085 ここがいい、もうひとつの理由
――ここがいい、もうひとつの理由――
行商人のおじさんのお店の前で、ぼくは辺りを見回した。
すぐ近くには、雑貨屋さんがある。
その向こうにも、いくつかのお店が並んでいる。
ここで何度もおじさんのお手伝いをしているうちに、顔を知っている人も増えた。
何度もお店に来てくれたお客さんもいる。
さっき、管理人さんにお願いして、おじさんが町を出たあともこの場所を使えることになった。
前に来てくれたお客さんが、また来てくれるかもしれない。
それに、おじさんが次に戻ってきたときも、ここにお客さんが集まっていたら一緒にお店ができる。
でも。
ぼくがここを選んだ理由は、それだけじゃなかった。
「おじさん」
「ん?」
ぼくは、周りのお店を指差した。
「ここね、ぼくのこと、しってるひといるでしょ?」
「ああ」
「ざっかやのおじさんもいる」
「いるな」
「ほかのおみせのひとも、いる」
「それがどうした?」
ぼくは、少し考えてから言った。
「なにかあったら、たすけてもらえるかもしれない」
「…………」
おじさんが黙った。
雑貨屋のおじさんも、こっちを見る。
「……坊主」
「なあに?」
「お前、そこまで考えてここを選んだのか?」
「うん」
だって、ぼくは小さい。
走るのだって、大人より遅い。
力だって弱い。
もし商品を持っていかれても、取り返せないかもしれない。
お金を持っていかれそうになっても、力では止められない。
それだけじゃない。
何か困ったことが起きたときも、ぼく一人ではどうにもできないことがある。
だったら。
知っている人が近くにいるところの方がいい。
「……なるほどな」
先に納得したのは、雑貨屋のおじさんだった。
「確かに、それは大事だ」
「でしょ?」
「三歳の本人から言われるとは思わなかったけどな」
「?」
雑貨屋のおじさんが笑った。
行商人のおじさんは、周りのお店を見渡した。
「人が多い場所なら、ほかにもある」
「うん」
「でも、お前は人が多いだけじゃ駄目だと思ったわけか」
「ぼくのこと、しってるひとがいるほうがいい」
「そういうことだな」
ぼくは頷いた。
知らない人がたくさんいるところ。
知っている人が何人もいるところ。
同じくらい人が通るなら、ぼくは知っている人がいる方がいい。
「少なくともな」
雑貨屋のおじさんが口を挟んだ。
「俺の店の前で、坊主が困ってたら声くらいは掛けるぞ」
「ありがとう」
「まあ、三歳の子が一人で困ってたら、放っておけないけどな」
「えへへ」
すると、少し離れたところから声が飛んできた。
「俺だって声掛けるぞ!」
振り返る。
近くのお店のおじさんだった。
話が聞こえていたみたい。
「ありがとう」
ぼくが手を振ると、おじさんも笑って手を振ってくれた。
行商人のおじさんが、額に手を当てる。
「もう助けてくれる人が増えてるじゃねえか」
「えへへ」
知っている人がいる場所。
やっぱり、ここがいい。
「ただな、坊主」
行商人のおじさんが、少し真面目な顔になった。
「知ってる人がいるからって、それだけで安心するなよ」
「うん」
「雑貨屋だって、自分の客が来てたらそっちを見てる」
ぼくは雑貨屋のおじさんを見る。
「そりゃあ、ずっと坊主だけ見てるわけにはいかないからな」
「そっか」
それはそうだ。
みんなには、みんなのお仕事がある。
ずっとぼくを見ていてもらうことはできない。
「だから、自分でも気をつけるんだ」
「どうするの?」
「まず、屋台を止めたら車輪をちゃんと固定する」
「あっ。ぱちんってするの」
「そうだ」
あの屋台には、四つある車輪のうち二つに、動かないようにする仕組みが付いていた。
「それから、金は客から簡単に取られない場所に置く」
「うん」
「たくさん貯まったら、ずっと持ってないでお母さんに預ける」
「おかあさんに?」
「ああ。その方が安心だ」
「わかった」
「高い物も、簡単に手が届く端には置かない方がいい」
なるほど。
どこに何を置くかも、考えないといけない。
「それと、一番大事なのは――」
おじさんが、ぼくを指差した。
「一人で店をやらないこと」
「あっ」
管理人さんにも言われた。
大人と一緒にお店をすること。
一人では駄目。
「おかあさんがいるとき」
「そうだ。お前はまだ三歳なんだからな」
「うん」
知っている人が周りにいる。
屋台も動かないようにする。
お金や商品も置く場所を考える。
それから、大人と一緒にいる。
一つだけじゃなくて、全部やればいい。
行商人のおじさんが、指を折りながら数え始めた。
「つまり、お前がここを使いたいのは……まず、前に来た客がまた来てくれるかもしれないから」
「うん」
「俺が戻ってきたときにも、客が来る場所にしておきたいから」
「うん」
「雑貨屋や、周りの店の人とも顔見知りになれるから」
「うん」
そして、最後の一本を折る。
「何かあったとき、気づいてくれる人がいるから」
「そう」
「……場所一つ選ぶのに、ずいぶん考えたな」
「えへへ」
でも、ぼくには大事なことだった。
たくさん売れそうな場所もいい。
お客さんがたくさん通る場所もいい。
でも。
ぼくが安心してお店を続けられないなら、意味がない。
お店ができなくなったら、お客さんにも会えない。
おじさんから買ったものも売れない。
次におじさんが来るまで、お店を続けることもできない。
「……分かった」
おじさんが頷いた。
「じゃあ、俺が町を出る前に、周りの店にも一言言っておくか」
「なんて?」
「俺がいない間、この坊主がここで店を出す予定だからよろしく、ってな」
「おお」
「別に、お前をずっと見ててくれって頼むわけじゃないぞ。ただ、顔を覚えてもらうだけでも違うからな」
「うん」
雑貨屋のおじさんも頷いた。
「俺はいつもここにいるしな。何かあったら、声くらいは掛けてやるよ」
「ありがとう」
「その代わり」
「?」
「困ったことがあったら、ちゃんと助けを呼べよ?」
「わかった」
ぼくは、大きく頷いた。
「しかし……」
行商人のおじさんが、ぼくを見た。
「お前が作ろうとしてるの、店だけじゃなかったんだな」
「?」
何のことだろう。
「商品を用意して、客を呼んで、俺から仕入れて、店を出す場所を決めて」
おじさんが、周りを見る。
「そのうえ、周りの人とも知り合っていく」
ぼくも周りを見る。
雑貨屋のおじさん。
近くのお店のおじさん。
何度も来てくれたお客さん。
最初は、ほとんど知らない人だった。
でも。
ここでお手伝いをして。
あみぐるみを作って。
少しずつ、知っている人が増えていった。
ぼくのことを知ってくれている人も増えた。
「……えへへ」
「何だ?」
「しってるひと、いっぱいになったね」
「そうだな」
おじさんが笑った。
ぼく一人だけのお店だけど。
一人ぼっちでやるお店じゃない。
そんなお店にできたらいいな。




