081 ぼくのみつけたちいさな屋台
――ぼくのみつけたちいさな屋台――
「おじさん!」
ぼくは、さっきから眺めていた荷車を指差した。
「ん? 今度はどうした?」
「これ、よんりんだよね?」
「ああ、そうだぞ」
「じゃあ、ここ、とめられる?」
ぼくは、荷車の車輪を指差した。
「止める?」
「うん! おみせにするとき、かってにころころしたら、こまる!」
「ああ、なるほど。車輪止めが欲しいのか」
「そう!」
おじさんは、少し考え込んだ。
そして、何かを思い出したように手を叩いた。
「それなら、もっとお前に合いそうなものがあるぞ」
「ほんと!?」
「ああ。ただし、さっきのより値段は高くなるぞ」
「みたい!」
「はははっ! 分かった、分かった!」
おじさんは笑いながら、再び店の奥へ向かった。
ぼくは、今度は何が出てくるんだろうと、わくわくしながら待つことにした。
◇ ◇ ◇
ころころころ……。
しばらくすると、店の奥から車輪の転がる音が聞こえてきた。
「おーい! 坊主!」
「はーい!」
おじさんが押してきたのは、さっきの荷車より少し横に長い、小さな木製の台車だった。
車輪は四つ。
棚も二段になっている。
でも、よく見ると、さっきの荷車とは違うところがいくつもあった。
まず、持ち手。
大人が握る位置だけではなく、ぼくの背丈でも握れるように、低いところにも横棒が付いている。
そして、上の棚。
木の板の表面には薄い金属板が取り付けられ、裏側にも補強が入っていた。
下の棚は、軽い木材で作られている。
骨組みも、必要な部分だけを金属で補強してあった。
「おお!」
「どうだ? これなら、さっきのより使いやすいんじゃないか?」
「うん!」
ぼくは、さっそく荷車の周りを歩いてみた。
すると、車輪の近くに、小さな金属の部品が付いていることに気づいた。
「おじさん! これ、なに?」
「おっ! よく気づいたな!」
おじさんは、車輪の横にしゃがみ込んだ。
「これは車輪止めだ。四つのうち、二つの車輪に付いている」
「しゃりんどめ?」
「ああ。見てろよ」
おじさんは、足で小さな金属の部品を踏み込んだ。
カチッ!
「これで、車輪が回らなくなるんだ」
「おお!」
「試してみるか?」
「うん!」
ぼくは、低い位置に付いている持ち手を握った。
ぐっと押してみる。
「んっ……!」
動かない。
もう一度、少しだけ力を入れてみる。
「……!」
さっきまで簡単に動いていた荷車が、びくともしなかった。
「うごかない!」
「ははっ! そうだろう!」
おじさんは笑いながら、もう一つの車輪止めも見せてくれた。
「こっちも固定しておけば、勝手に動き出すのを防げるぞ」
「すごい!」
「ただし、平らな場所で使うんだぞ。坂道で止めても、絶対に動かないというわけじゃないからな」
「うん!」
今度は、おじさんが車輪止めを解除した。
カチッ!
「よし。もう一度押してみろ」
「はーい!」
両手で持ち手を握る。
ぐっと前に押してみた。
ころころころ……。
「おお!」
動いた!
さっきとは違って、荷車を持ち上げる必要もない。
四つの車輪が荷車を支えてくれるから、ぼくは前に押すだけでいい。
「これ、いい!」
「はははっ! 気に入ったみたいだな!」
「うん!」
◇ ◇ ◇
「でもな、坊主。いいことばかりじゃないぞ」
「なに?」
おじさんは、荷車の横に立った。
「こいつは四輪で、車輪止めまで付いてるからな。その分、二輪の荷車より構造が複雑で重いんだ」
「おもいの?」
「ああ。軽い木材を使ってはいるが、金属の補強も入ってるからな」
そう言われてみれば、確かにさっきの荷車よりも部品が多い。
でも、押しているときには、それほど重く感じなかった。
「でも、おせるよ?」
「今は空っぽだからな。荷物を載せたら、もっと力が必要になるぞ」
「あ!」
そうだった。
本当に使うときには、鍋や保存容器、材料や商品を載せることになる。
「それに、こいつは段差が苦手だ」
「だんさ?」
「ああ。車輪が小さいからな。道に大きな石があったり、地面が凸凹していたりすると、引っかかることがある」
「そっか……」
「坂道も危ない。上り坂では重くなるし、下り坂では止められなくなるかもしれない」
おじさんは、ぼくの顔を見た。
「だから、お前が使うなら、町の平らな道を中心にするんだな」
「うん!」
「それから、荷物を積みすぎないこと。重いものを運ぶときは、大人に頼むんだぞ」
「はーい!」
ぼくは、もう一度荷車を眺めた。
確かに、どんな道でも自由に動かせるわけではない。
でも、平らな場所なら、ぼくでも押せる。
それに、車輪を固定すれば、そのままお店として使えそうだ。
◇ ◇ ◇
「おじさん! うえも、つよい?」
ぼくは、金属で補強された上の棚を指差した。
「ああ。そこは、ある程度重いものを置けるように作られてるぞ」
「おなべも?」
「空の鍋なら問題ないだろうな。ただし、重いものを載せるときは、必ず平らな場所に止めて、車輪を固定してからだ」
「うん!」
「それから、金属で補強してあるからって、何でも載せられるわけじゃないぞ。荷車全体の強度にも限界があるからな」
「わかった!」
ぼくは、上の棚をじっと見つめた。
ここには、あみぐるみを並べよう。
その日に売る軽食も置けるかもしれない。
見本や値札も並べたい。
それから、必要なときには作業台としても使えそうだ。
下の棚には……。
鍋。
おたま。
木べら。
保存容器。
毛糸や詰め物。
予備の商品。
「えへへ!」
これなら、いろいろなものを運べそうだった。
でも、移動するときには、重いものを下の棚に入れた方がいい。
そうすれば、荷車が倒れにくくなる。
「……なるほどな」
おじさんが、ぼくの顔を見ながら笑った。
「なに?」
「お前、もう何をどこに載せるか考えてるだろ?」
「えへへ!」
どうして分かったんだろう。
◇ ◇ ◇
「それから、坊主。こいつには、もう一つ仕掛けがあるぞ」
「しかけ?」
「ああ。こっちに来てみろ」
おじさんは、荷車の横を指差した。
そこには、小さな木の板が折り畳まれていた。
「これ、なに?」
「まあ、見てろ」
おじさんは、板を持ち上げて、金具を動かした。
ぱたん!
横に、小さな台ができた。
「……!」
「どうだ?」
「おお!」
思わず、近くへ駆け寄った。
「これも、つかえるの!?」
「ああ。小さな作業台だな」
「すごい!」
ぼくは、台の上に手を置いてみた。
広くはない。
でも、商品を渡したり、お金を受け取ったりするには十分そうだった。
それに……。
「ここで、あみぐるみ、つくれる!」
「おっ! そういう使い方もできるな!」
「えへへ!」
毛糸と編み針を持ってきて、ここで編み物をする。
お客さんが来たら、商品を見せる。
売れたら、包んで渡す。
そんなこともできそうだった。
「ただし、ここは小さな作業台だからな。重いものを載せたり、体重をかけたりするなよ」
「うん!」
「使わないときは、こうやって畳めるぞ」
おじさんが金具を外して、板を元の位置に戻した。
ぱたん。
荷車の横に、ぴったり収まった。
「おお!」
これなら、移動するときにも邪魔にならない。
ぼくは、もう一度荷車の周りを歩いた。
上の棚。
下の棚。
四つの車輪。
車輪止め。
それから、折り畳み式の作業台。
欲しかったものが、全部そろっている気がした。
◇ ◇ ◇
「おじさん! これ、いくら?」
「こいつか? 中古で、銅貨百三十五枚だな」
「ひゃくさんじゅうごまい……」
さっきの二段式の荷車は、銅貨九十五枚だった。
ということは……。
「よんじゅうまい、たかい!」
「おっ! また正解だ!」
おじさんは、感心したように笑った。
「四輪で、車輪止めも付いてる。それに、折り畳み式の作業台まであるからな」
「そっか!」
銅貨百三十五枚。
決して安い買い物ではない。
でも、この荷車なら、ほかに机を用意する必要もなさそうだった。
「こわれてない?」
「ああ。車輪も軸も確認してあるし、車輪止めもちゃんと動くだろう?」
「うん!」
「折り畳み式の作業台も、金具に問題はないぞ」
ぼくは、もう一度荷車を見た。
木の部分には傷がある。
金属の補強にも、使っていた跡が残っている。
でも、ちゃんと動く。
車輪も固定できる。
作業台も使える。
「……えへへ!」
◇ ◇ ◇
「それにしても、坊主」
雑貨屋のおじさんが、腕を組んだ。
「これならもう、荷車っていうより……」
おじさんは、ぼくの顔を見た。
ぼくも、もう一度荷車を眺めた。
押して移動できる。
止めれば、車輪を固定できる。
商品を並べられる。
材料や道具を収納できる。
作業台まで付いている。
「……やたい!」
「はははっ! そうだな! 小さな移動屋台だ!」
「えへへ!」
自分のお店。
まだ、どこで何を売るのかも決めていない。
それに、この屋台を買うかどうかも、これからだ。
でも、欲しかったお店の形が、目の前にある。
「おじさん!」
ぼくは、通りの向こうにいる行商人のおじさんを振り返った。
「ん? どうした?」
「これなら、おじさんが、まちからいなくなっても……」
もう一度、荷車の持ち手を握った。
ころころころ……。
「ぼくのおみせ、できるね!」
行商人のおじさんは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくり額に手を当てた。
「…………坊主」
「なに?」
「お前、本当に俺がいなくなった翌日から商売を始める気だろ?」
「えへへ!」
どうやら、もう完全にバレているみたいだった。
ぼくは、目の前の小さな移動屋台を見つめた。
まだ買っていない。
でも、もしこれが自分のものになったら。
今まで行商人のおじさんのお店で学んだことを、自分でも試せるかもしれない。
そう思うと、今から楽しみで仕方がなかった。




