……いっぱいあるね」


「そうだろ?」


おじさんが笑った。


「客に売る時間だけが商売じゃないからな」


「そっか」


「それと、食べ物を売るなら、お母さんにも相談しないとな」


「うん」


「火を使う料理は、お母さんが担当するんだぞ」


「わかってる」


熱いお鍋は、ぼくには危ない。


でも、何を作るか考えることはできる。


材料を用意するお手伝いもできる。


値段だって考えられる。


できることは、自分でする。


できないことは、おかあさんにお願いする。


それなら、食べ物も売れる。


「それに、お母さんには店にも一緒にいてもらわないとな」


「うん」


管理人さんにも言われた。


大人と一緒にお店をすること。


それは、練習でも同じ。


「じゃあ、ぼくのおみせ、できる?」


「お母さんが了承して、場所も使えるならな」


「えへへ」


まだ決まったわけじゃない。


でも、少しずつ形になってきた。


「ところで、坊主」


「なあに?」


「俺がいるうちに練習するなら、一つ決めておこう」


「なに?」


「俺は、なるべく手伝わない」


「……え?」


思わず、おじさんの顔を見る。


「おじさん、てつだってくれないの?」


「困ったときに相談には乗るぞ。危ないことがあれば止める。でも、普段の店の仕事は、お前とお母さんでやってみるんだ」


「ぼくと、おかあさん?」


「ああ」


おじさんは、自分のお店を指差した。


「今までは、俺が商品を用意して、値段を決めて、売上を管理してた。お前はその一部を手伝ってくれてたんだ」


「うん」


「でも、今度は違うだろ?」


ぼくは頷いた。


今度は、ぼくのお店。


何を売るか。


どこに並べるか。


いくらで売るか。


それを自分で決める。


「俺が横から全部教えたら、結局いつもと変わらないからな」


「……そっか」


「もちろん、お母さんがやる仕事まで、お前一人でやる必要はないぞ」


「うん」


「大事なのは、お前が考えた店を、お前たちで動かしてみることだ」


なるほど。


おじさんに教えてもらいながらやるのと、自分で考えてやるのとでは、きっと違う。


「ぼく、やってみる」


「よし」


おじさんが、にっと笑った。


「それなら、俺にも面白いことが分かりそうだな」


「?」


「今までは、俺の店に来た客がお前の商品も買ってくれただろ?」


「うん」


「でも、今度はお前の店だ」


おじさんは、雑貨屋の方に目を向けた。


「自分で商品を並べて、自分で客を迎える。そうすれば、お前の店にどれくらい人が来るのか分かる」


「あっ」


確かに。


今までは、おじさんのお店に来た人が、あみぐるみを見てくれることもあった。


スープを買ってくれた人もいた。


でも、ぼくのお店だけになったら、どうなるんだろう。


「じゃあ、きろくする」


「そうだな」


「なんにんきたか」


「ああ」


「なにが、なんこ、うれたか」


「うん」


「おかねも」


「そこまで書ければ十分だ」


ぼくは頷いた。


前にも、おじさんと約束した。


お店の記録を残すこと。


売れた日も。


売れなかった日も。


ちゃんと書いておく。


「ただし、今回はそれだけじゃないぞ」


「まだあるの?」


「ああ。困ったことも書いておけ」


「こまったこと?」


「例えば、お釣りが足りなくなったとか」


「あっ」


お釣り。


ちゃんと用意しておかないと。


「商品が取りにくかったとか、値札が見えにくかったとか。そういうこともだ」


「そっか」


「客が何人も一度に来たら、どうするかも考えないとな」


ぼくは少し考えた。


一人のお客さんとお話ししているときに、別のお客さんが来たら……。


「じゅんばんに、まってもらう?」


「そうだな。でも、どう伝えるかも大事だぞ」


「うん」


そういうことは、実際にお店をやってみないと分からないかもしれない。


「困ったことがあったら、あとで一緒に考えよう」


「うん」


「俺が町を出る前なら、屋台の置き方も、売り方も相談に乗れるからな」


「ありがとう」


おじさんが笑った。


「屋台のことなら、俺にも聞けよ」


声がして振り返る。


雑貨屋のおじさんだった。


「おじさん!」


「話は聞こえてたぞ。あの四輪屋台で店を開く練習をするんだろ?」


「うん」


「なら、実際に商品を並べてみるといい」


おじさんは、店先の四輪屋台を指差した。


「上に何を置くか。下に何をしまうか。横の台をどう使うか。それだけでも、使いやすさは変わるからな」


「うん」


ぼくも屋台を見る。


あみぐるみは、上に並べたい。


保存食も、お客さんから見えるところがいい。


でも、食べ物を売るなら、お鍋や食器を置く場所も必要になる。


お金を受け取る場所もいる。


それから……。


「……たりるかな?」


「何がだ?」


「おくところ」


「それを確かめるための練習だろ?」


「あっ」


そうだった。


「最初から全部並べようとしなくてもいいんだぞ」


「?」


「売るものに合わせて、置き方を変えればいい。下の棚から補充することだってできる」


「そっか」


全部を一度に出さなくてもいい。


売るものを見せる場所と、しまっておく場所。


分けて考えればいいんだ。


「もし、つかいにくかったら?」


「まずは置き方を変えてみろ」


「それでも、だめだったら?」


「どこが使いにくいのか教えてくれ。直せるところがあるか見てやる」


「ほんと?」


「ああ。ただし、追加の細工には金がかかることもあるぞ」


「わかった」


「……まだ買ってもいないのに、もう改造の相談か」


おじさんが苦笑した。


「あっ」


そうだった。


まだ、屋台を買っていない。


ぼくが屋台を見つめていると、行商人のおじさんが笑った。


「まずは買うところからだな」


「うん!」


◇ ◇ ◇


「それで、練習する場所はどうする?」


行商人のおじさんに聞かれて、ぼくはすぐに答えた。


「ここ!」


おじさんのお店の横を指差す。


「おじさんの、となり」


「やっぱりな」


「えへへ」


ここなら、おじさんがいる。


雑貨屋のおじさんもいる。


周りのお店の人たちもいる。


初めてのお店をするなら、やっぱりここがいい。


「お母さんにも、練習する日を相談しておけ」


「わかった」


おかあさんと予定を決めること。


屋台を買うこと。


商品を用意すること。


まだ、やることはたくさんある。


でも。


何から始めればいいのかは、少しずつ分かってきた。


◇ ◇ ◇


「じゃあ、坊主」


行商人のおじさんが、ぼくの前にしゃがんだ。


「練習で一番大事なことは何だと思う?」


「……おきゃくさんに、きてもらう?」


「それも大事だな」


「いっぱい、うる?」


「それも商売には必要だ」


おじさんは頷いた。


「でも、練習なら、売れなかったとしても意味はあるぞ」


「……?」


「どうして売れなかったのか、考えられるだろ?」


「あっ」


「何が足りなかったのか。何が使いにくかったのか。何を変えればよくなるのか」


「うん」


「それが分かれば、次はもっとよくできる」


なるほど。


売れたら嬉しい。


でも、売れなかったら、どうしてなのか考える。


困ったことがあったら、次は困らないように考える。


そのための練習。


「ただしな」


おじさんが、少し真面目な顔になった。


「練習でも、お客さんからお金をもらうなら本当の商売だ」


「うん」


「商品も、お金も、きちんと扱うこと。そこは忘れるなよ」


「わかった」


お客さんにとっては、ぼくのお店が初めてかどうかなんて関係ない。


買ってくれたら、ちゃんと商品を渡す。


お釣りも間違えない。


食べ物なら、おいしく食べてもらえるようにする。


そこは、練習でも同じ。


ぼくは、もう一度四輪屋台を見た。


まだ、ぼくのものじゃない。


商品も、これから用意する。


お店を開く日も、決まっていない。


でも。


ここにあみぐるみを並べて。


食べ物も用意して。


値札を付けて。


お客さんが来たら……。


「いらっしゃいませ」


小さな声で言ってみた。


「ん?」


行商人のおじさんが、ぼくを見る。


「今、何か言ったか?」


「れんしゅう」


「もう始めてるのか?」


「えへへ」


おじさんが笑った。


「気が早いな、お前は」


そうかもしれない。


でも。


今までは、おじさんのお店でお手伝いをしていた。


次は、ぼくのお店。


自分で考えて。


自分で準備して。


おかあさんと一緒に、お客さんを迎える。


うまくできるかは、まだ分からない。


きっと、思ったとおりにならないこともある。


それでも。


初めて自分のお店を開く日が、今から楽しみだった。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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