080 ぼくのほしかった荷車
――ぼくがほしかった荷車――
「おじさん!」
ぼくは、さっきから眺めていた荷車を指差した。
「ん? どうした?」
「これじゃなくてね、うえと、したにわかれてるの、ない?」
「上と下?」
「うん!」
ぼくは両手を広げて、欲しい荷車の形を説明した。
「ここに、ものをおいてね!」
まずは、胸のあたりに手を伸ばす。
「それから、こっちにも!」
今度は、もっと下の方を指差した。
「うえにも、したにも、おけるやつ!」
「ああ、なるほど。棚が二段になってる荷車か!」
「そう!」
「それなら、あるにはあるぞ。ただ、お前が押せる大きさとなるとな……」
「ちいさいのがいい!」
「分かってるって。ちょっと待ってろ」
おじさんはそう言うと、店の奥へ向かった。
ぼくは、さっきの荷車の横で待つことにした。
今ある荷車でも、荷物を運ぶことはできる。
でも、商品を並べようとしたら、どうだろう。
鍋や材料を載せた上に、あみぐるみを置くわけにはいかない。
荷物を降ろしてから、商品を並べる場所を作らないといけなくなる。
もし、上と下に分かれていたら……。
「えへへ!」
考えているだけで、楽しくなってきた。
そのときだった。
ころころ……。
店の奥から、車輪の転がる音が聞こえてきた。
「おーい! 坊主!」
おじさんが押してきたのは、さっきとは形の違う荷車だった。
小さな木製の荷車。
下には四つの車輪が付いていて、その上に二段の棚が取り付けられている。
骨組みには、必要なところだけ細い木材が使われていた。
下段は軽い木製の棚。
そして、一番上の棚は、少し作りが違っていた。
木の板の表面に薄い金属板が取り付けられ、裏側には細い金属製の補強材が渡されている。
棚を支える柱との接合部分にも、金属の補強が入っていた。
「これならどうだ?」
「……!」
ぼくは、すぐに駆け寄った。
上にも物を置ける。
下にも物を置ける。
しかも、四つの車輪で支えられているから、持ち手から手を離しても、そのまま立っている。
「これ!」
「おっ! 今度は気に入ったか?」
「うん!」
おじさんは、嬉しそうに笑った。
「はははっ! ようやく欲しいものが見つかったみたいだな」
「うん!」
ぼくは、上の棚をじっと見つめた。
「おじさん、ここ、てつ?」
「鉄だな。全部を鉄で作ったら重くなりすぎるから、必要なところだけ補強してあるんだ」
「おもいものも、おける?」
「ああ。木の板だけの棚より丈夫だからな。ある程度重いものも置けるぞ」
「おお!」
それなら、商品を並べるだけじゃなくて、作業台としても使えるかもしれない。
あみぐるみ。
焼き菓子。
値札や見本。
それから、必要なときには鍋も置けそうだ。
下の棚には、保存容器や料理の材料。
予備の商品も収納できる。
「……えへへ!」
これなら、商品を運ぶだけじゃなくて、そのままお店にもできそうだった。
◇ ◇ ◇
「おしてみていい?」
「もちろんだ。ただし、無理するなよ」
「うん!」
ぼくは、荷車の後ろに回った。
持ち手を両手で握る。
ぐっと力を入れて、前へ押してみた。
ころころ……。
「……あ!」
動いた!
金属が使われているから、もっと重いと思っていた。
でも、予想していたほどではない。
「うごいた!」
「おお! ちゃんと動かせたな!」
もう少し押してみる。
ころころ……。
四つの車輪が回り、荷車がゆっくり前へ進む。
「おもったより、かるい!」
「ははっ! 軽くするために、いろいろ工夫してあるからな」
おじさんは、荷車の骨組みを指差した。
「金属を使ってるのは、主に上の棚と力がかかる部分だけだ。ほかは軽い木材を使って、余計な板も減らしてある」
「そっか!」
「ただし、軽いからといって、何でも載せていいわけじゃないぞ」
「どうして?」
「棚が丈夫でも、荷車全体が倒れないとは限らないからな」
おじさんは、上段を軽く叩いた。
「この棚なら、停車中に鍋なんかを置くこともできる。ただし、重いものを載せるときは注意が必要だ」
「どうして?」
「重いものが上にあると、荷車の重心が高くなるんだ。そうすると、曲がるときや道が傾いているときに倒れやすくなる」
「……!」
「だから、移動するときは重いものを下に入れるんだ。上の棚に重いものを置くのは、平らな場所に止めて、荷車が動かないようにしてからだな」
「わかった!」
「それから、上の棚が丈夫だからって、何でも載せられるわけじゃないぞ。支えている柱にも限界があるからな」
「うん!」
これなら、考えていた通りに使えそうだった。
移動するときは、重いものを下へ。
お店を開くときは、上の棚を売り場や作業台として使う。
ただし、料理をするなら、大人に手伝ってもらわないといけない。
それに、金属の板があるからといって、熱い鍋を何でも置いていいわけではない。
使い方を間違えないようにしなきゃ。
◇ ◇ ◇
「おじさん! にもつ、のせてみたい!」
「よし。じゃあ、まずは軽いものからな」
おじさんは、さっき買った鍋を下の棚に載せた。
鍋の中には、おたまと木べらが入っている。
「これで押してみな」
「うん!」
もう一度、持ち手を握る。
ころころ……。
「おせる!」
「よし。じゃあ、次はこれだ」
おじさんは、買ったばかりの保存容器も下の棚に並べてくれた。
陶器の壺が二つ。
陶器の瓶が一つ。
木製の容器が二つ。
割れないように、容器同士がぶつからない位置に置いてもらう。
「さあ、どうだ?」
「んっ……!」
ころころ……。
さっきより少し重くなった。
でも、まだ押せる。
「うごく!」
「おお! なかなかいいじゃないか!」
おじさんも嬉しそうに笑った。
「ただし、今は容器が空っぽだからな。中身を入れたら、もっと重くなるぞ」
「うん!」
「それから、陶器の容器は割れやすい。実際に運ぶときは、動かないように固定するんだぞ」
「わかった!」
軽い荷車でも、荷物の載せ方には気をつけないといけない。
でも、今のところ、ぼくでも使えそうだった。
◇ ◇ ◇
「おじさん! これ、いくら?」
「これか? 中古だから、銅貨九十五枚だな」
「きゅうじゅうごまい……」
さっきの荷車は、銅貨七十枚だった。
ということは……。
「にじゅうごまい、たかい!」
「おっ! ちゃんと計算できたな!」
おじさんは感心したように頷いた。
「棚が二段になってるし、車輪も四つ付いてるからな。それに、上の棚には金属の補強も入ってる」
「そっか!」
ぼくは、もう一度荷車を見た。
確かに、木の部分には傷がある。
上の金属板にも、細かい傷が付いていた。
でも、棚を支える部分はしっかりしている。
「これも、こわれてない?」
「ああ。車輪も軸も確認してある。棚の補強も問題ないぞ」
おじさんは、荷車を少し動かして見せてくれた。
ころころ……。
四つの車輪が回って、荷車がゆっくり前へ進む。
「えへへ!」
銅貨九十五枚。
安い買い物ではない。
でも、さっきの荷車とは、できることが違う。
普通の荷車なら、商品を運んでから並べる場所を作らないといけない。
けれど、この荷車なら……。
商品を載せて運ぶ。
売る場所に着いたら、平らなところに止めて、動かないように固定する。
それから、必要なものを上の棚に並べる。
売れた商品は、下の棚から補充する。
これなら、机や棚を別に運ぶ必要はなさそうだった。
「……なるほどな」
おじさんが、ぼくの顔を見ながら呟いた。
「なに?」
「お前が欲しかったのは、ただの荷車じゃなかったんだな」
「?」
「荷物を運ぶだけじゃなくて、商品を並べたり、作業したりできる荷車が欲しかったんだろ?」
「うん!」
ぼくは、にっこり笑った。
「これなら、おみせにできる!」
「はははっ! やっぱりな!」
おじさんは、楽しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
ぼくは、もう一度荷車を眺めた。
上の棚には、あみぐるみや商品。
必要なときには、鍋も置ける。
下の棚には、保存容器や料理の材料。
移動するときには、重いものを下に入れる。
今まで行商人のおじさんのお店で学んできたことも、自分のお店で試せるかもしれない。
お客さんが見やすいように並べたり。
値段を分かりやすく書いたり。
どんな商品が売れるのか、考えたり。
まだ、何を作るのかも決まっていない。
この荷車を買うかどうかも、これからだ。
でも、欲しかったお店の形が、少しずつ見えてきた気がした。
「おじさん!」
ぼくは、行商人のおじさんの方を振り返った。
「ん? どうした?」
「これなら、おじさんが、まちからいなくなっても……」
もう一度、荷車の持ち手を握る。
ぐっと力を入れて、ゆっくり押してみた。
ころころ……。
「ぼくのおみせできるね!」
行商人のおじさんは、少し驚いたように目を丸くした。
雑貨屋のおじさんも、ぼくと荷車を交互に見ている。
ぼくは、もう一度荷車を押した。
ころころ……。
まだ何も載せていない、小さな四輪式の二段荷車。
でも、ぼくには、そこに商品が並んでいる様子が見えるような気がした。




